所詮は自分勝手
僕は存在を否定されても、どれだけ苦しくても家にこもるわけにはいきませんでした。家族や関係のない人たちに、心配はかけられないんです。
怖くて眠れなくて、瞼が重い朝でしたが、元気なふりをして朝食を頬張って、逃げ出すように走って家を出ました。空元気という奴です。
走るところは普段通りではありませんでしたね。僕は家族に知れないようにと焦っていましたから。
でもそれは家の付近までです。どう首を傾けても自宅が見えなくなった頃、規則的に膝を曲げる行為を止めました。家からは早く出たかったけれど、学校に早くつきたいわけでもないんです。
だから身内がいないところまできたら、誰にも聞かせないため息をつきながら、とぼとぼと鈍く歩きました。無意識に、いつもは通らない、人通りの少ない道を行きました。遠回りです。
「もう……いますよね。僕はどうなるんだろう」
学校で待ち構える彼らに、僕はひとり怯えていました。なにも言わない自分のせいですけれど、この物も言えない恐怖を共有する相手はいません。
次第に近づいてくる校舎を見ないふりをしながら、弱々しい決心と一緒に校内へ入りました。
「…………」
僕は極力静かに教室へ足を踏み入れました。一秒でもいいから、傷つく時間を減らしたかったんです。その為の努力を、無駄とどこかでは思っていても、僕は続けていました。
その日も僕の、小さくてちっぽけな努力は泡になったわけですが。
「おい」
彼らが声をかけてきました。僕が彼らと同じ空間に入り込んだ時から、睨んできていたのは感じていました。
逃げも隠れもしないで、僕は彼らの目をしっかりと見ました。こうやって言うと良い風に聞こえますかね。実際は心臓を大分萎縮させて、びくつきながらですけど。
「昨日のことは流石に忘れねぇよな」
「消えろ……って奴でしょ」
「そうだ」
彼らはまるで脅すように圧をかけてきます。あの恐ろしいオーラは、一体どこから湧いてくるのでしょうか。それぐらい不気味だったんです。
しかも先生と話すときはそれを消しているんですから。不思議な圧を操作しながら、彼らは話しかけてきます。
「それの意味はわかってるよな。いくらお前でも」
「うん……」
「じゃあさ、それを実行に移してくんないかな」
「そろそろ自覚してるだろ、お前は俺らにとって邪魔なんだよ。障害物は取り除かないとさ」
「……」
言われると当然にわかっていた言葉です。でも実際に言われると、かなり辛いんです。人数が人数ですし、想定していたダメージの数倍が襲ってきました。
それでも、通例通りに彼らに従わず、自分を保って口を開きました。
「あの、でもひとつちゃんと教えてください」
「ん? なんだよ」
僕自身から彼らに意見することなんてほぼなかったので、双方戸惑っていました。彼らが激昂する前にと、急いで僕は質問しました。
「僕が嫌いなのはわかりましたけど、死ななければいけないほど駄目なところがあるんですか? その、純粋な疑問なんです」
彼らは一瞬困った顔をしたような気がしました。全員が顔を見合わせて、そしてリーダー格的な男子がひとり、僕の方を余裕そうに見ました。
「じゃあ一通り言ってやろうか。それですっきりするんだろ?」
「はい、教えてください」
「ああ、まず見ていると苛ついてくる。俺たちがなんとなく意識せず言ったことに正論で返しやがったり、いつ声をかけても笑って話したりよ。後、教師にいい顔ぶってるのも気に入らないな。なんだその喋り方、良い子ぶってんのか? 気持ち悪いだけなんだよ」
あとはなー、と言って彼はまだまだ続けました。でも僕はもう、その先をひとつ覚えていません。自分から聞きましたが、これ以上耳に入れたくありませんでした。
「わかりました! もうわかりましたから」
耐えきれなくなった僕は、思わずそう叫んでしまいました。声を荒げるなんて、これまで全くありませんでした。これからもきっとないです。空前絶後といえる出来事でした。
「もう……なにも言わないでください」
「へっ、俺らの気持ちがわかったか」
リーダー格の男子含む、彼ら全員が得意そうな表情を浮かべました。僕が全てを認めて、勝ったような気分になったのでしょう。
でも僕はそんなことはどうでも良くて、全てを悟った、悟った気になった僕はまた空前絶後の行動に出ました。
教室を飛び出して、階段を駆け下りて、廊下を走り抜けたんです。そして、校内から出て学校の校門を抜けました。なにも考えないで、脳の単純な命令に愚直に従いました。
何故か僕は家に向かって走り出したんです。
理由は、いくつか想像はつきます。彼に言われた言葉がショックだったとか、今まで感じたことのない感情や雰囲気に耐えきれなくなったとか。
でも、一番有力な説は、家に自殺しに行ったんだと思います。いえ、実際そうなんです。想像とかじゃなくて。
家に到着した僕は、家族がいるとか知られないかとかなんて気にもせず、真っ先に風呂場に向かいました。自分を彼らの前から消す為にです。
痛いのは嫌いですし、血も出るので洗剤を混ぜて有毒ガスを作る用意を瞬時に行いました。
風呂場にこもって洗剤を持ち込みました。後は両手に持った容器を落として、中の液体を零すだけです。
ここまでを衝動的に行ってから、僕は考え込みました。なんで今死のうとしているのかと。
「それは、彼らにとって僕が邪魔だから……僕がいると迷惑しますし。今死ぬことをためらって、またあそこに戻ってもあの生活に逆戻りです。学校を飛び出したせいで、前よりも悪くなるかもしれませんし……」
僕は俯いて、風呂場の床と液体の入った容器を一緒に見ながらそうぶつぶつと呟いていました。
そして、何を思ったんでしょうね。それとも事故でしょうか。持った容器が指から滑り落ちて、液体が混ざり合いました。反発も抵抗もないで、ごく自然に素早く。
有毒ガスが一気に発生しました。顔を液体の方に向けていた僕は、それを大量に吸い込みました。一応換気扇は切っていましたが、そんなことをしなくても直で吸っていたので問題なかったです。
「あー、もう……良いや……」
もう呼吸が止まるとわかった僕は、脳を働きを止めることにしました。そのままなにも明らかにしないまま、天に召されていきました。
皆さんに比べて僕の最後はあっけなかったんです。だって皆さんは最後にちゃんと地上に終止符を打ちましたけど、僕は全部放り投げて終わりましたからね。
でも死んでしまって今ここにこうして居るから、認められるんです。理由をぺらぺらと並べて死んでいったのは、ただの自分勝手だって。
皆さんも思いましたよね、家族はどうなるんだって。そうです、実際いじめてくるのはほんの数人の男子たちだったんです。相談すればよかったのに、変な家族の誇りという名前のプライドが邪魔して言えなかったんです。
死ぬ理由を自分に都合よく塗り替えて、生活を取り戻そうとする大した努力もしないで、辛い辛いとだけ言って消えたんです。
今は家族への罪悪感がとてつもないです。
死んだ直後。地上の人間から魂となって、天界に昇る途中、考えるなと抑制する心の片隅で罪悪感を覚えていました。
死んでもなお靄を残したまま、天界に僕は来たんです。
お読みいただきありがとうございます。
清く正しいイメージのフォーリも人間です。いじめっ子から与えられる辛い日々によって、自ら死を選びました。
彼の未熟さというか、後悔の念が伝わればいいなと思います。




