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親戚と狂気の眼

作者: 遥 一良


 親戚。深く難しく考えることは無かった人たち。幼き頃、夏になれば家族みんなで親戚のおばちゃんの家に行って、冷たい素麺と麦茶を頂いていた。何をするでもなく、親戚の家で過ごしていた記憶がある。


 子供の頃の記憶とはそんなようなもの。親戚のおばちゃん、おじちゃん。正確には、お姉さんかもしれないけれど。なにより、子供の頃なんてものは名前を知らないし聞かないものだ。


 いや、たとえ教えてくれていたとしても、しっかりと覚えているかどうかが怪しい。一年に一度か二度くらいしか会わない人たち。そんな親戚のおばちゃんの家に行くのが楽しみだった。


「なつ実ちゃん、大きくなっても遊びに来ていいんだよ?」


「うんっ! 行きたい!」


 幼き頃は大きくなるということの意味を深く考えずに返事をしていたものだ。それは学生として忙しくなっても行っていいのか、あるいは大人になっても遊びに行っていいのかどうか。


 実際には単独で遊びに行くことは無い。両親のどちらか、この場合は母親と一緒に親戚の家に挨拶に行くことが多い。それは私が高校を卒業して、進学せずに1年ほどフリーターをやっていた時のことだ。


「なつ実、親戚の源田げんださんちに行くけど、行くよね?」


「えー? てか、これからスロットして来るんだけど」


「あんた、いい加減にしなさいよ? 1年は遊ぶの許すけど、だからと言って借金作るとか許しませんからね」


「それ、私には無いから。私、負けたことないし」


 そう、私はスロットにのめり込んでいた。それは負けなかったから。負けたらやめることを決めていた。でも、負けなくてもやめることになってしまうけれど。勝ち続けて、その成果を期待されてそれを求められたら、私はきっと耐えられないだろうから。


 そんなこんなで、スロットをしていつものように勝った後に、母親と合流して親戚である源田さんちに向かった。お二人は、さすがにお年を召していた。それは当然のこと。私と親戚の方々が笑顔を見せながら遊んでいたのは、数十年前のことだからだ。


 詳しく聞いたことは無かったけど、源田さんのおじちゃんは自営業をしていたらしい。ところが、3年前に経営不振に陥って今は、何もせずに家にいるとのこと。今は年金暮らしということも聞いた。


 私が小さい頃に50歳くらいだったことを考えれば、年金をもらっている年齢だと理解出来た。おばちゃんは、昔も今もおじちゃんを支える専業主婦をしている。二人ともお子さんはいない。だからこそ、私は可愛がられていたのかもしれない。幼き思い出はいい思い出のままでいたかったと、この時は思っていた。


「なつ実ちゃん、今はなにをしているの?」


「あーえーと……フリーターです」


「それは大変だねぇ。じゃあ、生活は……」


「実家にいるし、ご飯も出てくるので問題とかないです」


 正直にベラベラと言ってた。まぁ、こんなことを親戚の人に隠してもね。でも、この後に話してしまったことは、今でも後悔の念に苛まれている。あんなことを正直に公表してしまったことで、優しき親戚がまさかの豹変を遂げることになるだなんて、本当に失敗した。


「あらぁ、そうなのね。ウチでよければいつでもご飯とか食べに来ていいんだからね」


「いやぁ、それはさすがに」


「いつの間にかおっきくなっちゃって、来てくれなくなったのも寂しいものなのよ? 私もこの人も、なつ実ちゃんのことが可愛いんだから、遠慮しないで来てね」


 そうは言ってもね。やっぱり、自分が大人になるにつれて気軽に親戚の家に遊びに行くとか、それは無理かなと思う。母親と来てるからいいようなもの。一人じゃ行けない怖さが何となくあるわけで。


「なつ実ったら、最近、変に忙しくなってるみたいなの。私が言っても聞かないのよ。姉さんからも言ってやってくださいな!」


「なつ実ちゃん、何にそんなに忙しいの?」


「何と言うか、稼ぎまくってて……今はそれがすごい忙しいんですよね。交換する時とか、すごい興奮しちゃって、あの瞬間は今はやめられないんですよ~」


「……稼ぎまくっている? それはお金……?」


 気のせいかもしれないけれど、寒気を感じた。さっきまで優しい笑顔を見せていたおじちゃん、おばちゃんの眼が、狂気と化した瞬間だった。


「……あ」


 しまった。そう思っても、もう時間は戻せないし自分が発してしまった言葉は回収できない。さっきの言葉さえなければ、気軽に行くことが出来たかもしれない。そういうことだった。


 経営不振で事業をやめて、家にいる存在。年金暮らしとはいえ、決して夫婦二人で裕福に余裕に暮らしているわけではない。それなのに、迂闊だった。お金の話は親戚と言えども、簡単に口を滑らせてはいけないのだ。


「そ、そろそろお暇するわね。姉さん、兄さん、また来れる時に来るわね」


 母も何かを察したのか、急いで立ち上がり挨拶をして帰る支度を始めた。私も母に続いて玄関に向かう。


「なつ実ちゃん、またおいで。その時が来るのを私たちは期待しているからね……」


「え? あ、は、はぁ」


 全身鳥肌。何コレ……すごい怖かった。おばちゃんが言った言葉の意味は何となく分かった。だって、わたしを見るあの眼が、もう、それの為だけのモノだったから。


 お金の話は身内でもするな。これは後に、私がちゃんと就職を決めてからも心の中で決めたことだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] お金で揉めるのは世の中でよくあることですが、血縁者だったり当事者になると背中が冷たくなる。 目が覚めて、読んだので色々思い出してブルッとしました。 読んでみてふーん、としか思わない方は幸せ者…
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