心のもやは自己解決
「グリウ、お前の相棒候補だ」
ヘブンバックでひとり立っていたグリウに、ハインさんは声をかけたわ。グリウは振り返って、私たちの方を見た。
「あ……」
グリウの顔を見た時、私ははっとしたわ。ついさっき単身で天界に来て迷子になった時、私をきちんとしたところに送ってくれた天使だと気づいたから。
彼の方は、私の姿がまだ魂だからピンときてなかったけれどね。話していく内に気づいていくけど、それがなくても別に私たちの関わりに支障はないからそこら辺は割愛するわ。
「どうかしたか?」
「あ、いえ」
若干動揺してハインさんに着いていくのが遅れた私は、急いで体を動かしてグリウの方へ向かった。
3人でまともに話せる距離まで近づいたところで、やっと本題に入ったわ。
「ハイン様……ここに呼んだということは、と察してはいましたが」
グリウはきちんとハインさんと正対していた。でもその心の表情は、隠そうとしても顔に滲み出ていた。つまり、心底嫌そうな顔だったの。
「なんだ」
「前々から幾度も申していますが、相棒など私には不要です。私の仕事は私の仕事、自分一人で済ませます」
「私が言っているのは、そういうことではなくてだな……」
「ひとりだから捗るということもあるのです。ご理解ください」
どうやらハインさんとグリウは、「グリウの相棒の必要性」について確執を起こしていたみたいなの。
ほら、上級も下級も関係なく、ここの天使たちは人間の相棒を連れているでしょ? でもその頃グリウは、相棒を必要とすらしていなかったの。その存在があったほうが絶対メリットがあるはずなのに。
グリウは、天使としての仕事に相棒は不要です、って否定していたらしいけどね。実際、天使に相棒が必要な理由っていうのは楽するためじゃないのよ。
まあ、そう言う私も人間の内のひとりだから、本当の意味なんて知らないんだけどね。天使が人間の気持ちを正しく知るっていうのはあると思うんだ。
結局天界での仕事っていうのは、大半が地上の為繋がることが多いし、人間の魂もよく来るしね。人間のことがわからないんじゃ、いざって時に右も左もわからなくなるから。
ごめん、大分話がずれちゃったね。
その相棒の必要について討論し続けていたふたりだけど、グリウがやっと折れたのよ。とはいっても、一時的に話を丸め込む為の建前だけど。
「ああ、わかりましたよ」
「そうか? それじゃあ早速――」
「そういうことではありません。兎にも角にも、その人間を人型にしなければいけないでしょう。なんの為にヘブンバックに呼び出したのか、わかりませんよ」
「それはそうだがな。お前が相棒の重要性を理解し納得してくれないと、私が押し付けたことになるだろう」
「実際押し付けてるんですよ」
またふたりは話し出した。さっきの様子を見ていて、言い合いが始まるときっかけがないと中々止まないから、私は口を挟もうとしたんだけれど。
どうにも見た目に合わない口達者なのよ。どちらとも。急な新しい環境に慣れていなかったこともあって、私は黙ってそれが終わるのを待っているしかなかったの。
しばらくして。結構経ったかしら。様子を呆れて傍観している私に気づいたハインさんが、「ゴホンッ」って咳払いをしてグリウを止めた。
アイコンタクトやジェスチャーまで使って気づいたグリウは、なんか疲れたようにため息をついてこっちを見たわ。自分から作り出した状況のくせにね。
「グリウ、待たせている。お前の言う通りまずは器に魂を入れるとしようか」
「そうですね」
「ああ、グリウ。器はお前が探しに行け」
「え? 何故です? そういうのは人間自身は選んだほうがいいでしょう? それに私はあの魂について少しも情報を得ていませんし」
「お前の相棒だ。容姿が気に入らないと駄目だろう。それにまだ説明が必要な点があるのだ。それを今の内にしているから、その間に探して来い。情報は…………女学生らしい。それならなんでもいいからな」
「っ……そうだとしても人間が、彼女が納得しないでしょう」
「良いのだ。この人間は気に入りの姿などない。事実と想像のピースを組んだだけの推理ではあるが、彼女はここにいられるだけで幸福なことだろう」
「……そうですか。なら誰も文句は言わないようにお願いします」
「頼んだ」
そんな長い掛け合いが終わって、それの盗み聞きも終わって。私はやっと質問のできる状況になったなと思った。会話中も言っていたけど、私は勝手に天界に来て色んなところに移動させられてるから、わからないことだらけだったの。
ハインさんもそれはわかっていて、私が口を開く前にいくつか説明してくれた。
