打ち砕かれる希望
ふぅ……そんな調子で、ルイズたちは学校に行った。朝礼の時点で噂が広がりまくってたんだから、人口の増えた学校じゃ余計にだよ。
しかも、噂の内容が聞こえてきてさ。シェフィアだけじゃなく、ルバーナのこともなにか言っていたよ。
でも絶対直接は言ってこなくて、丸見えの陰口だった。担任の目もいつもと違った。
……どんな噂かは言いたくないよ。事実無根だとしても、あのふたりのことをあんな風に思われるのは嫌だからさ。それにもう、忘れかけてたんだ。
そんなことはいいだろ。で、ここからだよ。その日はぼんやりした嫌悪をずっと感じながら過ごして、帰りもわだかまりを抱えつつ帰った。
帰りのオムニバスではシェフィアが下を俯いていて、ルバーナは黙っていて、すごく空気が悪かったのを覚えてる。
多分シェフィアは怖がってるから話しかけなかったけど、ルバーナはなにかを考えてる感じだったから声をかけてみた。
「ルバーナ、考え事?」
「……ああ、うん。私、イーザに脅されたことと周りの目が怖くて、極端に控えめに今日過ごしてたんだけど。初めはとりあえずはっきり傷つくことがなくてほっとした……と思ったけど、想像以上に辛かったわ」
「そう……ごめん」
「うん。でも辛いのと同時に、あなたが毎日イーザからこんな仕打ちを受けていること、昨日のあなたひとりだけがこんな思いをしていたこと、色々わかったわ」
ルバーナは口に手を当てて話していたけど、それを外してルイズの方を見て言い出した。申し訳なさそうにして言ってきたんだ。
「私の家の都合だからって、あんな情けない姿を見せちゃって……恥ずかしいし申し訳ないわ」
「ルバーナが謝ることないって。家のことってのはどうしようもないんだからさ」
「あんな弱気でいるからイーザが調子に乗るのよね。ねぇ、私決めたの。これまであなたにばっかり辛くさせてきたから、イーザや周りから守るって」
「え、どういうこと?」
次の言葉を言う前に、ルバーナは下を見ていたシェフィアの腕を引っ張った。「なにっ!?」ってシェフィアは驚いてたけど、ルバーナは気に留めないで言葉を続けた。
「私たち、それぞれ事情があって辛いものを抱えてる。だけど今、現在進行形で辛いのは私でもシェフィアでもない。そう、あなたが一番直接辛い思いをしてきた。だから私たちは、あなたを最優先で守るわ」
「そ、それ私も?」
シェフィアが内容を把握できてないから、戸惑ったまま返事をした。
「無理には誘わないけど。できれば、賛同して欲しい。シェフィアも今日辛かったでしょ? それを毎日受けてたのに、一言も弱音を吐かなかったのよ。それどころか場を盛り上げてくれて」
「えっと、否定はしないよ。頑張って寮に入った時からの友達で、ずっといつも一緒にいたから。守りたいし大切にしたい。……もう周りの目が怖いとか、グダグダ言ってられないよね」
「ふふっ。それは良かった」
話してふたりが見せた顔は、晴れやかというか覚悟を決めた顔だった。目は温かみを持った鋭さで、敵視したものだけを裂く爪みたいだった。
客観的に見ればおかしいよな。陰口を一日中言われて、寮に帰った後もイーザから口うるさく言われるかもしれないのに。薄くでも笑ってるなんてさ。
ふたりがルイズを守ってくれるって言ってくれたからさ、こっちも覚悟を宣告しといたよ。
「ルバーナたちがそういうなら、私はふたりを守るよ。少なくともイーザからはね。あいつの扱いは慣れてるから、任してよ!」
「それは嬉しいけど、身を捨てないでよね。私たちの努力が水の泡だから」
「そうだよ、私頑張るから!」
いつのまにか勝手に、オムニバスは寮に着いてた。笑いながら喋ってるうちに時間を忘れて、普段通りの感じになってた。
簡単に話に花を咲かせられる女子の友情って、こういう時は良いよな。
この日は寮に無事着いて、美味しく夕食を食べて、さっぱりした風呂に入った。イーザも見かけたけど、なんでだかなにも言われなかったからそのままベッドに行けたよ。
その不自然さというか違和感に引っかかってはいたけど、気持ちよく寝られそうだったし気にしないで寝た。
で、次の日起きた。分岐点は、その日の朝会だった。
