緩急の沈着少女
「ちょっと! いつまでやるんだ!?」
完全に息を切らし、疲れ果てた様子のラフィーはルイズに向かってそう叫んでいた。
一方のルイズはまだまだ余裕そうで、今ににも突っ込んでいきそうだった。
「知らない! 疲れたら!」
「こっちは疲れたよ……」
まだまだ続きそうだな。ぼくは面白げに戦闘風景を仰いで、そう呑気に思っていた。
ルイズとラフィー。ふたりのよくわからない戦いは、しばらく時間が経っても続いていた。
ぼくの方はというと、頭にぶつかった痛みもすっかり引き、ただぼぅっと観戦しているだけになっていた。
湿ったような乾いたような、瓦礫だらけの居心地悪いヘブンバックにも慣れてきた。むしろ心地よくなってきたくらいだ。近くにあった手頃で大きなビルの破片に、腕と肘を乗せる。これでゆっくりできる。
「それにしても、本当にいつまでやるんだろう」
ぼくは呟く。このまま見ていても面白いからいいのだけれど、ラフィーの動きが鈍くなってきている。ぼくみたいにルイズの攻撃が当たったら、どうしようかと考えてしまう。
とは言っても、自分にできることは特になさそうだ。あの間に割って入りでもすれば、それこそぼくの方が大怪我を負うだろう。
「ほらぁ! まだ喝が入れたりないっ。未熟のままがいいのか!」
そういえば、そんな理由だったっけ。ルイズはあれだけ魔法みたいなものを使って鎌を振り回して、それなのにまだ叫べている。
「そうじゃないけど。だからやり方が違うって!」
ラフィーはさっきからずっと反抗している。これじゃあどっちが立場が上か、よくわからなくなる。
ぼくは考えて、瓦礫から体を離し足を灰色の地面に着けようと思った。近くの天使か誰かを探して、止めるきっかけでも作ってもらえないか、探してみることにしたのだが。
タイミングが良かった。その必要はなかったみたいだ。
ヘブンバックにひとつの人影が通った。ぼくの真上をすっと、誰かが。その誰かは、凛としたよく通る声で叫んだ。
「こらっ! ラフィー!」
ぼくは振り返って上を見る。人影は、ラフィーの方へ飛んでいるようだ。と、影がラフィーの目前に来ると、彼を驚かせる間も無くビンタをした。
「いだっ!」
とても良い、痛快な音が響いた。
「また遊んで。貴方は一応監督よ! 天使たちを先導して指示、仕事をしっかり果たしなさい!」
「そうは言っても、このルイズに無理矢理誘われたんだ。ボクだけに怒るというのは……」
「ルイズちゃんが?」
向こうの空から現れた、リザレイよりは幼くルイズよりは大人びているようなその少女は、天使に対して先生のような物言いをしていた。
天使と人間は対等のような関係値に見えていたけれど、これほど極端に格の差があったのは、このふたりが初かもしれない。
興味が湧くのは必至だった。身軽になった体をすっと浮かせて、3人の輪の中に入った。
現状は、ラフィーが天使としての仕事が遅れた責任が、ルイズにもあるのではないかという感じだ。不思議な少女はルイズをじっと見ていた。
「なにをしていたの? ルイズちゃん」
大人びた感じの彼女が、「ルイズちゃん」と呼ぶのに、違和感を感じた。
ぼくはそんなところに疑問を抱いていたが、ルイズはそれどころではないといった様子だ。体を縮こませ、苦笑いしながら返事をしている。
「あー、あのね……ラフィーって未熟なところがあるっていつも言ってただろ。だからそれを自覚させて直そうかなっと」
いつも調子づいているルイズが、この少女の前では卑屈になっている。一体何者なんだろうか。
「そうなの。結果的には迷惑だけど、ありがとう」
少女はルイズから目を離す。代わりに向けたのは、勿論ラフィーだった。
例によって、若干俯いている。
「さて、ラフィー」
「なんだ」
「なんだ、じゃないわよ」
「……なに?」
「断りきれないのはもう諦めたけど。節度を持って止めるということを、いい加減覚えてくれる」
「……うん」
「貴方が働かないと天使たちは動けず、世界に多大なる影響が出る。迷惑どころじゃないわ。あなたは大天使よ、それも四大天使。ハインさんからも常々言われてるでしょう」
「うん」
「ここで叱って遅れるのもあれだから、ひと段落ついたら家に戻りなさい。天使の意義について思い知らせてやるから」
「……はい、じゃ、行ってくる」
ラフィーは完全に意気消沈したまま、仕事場へ向かって行った。
少女はため息をつくと、ぼくの方を向いた。丁寧にお辞儀され、ぼくも思わず真似て礼をした。