例えば「相棒とはなにか」とか「今なにをしているのか」とかね。今じゃ皆が一般常識として暗黙の了解として認知しているものよ。
私だって一言一句覚えているわけじゃないし、会話の部分を話すのは正直言って疲れるから、再び割愛するわ。
そうして説明も終わり時間を潰していると、良いタイミングでグリウが戻ってきた。両腕と掌に、女の子の体と頭を乗せてね。その光景を初めて見た時は、少し怖い感情もあったわ。その子は四肢を垂らしていて、死んでいるなんて思わなかったもの。
……不謹慎かしら、きれいだなって思ったの。丁寧に管理され、たった今開封された少女の遺体が。同時に、私の死体もこんな風に美しく焼いてくれたらなっていうのも思ったわ。
そんな軽く放心状態の私を置いてけぼりにして、ハインさんとグリウは易々と喋っていった。
当然といえば当然ね。天界の住民なんだし、慣れていない方がおかしいかもしれない。
「さて、直感でいい。この体に入り込んでみろ」
ハインさんはそう、簡単に言ってくれたけど、実際問題意味を理解できなかったわ。
何度か言葉を復唱してもらって、魂である体を少女の心臓あたりにねじ込むというのはわかったけれど。遺体となっている少女の腐った内臓が見えたりしないかとか、そんなことが心配だったの。
結界で保護されているから、本当は腐った部位なんてないんでしょうけどね。グロ系って言うの? 苦手なのよ。
「本当に……できるのかなぁ……」
「失敗してもデメリットはない。やるだけやってみろ」
「はい……」
結果から先に言っちゃうと、無事一回で器には入れたわ。ただそこに行き着くまでの心構えがまるで駄目だったわね。
人の体を手に入れてからは、あんまり印象深いことはなかったわね。単なる体の動作確認をしたんじゃないかしら。
その日っていうか、その時はグリウとは一旦別れて疲労を回復する為、Gホールで休息をとるようハインさんに言われたわ。だから大人しく寝て、心身一緒に休めていた。
……つもりなだけだけど。心は荒れ狂ってるとまでいかないけど、やや曇っていたわ。
そういえば神様を探しに死んだのに、いるのは天使ばかり。一体どこにおられるのだろう……。天界という世界はこんなものなの?
その気持ちは、天界を訪れてから再燃焼させてずっと続いていた。また欲求が湧いてきちゃったの。そんな悩みを脳に抱えつつ、ハインさんに呼ばれてまたグリウと顔を合わせた。
2回目の交流は、グリウが私を相棒として認めるように談笑することだったわ。初めがお堅いのは見た目通りで、談笑というかご機嫌取りの会食みたいだったわ。私は緊張してはいなかったけど、頭の中がグリウ以外のことでいっぱいで、とても集中できなかった。口はあんまり開かなかったわね。
でも、ずっと黙々と空を見つめていたグリウが自分から声をかけてきたの。しかも。
「お前はなぜ死んだ?」
なの。普通というか、よくあるのって好きな〇〇〜とかだよね。そりゃ天界の天使特有なのかもしれないけれどね。
「神様に会いたかったんです。死んだら冥界かどこかに行って、お姿半身だけでも伺えないかなって」
「神に会いたかった?」
「はい。そうです」
全く動かなかったグリウの眉が動いた。そんなに変なことなのかって、今でもよくわからないわ。
グリウは黙り込んでしまった。だから私は、話を続けさせる意味でも質問をした。
「あの、天界では神様に会えるんですか?」
純粋な疑問と欲の為の質問だったわ。また彼は黙り込むかと思ったら、隠れたように悪戯っぽく笑ったの。私は変な顔をしてそれを見つめたわ。
「ああ、会える。なにせ私が神の御言葉を直接受け取っているからな」
「えっ、本当ですか!」
「……なるほど、大分信仰していたようだな」
「神様に会わせてください!」
私はまくし立てた。でもグリウは焦らず、静かにこう言ったの。
「それは構わない。ただしいつの日にかだ。私の仕事や暮らしを、相棒として支えてくれらそれも良いかもしれない。私が認めたら、神と会話させてもいい。どうだ?」
「……」
あまりのことに言葉が出なかった、とでも言っておきましょうか。グリウは楽しげに聞いてきたわ。
「私と手を組むのは嫌か?」
首を横に振って、私は満面一杯の笑みを浮かべて言ったの。そこから、今日までの日々が始まった。
「そんなわけない。これからよろしくお願いするわ!」
お読みいただきありがとうございます。
ついに終了です。
リザレイ本人は現在、満足しているということですね。なにかが歪んでいる彼女の到達点がこれでいいのかは、人の価値観次第です。




