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第二話 出会い

 外は、皮肉なくらいに雲一つない――そんな、快晴だった。

 突き抜けるような蒼の深さに、思わずため息が出る。


「いい天気ね、イザヤ」


 隣を歩くイザヤにそう声をかけると、しかし、返ってきたのは呆れたようなため息だった。


「お前……よくもまぁこの状況で、そんな呑気なことが言えたな。まずいと思わないのか?」


「へ? 何が?」


「…………馬鹿なのか?」


 信じられない、といった調子でそう言われるが、彼が何のことを言っているのか皆目見当もつかない。一体何がそんなにまずいというのだろうか。


「お前なぁ……通行人の視線に気づけ。その目立つ片翼といい、王家特有のシャンパンゴールドの髪といい、街歩きには上品すぎるカクテルドレスといい、それで注目されない訳ないだろ?」


「あぁ……確かにそうね。思い至らなったわ」


「いや思い至れよ。それに極めつけは、その王家の紋章入りのネックレスだ。暗殺してくださいって言ってるようなもんだろ!?」


「えっ、暗殺……えぇ⁉ わ、私、独裁とかしてないよ⁉」


「そうだけどさ! 反国家組織ってあるだろ⁉ 『イリアス』とか『オデュッセイア』とか……あとは、逆に、お前のストーカー的な組織とか! 知ってるか? 『我らが大天使姫様に毎日愛の聖歌を捧げ隊』」


「な、何それ……キモっ……」


「なんで王国の姫が反国家組織知らないんだよ、国政に興味なさすぎだろ……それに、王族が納税者のことキモイとか言ったらダメだろ。それこそ『イリアス』あたりに暗殺される」


「それだけで? ……ほんと、王族って窮屈ね」


 私は唇を尖らせ、ドレスと共にそのまま履いてきた黒のヒールで石畳を蹴飛ばしてみせた。




 私は、昔から国政が嫌いだった。

王族の面倒くさいしきたりやマナー、教育なんかはまだいい。ちょっと厳格な教育方針、くらいに思えば我慢することもできたから。


だが、国政だけは――どう頑張っても、嫌いなままだった。


いや、嫌いと言うと語弊があるのかもしれない。あまりそれが、私に関係あることのように思えなかったのだ。それに、下手をすれば国民何百万人の命に関わるような重要事項の決定なんて、私は御免だ。

だから、王位継承なんて以ての外。できれば誰か他の信頼できる人間に王位を丸投げしよう――などと、無責任なことを考えていたのだった。……数十分前までは。



 閑話休題。



 隣町に向かう道は、一応城下町――いや、元城下町と言うべきか――というだけあり、石畳が敷かれて綺麗に舗装されている。道幅も太く、両脇には多種多様な店が立ち並び賑わっている――武器や魔術用品なんかも売っているが、やはり食べ物が多い。美しい王宮を一目見に来る観光客が食べ歩きをするためだろうか。


「……って、イザヤ。王宮、人払いしないとまずいんじゃない? あんなことになってると知れたら国民は大混乱でしょう」


 ふと思い立ってそう尋ねると、イザヤは気怠そうに私を振り返り、言った。


「あー? 本っ当にお前、頭弱いよな。そんな誰でも思いつくようなこと、今更……出発する前に人払いの術式かけてきたに決まってるだろうが」


「そ、そうなの? なら良かった。……でも、そんなに私が馬鹿みたいな言い方しなくたっていいじゃない。非常時にそこまで頭が回る方がおかしいのよ」


「………………まあ、術式かけたのは……俺じゃないし、な」


「……あっ…………」


 再び触れてしまったその話題に、私たちは押し黙る。さっきと同じような気まずい沈黙に、私は、ひたすら石畳のひび割れの数を数えて歩いた。


 本当なら私だって、ちゃんと母上の死を悲しんで、何か知っていたであろうイザヤを思い切り責め立てて、やり場のない怒りに泣き叫び途方に暮れたい。現実を受け止めようとして、受け止められなくて、三日くらい何も出来ずにどこかに閉じ篭りたい。


