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序章

【序章】


 ――狭い場所は嫌いじゃない。


 ここ、ホメロス王国の王である父と、妃である母の間に生まれた私は、当然のことながらこの王国の姫だった。


 広い自室が与えられ、煌びやかな服を着せられ、優雅な所作と礼儀作法を仕込まれ、ホメロス史や政治の勉強ばかりをみっちりさせられる――そんな生活は生まれてからずっとだったし、きっとこれから変わることもない。そう思っていた。


 だからなのだろうか。私は幼い頃から狭い衣装部屋を好み、ドレスよりも古くなったカーテンでこっそり仕立てたワンピースを好んだ。宮廷を抜け出しては幼馴染と外を駆け回り、国で唯一職業選択の自由が与えられた王族である私は数ある職業の中から銃撃手(ガンナー)を選んだ。特段親に反抗したいとか血筋の束縛から逃れたいとか、明確な意思があった訳ではない。ただその時、衣装部屋に行きたかったから、外で遊びたかったから、拳銃が格好いいと思ったから—―そんな単純で真っ当で子供らしい理由が、私をそうさせていたのだ。



 しかし、十五にもなればそうも言ってはいられないらしい。純粋でかわいらしい動機でしていた幼い頃の行動が反抗と取られたからなのか、それとも単に王位継承が近づいているからなのか、ここ数年は宮廷兵士の目が厳しく、おちおち外にも出られやしない。特に父――王が失踪してからは尚更で、妃から女王となった母が教育係に何か言ったに違いないと思えるような厳しい教育がしばしばだった。


 そして今の私は、そんな母に呼び出され玉座のある間に向かう最中であり――説教しかされないであろう未来を憂えている最中でもあるのだった。

 ――諦念と共にため息を吐き出し、ドアを開ける。


「お母様――ルルーです、入ります」

「もう入ってるじゃないの。ノックをしなさいといつも言っているでしょう? ……まあいいわ、こちらへ来なさい」


 考えてみてほしい。母親の部屋に入るのにノックをしたり、母親に敬語を使わなければならない家庭が王国全体に幾つある? 大方、失踪した父上や母上は、幼少期からそう教えればそれが私の中での常識になるとでも思ったのだろうが――甘い。残念ながら私には、一般家庭に生まれた幼馴染が二人もいるのだ。まあ二人とも宮廷仕えなのでそう一般的とも言えないだろうが……それでも、庶民の常識を全く知らないというわけではない。少なくとも宮廷で強いられる礼儀作法の異常さくらいは分かる。馬鹿にしないで欲しいものだ。


「あら、馬鹿になんかしていないのよ? ルルー。宮廷は形式なのだから諦めて頂戴。だいたいね、国民はみんな頑張って働いて血税を納めてくれているのだから、形式くらい我慢しなさいな。誰だって苦労はしているわ。王族は苦労の仕方が他と少し違うだけよ」


「……お言葉はごもっともです。けど、出会い頭に『読心』するのは幾ら娘とはいえマナー違反だとは思わないんですか? お母様」


「それは王族云々というより私の性格だから仕方ないわ。私の娘に生まれたのが不運と思って諦めるのね」


「開き直らないでください」


 宝石で煌びやかに装飾された重厚な造りの玉座に腰掛け、長いシャンパンゴールドの髪を床に這わせる、一枚の絵画のような女性――母の外見を言葉にするとしたら、こうだろうか。いつも穏やかとも意味深とも取れる笑みを浮かべ、純白の天使の翼をゆったりと揺らしている。

 ――王族はシャンパンゴールドの髪色と純白の翼、これは先祖代々ずっと続く、王族の血筋が持つ特徴だった。(ちなみに私は故あって翼を片方しか持たない。また、元は長かったシャンパンゴールドの髪は、銃撃手になった際に邪魔だったのでばっさり切ってショートにしてしまった。無断でやったので当然のことながら怒られた)


 さて話を戻し、そんな見目麗しい外見を持つ母の職業は『占術師』だ。魔導士とは別とされていて、彼らが出来ることは主に未来視と読心術、伝心術である。一見最強職にも見える便利な能力が揃っているが、戦闘能力を持てない不便さは大きい。いざという時に一人では何も出来ないのは命に関わる。――職業外の能力は使えないのだ。何故だかは分からないが、世界はそういうふうに出来ている。


「さて、ルルー。今日貴女をここに呼んだのは、他でもない――」


「この間無断で宮廷を抜け出したことなら謝ります。ですがそれはイザヤに呼ばれたからであって、決して無意味な外出では――」


「ちょっとルルー。まだ何も言っていないじゃないの……というか貴女、また無断外出したのね? もう、言わなければ知らなかったのに」


「あれっ、説教じゃないんですか?」


「違うわよ」


 呆れたようにため息をつく母上……だがそれで呆れられるのは筋違いというもの。母上が玉座の間に私を呼び出すときの用事など、九分九厘が説教ではないか。経験則でそう思うは当然である。


「説教じゃないなら何ですか。槍でも降るんですか」


「説教が多いのは貴女が問題を起こすからでしょう? 私だって好きでしてるんじゃないのに、あたかも私が説教しかしないような言い方はやめて頂戴。……今日は、貴女に頼みがあって呼び出したのよ」


