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恭謙の誠実少年

 「じゃーなー!」


「またねアーク」



 ルイズとヒールは、思った通りふたり一緒にヘブンバックを出て行った。ぼくは返事をしながら手を振って、ふたりを見送った。



「さてと……どうしよっか」



 魂の抜けた器以外、ぼくの他に誰もいないヘブンバックは、驚くほど静かだった。少し動けば瓦礫の砕ける「バリッ」という音はするだろうが、ぼくは動く意味を見出せなかった。



 ぼくは確か、天界の人たちと親睦を深める為かなにかで、ここに来たんだった。



 けどラフィーたちの戦闘や、ルイズとヒールの件などを見て、もう達成感を感じてしまった。今から改めて話をしに行っても、気分が乗らないと思う。



 元々、顔見知りの人だってどこにいるかわからないし、ほとんど散歩のようなものだったのかもしれない。



 そういう訳で、ぼくはこれからどうしようか考えた。このまま家に戻ってもいいけど、よく思い返せば話に介入しただけで大したことはしていない。



 戻って休むこともないしやることもない。なにをしていようか。



「う〜ん」



 とりあえずヘブンバックから出て、明るさを感じることにした。



 灰色以外の色彩と影を打ち消すような光。それらは、悩んで雨模様となっていた心をやや晴らしてくれた気がした。



 そのおかげか、ぼくは前のあの出来事を思い出した。



 青年の発した、「君が立てた目的を貫いていれば、必ず会いますよ。絶対ね」という言葉を。



「そうだ、あの人」



 Gホールのフリーマーケットを行っていた青年。彼のことが今になって、鮮明に思い出されてきた。



 絶対会えるとはどういう意味なのか。ぼくの立てた目的とは、そして、それと青年との関連はなんなのか。



 脳内の真っ白なキャンバスには、どんな色も載せたくなる。突然に沸き起こってきた好奇心のままに、ぼくは動くことにした。



 「まずは、ぼくの目的が関係あるから、そこをはっきりさせないとかな」



 ぼくの目的。簡潔にさっと言うなら、地上にある肉体に戻って元の生活を送ること。だと思う。加えればその為に今、天界で情報収集をしつつ快適な暮らしができるよう努力している。そんなところだろうか。



 ということは。ここで情報を集めることに情熱を注いでいれば、青年と再会できるのだろうか。



 それなら、地上に帰るついでにもなるし、ちょうどいい。



「よし。なら早速動こうか……って言っても、闇雲に動いたってだめだな」



 そう、情報も大事だけれど、主目的はあくまで青年に会うことだ。青年と少しでも関われるように探していかないと、ただの調査になってしまう。



 ひとまず、青年と初めて対面したGホール

に行ってみることにした。



 ひとりでGホールに行くのは、これまた初めてだ。往復して見慣れてきた通りだけど、やっぱり微量の緊張感がある。



 肩の力を抜くように意識して、通りの真ん中を飛んでいく。きょろきょろと周りを見渡すと、誰もが働いている。



 天界には昼夜の概念がないらしいけれど、この時間帯は働く、ということはあるらしい。それでも、ゼルは放浪しているんだろうけど。



 その内目的地に着いた。もう何回訪れているだろうか。でも見覚えがある天使たちもいる。それほど便利で、よく使われる建物なんだろう。



 ぼくはまず、前にフリーマーケットをしていたスペースを探した。結果は予想通りだった。



「まあ、いないか……」



 それなら、と、知識がたくさん詰め込まれている図書館のような場所がないか、次は探してみた。



 結果、2階の一角に、想像していたよりは小さい図書館があった。図書館というよりは、図書室といった方が正しいような、そんな部屋だ。



「…………」



 ここ、天界でも本を読む場は静からしい。紙の擦れる音や本を置く音、息づかい以外なにも聞こえてこない。足音は、今ちょうど天使しかいなかった為、浮いていて全く鳴っていない。



 さて、地上へ帰る方法を探したい訳だ。けれど、どんなジャンルの本を読めばいいのか見当もつかない。手がかりが掴めるか、なんとなくで来たけれど定かではない。



 それでも、なにもしないよりはマシだと、自己暗示をかけながら本棚を見回り始めた。一応、若干足を浮かせて。



「世界……人間界……歴史……天界の歴史……」



 棚に押し込まれた札や本の背表紙を、ぼそぼそと読み上げていく。歴史あたりを探れば何かわかるかな、と思ったのだ。



 ところで、天界にも図書館があることがぼくにとって驚きだった。けど、本のジャンルの偏り方を知って、納得した。



 やけに「歴史」だとか「研究」だとか難しそうなものが多い。さらに、本自体が古ぼけていた。これは憶測に過ぎないけれど、過去の出来事をそのまま残すのには、本という形が適しているのか、と思った。