 ――でも、まだだめだ。


「――……ルルー」


「……うん?」


「夜まで……保たせろ。一晩くらいなら、何とかしてやる」


「…………、うん」


 相も変わらず主語のない、まどろっこしい会話。二人して現実から全力で目を逸らしたままだ。


――でも、イザヤが何を言わんとするかは十分に伝わる。


「……ありがとう、イザヤ」


「別に。礼には及ばない」


 素っ気なく返すイザヤが、何だか頼もしく見えた。



「――で、だ。ルルー。着いたぞ、隣町」


「へ⁉」


 確かに言われてみれば、目の前には城下町に入る門があった。無断外出したときに一度だけ来たことのある、背の高い門が。

 私は、少し後悔していた。石畳の割れ目の数なんか数えていないで、周りの景色を見れば良かった.....何せ、外は物珍しいものばかりだし。


「何驚いてんだよ。城から城下町までそう遠いわけないだろ」


「そうかもしれないけどさー……一回しか来たことないし、距離感なんか覚えてないって」


「知らん。そんなことより、あそこに喫茶店が見えるだろ? 付き人妖精を待たせてあるのはそこだ。入るぞ」


「え、あ、うん。私、喫茶店って初めて入るわ」


 イザヤの指す方向に見えるのは、赤い屋根の小さな建物だった。遠慮がちに覗く煙突が何だか可愛らしい。たびたび無断外出を繰り返してきた私だが、喫茶店なるものに入るのは初めてだ。



 初めての景色に高鳴る胸と、こんな状況でわくわくしていることへの罪悪感が、複雑な葛藤となって私の心を渦巻く。



 そんな私の心の内を知らないイザヤは、「ほら、さっさと行くぞ」と私を急かす。いつまでもこうしてはおれないので、私もイザヤの後へと続く。


「じゃ、入るぞ」


 イザヤとて、元は宮廷魔術師だ。王族ほどではないにしても、自由に街に繰り出すことはそうそう出来ない身分だである。だから、喫茶店も、初めてではないにしても入りづらのだろう――念を押すように、そう言う。


 私は、小さく頷いてみせた。


「うん、入ろう」


 イザヤの白い腕が、ドアノブに伸びる。

 そして――まさにノブを引こうとした、その時だった。




「痛ぁぁぁっ!?」




 唐突に、内側からドアが開かれた。

イザヤは鼻っ柱をしたたかに打ち付けられたようで、顔を手で多い撃沈している。一歩離れたところにいた私はドアアタックを喰らわされずに済んだので、ドアを開けた当人の姿を確認することが出来た。


 下から上へ、視線を滑らせてゆく。



・・・・・・・・・・・・。



 

 草色のカントリーブーツに、根岸色の長ズボン。鶯色に染められた麻製のシャツを着、その上から深緑色のマントを羽織っている。そしてダメ押しとばかりに頭に乗っているのは、青白橡色の三角帽子――。



 そう、要するに――つま先から頭のてっぺんまで、全身緑色だったのである。



 そんな、緑一色コーデをきめた青年――瞳と髪は流石に緑色ではなくライトブラウンだった――は、私の視線が意に介した様子もなく、まるで陽だまりの猫のように人懐っこい笑みを浮かべてこちらを見ている。


