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第一話 旅立ち

【第一章】


「ルルー!」


 ――宮廷が燃えている。


 否、正確には燃えているとは言い難い。高温の光に包まれているが為に、燃える間もなく炭となって崩れ落ちている、というのが正解だろうか。

 とにかく、宮廷が灰と化していることだけは明らかだった。


「おい、ルルー!」


 母上は、こうなることを知っていたのだろうか。

 彼女は占術師だ。知っていたとしても何もおかしなことはない――だが不可解なのは、どうしてこれを防げなかったのか、ということだ。

 母上ほどの人だ。こんな未来が視えていたのなら、きっと手を打った筈なのだが。


「ルルー! 聞いてるのか!?」


 あの様子だと、きっと母上は助からなかっただろう。


 なぜあの時、母上は私と一緒に脱出しなかったのだろう。彼女は助かろうと思えば助かれた筈なのだ。もちろん母上が無意味に命を投げ出すような人だとは思わないが、だからこそ何を思ってそうしたのかが分からない――。


「いい加減にしろっての‼」


「痛ぁっ!?」


 殴られた頭を抱えながら拳の飛んできた方向を振り返り、睨みつけると――そこには、二人の幼馴染のうちの一人、イザヤが立っていた。


 海のような深い蒼の髪と、同色の澄んだ瞳。比較的長い髪は、彼の片目を隠している。抜けるように白い肌と古びたローブが、彼が何年もこの家を出ていないことを物語っている――。


「ったく……いつまで宮廷眺めてぼさっとしてるつもりだ。そんなことしてたって宮廷も女王様も戻らないぞ」


「だって……そうかもしれないけど、でも」


「いいからとりあえず、うちに入れ。女王様から事情は聞いてるから」


 言われて辺りを見回し、ここがイザヤの家の前であることに気づく。ここに飛ばされたということは、やはりイザヤと母上との間に何かしらのやり取りがあったのだろうか。


「……うん」


 私が頷くと、彼は黙って背を向け家の中へと入っていった。決して大きくはないが、石造りで頑丈な彼の家。私も黙ったまま彼の背を見つめ、彼の後に続く――何も考えないように、何も感じないように、心を凍てつかせながら。

 今少しでも感情が動けば、悲しみが溢れてしまうから。




「まあ適当に座ってろ。茶でも入れる」


「ありがとう、イザヤ」


 言い残し奥の方へ消えてゆくイザヤの姿を、ぼんやりと眺める。

 彼の家に上がるのは実に数年ぶりだ――彼が宮廷勤めだった頃以来だろうか。



 彼は数年前、前線から身を引いたのだ。



 ――数年前まで彼は、将来を嘱望された優秀な宮廷魔術師だった。国内トップクラスの魔術師ばかりが集められた宮廷で齢十二にしてナンバー二の実力を持ち、宮廷への忠誠心は抜群、おまけに美形ときたもんだ――宮廷内での人気は相当のものだったし、王族からの信頼も厚かった。

 こと魔術に関しては全知全能とまで言われ、その色白で長髪というミステリアスな風貌から『蒼髪の幻術師』などとあだ名されていた――そう、数年前までは。


 そんな彼が、前線からの引退を余儀なくされた事件――それは、四年前のことだった。



 ――隣国の過激派宗教団体の鎮圧。任務はそれだけの筈だった。こういった類の任務もそう珍しいことではなかったし、王族である私も戦闘に参加させてもらえていることが何よりの安全な任務である証拠であった――筈だった。


 だが、事は起こった。


 戦闘の最中、もう一人の幼馴染である剣士のリリアが――落命したのだ。


 だから、彼は『蘇生術(リザレクション)』を――禁断とされた輪廻に逆らう術を、使った。


 『だから』という接続詞を用いて、順接として語ることが妥当であることのように感じさせるくらいには――何の躊躇いも、迷いも、一切なく。


 あとで聞いた話だが、その術式は完成されたばかりで、非常に不安定なものだったらしい。何が起こっても不思議ではない、いわば試作品のようなものだったそうだ。結果として、リリアの命と引き換えに――イザヤの魔力半分と彼の片足、そして私の翼の片方が失われた。リリアは今でも元気で前線に立っている。


 安い買い物だ、と彼は言った。たったこれだけの代償で幼馴染の命が買い戻せるなんてお買い得もいいところだ、と。全く後悔していない、と。


 実際そうなのだろう。片足は宮廷医術師が容易く再生してしまったし、彼の魔力値は元々異常に高いから半分になったところで充分だ。私の翼などはなくなってさっぱりしたくらいである。王族だから翼があるのは仕方のないことなのだが、正直大きいし邪魔なのだ。


 だが彼は、二度と前線に立つことはしなかった。理由を聞いても「もう歳だからなぁ」と冗談を言うばかりで、真意を教えてくれはしない――後悔していないと言ったあの時と同じ笑顔のまま。



 そうして彼は、そのままこの狭い家に引きこもり――四年の時が流れて、今。


 厄災は、そんな彼を再び引きずり出そうというのだろうか――?


