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宙に浮くベッド・後編

 「はい、しばらくぶりですね」



 ゼルは愛想の良い表情をしたまま、展望台の雲に進んでいった。雲は思ったよりも小さかった。だからぼくとゼルは、リィの脇に割って入るようになった。



 端に入ったぼくは、ゼルを挟んだ向こうにいるリィに、「こんにちは」と会釈した。返事がわりに、リィは手を振った。



「で、なんでまた私に会いに来たの?」


「それは、もう一度便利屋になってもらおうと思いまして」


「やだ、都合のいい女みたいになってる?」


「はは、そんなつもりはありません。いつも人間の未来について仕事をしてらして、尊敬に値しますよ」


「そりゃそうよ。毎日遊んでる貴方とは違うのよ!」


「そこは触れないでいただきたいですね……」



 ここまでの会話を、ふたりは非常にテンポよくした。こんな冗談めかした会話など、ふたりの中では日常茶飯事なのだろう。見ているぼくの方も笑えてきてしまいそうだ。



 慣れているというだけあって、本題に戻る速度も凄まじかった。ゼルが「さて」と言うと、言葉の意を汲んだようにリィの目つきはきつくなった。ただし、少しだけ。



「ついさっきも言いましたが、また便利屋になってもらいます。リザレイの居場所はわかりますか?」


「ああ、本当に()()ね。私の相棒、あの子の方がいいかしら」


「いや、ルイズを手なずけられるのは、貴方だけですから」


「嫌な肩書きつけられたものだわ。……ところで」



 と、リィは言葉を切ると、不意に目線をこちらに投げた。リィとの目線がぶつかったのに気づいたぼくは、突然ですが心臓がきゅっと縮んだ。



「アーク、どうしてリザレイに会いたいの?」



 急な問いに動揺してしまったが、ぼくに質問が飛ぶのは、よく考えれば当然のことだ。



「えっと、ね。ぼくはゼルの家に住むことにしたんだけど、自分用のベッドが欲しいから、リザレイに協力してもらおうと思ったんだ」


「へぇ、ゼルの家に?」


「正しくは、居候ですね」



 そう、ゼルが訂正を加える。



「ふーん。本格的にここで暮らそうとしてるのね。なら、相棒になる予定はあるの?」


「……相棒って、ゼルの相棒?」


「当たり前よ。ただの人が天界で住む意味なんて、皆無よ、皆無」」



 隣同士に立つぼくとゼルは、首を大きく曲げて見合わせた。そんな予定こそ皆無だという、確認の為だ。



 ゼルは少し身を引き、リィの顔がよく見えるようになった。



「相棒になる気はないよ。でも、ずっとここで暮らす訳でもない」



 ぼくの否定的な発言に、心底不思議そうな顔をリィは傾けた。



「ぼくは、地上にある自分の肉体と繋がって、地上で生き返りたいと思ってる。今はその方法を探して、天界にいるんだ」


「あら、結局、肉体は生きていたのね。見に行ってよかったわね、ゼル?」



 そうですね、とゼルは呟くように返事をする。どうやらふたりの間でいつのまにか、ぼくの話は通っていたようだ。



 リィはふんふんと頷いている。そして合点がいったように、おもちゃを見つけた子供みたいに目を見開いた。



「ええ、色々理解したわ。それじゃああの子の場所を教えましょうか」



 話の終わりを予感したらしいゼルは、一歩前に足を踏み出し、元の位置へと戻った。



「お願いします」


「そうね、ヘルスセンターに普段はいるけど、流石に定休日みたいなものはあるらしいわ。今の時間帯が、まさにそれ」


「自由時間ってこと? リザレイはなにしてるの?」



 ぼくは聞いた。



「ここの住人、みんな自由みたいなものだけどね。あの子はボランティア。で、慈善活動をしていないときはねぇ、家で趣味のことをするかグリウの面倒を見てるか、かしら」


「それは初耳ですね。流石、よく精通していらっしゃることで」



 ぼくも、ゼルの意見に同意だった。仕事をきっちりしているというリィだが、なぜそこまで知りえているのだろうか。変なところに興味が湧いてきた。



 そして、リィの口からさりげなく語られたリザレイの行動。思っていた以上に、優等生っぽい動きをしているようだ。



 上から目線だが、よくできた人だと思う。どうしてリザレイは、若いのに天界にいるのだろう……。



「アークは早く地上に戻りたいんでしょう? なら一分一秒でも惜しいんじゃない? さっさと行かなくて大丈夫かしら」