「ん〜……」



 あまりの見つからなさに、ぼくは沈黙に包まれた図書室で、思いっきり唸ってしまっていた。



 流石にうるさく感じたのか、カウンターに座っていた司書のような人が、ぼくの肩に手を置いた。



「君、どうした?」



 若い男の人で、優しく小声で話しかけてきた。



「あ、すみません」



 ぼくは思わず、小さく謝る。それに男の人はコクっと頷いた。でも、ぼくの肩を優しく包むと、こう言った。



「なにか調べ物か?」


「はい。ここの、天界と地上の関連について書いてある本とか、あったらいいんですけど……」


「なるほど。だったら、ここにはないかもしれないな」


「あ、そうなんですか?」


「うん、一番本があるのって、ハイン様のところだと思うけど。一般の者がやすやすと立ち入る訳にはいかないし……」


「ってことは、ハインの家に行けばあるってことですか?」



 男の人は納得しがたい表情を浮かべながら、返事をした。



「ハイン様、の家にね。知り合いならいいけど……いや、よくないか」


「すみません、ハイン様ですね。教えてくれてありがとうございます」



 次の目的地が決まった。ハインの家だ。



 ぼくは迷惑をかけないようそれだけ言って、さっさと図書室から去ることにした。男の人はきっとまだ、言いたいことがありそうだったけど、それも含めて面倒事を起こさない為にすぐ出て行った。



「ハインの家、ゼルに聞けばいいかな」



 大天使だから上層にいるのは前提だろう。



 正直言って、ゼルの家よりもグリウの家の方が近い。性格的にも、あのふたりは絡みがありそうだ。けど、そう、グリウの家に今いる彼女とは、なんとなく……。



 だから。現状報告も兼ねてゼルの家に戻ることにした。



 今は、何故だかとにかく急ぎたい気分だ。好奇心のせいか、一分一秒も無駄にできないような。



 超高速で家に着いて、勢いよく扉を開く。大きな音が鳴った。中からは、ゼルの迷惑そうな声がした。



「うるさいなぁ。あ、アーク。僕宿題は……」


「よかった、いたんだゼル。いきなりだけどハインの家ってどこ?」


「え、ハインの?」



 当たり前だけど、予想通りに困惑していた。返答が遅れるのはわかるけど、ゼルは早く理解できるかな。



「リィと同じで、君でいう住宅地みたいなところにあるよ。こっちから見て一番左の、奥隅」


「わかった、ありがとっ」



 ぼくはそれだけ聞いたら、また勢い良く扉を閉めて音を鳴らした。



 ゼルの「アーク?」っていう止める声が聞こえた気がするが、そこは無視していく。



 今の状況については後々説明することにして、ハインの家を発見することを優先順位の先頭に置いた。



 一番左の奥の隅。リィの家とはまた違って、人や天使となんとなく分離されているようだった。よく言えば孤高、悪くいえば孤独な家。



 ぼくは無駄に高鳴る胸を押さえて、素早く扉の前に立つ。ここがハインの家。とにかく立派な豪邸ということはわかる。



 外見でもわかる家の広さ。それは大量の本くらいあるだろうと、そう思ってしまう。



「よし……すみませーん!」



 位の最上級に高い天使宅の訪問。これにはぼくも、いざとなれば緊張する。ノックと同時にそう呼びかける。



 求めている本は、求めている人物はいるだろうか。ぼくは期待に溢れていた。



 そしてその期待は、一部報われた。



「はい、どちら様です?」



 そう言って豪邸から現れたのは。



「あの、ぼく……あっ!」



 思わず、声が出てしまった。



 そこにいたのは、フリーマーケットで会った青年だった。



 青年は、やや驚きつつも、楽しそうに笑いながら言った。



「ああ、あの時の子だ。久しぶり、ちょっとだけ」

お読みいただきありがとうございます。

早め(?)の伏線回収です。

青年の正体については、もうほとんどお分かりかと思いますが、次話の話もお楽しみいただけたらいいです。

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