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優雅なるデスアークエンジェル  作者: 幽幻イナ
天界の相棒お茶会
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これで良かったのかな

 「どういうこと……? お母さん?」



 男をすっかり刺し殺しているというのに、母の表情にはやや安堵の色が浮かんでいた。



 人を殺すっていう行為がどんなに危険かっていうのは、私にもわかっていた。だからそれを微笑みながら行っている母が、その時だけは不気味に思えたわ。呼吸も慎重になるくらい緊張した。



 母は久しぶりに目を合わせてきた。こんな状況なのにね。そして口を開く。



「これが、この人が私を苦しめてきたの。こいつが居たせいで、私とあなたは苦しんできた」


「そ、そうなの?」


「ねぇ、今こいつを消して……殺してよかったでしょ? これから少しは楽できるわよ、お金が回ってくるから」


「え……え……?」



 不安と混乱と恐怖で理解ができていなかったけど、あなたたちならわかるかしら?



 そう、母は父と別れたことによりお金が足りなくなり、私を養う為だったり生活する為のお金が足りなくなっていった。



 仕事もしていたけどそれでもダメで、きっとお金を借りていたんでしょうね。そして返済の目処がつかなくなり、借金をしてしまったのね。



 加えれば、男は「もっと仕事をしなくちゃいけない」と言っていた。これは憶測だけど、今のままの仕事だと十分に稼げなくて、男によって職を変えられたのかなって思うの。



 母のストレスが日に日に溜まっていったのも、慣れない職場の環境のせいだったのかもしれないわ。きっとね。



 さて、私は戸惑い狼狽えていて、自分の体を支えるだけでも精一杯のことだった。だからその後、母が静かに男を片付け、血を拭き取り、痕跡を完全に無くしてしまったことに気づかなかったの。



 母は何日か仕事を休んだ。私も学校にしばらく行けなかった。夜が明けても放心状態の私を母が支えてくれて、か細い生活だったけれどずっとこもっていた。



「ご飯はいいの?」


「……お腹すいてない」


「そう」



 そんな状態で生活を続けて、数日が経った時。多分一週間も経ってないわ。家のドアが、ドンドンと荒くノックされた。



 男の死体を見たばかりの私は、その音にひどく縮こまり萎縮した。見なくてもわかったわ、あの男の仲間が来たんだって。



 まあそりゃそうよね。男は家に来てから帰っていないもの、怪しんで家を訪ねてくるのは当然よね。



「まったく、こいつもやってやるわよ」



 母はもう壊れていて、再び包丁を手に取ったその表情は笑みを帯びていたわ。そのままドアに向かっていき、相手の姿が見えた瞬間に刺し殺すつもりなんだなっていうのは、怯えながらもわかった。



 私なんて気にかけることもなく、意気揚々と玄関に立とうとする。それを私は影から見ているの。



 と、母が準備万端で相手を迎えようとした時。ドアが、バネでも入ってるかのように勢い良く開いた。



「よう奥さん! 失礼しますよ」



 ドアの開く音に負けない、騒がしい声が聞こえた。初めて聞く声なのに、嫌気がさして。きっと、あの男と同じ匂いがしたからね。



 母が刺すスタンバイをする前に入ってきちゃったから、すぐに殺せなかったし、相手もそのことに気づいてしまった。



「ん、その包丁はなんですかぁ? もしかして俺を殺そうとでも考えてました?」



 母は悔しそうに歯を食いしばり、私に向けたのとは違う睨みを効かせた。男の仲間は余裕たっぷりに言う。



「どうせ殺せないくせに、一丁前に包丁なんか握っちゃって。じゃあ刺してみたらどうです?」


「……じゃあ望み通り、殺してやるわよ!」



 そう叫んだ母は、包丁の刃を振りかぶって彼に刺そうとした。その時の母は、少しも躊躇いなく殺そうとしていて、壁から覗いていた私は不気味さを感じたわ。



 男は危機一髪といったところで、その刃を避けた。冷や汗でも流していそうだったわ。



「残念ね、私はもう手を汚したわ。あなたの仲間はもう消えた。一緒に送ってあげるわよ!」


「ちっ……」



 今度は母が笑う番だった。男は焦りながら、何故か家の中にさらに侵入してきた。母からの攻撃を回り込むようにして避けた男は、その立場的に家の中へと逃げるしかなかったのね。