 どうやらリィは、話を切り上げたいようだ。ぼくは礼を言って、素早くリザレイの元へ向かうことに決めた。



「そうだね、ありがとうリィ」


「いいの。確かに前に会った時より勇気がある気がするし、放っといたら面白いことになりそうじゃない?」



 頬を手で包むリィは、満面の笑みでそう言った。感じる必要のないプレッシャーが肩に乗っている気がするが、兎にも角にも本題から脱線しないように違和感を無視した。



「じゃあね、リィ」


「ありがとうございました」


「はいはい、もう一回使われてやってもいいからね」



 ぼくとゼルは展望台の雲から、両足を離す。すっと浮いて、手で再び別れを合図した。



 と、別れる前にリィが止めた。



「ちなみに、家に行くのかグリウを探すのか、どっちに行くの?」


「うーん、とりあえず家に向かおうかなと、ぼくは考えてる」


「そう、なら、あっちの奥あたりよ。詳しくはゼルが知ってるけどね。それじゃあ、朗報が届くといいわ」


「うん。行ってきます」



 リィが指差した方向と、ゼルが道中で教えてくれる道筋。ふたつを頼りにしながら、天使たちの住居区域からは離れた方面へと飛行していった。



 リザレイやグリウの住んでいるであろう家について、ぼくはゼルに尋ねてみた。



「ふたりの家って、どんな感じか知ってる?」


「外見は、木造で多角形がふたつくっついた感じだよ。中は、深くは知らないけど、僕の記憶では白い丸テーブルと椅子、そして大量の書物があったはずだ」


「大量の書物って?」


「地上、天界共にどちらの本もある。そもそも、ハインの家に比にならない程の書物があってね。そこから大量に貸してもらっているのがグリウの家の本だよ」


「天界にも本ってあるんだ……グリウって、ぼくが知る限りは仕事を真面目にしてそうだけど。本はリザレイが読んでるのかな」


「多分そうじゃないかな。勿論グリウだって読まないわけじゃないだろうけど、読書量は圧倒的に彼女が上だろうね。よく、雑学を披露してくれるし、若くしてここに来たのに年相応でない知識があるし」


「言われてみれば、そうかもしれない。ヘルスセンターでやけに頼りにされていたから、その知識を利用して上手くやっているんだろうな」


「うん、アークにも、本を読むという有意義な時間があるといいね」


「それは地上に帰るのに必要なことなのかな? リィも言っていたけど、意味のない行動は控えたほうがいいんじゃない」


「そのおかげで地上に馴染めるかもしれないじゃないか」


「さて、どうだろうね」



 ……おかしい。リザレイたちの家について聞いたのに、勝手にぼくの話へと脱線している。流石ゼル、放浪人だ。さっきも思ったが、彼は本題に素直に入らない。



 まあ、そんな小噺は道端にでも捨てておこう。もう家の前に着陸したのだから。



「どうだい? イメージ通りだったかい、アーク」



 まだ話の意図が伝わっていた頃。ゼルが語っていた家の特徴を思い出す。



「木造で多角形がくっついた感じ……か。確かに、変な形をした家だね」


「家の魅力というのは、主に中にあると僕は考えている。さあ、お邪魔しようか」


「…………」



 ――じゃあ、なんで「イメージ通りだったか」なんて聞いた。



 ぼくはそんな些細な不満を心に押し込め、さらに駄目押しで押し殺した後、ゼルに次いで家の中へと入っていった。



「あれ、ゼルさん? それにアーク」



 読書の邪魔をしてしまったか、白の丸テーブルにつく手は、本に添えられていた。前にぼくの手当てをしてくれたリザレイが、目を丸くしてこちらを見つめていた。



「突然悪いね、リザレイ。実は頼みごとがあってね」



 本にしおりを挟み、急いでぼくたちの前にリザレイは立った。



「わかりました。とりあえず、飲み物とか注ぎましょうか」


「ああ、いや結構だよ。君に作業に集中してもらいたいし」


「作業ですか?」



 急な訪問ということもあり戸惑っているはずだが、彼女の順応力はそれを全く感じさせなかった。



 ぼくたちふたりとリザレイは、白の丸テーブルの前に、結べば三角形になるように座った。このテーブル、ゼルの記憶通りだ。足のところが曲がっていて、お洒落にできている。



 ゼルはテーブルの上で腕を組み、リィの時とは打って変わって真面目な顔だ。ぼくが急ぎだと思ったのか、リザレイに過度に負担をかけさせたくないのか、どっちにしろいい判断だとは思った。



