豪邸で情報収集
「あれ……なんでここにいるの?」
豪邸の中に立っている青年に向かって、困惑したままぼくは言った。
「君こそ、って言いたいところですが。用があってきたんですよね」
「うん。ここだったら本がたくさんあるって聞いたから、探そうと思って」
「そうですか。それなら、是非いらっしゃいませ」
ぼくとは対照的に、落ち着いた様子で家の中に案内してくる青年。前とは違って身なりもよく、心地いい微笑みで迎えてくれる。
初めて見る絢爛さと慣れない敬語に緊張しながら、ぼくはおどおどして示された場所へ行った。
「どうぞ」
そう言われて入ったのは、一段と広い部屋だった。ドラマであるような、貴族の食卓を思い出させた。
細長いテーブルの前に座るよう促され、お茶と茶菓子が出された。もっとも、そのお茶は、麦茶のような色味をしているということしかわからず、どんなお茶かはわからなかったが。
青年は正面に座った。細長いとはいえ幅はそこそこにあり、お互いの距離はやや遠かった。
ぼくがお茶のセットを楽しみ始めた時、青年は話し始めた。
「それでは。申し遅れましたが、僕はフォーリと申します。この家の家主、ハインの相棒でございます」
「ハインの相棒? ……そうだったんだ」
そう聞いてぼくは納得した。道理でゼルの事情に詳しかったわけだ。それに、大天使の中でもさらに地位の高いというハインの相棒といえば、こんな礼儀正しい人がぴったりなのだろう。
でも、笑顔が優しいところは似ていないかもな、と思った。コンビとしてはいいと思うけど。
「……相棒なのに、呼び捨てしていいの?」
「今だけです。会社とかでも、他人に紹介するときは社長のことを様とかさんとか、言わないものですよ」
「へー、そうなんだ」
「それで、貴方は?」
「ぼくはアーク。改めてだけど、ゼルの相棒だよ」
「ええ、聞いておいてなんですが、貴方のことは有名ですよ」
「らしいね。いいことなのかな」
「人や天使が寄ってきて、情報は集まるじゃないですか」
「どうしてぼくの目的を知ってるの?」
「言ったばかりです。貴方は有名なんですよ。それは恐ろしいくらい」
青年、フォーリは言いながら笑う。そこまで知れ渡っているのは、確かに恐ろしいかもしれない。
とはいえ、ここには情報を、大量の本を求めてやってきたのだ。今は個人情報の流出より、気にするべきことがある。
「うん、わかった。フォーリもぼくのこと知ってるなら、早速本があるところに行かせてもらいたいんだけど」
「本ですか?」
「地上へ戻る手がかりでもあったらなって。可能性がとてつもなく低いっていうのは、わかってるけど」
「探さないよりはいいですね。はい、ではご案内します」
フォーリはまたにっこり笑って言った。そしてその調子でそのまま、ぼくに向かって放った。
「なのでまずは、慌てずお茶を召し上がってくださいね!」
手元を見る。半分だけかじられたお菓子と、水面が揺れているお茶が、手と一緒にテーブルに乗っている。
ぼくは苦笑して、ゆっくりと口にものを運び始めた。
食事中、ちょっと気になったことをぼくは聞いてみた。俯き加減のフォーリに、「ねえ」と呼びかける。
「はい、なんですか?」
「そうやって敬語使ってるけど、年下だと思うし、軽くアークって呼んでいいんだよ」
それでも、フォーリは口許に手を当てて考えた。うーん、と唸っている。
「僕、何故だか敬語の方がやりやすいんですよ。なので、変えるのは無理ですね」
「ふーん……そんなひともいるんだ」
「嫌なら、頑張ってみますけど」
「嫌なわけじゃないよ。それが楽ならそれがいいと思うな」
「わかりました。ありがとうございます」
フォーリの声は明るかった。
彼を否定するつもりはないけど、ぼくは敬語には堅苦しいイメージがあって、親しい間柄では使いたくない。
珍しい人も、意外と身近にいるものなんだなと、そんなことを思った。思いながら、お菓子を頬張ってお茶を飲む。甘い味とそれによくあう、丁度いい風味のお茶だった。
♦︎ ♦︎ ♦︎
「ごちそうさま」
使い終わった食器を弄りながら、ぼくは言った。
「はい。そこに置いといて良いですよ」
フォーリは優しく言う。
テーブルを隔てていた状態から、すぐ横の位置まで合流した。
「じゃあ、案内してくれる?」
「こっちへ来てください」
そう言うとフォーリは後ろへと振り返り、背中を見せて先導した。扉のない、部屋と廊下の境界線を通り、本のあるところへ向かった。
途中、彼が話しかけてくる。
「地上へ戻る手がかりを探している、とのことですが、具体的にはどんなものをお探しですか?」
「ここ、天界と地上の関係についてとか、人間の魂についてとかかなぁ」
