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くちひげのファントム  作者: 衣住河治
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第3章 筑波プラクティス・ヒート2

 「那緒都君、どうかしたのかい?」

 パドックの外れにある医療棟、その診療室の扉をあけると見知った顔の女医が那緒都に声を掛けた。

 柔らかい声色の小柄な50歳位のおばさんだが、その手際は鮮やかでひどい様子のけが人相手でも顔色一つ変えず的確な処置をすることで有名だ。

 チーム・マクサスのメンバーも重大事故ではお世話になったことはないが、ちょっとしたケガで関だけでなくクルーも何度かお世話になっている。他ならぬ那緒都自身もひどい食あたりで薬をもらったことがあった。

 コースマーシャルからの連絡はないので緊急ではないと知っている彼女は落ち着きを払って3人を眺める。

 「おや、由香里ちゃんだっけ?その子顔色が悪いね。」

 「ちょっと貧血を起こしたみたいで。」「部屋を少し借りられませんか?」

 麗子が当たり障りのない説明をする。とにかく3人だけで話せる場所が欲しい。どうか余計な詮索をしないでくれるとありがたいと那緒都は思った。

 「ん、わかった。第2を使いなさい。」「幸い今日は閑古鳥が鳴いてるから。でも緊急が入ったら悪いけど出てもらうからね。」

 麗子と那緒都を交互に見た女医は何かを察した様であったが、それ以上は何も言わず部屋の鍵を渡す。那緒都は礼を言って由香里を支え診療室を後にした。

 医療棟の中央の廊下を挟んで左右に休養室がある。左手の第2とだけ書かれた部屋はベッドが2つと簡単な洗面台が付いただけの簡素な作りだった。

 那緒都は由香里をベットに腰掛けさせる。ふと見ると由香里が左手にキャップを握りしめていることに気がつく。固く握りしめたそれを優しく放させて手にとる那緒都。

 ああ、由香里が何処かで買ってきたヨーロッパフォードのやつだ。お守りとか言ってロールバーにくくりつけていたな。なんでまた・・・ 

 どこか怪我をしていないかを訪ねる那緒都にうつむいたまま首を降る由香里。安堵のため息を漏らす那緒都。由香里は麗子が差し出したコップを受取り少しだけ飲んだ。

 那緒都は隣の部屋から椅子を2つ持ってくると一つは麗子に薦め、自らも由香里を囲むように腰掛けた。

 「さて、由香里。落ちついたところで、説明してくれるな?」

 由香里はもう一口水を飲むと那緒都と麗子を交互に見た。しばらくして意を決したように口を開く。

 「・・・信じてもらえないかも知れないけど」言いかけてハッと気づいた顔で「ごめんなさい那緒都、麗子さん。貴重な走行会をめちゃくちゃにしちゃって」

 「由香里ちゃんが訳も無くこんな事するはず無いって、みんな知ってるわよ」大丈夫よ、と膝の手に手を重ねる麗子。すがるような由香里の瞳に那緒都は軽くうなずく。

 「私にも何がなんだか・・・最近、フッと意識が無くなることがあって。疲れてるのかなって思ってたんだけど。今日だって・・・」

 「由香里! お前そんなこと一言も俺に」「だって、チームが大変なときなのによけいな心配をかけたくなかったのよ」「何がよけいだバカ!俺は、」

 そこまでいいかけて那緒都は麗子の視線に気づいて口をつぐんだ。

 「続けてくれる?由香里ちゃん」麗子の言葉に促され由香里は再度話し始める。

 「今日だって、ピットウォールでタイムを計ってたら誰かに呼ばれたの。頭の中で呼ぶ声。たぶん亡くなった人の声。那緒都にも話したことあるでしょう?」

 そっち方面か。予想外の由香里の告白に戸惑う那緒都。ちらと麗子を見ると複雑な表情をしている。麗子はこの手の話が苦手なのだ。

 由香里の霊媒体質については那緒都も麗子も聞いてはいた。2人とも冗談半分と軽く聞き流していたのだが。

 「関わるとろくな事ないから無視してたんだけど。那緒都の声が。」「俺?」「違うの、その時は那緒都の声だと思ったんだけど。」

 「ピットから呼ばれたのかと思って振り返ったら急に意識がなくなって・・・」「気がついたら裏の車でレーシングスーツに着替えてて。」

 パドックには仮眠用も兼ねてチームのワンボックスが止めてあった。由香里もワンメイクレースで利用した関係で自分のスーツを置いていたらしい。

 「最初は夢だと思った。」「でも自分の意思と関係無く体が動いていて。」そのときのことを思いだしたのか由香里の声は少し震えていた。

 「みんなの声は聞こえる、周りも見える。けど勝手に体が歩いてうちのシエラに。」「ごめんなさい。本当にごめんなさい。」由香里は声を詰まらせた。

 「何度も止めたのよ!」由香里は那緒都を見て言った。「声を出そうとしても出なくて。」なんだかプールの中からプールサイドを見てるみたいだったと由香里。

 「・・・動けるようになったときは、うちの車の中で那緒都が怒鳴ってた。」

 「今までこんな事無かったわ。」「私、どこかヘンになっちゃったんだわ!どうしよう?」

 由香里が嘘をついているとは那緒都は思わなかった。少なくとも由香里自身は今話した通りのことを経験したのだろう。なんとかしてやりたいと思う那緒都ではあるが生まれてこの方幽霊すら見かけたことがない。