「リザレイ、頼み事というのは、簡単に言えばベッドを作って欲しいんだ」


「えっと、ベッドですか? そんな大層なもの作れますかね……」



 リザレイはぼくをちらっと見て、不安げに言う。そこにゼルがすかさず、フォローに入った。



「人間用の、あのシングルベッドを作れっていうんじゃないんだ。フロートで包む方さ」


「フロート……あっ、それですか」



 フロートで包む方。リザレイにとって身近なのか、それだけで伝わったようだ。



「それで悪いけど、フロートとかも一から調達して作ってくれるかい?」


「はい、勿論です。なにより、新しい人が快適に暮らしてくれるのは、大きな喜びですから」



 彼女はまたぼくを見て、にっこり微笑む。とても素敵な笑顔だった。月並みだけど、向日葵が元気よく咲いたみたいな。



 だから思わず、こんな言葉も飛び出てしまった。



「リザレイ、教えてくれれば、物の調達とかちょっとした手伝いとか、できるけど」


「あはっ、それは大助かりだね」


「へえ、アークも中々気遣いができるんだね」



 恐らく賞賛を浴びているぼくは、照れて顔を俯けてしまった。そんなぼくの肩に、温もりのあるリザレイの手が置かれた。



「ありがとう。物資倉庫みたいになってるこの家には、材料は十分あるんだ。だから、フロートを縫う手伝いをしてくれる?」


「うん、勿論!」



 ぼくは自分でも意識せず、大きくはっきりとした声で返事をしていた。ちなみにそのことに気がついたのは、縫う前にゼルに教えられてからだ。



 そんな返事に満足したのか、リザレイの声もはきはきとなった。



「よし! それじゃあね、よっ……と。これが材料。フロートとこの中身になる物のサイズを調整してくれるかな。基準は教えるから」



 リザレイは側の横幅のある棚から、よく敷布団の中に入っているようなスポンジと、大きなフロートを取り出した。



 その後、スポンジとフロートのサイズ調整について教えてもらい、渡された専用のハサミで切っていった。



「そういえばアーク、久しぶりに仕事なんてものをしたんじゃないか?」



 ゼルが飄々として話しかけてくる。ぼくは集中しきっている為まともに反応できず、こくんと、頷くことしかできなかった。



「あくまで僕の主観だけどね。なんだかこの仕事ができるとわかった時の君の表情は、満ち足りたような、とても嬉しそうなのが伝わってくる感じだったよ」



 数回、小刻みに頷く。



「地上に帰る術を探すのもいいけど、ここで生きる楽しさとか人間らしさを取り戻してから、ゆっくり帰るのもいいんじゃないかな?」



 今度は頷かず、硬直した。腕の動きは相変わらずでも、脳内の思考は硬直し、熟考する兆しを見せる。しかし、また平常に動き出した。手を切っては危ないからだ。



 それについては後で考えよう。そう割り切って、作業を続けた。



 奥の部屋で裁縫用具を引っ張り出してくるリザレイ。準備がおおよそ整った頃、ぼくの方も調整が完成していて、丁度良いタイミングらしかった。



「じゃあ最後は私が決めるよ。裁縫は得意だから、見てて」



 彼女の言葉に偽りはなかった。ぼくがミシンを使うのと、リザレイが手で縫うの。用意時間も含めたら、絶対にリザレイの勝利だろう。



 それほど素早く、糸も踊っているようで、とても手際が良かった。それに見とれているうちに、最後の玉留めが終了した。



「ここのほつれは、と」



 リザレイによる点検作業が、1、2分行われた後、元気な声が届いてきた。



 苦労の末の達成感からくる笑顔。それは美しいものだと、初めて知った。



「アーク、ゼルさん。見てください。これでフロートベッドの完成です!」

お読みいただきありがとうございます。

アーク用のベッドができました。今作では珍しい、人間味あふれるリザレイが、作者は個人的に大好きです。

次話にもご期待ください。

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