感染する噂
不安は残ってたけど熟睡はできていて、定刻に叩き起こされたよ。ドアはドンドン叩かれていて、糸電話は震えていて。
最悪の目覚めだったなぁ。今思えばそれが、地獄の始まりを知らせてたのかも。
ルイズは眠くて霞んでる目をこすって、怠くて重い体を持ち上げて、ドアを開けた。そこには予想通り、イーザがいた。寝起きから最悪だった。
「朝礼の時刻5分前ですよ! まだ寝ていたのですか!?」
「あー、すみません……」
「そこまで腑抜けでしたか。まったく、こんなことだから私が手を打たなければいけないのです……」
イーザはそんなことを言って、朝礼の場へ行った。最後の言葉は吐き捨てるように言っていて、霧のかかったルイズの脳でも怪しく思ったよ。
着替えは食事の後だからそのまま廊下に出た。さっき糸電話が鳴っていたから、隣にはまだルバーナがいたな。目が合うとなにも言わないで、手を取って朝礼へ歩いて行ってくれた。
なんか変な感じだったけど……あっちも寝起きだったのかな。ルイズが戻るまで起きていてくれたし。とりあえず一言、挨拶くらいはしておいた。
「おはよ、ルバーナ」
「ええ、おはよう」
「……シェフィアは?」
「先に行ってるわ。今まで私も一緒にいたんだけど、あなたが中々来ないから迎えにきたの」
「あ、そうなんだ。電話まで揺らさせちゃって、手間かけさせたね」
「いいの。ほら、昨日のこともあるでしょ。……時間がまずい、急ぐわよっ」
「うん」
目の冴えてるルバーナの誘導はシャキッとしてて、わかりやすかった。後で考えてみて、3分くらいで着いたんじゃないかな。
並ぶ列が一緒だから、最後まで連れてってくれた。到着したところにはルバーナが言った通り、シェフィアが待っていたんだ。
シェフィアは周りに比べたら気弱で打たれ弱い子だから、ひとりにさせたのが申し訳なくて謝ろうと肩を叩いたんだ。朝礼は始まったけど、点呼みたいな感じで話の内容はどうだっていいからね。
そうしてルイズとルバーナの方を見たシェフィアは、何故だか拳を握りしめて目を若干伏せてた。怯えてるって感じで。
もちろんルイズたちは不審に思って、ひっそりと聞いてみたんだ。気弱といっても、イーザとかの間でそういう態度は低評価だから、易々ととらないはずだからさ。
意識が冴えてて色んな意味で強いルバーナが、肩を包んで質問した。あ、もちろんルイズも一応な。
「どうしたのシェフィア? 怖いことでもあったの?」
「どうした?」
「あ、ルバーナ……怖い、怖いよ……」
「落ち着いて。敵はいないから、私たちがいるよ」
あ、こういう慰めをしてるのはシェフィアの怯え方にあって。周りの人間に責められているって思いが強くなって、全員が敵に見えて、焦りに焦るんだ。
だから、一旦味方の存在を教えて落ち着かせて、話を聞くっていうのがいつものこと。このときの焦りようったら、見たことなかったくらいだけどな。で、続きな。
「大丈夫?」
「うん……あのね、ルバーナがここから出て行ったその時から、近くの先生とか皆が変な目で見てきて。冷たいというか……突き放すというか……ただとにかく怖くて」
そう言うシェフィアの言葉に、ルイズはすごく共感したよ。だって、変で冷たい皆の目線っていうのは、昨日一日中ルイズが浴び続けていたものだからね。
でもその時気になったのはそんなことじゃなくて、シェフィアがその目線を浴びていたってことだ。
一瞬とはいえ、その奇妙な目線はシェフィアにだってルバーナにだって浴びせたくなかったのに。あれは心を抉られる、銀製のナイフみたいなものだよ。
ルイズはそんなことを考えていて黙っちゃったけど、ルバーナは変わらず気丈にシェフィアを支えていた。
「わかった。続きは食堂で話そう。ほら、点呼もうすぐシェフィアの番よ」
朝礼の時に精神をしっかり保ってたのはルバーナだけだったよ。シェフィアは周りの目に怯えてるし、ルイズはついに友達を巻き込んでしまったことに落ち込んでたから。
点呼の元気もあまりなくて、朝礼からの帰りにまたイーザに一言言われたよ。
ただ、ルイズにとっては恒例行事だけど、シェフィアにとってはだめ押しの出来事だったろうな。直接は言われていないけど、思い込みの強いこのときのシェフィアは、なんでも責められている風に感じるんだろうね。
イーザも何故か、シェフィアとルバーナを睨んでいたし。ルイズへの小言が終わった後は、さっさと食堂に向かったよ。
ルバーナとルイズはお互いわかってた。シェフィアをこれ以上傷つけたくないって。
少し前から雑音で賑わっていた食堂にようやくついて、シェフィアの分も配膳して朝食を食べ始めた。
シェフィアは食欲がなくて、ほとんど手をつけなかったなぁ。好きなスープは唯一よく飲んで、その様子を伺っていたルバーナが声をかけた。
「シェフィア。辛いと思うけど、詳しいこと話してくれる?」
「……ルバーナが出て行ったその時から、周りの目が鋭くなって。私を刺すように見てきて。私急に怖くなって俯いたの。でも頑張って遠くを見てみたら、私を見ながら内緒話してたの」
「内緒話? シェフィアになにかあったのかな?」
「わかんない。でも、私のことを言ってたんなら……その、こういうことは言いたくないんだけど……」
シェフィアは礼儀も正しくて、色々と遠慮してしまうタイプだ。でも今は緊急事態と判断して、ルイズはそれを捨てるように言ったよ。
「いいから、私たち友達だし味方だから。間違ってたら直せばいいし怒らないから、一回ぶつけてみてよ!」
