神に帰依し続ける少女の話
「フォーリ、ありがとう」
ゼルが恒例の通り言う。いえいえと言いながらにっこりして手を振るフォーリは、話をしていた時とは雰囲気が変わって、天界でよく見かける感じに戻っていた。
話を聞く限り、フォーリの過去も荒んでいたようだった。実際喋っている時も物悲しそうな声色だった気がしたが、語りが終わった時からその調子は消えていった。
フォーリの言っていたように、もう昔の自分とはけじめをつけて決別したようだ。全部を吐き出してすっきりしたのもあるのか、まるで光が晴れ渡ったように微笑んでいた。
会う度にフォーリに柔らかい印象を受けるのは、少し口角を上げて微笑しているからだ。でも今している笑みは若干それとは違っていて、嬉しそうに見えた。勘違いかも知れないけど。
「ふーん……私とは大違いね」
さっき口を閉じたばかりのヒールが、頬杖をつきながら小さく言う。フォーリは独り言とも言えるその一言を聞き逃さず、丁寧に回答した。
「そんなことありません。ヒールさんは皆さんから愛されていたんですよ。周りの環境が、不幸にも災いしてしまっただけです。きっと」
返事をしたフォーリと、今度は目を合わせてヒールが会話する。笑顔の彼と真顔の彼女は、確かに色々と対照的かもしれない。
「そう思えたらいいけど。環境も周りの人も、どっちも恵まれてるのはそっちじゃない。だって嫌なのは彼らって奴だけなんでしょ?」
「そうですけど……その分、守らなきゃっていう使命というか意思というか、そんなものが生まれてくるんです。家族には申し訳ないですけど、それが邪魔になることもありますから」
「そう……私にはもう温かい家族の記憶はないから。いつでも頼れるってわけじゃないのかしら」
フォーリとヒールのふたりは、そんな調子で談笑を続けていた。談笑というか討論だろうか、ぼくに違いはよくわからなかった。
さっきから珍しく黙って静かにしていたルイズが、たまに口を出したり相槌を打ったりもしている。
各々が会話を始めた中、テーブルに座る相棒たちの中ではぼくとリザレイが取り残された。無音なのはぼくたちふたりだと、お互い理解しているはずだけど、その表情を伺おうとはしない。
さっきかもしれないし、結構前の出来事かもしれない。ぼくがリザレイを怒らせてしまった。
理由は未だわからない。ぼくにとってはあの怒りは突如起こったものだから、考えようにも結果にたどり着かない。
「う〜ん……」とぼくは言って、リザレイからは目線をすっかり外す。この先のことを考えて大いに悩む。どうやって彼女との仲違いを直すか。
「アーク?」
そんなことをしていると、ゼルが背後から声をかけてきた。すっかり油断していたので、ぼくは少し体を震えさせてからその声に応えた。
「な、なに?」
「いや、いよいよ残りふたりだなぁと思ってね。で、どうするんだい?」
「どうするって?」
ぼくは無表情で聞き返していたが、ゼルは対してどこか楽しげにしていた。弾んだ調子でゼルは言う。
「わからないかい? 君かリザレイのどっちが過去を語ってくれるのかなと」
「ゼル、交流を深めるっていうのはわからなくもないけどさ、人の過去を茶化すのは良くないってぼくは思うんだ」
ゼルの語り口調に少しムッときたぼくは、そうひとつ言ってやった。すると彼は楽しそうな表情をやめ、真面目な顔つきになるとこう言った。
「アーク、本来の目的を覚えているかい。君がここに住みやすくする為に、リザレイとの仲を直す。そのきっかけを今、作ろうとしているんだ。いいかい?」
「あ……そ、そうだね」
「僕の態度が、どうしたってそういう風に見えてしまうのは難点だけど、僕は僕なりに考えがあるんだ。ただの能天気な奴じゃないからさ」
急に態度が90度変化したことに、ぼくは動揺を隠しきれなかった。
同時に、多少の苛つきも覚えた。ぼくが、ゼルが過去を茶化しているように思ったのは彼自身の言葉なのに、それをまたゼルから否定されるとなると気持ちよくはなれない。
落ち着いて見れば完全に自己中心的な理由だろうけど、ぼくはムキになってゼルに背を向けて言い放った。
「あっそ」
そんなぼくの心情を読み取ったのか、ゼルはこんなことを言ってきた。
「不快にさせてしまったなら、悪かった。僕は君と対等に付き合いたいからね、変えて欲しいところはどんどん言ってね」
「…………うん、今はいいよ」
そう、ぼくは何故か断った。面倒だから言わなかったというのもあるけど、裏や心中では文句を言っておいて実際にはなにも言えない小心者な気もしてきた。
考えすぎだろうか? そんな気もしてくる。でも今のうちは無視しておくことにした。
考えたってしょうがないし、なによりもリザレイが挙手をしていたから、そっちへ集中を向けなければいけなかった。
ゼルがヒールやフォーリたちを静かにさせて、司会を始める。
「リザレイ、話してくれるのかい?」
「はい。初めは乗り気じゃなかったんですけど、フォーリたちのとかを見ていて感覚もわかったので」
「そうか。じゃあよろしく頼むよ」
「はい」とリザレイが、凛とした声で言いながらテーブルに座る相棒たちを見回す。ただしその中に、ぼくはどうやら含まれていなかったようだ。ぼくの方から目を向けてみても、絶対に合致しなさそうだった。
リザレイは相棒、特にルイズが静まるのを待って、静けさが貸切の空間に訪れてからおもむろに語り始めた。
「さて、あんまり余計な前置きはしたくないの。なるべく簡潔にするわ。
グリウとか、一部の天使たちは知っていると思うんだけど。私は人間時代、聖書を愛読書として神様を崇拝していたの。
見たこともないものにすがるなんてって、そう言う人もいたけど、私は幼い頃から宗教だとか神様の存在が心の拠り所だったから、今更離れることなんてできなかったの。
後、私はそれなりに勉強や運動ができて、自称しちゃうけど文武両道って褒められてたわ。それのせいで女の子たちから疎まれることもあったけれど。
……それが、私が昇天することになった理由のひとつでもあるわ。でも、それを後悔なんて全くしてないから安心してね。
お読みいただきありがとうございます。
リザレイ編に突入しました。
これまでのヒールなどとは毛色が違う話になる予定ですので、ご期待ください。