「マイケルに呼ばれていたのを思い出しました。帰ります」


「ちょっと! 貴女にマイケルなんて知り合いいないじゃないの!」


 母上の頼み事だって? そんなもの説教より聞きたくない。この人の性格上とんでもない無茶振りをされるのは目に見えている。例えば食用マンドラゴラのアレンジレシピを考えなさいだとか、母上の長い髪を三十分以内に三つ編みにしなさいとか。この間は確か玉座についている宝石の数を五分で数えなさい、だっただろうか? まあ要は、この人の暇つぶしに付き合わされているのだ。うん、今のうちに逃げよう。


「全然話が進まないわね。もう、用件だけ伝えるからマイケルのところへ行くのはその後にしなさい。いい? 言うわよ?」


「いい? って、ダメに決まってるじゃないですか! あーあーあー! 聞こえなーい!」


「ルルー。――広い世界を、見てきなさい」


「…………はい?」


 耳を塞ぐ私に強引に告げた母上の言葉は、しかし――予想を裏切るものだった。



 広い世界。



 ……私は狭いところの方が好きだが。とりあえず、話だけは聞くことにした。


「えーっと……外出許可という意味ですか?」


「馬鹿言わないの。いえ、まあ外出ということには変わりないのだけれど……」


 母上は少し躊躇うような素振りを見せてから――言った。


「……ルルー。『堕天使の厄災(デザストル・デ・アンジュレヴォルテ)』って……知ってる?」


「帰ります。マイケルが待ってるので」


「待って違うの! 私がつけた名じゃないから! 誤解よルルー!」


「宮廷医術師を呼びますか。中二病の根治が必要です」


「誤解だってばー!」


 真面目に聞こうと少しでも思った私が馬鹿だった。デザ……何だって? 知っている筈がないだろう。私は今、母上の子として生まれたことを心底後悔していた。


「ちょっと待ってルルー。これはその……違うの。本当にあるのよ。世界で今騒がれている厄災が」


「なるほど。中二病は流行り病なんですね」


「だから違うってば! まあ……長いから、世間では略して『デザルテ』って呼ばれているようだけど」


「最初と最後しか残ってないじゃないですか。あの無駄に長い名前は何だったんですか」


「今日のルルー、何だか辛辣すぎない? というか話が逸れているわ。私が頼みたいのは、世界を『デザルテ』から救う旅に出てもらいたい、ってことなのよ」


「世界を厄災から救う旅……やっぱり中二病じゃないですか」


「まあそうなっちゃうわね。でもそれを言ったら話が進まないの。だから中二病はこの玉座の間では禁句ね。女王命令だから。背いたら処刑よ」


「国家権力の乱用は良くないです」


「とにかく! 旅に出てもらうからね。これも女王命令よ。大方必要そうなものはまとめてリュックに詰め込んでおいたから、それを持って旅に出て頂戴。あと心配だから一人、付き人妖精を手配したわ。ああ、アクティブな服は宮廷内になかったから、街で調達するのよ。まあ、貴女がこっそりカーテンで仕立てていなければ、だけど」


 そこまで一気にまくし立てると、母上はおもむろに玉座から立ち上がった。

 そして私を出口の方に向かわせるよう、背中を押し始めた。


「ちょっ……何するんですかお母様!」


「ほら! 早く行った行った! 出発の時は今よ!」


「今⁉ 今ですか⁉」


「今って言っているでしょう! 急いで‼」


 ふと私は、母上の声に焦燥の色を感じ取った。


 ――始まろうとしているんだ。何かが。


 直感的にそう思う。

 そして、今が過ぎればこの空間に戻れないことも何となく感じ取れるくらいには――母上は切羽詰まった様子でいた。


「――言い忘れたわ。貴女の幼馴染ふたり――イザヤとリリアにも、旅路を共にしてもらいなさい。彼らは非常に優秀な宮廷兵だわ。きっと貴女の助けになる」


「お母様……ですが――」


「いいからもう行って。善は急げと言うでしょう。というか、感じているかもしれないけれど、詳しく話している時間なんてないのよ」


「そうかもしれませんが――」


「大丈夫よ、ルルー。厄災について詳しいことはイザヤから聞きなさい。きっと知っているから。まあ彼が知らなくても街に出れば誰かが知っているわ」


「………………」


「――もう行って。貴女はこの国の姫でしょう? 国を救わなくてどうするの」


「ですが、私は――」


「聞き分けのない子ね。もう間に合わない――仕方ないわ」


 ため息をついた母に、私は一瞬希望を見出した。世界を救わなくても良いのかと。このまま日常へ帰れるのかと。


 だがそれは――思い違いで。


 もう既に、戻れはしないのだと。


 すぐに思い知った――。



「『瞬間移動(テレポーション)』!」


 ――とんだ荒業だ。


 別れさえ告げる暇を与えず、しかも本来占術師には使えない筈の魔術を使って――。

 頭の中の冷静な部分が、王族の血の万能さを恨む。職業外の能力が使えるのは王族だけ――世界はどこまでも理不尽だ。

 そんなことを数フレームの間に考え、ひとつ瞬きを終えた瞬間――



 ――次に私が見たのは、純白の光に包まれた宮廷だった。



 ――「あとは上手くやりなさい、ルルー。きっとまた会いましょう」

 耳の奥で聞こえた気がした声は、やはり最後まで無茶振りだった――。


カクヨム様にて更新している小説をこちらでも投稿させていただきます!

割合ぐだぐだ感の強い「青ざめる春」や「世界とは」とは違い、ちゃんと書いてます。笑


よければこちらも見守ってくだされば幸いです!

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