お茶会の始まり
「……今回も、神勅を受け賜らせていただきました。今後も、その天啓によって我らをお導きください」
私は祭壇へ祈る姿勢のまま、神にそう伝えた。神の声は聞こえない。しかし神の考えることの旨は、脳内にこだまするように響いてくる。
言葉にするなら、頭の中に新たな常識がじわじわと構築されていく感じだ。なんの違和感もなく、分離されていた粘土が伸ばされながら接着されていくような。
私は姿勢を戻しきっちりと立つと、一礼し祭壇を降りていった。
四大天使のうち、神の御心を伝える役目を持つ私は、定期的にこの祭壇に訪れ神からお言葉をいただく。だから、ゼルにリザレイを説得するよう頼まれていても、この儀式だけは欠かせない。
手短に終わらせるという不躾なこともできないから、じっくり時間をかけて行ったつもりだ。
「……とはいっても、あいつのことも気になるな。帰るのは早くするとしよう」
祭壇の近くにはゼルの家がある。毎回、横目にちらりとそんな木小屋が映る度、見すぼらしくてどうしてあんな所に住めるのか、と思ってしまう。
まあ、今はそんなこと無視して、自分の家に帰るとしよう。
♦︎ ♦︎ ♦︎
トン、と足を雲につける。無心でたどり着いた見慣れた家の奥に、人影があるのがわかる。
おそらく傷心気味のリザレイが居るのだろうが、どう接するといいのだろうか? ……考えすぎてもかえってぎこちなくなるか。いつも通り、平常運行でいこう。
ドアノブを握って家の玄関にあがる。
「リザレイ、居るか」
今私がいる広い部屋。その奥の椅子には、まるで黄昏ているような哀愁漂う背を向けて、リザレイが腰掛けていた。
私の呼びかけには数秒遅れて反応した。体が一瞬震え、そしておもむろに振り返る。
「グリウ。帰ったんだお疲れ」
顔は笑んでいたが、目は笑っていないといった様子だ。リザレイは立ち上がろうとしたが、それより早く私は椅子に座った。
「……なに? グリウ」
「今しがた聞いた、アークとなにやらあったようだな」
「あ……」
リザレイは座り直す。さっきまで私に見せていた笑みはなく、疲れ切っていた様子だ。
いつも気丈に振る舞っているところをよく見るが、それは本当のリザレイでないことを私は知っている。何故なら、この家でよく弱音を吐いているのを見るからだ。ここは私の家だから、なおさらに。
と、リザレイが話し出した。
「……神様のお言葉は、聞いてるんでしょ?」
「ああ、ついさっきも神託をいただいたばかりだ」
私がそういうと、リザレイは幾分か安堵の色を現した。そのことから、私にはある一つの考えが浮かんだ。
「リザレイ、神を否定されでもしたか?」
「え……?」
「お前がそこまで落ち込む理由など、それくらいしかないだろう。蒸し返して悪いが、昔のこともあるだろう」
黙り込んでしまうだろうか。そう思いかけたが、どうやら思っていたより丈夫だったらしい。
「いや、平気よ。アークとふたりきりになった時、アークが神様のこと『神』『神』って呼ぶから、ちょっと腹が立っちゃってね」
「そうか」
「でも、アークがなに考えてるんだか、神様のことを侮辱するようなことを言ったの。挙げ句の果てには、神様を信じてなくって、神様がいないだとか……」
段々語尾が暗くなっていく。本題から逸らす為に軽く質問でもしてみた。
「リザレイ」
「え、なにっ?」
「アークが『神』と呼ぶことに腹が立ったということだが、天界でそう呼ぶ者は少なくないはずだが」
「それね。なんだかアークの言い方は、物を呼ぶみたいな感じがしたの。敬ってる感じがなかったというか。それに結局、アークは神様を信じてなかったしね」
少し喋るようになったな。元気が戻ってきていると、伝えるのも楽なのだが。
私はリザレイの様子を伺いながら、ゼルに頼まれていたお茶会について慎重に教えることにした。
「さて、私はお前に言うべきことがあるから帰ってきたのだ」
「言うべきこと?」
「近く、人間の相棒同士でのお茶会が開かれるらしい。で、リザレイも出席してほしい」
「相棒でのお茶会……なにそれ。行ってもいいけどさ」
「ゼルが言っていたんだ。まあ気晴らしにでも良いんじゃないか?」
リザレイは一瞬すっきりした顔をしかけて、次にはその顔をしかめていた。それにはなんとなく予想がついた。
「ねぇ……それって、アーク来るの?」
「んー……主催者がアレだし、来ないことはないんじゃないか」
