幸も不幸もさようなら
イーザがそうやって、ルバーナとシェフィアに退学を言い渡した後。ルイズたち3人は部屋に帰ってこもってた。学校は休んだよ。
ま、行けるわけもなくてね。初めて糸電話が使い物にならないと思ったよ。
その時のルイズは、ルバーナとシェフィアに話を聞きたい……というか心情を聞きたかった。本当に寮から、学校から去っちゃうのかって。
でもふたりとも、ついさっきイーザからショックを受けさせられたばっかりで。心の傷を抉るわけにはいかないしさ。これ以上状況を悪化させられないから、気持ちが混濁して怒鳴り散らしたい気分を抑えて部屋でじっとしてた。
……その日はずっと、そうしてたかな。食堂に若い男の人がいて。見習いなのか優しいのか、昼食とか軽食とか持ってきてくれて、人にあったのはそれくらい。
「お腹すいたでしょ? ……残してもいいから、一口は食べてね」
「……ありがと」
そのぐらいの会話しかしてないな。ひょっとしたら人の気遣いを感じたのって、その時くらいかもしれない。その人とは特に仲よかった訳じゃないんだけどさ。
で、夜。夕食の時間が来て、いつもの席に座った。いつもの席っていうのは、テーブルを組み替えて3人で三角形に座る席。食事中にずっとこそこそ話してるね。
でも、一言も口を開かなかった。ただ黙々と食べて、お代わりもしないで。すぐにルバーナやルイズに頼るシェフィアも、気持ちが整わないのか顔を見ようともしなくてさ。
空気が重かった。夕食はそれで終わった。ルバーナの方は特にだけど、とても話しかけられる雰囲気じゃなかった。
風呂も入って、その日はそれで終わると思って部屋のベッドに入った……ら、不意に糸電話が揺れだしたんだ。しかもルバーナの方からさ。
憂鬱でまともに寝る気はなかったのもあって、一瞬でその着信に応答した。
「はい!」
「わっ、急に叫ばないで。うるさい」
「あー、ごめん。……ルバーナ?」」
「……あのね、今朝のこと。あれ、冗談じゃないらしいわ」
「え、どういうこと?」
ルバーナからの返事は遅かった。息遣いは聞こえて、荒かった。でもルイズも混乱してて、聞き返さなくていいことを聞いてた。
「さっき言われたんだけどね。私、というか。私たち、本当に退学させられるの。イーザに言われたの」
「……えっと、嘘じゃなくて」
「うん」
「あ……えっと、え……」
朝からずっと目を逸らしてきた事実を、夜にはっきり叩きつけられたんだ。ルバーナを疑っている訳じゃなかった。
動揺していて、なにか喋らなきゃと思ってて。でも言葉が全然出なかった。頭の中は空っぽでね。口調はしどろもどろになっちゃったよ。
ルイズがおろおろしてるうちに、ルバーナとの糸電話から声が聞こえてきた。
「あ、私だよ。ごめんね、お互い守るって言ったのにこんなすぐ消えちゃって」
「シ、シェフィア?」
「今ね、荷物まとめてるの。明日には出てけってさ。……理不尽だけどさ、これ以上酷い目にはあえないんだ。私が罵られるのはいいけど、家族に迷惑かかるのは一番いやだから」
「ほ、本当に……」
情けないし恥ずかしいけど、もうすぐ目の前からふたりが消え去るとわかって、ルイズはボロボロに泣いてた。電話だからよかったかな。こんなところ絶対見せたくない。
口抑えて、目を服の袖で擦って。でも声は殺してさ。
声の主はルバーナに戻った。
「ごめんなさい。もう私たちは帰れない。先を見据えて行動しなかった、私の判断ミス。なにしたって許されないってわかってる。3人でいることが大事だったのに、一体なに考えてたのかしら私」
「……そんなこと、ない。ルバーナは、シェフィアは私を守ってくれて、庇ってくれて。私たち、誰も悪くない……」
「うん。ねぇ、私まだ話したいことがたくさんあって。でも、あいつの見回りなんてものがある。いつまでも話してられないの。私はいつまでも喋っていたいのに」
「…………」
「私、家に戻ってすごく忙しくなると思う。シェフィアも然りね。でもいつか、手紙送るわ。連絡を取ろう。そうしたらいつまでも私たちは繋がれる」
「そう、そうだね」
「ふふ、そんなに悲しまないで。……確か明日は、行事があったわね。まだここに残るあなたは、早く寝た方がいいんじゃない? 大丈夫。起きたら私たちはもうきっといないけど、またすぐ会える。ね? もう寝よう」
「うっ……うん。……おやすみ」
「はい、おやすみ」
「おやすみー!」
糸には、嗚咽するルイズの声。我慢して優しく喋るルバーナの声、最後まで元気な声色を見せるシェフィアの声が通った。
それはいつも通りの寝る前の儀式で。3人が互いにおやすみと言い合ってから寝るんだ。この日はその儀式、最後の日だった。
