表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/107

宙に浮くベッド・前編

 「さっきからぼぅっとして、どうしたんだい」


「いや、なんでも……」



 机を軽々と抱えるゼルと一緒に帰った後、ぼくはその机をさすりながら考え込んでいた。



 自分だけのものができて気分はもちろん上がっているが、それよりも探究心のようなものが勝っていた。



 そして、ゼルはそれに気づいていたようだった。



「なんでもない、なんてことないだろう。もしそうなら、もっと嬉しそうな顔をしなよ」



 嬉しそうな顔か。



 ゼルの言葉を裏付けるように、ぼくの心は喜ぶことを拒否していた。そんなことより、もっと重要なことがあるだろう、と。



 特に隠すつもりもないし、Gホールでの不思議さについて打ち明けることにした。



「そうだね。さっきのフリーマーケットをやっていた人と、最後に少し話してたでしょ」


「確かにね」


「そのときぼくは、『どうしてゼルのことを知っているの』、って質問したんだけど。『必ず会いますよ』と言われただけだったんだ」



「なるほど」



「多分その時にまた聞いてっていうことなんだろうけど。あの人、何者なんだろう」



 ぼくは最初、ゼルの方を向いていたつもりだった。しかし、いつからか独り言のようになっていて、色々想像しながら仰いでいた。



 それに気がついて、改めてゼルの方へ向き直った。彼は顔に手を当て、にやにやと笑みを浮かべていた。そして独りで頷いて、なにかを確かめたようだった。



 勝手に納得されてはたまらない。ぼくはゼルの肩を揺すった。



「心当たりでもあるの?」


「まあね。でも彼のいう通り、アークとその人は近いうち会えるはずだよ」



 彼まで、同じことを言い始めてしまった。ぼくだけがなにもわかっていないようで、悔しいようなもどかしさが体中に流れる。



 ゼルはそれに気づいていないか、無視をしてそのまま続けた。



「ひとつ言えるとすればね、その彼は大天使の相棒だよ」


「ここにいる人間は皆そうなんでしょ。そんなの予想つくよ」


「大天使の、相棒なんだ。つまり四大天使の相棒。ここが大事なポイントだよ」



 大天使、という単語を強めてゼルは言った。



 それの相棒だからといって、必ずしも会うとは限らないだろう。それに、誰の相棒であろうと、そのふたりが常に一緒に行動しているとは考えにくい。



 そう自分の中で論理を組み立てながら、ならば、と思いついた。



 ゼルもフリーマーケットの彼も、必ず会えると言っていた。それなら、その大天使と相棒は常に行動を共にしており、なおかつぼくが会う可能性の高い天使が、青年の相棒天使なのだろう。



「……だから、なんだろう」



 複雑な思考をしすぎて、終着点がわからなくなっていた。



 えっと。ぼくはゼルに、青年が何者なんだろう、と相談したんだった。なら青年の正体は、出会う可能性の高い四大天使の相棒、というところか。



 なら大天使に会っていけば、彼に再び会えるのだろうか?