「こっ、来ないで!」



 玄関と廊下を跨ぐ壁に隠れていた私は、慌ててリビングへ戻っていった。男は家の構造がわからないから、私にとりあえずついてきてしまっていたの。



 つまり、私と男と母の3人がリビングに集合したってこと。



 私はリビングから出るに出られず、極力目立たないよう隅の方で震えていた。隠れているわけではないけれど、ふたりの眼中に私は入っていないはずだから。



「っざけんなよ……」


「必ず殺してやるわよ」



 狭いリビングでのふたりの戦いが始まったわ。所構わず包丁を振りまわす母と、それをなんとか避けながら打開策を考えているであろう男。



 その時間は5分にも満たなかっただろうけど、その時の私には数十秒の映像が永久にループしているような、そんな気分だった。



 角の壁に寄りかかりながら、攻防を見ていた。男の顔や腕に小さな切り傷はつきつつも、双方決定的なダメージは与えられる気配がなかった。



 私自身も、どうやってリビングから出ようか脳を巡らせていたわ。そうやって自分の身を守らずに、ぼぅっとしていたからいけなかったのね。



 突然怒鳴り声がした。



「観念しなさいっ!」



 包丁の刃が男の皮膚の寸前まで来る。男はそれをなんとか避けるが、すぐまた次の刃が飛んでくるのを予想して、男は行動に出ることにしたらしいわ。



 男は突如私に近寄ると、回り込んで羽交い締めにした。



「っ!? や、やめてっ!」



 今まで男がいた位置に、私が丁度代わって立ったような感じ。そう、まさに身代わりみたいになったの。



 そして目の前を確認した時には、もう遅かった。お腹のところに包丁の刃先が見えた。そしてそれは、なんの躊躇もなくお腹に突き刺さっていったわ。



 思い出したくない、嫌な音がした。



「がっ……! あ、あぁぁぁあぁあっ!」


「っ!? ちっ、違う。私はこいつを狙って……」



 私はお腹を刺されて、痛くて痛くて。その痛みに任せて悶え叫んでいた。対して母は、私を刺してしまったパニックで、膝から崩れ落ちてしまった。



 男は手足を震えさせながらも、捨て台詞を吐いて家を出て行った。私を身代わりにしたのは男自身だけど、その事実に直面すると大慌てするものなのね。



「これに懲りたら、二度と包丁なんて持つなよっ!」



 家にはお腹を裂かれた私と、心を裂かれた母のふたりが残った。



 母は必死に呼びかけてくる。



「ねえ、ねえ! ごめんねごめんね、だからお願いだから生きて! 死なないでよ!」


「う……お母さん、私なんとなく……わかるんだ。もうすぐ……死んじゃうって」


「そんなこと言わないでよ! 今までごめんなさい! 大事にするから!」


「お母さん、そういうことじゃ……ないんだよ。私は大好きだったよ、お母さんのこと……」


「うぅ……私あなたが大好きだから、逝かないでよ」



 予兆もなく刺されて、慌てないわけもないし落ち込まないわけもない。けど今の状況をよく考えてみて、今死ねば母の邪魔をしなくて済むって考えたの。



 だから、お腹はひたすらに痛かったけど、死ぬことに躊躇いはなかった。だから私は、伝えたいことをひとつ伝えることにした。



「お母さん……?」


「な、なに………」


「こんなところで退場しちゃうけど、この先元気に生きてね? これまでわがまま言ってごめんね。生んでくれて、ありがとう」


「っ……」



 母は目を押さえ私に抱きついた。母の体のいたるところに血がついたけれど、そんなことはつゆほども気にせず母は私を強く抱きしめる。



「またね……お母さん」



 私はそうやって、母に暖かく包まれながら亡くなったの。

お読みいただきありがとうございます。

ついにヒール編が終わりました。

彼女の過去も壮絶でしたね。天界についた先に待っている一波乱も、お待ちください。

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