毎朝恒例の朝会に恒例の3人で行って、周りの目も跳ね除けるくらいの気持ちでいった。そのおかげか、シェフィアが怯えることはなくなってた。
しばらくたって、朝会が始まった。いつもの点呼も済ませて、もうすぐ待ち遠しかった朝食が……と思ってたんだけど。前に立った人物を見て、空腹だとかは吹っ飛んだよ。
女子たちみんなも、そっちを見てた。イーザが手を前で組んで、ぎろりと立ってたんだ。
「なにか言うつもりなのかな……」
周りやシェフィアが小声でそう呟いていたけど、それら全部かき消すくらいの張りのある声でイーザが言ったんだ。
「皆さんの耳にも通っているとは思いますが、この女子寮にいるひとりの女子。彼女は規則や女子としてのマナーを破りに破っています。最近皆さんたるんでいるかと思いますから、そんな彼女のようにはならないよう今後とも注意しなさい! 女子として人として重要なことです、これからも意識するように」
ルイズだけじゃない。その場にいた生徒全員が黙って呆然としてた。まあ、当然というほかないよな。女子たちだって陰口を言うにしたって、こんな全員の前で堂々と自分たちの話のネタが披露されることは予測してなかったろうからさ。
で、肝心のルイズはもっとショック。初めてくらいの感覚で、放心状態になったよ。自分を悪い意味での模範にされて、傷つかない奴は多くないはず。
そしてルバーナとシェフィアは、オムニバスで誓った通りルイズを気遣ってくれた。女子たちが、動揺の色を見せないようにしているのとは違ってな。
声はかけないでくれた。ただ落ち着かせる為に肩を包んでくれた。
その朝会の時のルイズは、頭が真っ白でなにも考えられなくてさ。多分イーザは言い終えて壇上から降りようとしてたんだろうね。
足音だけの、誰も水をさせないくらいの静寂に、ひとつの声が響いた。
「あんた、いい加減にしなさいよ!」
ルバーナの、聞いたことのない怒った声。ぼぅっとしてたルイズが壇上を見たら、醜い瞳でルバーナを見るイーザが確認できた。
対してルバーナは、微塵も負けも怯みのなさそうな強気な眼差しをしてた。横にいるシェフィアも、恨みの気持ちを込めて睨んでたか。
イーザが恨めしそうに言っても、ルバーナは関係なさそうに貫くように叫んでた。
「あなたは、3人組の……」
「名前なんてどうでもいい。ふざけるのも大概にして! 根拠のない噂に踊らされて、結果ひとりの人間、そしてその周りの人間を傷つけて! 生徒はあんたのストレス発散機じゃない、玩具じゃないのよ!」
控えめなシェフィアも、勇気を振り絞ったんだろうね、叫んでた。
「そ、そうだよ。見た目だけじゃなくて、脳細胞まで年食ってんの? 人の話聞かないで一方的に主観語って。それは下らない噂で盛り上がる子供と同じだよ!」
「なっ……!?」
イーザが驚かないわけないだろうな。誰かが暴れるとしたってルイズだろうと踏んでただろうから、ルバーナたちが反抗してくるとは考えてなかったんだろう。
閉じた耳も、ざわつく雑音は捕らえた。認めたくない景色の写る目も、うろたえるイーザは受け入れた。言った通り、ルイズを守ろうとしてくれてたんだ。
ルバーナはだめ押しで言った。
「あんたが淑やかを強要しないで、意味を丁寧に伝えて寄り添って考えてれば、互いにいい結果だったはずでしょ!? 嫌いだからってどれだけ名誉を堕落させれば気がすむの。反省くらいしなさい!」
「…………」
イーザは、なにを考えてたんだろうか。知らないし知りたくない。でもな、次に出た言葉、なんだと思う? 反省なんて、やっぱりあいつはしなかったんだ。
「ルバーナに、シェフィアでしたか」
「名前を呼ばないでよ、穢らわしいから」
「ふん、そんな口が叩けるのも今だけですよ。……あなたたちふたりは、この寮を出てもらうことにしましたから」
「……っ!」
側でルバーナが、歯を食いしばっていた。シェフィアは変わらない敵意の目を向けていた。……イーザは、とても嬉しそうに笑って言った。
「ああ、学校にも頼んで、退学にもしてもらいましょう」
お読みいただきありがとうございます。
やっとはっきり物が言えてすっきりした、かと思えばまだイーザが余裕な態度を見せます。
退学と言われてしまいましたが、次回のルイズの選ぶ道はなんでしょうかね?