「ちょっと、シェフィアが辛いでしょ。後大声は……」
そうやってルバーナは、当然シェフィアを大事にしたがったけど、ルイズは少し厳しくしても良いかなっと思ったんだ。
「大丈夫! シェフィアはどれだけしなったって、最後まで折れないでしょ」
「そ、そうだっけ? ……でも、言わないことには始まらないよね。うん、私言うよ」
「うん。それで、言いづらいことっていうのは」
「えっと、私のことを言ってたんなら……もしかしたら昨日の噂の影響が私にきたのかなって」
ルバーナもシェフィアも、黙っちゃったよ。ルイズはなに言われたって構わないけど、ふたりが重い空気になるのは嫌だった。だから明るくすることに努めたよ。
「それは、だいたい予想付いてたよ。シェフィアにまで迷惑かけちゃって、ごめん」
「いいの。辛いけど、どんな気持ちで昨日一日過ごしていたのかわかったよ」
「別に、わからなくていいんだけどさ……」
「そっか、ふたりともそんな目にあって。私、なんにもできてないのね」
そう。なんにも傷ついてないルバーナは、しなくてもいいのに悔しそうに言っていた。ルバーナにはというか、誰にも傷つかないで欲しかったんだけどな。
まだ被害にあってなかったルバーナは、なにかできないかって噂の出所を探そうとしてたんだ。
「ねえ、噂の影響ってことなら、シェフィアのことも噂になってるってことよね? その噂って一体誰が広めてるのかな?」
「確かに。……皆がみんな、全員良い風を装ってるっていうのに、そんな噂なんかがはびこる意味がわからないね」
ルイズたちはそんな風に、いつのまにか通常の調子で会議をしていたよ。食事も捗っていて、シェフィアも最後にはちゃんと完食していた。
話は進んでいたから、学校への道でも話そうかととりあえずまとまったところで、一番出会いたくないものに出会った。イーザだよ。
しかも用件が、ルイズにだけじゃないらしかった。
「あなたたち、私にはわかっているのですよ。食事中はしたなく喋っているのを」
「それは……そうですか」
「あなたたちは常に3人でいるようですが、困りましたね、ひとりとして歯止め役がいないとは。3人揃って女子としての基本がなってないなんて、思いもしませんでしたわ」
「は? あのどういうことですか」
ルイズは毎日が辛い分、友達のこのふたりを誰より大切にしてきたんだ。だからそれを目の前で侮辱されるっていうのは、怒らずにはいられなかった。だからそんな返事をしたよ。
でもイーザには感情がないのか、顔色一つ変えず、眉ひとつ動かさず話題をまとめやがった。
「つまり言いたいことはですね、これ以上淑やかにしないようでしたら、退寮……最悪退学も、私の手によれば簡単なことなのですよ」
「退……? なに言ってんだ?」
ルイズは言葉に困惑してたけど、ルバーナとシェフィアは怯えていた。何故なら、そのふたりは決して裕福とはいえなくて、特にルバーナは親に楽をさせたいって頑張ってた。
そんなことをされたらふたりとも、学生生活が保障されない。強気で筋を通したがるルバーナも、これには逆らえないらしかったよ。
「あ、あのっ! これからそのような行為は控えますので……今後一切金輪際致しませんので! 私たちのひとりにでも、そんなことはしないでくださいっ!」
「ルバーナっ!? なに言ってんの! こんなイーザなんかが、退学させられる力があるわけ……」
「失礼ですよ、言葉遣いも乱れています。それと私にはれっきとした権力がありますよ。あなたたちのような子供が知ることではありませんがね」
イーザは常に上から目線。この時もそうだった。それでもルバーナの頭には許してもらうことしかなくて、ずっと頭下げてた。
……はぁー、思い出したくない。シェフィアも必死な目をしてて、でもなにも出来なくてもどかしそうで。
「規則を破るものには罰が降ります。さぁ、さっさと淑やかに学校へ向かいなさい」
イーザはまた、言いたいだけ言って消えた。頭をあげたルバーナは、こっちを見ようとしなかった。こっちだって見たくなかった。
イーザの前で一言も発さなかったシェフィアが、ルバーナを気遣ってやってたよ。
「ルバーナ、今日は休んでもいいよ。私先生に伝えるし」
「いや、いいよ……大丈夫」
今も思い出すな、あのルバーナの作り笑い。あんなわかりやすい作り物の笑顔……ルバーナは嘘が下手くそだった。
そんなとんでもない状況になって、より一層怒りが増したよ。ルイズは独り言のつもりで言った。
「こんなことになったの、広がった噂のせいでもあるよね」
「そ、そうだね」
返事はシェフィアだけがしてくれたよ。ま、無理にルバーナに答えさせてもやだけど。
「あんな噂流したの、本当誰だよ……こんな、誰も得しないの」
「そうだね。噂が流れて私たちの評価が落ちて……起きるのは、私たちがこの寮や学校から出ていくことだけだよ」
ルイズはシェフィアの、その何気無い言葉を逃さなかった。起きるのは、ルイズたちが出て行くことだけ。……それって裏を返せば、ルイズたちが出て行くことが得になる、ってこと。
つまり得するのは、ルイズたちが寮や学校から消えて欲しい人物……。ルイズはもう、真実にたどり着いていた。
なのに、一体どうしてどこで間違えたんだろうな?
お読みいただきありがとうございます。
思ったよりルイズ編が伸延びてますが、その分楽しんでいただけたらいいなと思います。
イーザ。何をどうしたいんでしょうね。




