ぼくとハイン
「こんにちは」
椅子から立ち上がりハインと目を合わせたぼくは、なるべく丁寧に挨拶した。
フォーリの隣に厳格そうに立つハイン。細長いテーブルに向かいながら、余裕そうに話す。
「ゼルから聞いている。どうやら、魂と肉体は共鳴しなかったようだね」
「うん。近くに行っても、全然引き合わなかったんだ」
ハインは深く椅子に腰掛けると、気づけば出されているお茶に手を出した。ゼルを思い出すような飲み方をしている。
フォーリは側の壁に沿って、床に対して垂直に立っている。なるべく気配を消しているようにも思える。
「それなのに君は、まだここに残っているんだな」
そう言う彼の微笑は、完全な作り物に感じられた。彼の印象がゼロだったとしても、どこか疑ってしまうだろう。
口調は想像よりも少し穏やかだったけれど、父親のような、恐怖のオーラが滲み出ている感じはした。
でもハインのことは、はっきり言ってまだまだ知らない。ここはいつも通り、頑張って喋ろう。
「何故だか、器に入った時みたいにできなかったから。天界に残って肉体に戻る方法を探してるところ」
「ほう。私は詳しいことを知らなくてね、そのまま冥界へ行って、来世を待っていたっていいんだぞ?」
「まあ、実はそっちの方が楽かもしれないけど」
ぼくはそこまで言って、言葉を切った。ハインは首を傾げて不思議そうにしている。
「ごめん」と軽く言うと、続きを話した。
「ぼくはまだ地上にいたいんだ。肉体は一応あるんだし、可能性があるんだったらそれに賭けてみたいと思ってるから」
「そうか……」
ハインは吐息交じりに言って、手を組んで頬杖をついた。その時の表情は、目を見開いて、なにかを思い出したような確信したようなものだった。
今度はぼくが不思議そうに聞いた。
「どうしたの?」
「……前にゼルから、君の肉体の安否を確認しに行く理由について聞いたんだが。地上に未練があるかもしれないと言っていたのだ」
「地上に未練?」
ハインはフォーリに、なにかを頼んだ。フォーリは廊下へと消えていった。お互い黙ってお茶を飲む間に、真っ白な箱が運ばれてきた。
ハインは受け取ると、テーブルに貴重そうに置きゆっくりと蓋を開けた。
ぼくは横から、中身を覗き込んでみた。
「これって?」
そこに入っていたのは、図書室で引っ張り出してきた本よりも古そうで、そして薄い一枚の紙だった。
様子からして、長年大事にされてきた紙なんだろうけど、全く破れても汚れてもない。
「これは、天界の法律のようなものだ。決まりが7カ条、記されている」
ハインは手に、見たことのない布のようなビニールのようなものをつけた。それで、指先で一文をなぞった。
「ここには、未練のある者を天界は受け付けない、という旨のことが記されている」
「って、ことは」
「君には未練があるらしい。だから、あの時のゼルの言葉は間違っていなかったと、それがわかったのだ」
それだけ言うと、ハインはさっさと箱の蓋を閉め、フォーリにすぐ渡してしまった。
――未練のある者を受け付けない、か。ぼくには未練があるようだから、今天界にいられるのは、本来はあり得ないはずなんだ。その矛盾点も、肉体と魂との関係のように、考えるべきかもしれない。
ハインは手につけた謎の物体を取り外し、またお茶を飲んだ。
「あの紙は量産するようなものではない。今回は軽く見せたが、今後は見られないからな」
「あ、そうだったんだ。でも、それじゃあ今回見せてくれたのって?」
「ゼルや君の話を聞くからに、君はこれからも天界に居続けるのだろう。決まりを知らせておいてもいいと思ったのだ」
「そっか……」
ぼくはまた、座り直した。フォーリはデジャヴのように、いつのまにか壁のあたりに戻っていた。
少しの間ぼぅっとした後、窓の奥の景色を見た。
そろそろ帰ってもいいかな。ぼくはそう思って、帰る素ぶりを見せることにした。
振り返った体を戻し、目の前に置かれたお茶をすっすと飲み、テーブルの中央に置く。そうして立ち上がると、ハインの目を見た。
フォーリ含める、彼らは理解してくれたようだ。
「そろそろお帰りですか?」
フォーリはさっきと同じ調子で聞いてきた。
「情報は手に入ったか?」
ハインはお茶や菓子を楽しみながら言う。
「うん。ゼルとこれらを共有していってもいいかなって。ほぼ知ってるかもしれないけど」
ぼくは言いながら、外へ行く為の廊下の方へ向かっていった。それに合わせて動く気配は、フォーリだけだった。後ろを見ていないからなんとも言えないが、恐らくハインは軽食に夢中なのだろう。
軽く会話を交わし、フォーリにぼくが、玄関へ案内される直前だった。
「アーク」
ハインが、テーブルの向こうの椅子と向かい合わせになりながら、そう言ったのだろう。
「なに?」
「これから、ゼルの相棒としてここで過ごしていく気はないのか?」
ぼくには、考える間も、振り向く時間も要らなかった。答えは、目的は決まっているから。
「ない。案内とか居候とか世話にはなってるけど、ただそれだけだから」
「……そうか」
数拍空けて、「では、ご案内します」と、フォーリの柔らかで優しい声がした。彼はぼくの前を歩く。
もう用はない、というように声を静めたハインには構わず、そのままフォーリについていった。
「今回はありがとうございました」
玄関を出て、上層の雲に立って会話する。
「うん、偶然なところもあったけど、情報もそこそこ入ったから良かったよ」
「そう言っていただけると嬉しいですね」
相棒とは違う、爽やかな笑顔を浮かべる。それは誰もがつられるようなものだ。
「これから先過ごしていくということですが、関係は広げていくんですか?」
「そう、ついさっきも丁度そうしようと思ってたんだけど、色々巻き込まれちゃって」
「そうですか。ここにきてから、大変なことにも出会ったんですね」
その物腰は、気持ちを理解してくれているようだった。同じ人間ということも、それを助長させているのかもしれない。
「そうだ、この人と知り合っておくといいよっていう人、知らない?」
「知り合っておくといい人……」
フォーリは顎に手を当てる。そして、ぱっと明るい顔をして言った。
「性格も素敵な、リザレイさんとかいいですよ」
「リザレイ……」
ぼくはその名前を聞いて、一気に気分が落ちた。それにもちろん、フォーリは疑念を覚える。
「あれ、知ってましたか?」
一瞬返答に困ったが、事を穏便に済ませようと意識して答えた。
「うん、優しくて面倒見の良さそうな、あのリザレイだよね」
お読みいただきありがとうございます。
地味にハインとアークは、初対面だったらしいです。
フォーリの執事っぽさも表せたかなと思います。




