■第九章■
「じゃ、じゃぁ私たちはそろそろ行くね。」
「お邪魔したぜ!」
仲良く四人でしばらくは弥羽が持ってきた苺を食べていたのだが、だんだん会話もしぼんでいき、空気読むことの天才である西原が立ち上がって、桐山を引っ張って病室を出て行った。
「・・・あぁ、行っちゃったね。」
「行っちゃったな。」
嵐のように過ぎ去った桐山とそれを引っ張っていった西原が消えたドアを弥羽と見つめながら、ぼんやりと呟いていた。
すると、ぽかんと開いていた口に何か違和感が・・・なんだこれ、デジャヴか?
「ふぉっ?!ふぁがうが!!!」
「うわ、翼ってやっぱりお口大きいでちゅね〜」
「ふぉがうがふっ!」
こないだのさくらんぼが、苺に化けた。
弥羽は俺の口に限界まで苺を詰め込んでいた。・・・な、なんだか笑顔が怖い。怖いぞ弥羽。
とりあえず、舌を噛まないように頑張って苺を消費した。甘酸っぱい汁が、食道を流れていくのを感じる。
「おい、お前なぁ!」
「翼。」
ようやく苺を食べ切ってから、弥羽に文句を言おうとしたら、彼女の言葉にさえぎられた。
「な、何だよ・・・」
「私に、言うことあるでしょう?」
弥羽が顔を上げる。彼女の短い前髪は、黒いまっすぐな瞳を隠してはくれなかった。
弥羽のどこまでも黒い瞳は、俺の瞳をとらえて逃さない。
この目の弥羽には、嘘はつけない。逃れられない。
「べ、別に・・・」
「嘘だよ。」
弥羽の目が、ふっと優しくなる。
「言ってみてよ〜。私怒らないから。」
弥羽が俺の頬に手を伸ばした。
とたんに、幼い時の癖で顔をうつ向けてしまう。
嘘というか、意地を張っていたところを、弥羽に負けたときの癖だ。
「何かあったんでしょ〜?」
優しい弥羽の声のトーンが、妙に落ち着く。
あぁ、俺は生きてるんだなって今更に実感した。
思わず、弥羽の綺麗な細い手を握りしめていた。下唇を噛んで、涙をこらえている俺がいた。
「翼・・・?」
俺の顔を覗き込んで弥羽が小首をかしげる。
俺は、すぅと息を吐いて、吸った。
「・・・俺さ、」
もうすぐ、しぬんだ。
弥羽の顔が、驚きと悲しみで、歪んだ。