「相棒の無礼、申し訳ございません。貴方のことは知っています、地上からやってきたアークさんですね」
「は、はい。アークです。貴方は?」
ぼくが言うのもなんだが、子供らしからぬ丁寧さだ。こっちまでしっかりしなければ、と思ってしまう。
「申し遅れました、わたくし、ラフィーの相棒のヒールと申します。以後、お見知り置きください」
「はい……あの、そんなきっちりしなくてもいいですけど。気軽にアークって、呼んでください」
大人びた印象をいつでも与えるヒールは、ぼくの言葉に数秒考え込んだ。そして、ふっと笑った。
「じゃあ遠慮なく。よろしく、アーク」
「はい、じゃない。うん、よろしくヒール」
ヒールはこれまた意外にも、握手を求めてきた。あんまり不意の出来事だったので、反応が遅れ、ヒールに疑問を持たせてしまった。
「握手はお嫌い?」
小洒落た感じで言った。ぼくは驚きと固定概念を払拭し、明るい微笑みで握手を交わした。
「いや」
「良かったわ」
ヒールはあまり笑わない、感情を出さないタイプだということは外見で判断した。それでも、やはり誰でも笑顔は似合うものだと、キザなことを思ってみた。
和やかな雰囲気が流れるぼくとヒールの間だが、ルイズがまだ卑屈化していた。
鎌に腰を載せているが、持ち手を両手で強く握っている。そして握手が終わったぼくに、ヒールの目の前で耳打ちした。
「なー、なんでヒールとそんなすぐ仲良くなれんだよ?」
「なんでって、知らないよ。向こうが積極的に来てくれたから?」
「えー……しかも、仲良いし」
「なに、そんな難しい付き合い方をしなきゃダメなのか?」
「べっつにー」
ルイズはぼくの耳から口許を遠ざけた。すぐ目の前にいるヒールは、渋った表情をしている。
「本人の目の前で内緒話とは、やるじゃないルイズちゃん」
「あ、あははー」
相変わらず、ルイズはびくびくしている。その様子にしびれを切らしたのかなんなのか、ヒールはルイズに詰め寄った。
「へっ!? なっなに?」
「ルイズちゃん、私ってそんな怖いかなぁ」
「えーと、人によると思うよ? ルイズは、その、怖い……」
「だから、なんで。この際はっきりしたいんだ」
それでもルイズは、頑なに口を閉ざす。ヒールが困った顔をしてぼくを見た。どうやらぼくが聞くことになったらしい。
ぼくはルイズの肩を軽く叩き、ヒールが怖い理由を聞き出した。
「だってさぁ、前ヒールに意見したら、ルイズが悪いのかもしれないけど、もの凄く怒られて……」
「だから怖いってこと?」
「うん。トラウマかも」
なるほど。過去の説教が原因らしい。ぼくは理解して、ヒールにそれを伝えた。すると、彼女はまたルイズのところに駆け寄った。
「そんなことで、これまでずっとびくびくしてたの?」
「あー……そう」
ヒールはまたため息をつきそうになっていたが、それをこらえたようだった。ただし、ため息の代わりに、ルイズの両肩を包んだ。
「叱ったのなんて、その場の勢いだから。気分。普段の私はルイズちゃんのこと大好きだからね。きっと優しいはずだよ」
ヒールはつぶらな瞳で、しっかりと目を見た。ルイズは初め驚き目を丸くしていたが、次第にこくりと頷くようになった。
「あの時すごく怖かったから、ずっと頭にこびりついてるんだよね。でも、徐々に直していこうかな……って思う」
「うん、私も優しくできるように頑張るよ」
ヒールは肩から手を外すと、あって数分だけれど、珍しくニッコリと笑った。ルイズも、笑い返していた。
ぼく自身もなんだか微笑ましくなってきて、最後には全員が笑っていた。
ヒールは、正直なところよくわからないところがある。でもまだ会ったばかりだ。これからヒールやラフィーを始めとする、色んな人たちに出会っていきたいなぁ……なんて、思った。
「あ、アークごめんね。置いてって」
「ううん。誤解かなにかが解けたらしいし、よかったね」
謝ったヒールは、ぼくの言葉に「ありがとう」と返した。続けて話した。
「アークとかルイズは、この後どうするの?」
「んー、ルイズはやることないし、帰って寝よっかな」
「だらけてるわね」
「寝るっていいよー」
この分だと、ふたりは行動を共にすることになりそうだ。ぼくは……本当に当てがない。
とりあえず、これくらいは言っておくことにした。
「ヒール」
「ん?」
「これからもよろしくな」
お読みいただきありがとうございます。
投稿遅れてすみません。
今回は新しい相棒が主体のお話でした。ルイズと対等な少女って面白いですね。次話もお楽しみください。