「ゼル!」


「ん、なんだい?」



 紅茶を楽しみ始めていたゼルを、ぼくは少し声を張り上げて呼んだ。



「ぼくはあの人が気になる。もう一度会ってみたいんだ」


「うん」


「だから、天使たちにとにかく会っていきたいんだ。顔も広めたいし、もっともっと天界に馴染んでいきたい」



 ゼルはカップを、紅茶が波打つようにゆらゆらさせる。本人の表情は満足げだった。



「どう思う?」



 ぼくは答えを早く聞きたかった。立ったまま前のめりになっていたようで、余裕そうだったゼルも手で制止する程だったようだ。



 小さく「ごめん」と言うと、笑いながら彼は「いやいや」と手を振った。カップをゼル用の机に置くと、楽しそうに話し始めた。



「それはいいことだね。でも僕はそれよりも、君の成長に感動しているよ」


「ぼくの成長?」



 そんなこと、全く意識していなかった。そんなことがあっただろうか。



「地上から帰ってきて、君は自信がついたような、どこか違う雰囲気があっただろう」


「……そうだった?」


「うん、この僕に説教までしたくらいだからね。でももっと感動すべき点はね、その雰囲気がしっかり形になって、ずっと持続しているということだよ」


「……」


「天界に来たばかりのアークなら、天使に会いたいなんて強い野心は持たずに、ここでだらだらと過ごすか大人しく冥界に行くか、していただろうね」



 確かに、そこについては同意だ。青年の存在もそこまで気にかけなかっただろう。



「よく、自分自身から発言することも多くなった。伸び代がすごいね」


「地上にいたなら、通知表で褒められるところかな?」


「ふふ、そうかもしれない」



 そう笑ったゼルは、カップの中の紅茶を口に運んだ。口内を潤すと、相変わらずの優しい口調で語りかけてきた。



「この成長が、死んでからじゃ意味がないって思ってるかい?」



 ぼくはその問いに、一瞬の隙もなく首を振った。もちろん、横に大きくだ。



「そんなわけない。ここで、死後の世界で楽しくやっている人だっているんだ。ルイズだってそうだったらしいよ」


「うん、あの子はいい例だよ。天界に来てからガラリと性格が変わった。いや、我慢していた本性を現したってところか。いい意味でね」



 ぼくはルイズの、あの明るい人間味あふれる言動を思い出した。回想するだけで、こっちまでもが笑みをこぼしてしまう。



「ぼくもそんな風になれるかな」


「やりたいようにすればいいのさ。だから、少し休んだら天使に会いに行こうか……と、言いたいんだけど」



 語尾を濁らせるゼル。事情でもあるのだろうか。



「実は、アークがヘルスセンターで休んでいた頃にね、ハインに宿題を出されてしまったんだ。それをそろそろ、提出しないといけないかと思ってさ」


「宿題って、なに?」


「うーん、言葉じゃ説明しづらいね。とにかく、この気持ちは現役の学生であった君なら、理解してくれるだろう?」



 詳しく詮索する気は無かったが、まあここは納得しておくことにした。ぼくは頷き、同調した。



「そうだね。それによく考えてみれば、ぼくが休むベッドのそうなものがない」



 その言葉に、ゼルははっとしたように口を細めた。



「ああ、その通りだ。じゃあ宿題を出しに行く前に、それを探しに行こうか」


「またフリーマーケット?」


「いや、あそこに置いてあったものに、休息できそうなものはなかった」


「ならどうするの?」



 ゼルは紅茶を再び飲む。しかし今度は、じっくりと味わっているようだ。



 そして、こんな提案をしてきた。



「この家には、ご存知の通りあまり広いスペースはない。だから、ベッドは“宙に浮くもの”にするんだけど」


「えっ! 宙に浮くなんて、そんなことあるの」



 はははと、ゼルは笑った。



「アーク、君がさっきまで座っていたものはなんだい?」



 そう言われて、初めて気がついた。



「あ、フロート……」


「そう、フロートは変幻自在の優れものだからね。ベッドにだって代用できるのさ」


「なら、このフロートをベッド代わりにすればいいんじゃないの?」


「君は地上での硬いベッドに慣れてしまっているだろう? こんな薄い布の上でなんて寝たら、その体にも毒だろう」


「そっか……」



 けれどこのフロートは利用すると、ついさっき言ったばかりだ。一体どうするのかと、不思議そうな眼差しをゼルに向けたつもりだった。



「フロートは浮くんだよ。それこそ、物を包んでね、つまり……?」



 答えを誘導したがる教師を彷彿とさせる言い方だった。が、相手がゼルだからか、それは全く気にならなかった。



「大きなスポンジみたいなものを、フロートで包んでその上で寝る?」


「そう。そしてそれをするには、フロートの切れ目両端を縫わなくちゃいけない。それができる人を知ってるかい?」


「うーん……器用そうな、リザレイとか?」



 ゼルはにぱっと、無邪気な子供のように笑った。話のテンポが上手くいって、嬉しいんだろうか。



「勘がいいね。それとも、頭が回るって言ったほうがいいかな?」


「ねぇ、そうと決まれば、早速会いに行こうよ」



 ぼくはゼルを急かす。



「そうだね。リザレイは人間の為の活動に尽力を注いでいる。どこにいるんだろうか」


「前はリィに聞いていたよね。それと同じでいいんじゃない?」


「あてが外れないといいけど。物は試しってやつだね」



 ゼルはそう言いながらドアを開ける。リィたちの家は近い。さっきはルイズが応答したが、中にまだリィがいる可能性は高い。



 ルイズに雰囲気が変わったと言われたし、それをリィにも感じてもらうチャンスかもしれない。



 寝床を早く作る為にも、ゼルの宿題というプレッシャーを消化する為にも、ぼくたちはさっさとリィの家に着き、ドアをノックした。



「ん、またアーク? 今度はなんだよ?」



 思った通り、ルイズが出てきた。しかし悪いが、用はリィにある。ぼくがその旨を伝えると、ルイズは「あー」と、落胆したような声をあげた。



「残念だけど、アークにゼル。リィは展望台に行っちゃったよ。そこに行ってみな」


「展望台?」


「ゼルに聞け。そして行ってみろ、いい眺めだから」



 ルイズはそれだけ言うと、拳を握り親指を立てたままドアを閉めてしまった。



「ゼル、展望台って?」


「名前の通りさ。ここより少し上に見える小さな白い雲。それが地上でいう展望台なんだ」



 ゼルはそこへと先導してくれるようだ。下層へと下る吹き抜け方面の斜め上に、その小さく白い雲が霞んで見えた。同時に、人影も見える。



「高い……」



 展望台と同じくらいの高さまで来て、思わず呟いてしまった。上層と下層に挟まれ、天界の高さを改めて思い知った。



 しかしゼルにとっては日常茶飯事なようで、展望台に立ち後ろ姿を見せるリィに、話しかけていた。ぼくも慌てて追いついた。



 リィはおもむろに振り返る。そしてゆっくりと優しく微笑んだ。



「あら、しばらくぶりねぇ。アークに、ゼル」

お読みいただきありがとうございます。

今回は会話文などが多くなってしまいました。それでもアークの成長や覚悟、それを見守るゼルのことを感じていただけたらと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