「ルルー。茶入ったから置いとくぞ」


「ん。ありがとう」


 イザヤに軽く礼を言い、入ったばかりの茶を一口、口に含む。

 なかなかに美味い。四年間引きこもっていただけのことはある。


「で、イザヤ。聞きたいんだけど」


「ああ。聞きたいだろうな。そりゃそうだろ」


 自分の分の茶をテーブルに置くと、彼は、私の向かい側に腰を下ろした。

 何を、とは互いに言わなかった。

 イザヤは私と同じように、茶を一口、口に含む。


 そして、淡々と語りだした。

 ――わざとらしいくらいに、無感情に、淡々と。


「こうなることは前々から決まってた。不可避だったらしい。でもってこの厄災――『デザルテ』を終わらせられるのは、お前だけらしい。理由は俺も知らん。


 加えて言うと、この厄災の元凶は『アルマ』って名前の堕天使らしいんだ。堕天使なんて種族はいないが、まあ普通に考えて、王族が天使なんだから王族追放された誰かってことになるんだろうな――それについても詳しくは知らんが。


 そんなわけで、優秀な魔術師の俺は、行きたくないと駄々をこねるであろうお前を旅に出す役割と、ついでにお前の旅のお供を頼まれた。本当ならリリアも一緒に行く筈なんだが、あいつ、数日前から姿が見えなくてな。仕方がないから、俺とお前、あとお前の付き人妖精として一匹妖精を預かってるから、そいつも一緒に旅に出る。この厄災、そんなに悠長に構えていい話でもないらしいからな、今出発するぞ。――とまあ、俺が話せることはこんな具合だ」


 ――彼が意識的に『女王様』というワードを避けているのは、もはや自明だった。

 それが私に対する気遣いなのか、彼の心の自衛なのかは、分からない。

 あるいはその両方なのかもしれない。


「何だか急すぎて何も納得がいってないけれど……『旅に出ない』っていう選択肢はないみたいね。でもイザヤ、貴方はそれでいいの? 外なんて何年ぶりよ、貴方」


「構わん。どうせ暇だしな」


「ふうん。ならいいけれど」


 私たちは、示し合わせたかのように『女王』『宮廷』といった言葉をことごとく避けた。特段そう意識していたわけではない。イザヤの心境がどうであれ、少なくとも私のそれは、己の心の堤防を守るための、無意識の産物だった――何となく、まだ事実を受け入れる時ではない気がしていた。

 その『何となく』こそが――逃げだったりとか、自己防衛だったりとか、する訳だけれど。


「まあ、なんだ。伝言だが、『いい機会だから自分を見つめなおしなさい。私はちょっと貴女を甘やかしすぎたみたいだわ』だそうだ」


 イザヤが再び口を開く。『女王様』というワードこそ出さなかったものの、母の存在に直接触れるような発言に気まずさを感じてなのか、飲みかけの茶に目を落とした。


 しばらくの間、居心地の悪い沈黙が狭い家の中を支配した。


 ――沈黙を破ったのは、沈黙を作り出した当人だった。


「ルルー、早速だが出発しよう。実は隣町で、さっき言った付き人妖精――ベルって奴なんだが――と待ち合わせをしてるんだ。付き人妖精ってことは一応お前に従属する立場だが、あんまり待たせても悪いだろ。それに、これ以上ここにいたって不毛な時間と沈黙しか流れないだろうし」


 そう言って、茶を一気に飲み干す。


 最早退路はなさそうだった。決して前向きな気持ちなんかではなかったし、旅に出なければならない理由も、厄災が何なのかも、どうしてあんなこと――あんな『事故』が起こらなければならなかったのかも、全然理解しちゃいなかったが――今は、とりあえずでも何となくでも、出発するより他にはなさそうなのであった。

 私も、イザヤに倣って茶を飲み干す。


「そうね。分かったわ。――何が何だか全然分からないけど、とりあえず――出発、しましょうか」


 そう言って互いに頷きあうと、私たちは無言で席を立つ。

 そして、何の手荷物も持たぬまま、近所を散歩しに行くかのような軽装のまま――


 ――出発、したのだった。


滅茶苦茶遅くなりました。なろうで読んでくれてる方は少ないと思いますが……次話投稿です。

学生なので許してください。笑 この間まで中間考査と闘っていたので。

次はなるべく早く投稿できるように頑張ります!

ストックできるとテスト前消えずに済むので、いいんですけどね……。

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