「へぇ……噂ばかりは広まってますが、実のところなにを目指しているんですか?」
前のフリーマーケットで、目的についてあれほど匂わせてきたのにそれを聞くのか。とは思ったが、そこは気にしたって仕方ないことなので、質問に応答した。
「えっとね、ぼくは事故で死んでここに来たんだけど、肉体自体がまだ息をしてるってことがわかったんだ」
「ほうほう」
「でも魂が体に入らないらしくて、それがなんでだろうなってなったんだ。今は天界で情報収集をする為に生活を良くしつつ、調査をしているって感じかな」
「なるほど、そうだったんですね。やっぱり本人から聞くと、重みが違いますね」
さっきから、ぼくが天界での有名人であることをよく耳に入れる。フォーリからさらの褒めてもらうことで、不思議と気分が良くなってくる。
これが芸能人とか、著名人の気持ちなのかなぁ。実際はまるっきり違う可能性もあるけれど。
「貴重なお話ありがとうございました。お礼の品ですよ」
フォーリが斜め右手側に立った。左を向くと、窓のない雰囲気の違う部屋があった。廊下やテーブルのあった部屋とは違って、明かりがほぼない。
ぼくはそんな部屋に歩を進める。床の材質も少し違うことがわかった。
「暗いなぁ……」
「本とか紙って物は、光明かりに弱いんです。焼けて脆くなってしまいますから」
「へー」
またひとつ勉強になったな。新しい知識を脳味噌に入れて、本棚を見回ることにした。
「一応僕も探してみますね」
「うん、ありがとう」
キシッと少しだけ床が鳴る。Gホールの図書室とは色々違っていて、整理するための札もないし、ぼくが理解できそうな目印もない。
それでも、印字のかすれた背表紙はなんとか解読できそうなくらいだった。時々紙をめくる音を立てて、内容を大雑把に確認しながら探していく。
「うーん……」
ぼくは入って正面の、左側を。
「人……魂……」
フォーリは入って正面の、右側を。
段々と部屋の中央へふたりが寄って行くように、効率よく本を弄っていく。部屋は広く高さもあって、いくら飛べるといっても範囲が広くてとても大変だった。
中にはほこりを被った、古いふるい古文書みたいなものもあって、ほこりやハウスダストのアレルギーにでもならないかと思った。
けど、そういえばここは天界だ。地上での常識は通用しないだろうな。
本を引き抜きながらくしゃみをする時間。愚痴も不満も弱音も言わず、お互い黙って黙々と手を汚し続けた。
定期的に、フォーリがこれはどうかと聞いてくる。
「これ、人間大全ってタイトルなんですが、どうでしょう?」
「んー、索引見せて」
「はい、どうぞ」
所々破れている分厚い本を受け取る。一気に後ろの方をめくり見て、ページを確認する。
そこの辺りのページには、出典などが記されているのみで、索引がある気配はなかった。
「これは微妙だったな。ごめん」
落胆した様子を悟られないよう、なるべく軽い口調で返す。フォーリは微笑んで貰ってくれた。
「了解です。もっと探ってみますね」
彼は背を向けて持ち場へ帰る。そこから見えた服の全容は、若干灰色が付いていた。ぼくは密かに感謝しながら、作業を再開した。
体感時間にして、1時間以上が経った。ようやくほとんどの本棚を網羅したと思うが、ピンとくるものはなかった。
かなりの時間をかけて捜索してこの結果なのだから、流石にがっかりしてしまった。
「まあ、仕方がないですね。天界の本ですし」
「そうだけどさ」
作業に疲れて、どちらも床に座り込んでいる。指先の汚れも気にせず、これからの情報捜索についてどうしようか、思案していた。
これほど膨大な知識が詰め込んであるはずの部屋にも、ぼくが求めているものはなかった。一体どうすればいいのだろうか。
ぼくは下を向く。しかしそこで、フォーリが肩を叩いてきた。
「気晴らしというか、天界を知るだけでもいいと思いますよ? はい」
彼が渡してきたのは、「天界の大天使たち」という本らしかった。
「これはハインやゼルを始めとする、色んな大天使たちの情報が載っているんですよ。頭を空っぽにしてもいいですから、読んでみるといいですよ」
「う、うん。わかった」
落ち込んでいてもしょうがない。折角のフォーリからの推奨品なのだから、快く受け取らなくては。
ぼくは立ち上がって、前の部屋へ戻ろうとした。けど、フォーリがそれを止めた。
どこまでも気の使える、優しい青年だなと思った。
「アーク、洗面所はあっちです。手を洗いましょう」
お読みいただきありがとうございます。
久しぶりの男の相棒!
皆さんにもアークにも、好かれるといいと思います。