 ――私はため息をひとつついて、その青年に声をかけた。


「えーっと…………貴方、草むらに擬態することでも目指してるの? 私、貴方みたいな格好の人、はじめて見たんだけれど」


 すると青年は、心外だというふうにむくれてみせた。


「失礼ですね、草むらだなんて。この格好、僕の仲間たちからは好評なんですよ? それにほら、緑色には癒し効果があるっていうじゃないですか」


「確かにそれは聞いたことあるけれど、そこまでやるとただの変人よ。……ちなみにお仲間さんは、その格好について、なんて?」


「え、だから好評ですって。『世界の最先端だ』とか『独創的で個性が溢れ出てる』とか『お前はもう緑以外着るな』とか」


「それ、褒められてないわ」


 青年は、不満そうに「そんなわけないじゃないですかぁ……」などと零す。そうして少しすると、肩をすくめてやれやれと首を振った。


「まあ、いいでしょう。僕の高すぎるセンスを初対面で理解していただくのは酷というものです。――それはそうと、お嬢さん」


「…………なに?」


 改まったように言う青年。私は、少し身構えて青年の言葉の続きを待つ。


 青年は少々の間を空けて、言った。


「お嬢さん……いえ、お嬢様と言うべきでしょうかね。もしかしなくても、貴女…………姫様、ですよね?」


 身構えたわりには案外普通の質問だ。拍子抜けして、私は答える。


「なんだ、そんなこと。そうよ、私は――痛っ!?」


 突然足に痛みを感じて下を見ると、ドアアタックによる鼻の痛みからやっと解放されたらしいイザヤに、思いっきり足を踏まれていた。しかもブーツの踵で、である。


 私は涙目になってイザヤを睨みつけた。


「何するのよ!?」


「そりゃこっちの台詞だ! お前は馬鹿なのか!? ……いや訂正しよう。前から薄々思っちゃいたけど、馬鹿だ、お前は!」


「ばっ……!? さっきといい今といい、なんでそんなに馬鹿呼ばわりするのよ!!」


「お前が馬鹿だからだよ、バーカ!」


「な、何よ! この国の姫である私にそんなこと言っていいとでも思ってるの!? 姫である、この私に!!」


「そういうとこだよ!!」


「え?」


 私が首を捻ったことで一瞬途切れた言い争いに、青年が「あ、あのぅ……」と口を挟む。馬鹿と言われる原因を考えるのに忙しい私の代わりに、イザヤが素っ気なく答えた。


「何だ」


「あぁ、いえ……もうひと方いらしたことに、気づかなかったものですから。……貴方は、姫様の護衛か何かですか?」


「いや、ただの幼馴染だ。種族は魔術師」


「それは失礼。てっきり護衛兵かと思いました。――あ、ちなみに僕はシグマといいます。職業は吟遊詩人です」


「そうか。俺はイザヤ、職業は……元、宮廷魔術師だ」


 元、という言葉の響きに、青年――シグマは、「おや、それは……」と困ったような笑みを浮かべた。


 しばし、彼らの間を沈黙が流れる。


 ――黙ってしまった二人に代わって、私は、沈黙を破るため声を発した。


「行きずりの吟遊詩人さん……シグマさんって言った? それに、イザヤも。――立ち話も何だし、喫茶店に入りましょうよ。これも何かの縁だし、もう少し貴方とお喋りしたいわ。私、吟遊詩人って初めて会ったし」


 そんな私の提案に、シグマは例の、陽だまりの猫のような笑みを浮かべて頷く。


「そうですね。僕もそう思っていたところです。王族の方とお話できる機会なんて、そうありませんし。あぁ、僕のことは呼び捨てていただいて構いませんよ。……そうと決まれば早速行きましょう」


「ええ」


 勝手に話を進める私たちに、イザヤは何も言わない。無愛想な彼のことだから、良いという意味に捉えていいのだろう。

 先程イザヤの鼻を直撃したドアを開けるため、ノブに手をかけると――ふと私はあることに思い至り、言った。



「あぁ、そうそう、シグマさん……いえ、シグマ。私たち、故あって、ものすごく慌てて王宮を飛び出してきたのよ。だから、今、無一文なのよね。……喫茶店代、奢ってくださる?」



 何気ないつもりの発言に、シグマは顔を青くして「え、えーっと……ちょ、ちょっと待って下さいね」と財布を取り出し、イザヤは「少しは情報を隠蔽することを覚えろ、馬鹿……」とため息をつく。


 何かまずいことでも言っただろうか.....?


 首を捻る私を見て、イザヤがこめかみを押さえる。なかなか深刻そうな彼の様子から察するに、旅路は、前途多難なものとなりそうだ。


お久しぶりです!


亡姫は2週間ぶりですね...反省します。

いい加減ストックというものを学べるといいんですけどね。


長期休暇中は更新頻度を上げたいです!


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