……泣きっぱなしの夜は終わって。なにも変わらない風な朝がやってきた。そばの糸電話は、見るだけで辛かった。とりあえず朝礼に向かった。
ずっと、ポジティブに考えるように頑張ってたんだ。少しでも邪魔な思考が入るような暇な時は、手紙がある、手紙があるって自己暗示かけて。
学校じゃルイズの事情なんて誰も興味ないからさ、明るい女の子を必死に演じた。自然にできていたか自信ないけど。
そうやって、何日も何週間も耐えてきた。でも一向に手紙は届かない。忙しいとは思うけど、なにかあったんだろうか……そんな風に考えてた。
だからもう、思い切って聞いてみたんだ。手紙か何か来てませんかって。寮についての最高権限を持ってるのはイーザだから、渋々そいつに聞いたけど。
「あの……手紙とか、そんなのありません?」
「手紙? もしかして、あのふたりからですか?」
「あ、そうです」
ルイズについて全く関わってこないイーザがふたりの名前を出した。もしかしてきてるのかな、なんて考えた。まあそんなこと滅多にないだろうけど。
なんて、勝手にひとりで盛り上がってたらさ。あいつ、なんて言ったと思う。
「シェフィアとルバーナ。彼女たちからの送り物は基本的に拒否対応を取っています。ですから手紙なんて届きませんよ」
「……拒否対…………は?」
こっちの目も見ないで、どこみてんのか知らないけど淡白に言いやがって。何度も殺意が沸いたことはあった。ふたりのことを馬鹿にされて。でも迷惑かかるから抑えてきて。
でも、まぁ、もう無理だった。幸か不幸か凶器的なものはなくて、殴りかかるしかなかった。
「お前、ふざけんじゃねぇぞ!」
イーザは予測してたみたいに、わざとらしく声をあげた。
「痛いし怖いですね。これはあなたも、退学行きですか……」
「なんでもかんでも退学退学言えば済むと思ってんのか! 大間違いだぞ!」
あいつは見下して嘲笑ってた。
「はぁ……折角ルールに従えないあなたを、ここから脱出させてあげようと努力していたのに。彼女らに固執するからいけないのです」
「……もうお前の言い訳は聞かねぇぞ」
「気にならないのですか? あの意味不明な噂の真実」
「…………大体わかってる」
「あら、そうでしたか。私が噂を流していたということ、知っていましたか」
「……想像はつく! そんな終わったことどうでもいい、お前を殴ったって意味ねぇのは目に見えてる。もうふたりには会えないし。それならせめて、お前を社会的に殺してやるよ!」
「あなたはいわゆる負けです。今更なんです?」
もう煽りはこりごりだった。傷つくことしかない世界にもおさらばしたかった。ルイズは走って寮の部屋に戻ると、セット済みの紙とペンで高速で遺書擬きを書き始めた。
ふたりが去るとわかった夜。その時すでに死にたくなっててさ。勢いで遺書のセットくらい用意してみたんだけど、そんな勇気なくて。でも決心はもうついた。
今まで受けてきた仕打ち、ルバーナやシェフィアやルイズが流された噂のこと、周りの冷たい目、私利私欲で権力を好き放題する誰かさん……遺書というより、日記かな、手記かな。思いの丈と事実をぐちゃぐちゃに書き連ねて、乱雑に机に置いた。
そして疲れ切った腕を振って、ルイズは屋上に走ったんだ。途中追ってきたイーザとすれ違った。なにか言ってたんだろうけど、もう知らない。
屋上に鍵なんてなくて、あっさり入れた。憎いくらい空は晴れてて、気分にそぐわなかった。3人でよく話してたんだ、正直言って晴れより曇りのほうがありがたいよねってさ。
……もう一生ふたりには会えない。感情に任せて暴れても、権力に捻じ曲げられるだけ。それならって、考えた。
柵は低いから楽に越えられる。深呼吸なんかしちゃってさ。
「ありがとう、ごめん。ルバーナ! シェフィア! ……また家と寮と学校っていう、小さい世界しか知らないけど」
閉じ込められた檻の先が、もっと辛い針山と血の池地獄なら、もう全部投げ出したい。あんな世界で生きるなら、あんな大人とやらに成長するなら、なにも知らない子供のままで死んでやる。
馬鹿でくだらなくて、ガキみたいな考えで構わない。単純に、もう辛いのは嫌だ。
「ルバーナ、シェフィア。懸命に生きて。……私欲で私たちを苦しめた、お前。さっさと死にやがれ」
ぐだぐだ生き残っても仕方ない。足りない語彙で空にそう伝えたら、もうさよならだ。
「ふぃー……ばいばい!」
ルイズはそうやって、笑ってハイジャンプした。
お読みいただきありがとうございます。
ついに、ルイズが身を投げてしまいました。
イーザを社会的に抹殺するために、と意味のある投身をしたつもりのルイズですが、影響はあったのでしょうか。
もう一話くらい続きます。