リザレイは背を向ける。音はしないが、出かかったため息を飲み込もうと努めているのはわかっている。
背を見たままで私は言う。
「お茶会というのは名ばかりで、相棒たちの過去を話す会らしいぞ」
「……そうなの」
「察しはついていると思うが、ただの過去暴露大会ではない。お前とアークの為の会と言っても良い」
「まあ、そうだよね」
やっと顔を向けたリザレイ。また元気のない笑みをしていた。ただし元気を出そうと努力はしているようだが。
「自分勝手に不参加なんてしないわ。我がままな子供じゃないの、喧嘩相手と顔を合わせないなんて勝手なことはしない」
「そうか。それは私も気を使わなくて済むからいいな」
「嫌味な発言が目立つなぁ。私の行く気が失せたらどうするの?」
「自分勝手はしないんだろう。そんなことはないはずだ」
「うっ……やな奴」
さて、ここまでやったら私の仕事は片付いた。すぐに本来の業務に戻るとしよう。こいつも普段の調子に戻ったように思うし。
だが、戻ったとはいえ念には念を押しておこう。ドアの前に立った私だが、首だけ曲げて忠告していく。
「茶会は恐らくすぐに行われるだろう。覚悟は今すぐ決めておけよ」
「わかってる。さっさと行って来なさいよ」
私はふふっと笑うと、家を出た。
♦︎ ♦︎ ♦︎
「お、アーク!」
大きな丸テーブルの前に座るぼくの耳は、元気なはつらつとした声をとらえた。同時に目も、満面の笑みのままこの広い部屋に入ってくる少女たちを写した。
「ルイズ、それにヒールも」
ふたりは隣同士に座った。一緒にもきたし、仲はとても良くなったようだ。
「ついさっき、お茶会があるって聞いて。ちょうど私たち、このGホールにいたからすぐ来れたの」
ぼくは少し周りを見回す。
「確かに、一番にきたのはふたりだ。随分早いと思ったけど、そうだったんだ」
ヒールはうんうんと頷く。ルイズは対照的で、話を聞かないまま自分の言葉を貫こうとしていた。
「なあなあ、茶会ってなにをするんだ? ルイズたちなにも聞いてないんだ。ここに来いって言われただけで」
「あ、そうなんだ。えーと、お菓子とか紅茶を飲みながら、自分たちの過去について語ろうって奴なんだけど」
「え……過去って、その、地上にいたときってこと?」
ルイズの表情は一変する。それはそうか。なにも知らないわけだし、いきなり自分の過去について語れと言われても困るだろう。
ヒールはルイズの顔を覗き込んで、心配そうにしている。彼女自身は困っていないのだろうか?
「別にすぐ話さなくてもいい。ぼくから話し始めて、段々慣れていけばさ」
「そ、そんなものか?」
過去についてだと流石のルイズも動揺するのか。
ここはGホールの大部屋。宴会でもできそうなくらいの大テーブルがあり、ここで会を催すらしい。ベッドから抜けてきたぼくはゼルに連れられここにきて、他の相棒達を待っている。
待つついでに、ルイズとヒールにこの状況を説明しておくことにした。
ヒールはルイズにずっと視線を向けていたし、そのルイズは終始戸惑っていた。
まったく、少しぐらい説明しておいてよ。ゼル。
心中文句を垂れながら待つこと、何十分だろうか。長い時間なのか、話していたからわからない。でも、ぼくが今まで知り合ってきた相棒は全員いる。
その中にはもちろん、リザレイも。近くにはグリウがいる。ぼくは様子を知りたくて彼女を見ようとしたが、目があっても困るからやめた。
そんなことしたって、お互い気まずいのは変わらないのに。
と、この会を開いた張本人ゼルが、口を開きだした。
「今回はお集まりいただきありがとうございます。最近地上からアークという人間が天界に来たということで、親睦を深める意味でもこれを催したかったのです。まあ、急なことで、過去を話すなんてためらわれると思いますが……この際です、全部ぶちまけて仲を深めましょう。永劫付き合っていく仲ですからね」
ここにいる天使を除く、相棒たちは黙ってゼルを見ている。当然だ。過去を披露するというショーをするのは自分たち。自ら見世物になる気は誰もないと思うが。
最初はぼくから話すつもりだけど。さて、一体誰がぼくに次ぐんだろうか。
アークはぼくらの気持ちなんて知らないように、楽しそうに言った。
「さあ、ご自由に茶菓子を手にとってください」
お読みいただきありがとうございます。
やっとここにたどり着きました。
次回から始まる過去語り。是非お楽しみに。