 「だいじょうぶだ、由香里。きっと疲れているだけなんだ。」そういいながら那緒都は膝の上の由香里の手をそっと握る。

 「んー・・そうねぇ・・・由香里ちゃん。あなたやっぱり疲れてんのよ、きっと。」そうよ、神経とかが少し疲れてるのよ由香里ちゃんは。そんな心霊現象みたいなのはゴメンだわ。そんな話は映画とかTVドラマで十分。私は見ないけど。

 「お医者様に診て貰って2、3日ゆっくり休んだ方が・・・」そこまで言いかけて麗子は突然口をつぐんだ。

 腕組みをしたまま固まっている麗子の視線は、由香里の後ろを凝視したまま凍り付いたように動かない。

 「どうしたの?麗子さん」と由香里。那緒都もいぶかしげな目を麗子に向ける。「あ、ぁ?」言葉にならない声でうめく麗子。

 由香里はゆっくりとその視線を追いかけ後ろを振り向く。そこには青いレーシングスーツを着た30才前後の青い瞳の男が由香里の方を見て微笑んでいた。

 由香里はいつの間に入ってきたのかという疑問より先にその男の立っている場所に不自然さを覚えた。

 今由香里が腰掛けているベッドと少し間隔を空けて置いてあるもう一つのベッド。その二つのベッドの間、空いたスペースにその男は立っていた。

 いや、正確には浮かんでいたのだ。

 「!!!!」

 その意味するところにあやうく悲鳴をあげそうになる由香里。

 そのとき由香里の頭の中に変なアクセントの日本語が響く。『ゴメンナサイ。コわがらない、ください。』

 由香里はぎょっとしておもわず麗子を振り返る。

 麗子にもその声が聞こえたらしくちょうど二人は目を合わせる格好になった。

 「由香里ちゃん、アレ・・・なんだろ?」麗子が顔をひきつらせながら由香里に言った。その声は微かにふるえている。

 「麗子さんも聞こえた?」何度もうなずく麗子。

 由香里はベットから這うように離れると、息を調えてゆっくり男の方を振り返る。あいかわらず先ほど同じように男はにこやかに浮いていた。ブラウンの髪、彫りの深い顔立ち、印象的な口髭。良く見るとその男の着ているレーシングスーツを素透視して壁に掛かったカレンダーがうっすらと見えている。

 『コわがらないください。ワタシ、アやしくナイです。』再び男の声が響く。

 何が、怪しくないのよ?宙に浮いている人が怪しくなかったら何が怪しいのよ?そう思いながら由香里は、落ちつきを取り戻し始めた自分に少し驚く。

 「ヒッ!」

 とうとう抑えきれなくなったのか麗子が軽い悲鳴をあげて椅子の上から崩れ落ちる。

 「どうした? 麗子さん!」二人のやりとりの蚊帳の外だった那緒都があわてて麗子を助け起こす。

 「由香里? どうした? なにかあったのか?」「那緒都、あなたにはあれが見えないの?」「カレンダーがどうかしたのか?」

 麗子を抱き起こしながら由香里の指さす方向を見た那緒都が怪訝な顔をしてふりかえる。どうやら那緒都には先ほどの声も聞こえてはいなかったらしい。抱き起こされた麗子がうめくような声を発する。

 『ナオトサンには、ワたしわからないですカ。』再び、あの独特なアクセントの日本語が由香里の頭に響く。

 変なアクセントね。そう思いながら由香里は、いまではすっかり落ちついている自分に気がつく。男の屈託の無い笑顔のせいだろうか?

 「・・・あなたは、だれなの?」

 由香里はむくむくと沸き上がってくる好奇心を感じながら思わず素朴な疑問を口にした。聞いてどうなるという話ではないかもしれないけれど。

 「なにいってんだ?由香里。」麗子が椅子に座るのを助けながら那緒都。そのときレーシングスーツの男がゆっくりとベッドの上を指差す。

 『キャップ。ナオトさん、ワたしわかル。』

 帽子?あのヨーロッパフォードの?ああ、そういうことなの?

 「那緒都、あの帽子を取って早く!」「なんの話だ?」「いいから!」何のことかさっぱりわからないまま渋々従う那緒都。

 手に取った帽子を由香里に見せながら「このフォードの帽子がどうかし」『ナオトサン』那緒都の頭に声が響く。「うぉ」思わず辺りを見回すが声の主は見えない。

 『ドうやら、ナオトサンにも、ワたしわかったデスね。』

 「由香里、今のはなんだ? 誰がしゃべってるんだ?」那緒都の不安げな視線にウインクで答えると、由香里は再びレーシングスーツの男に話しかける。

 「ひょっとしてあなた、私に取りついたでしょう? それでわかったわ。」まるでひとごとの様に淡々と話す。

 『ゴメンナサイ。ユカリサンにはこわいオもい、させまシタ。』

 青い目の男はもう1台のベッドに腰掛けるとそのまま深々とおじぎをした。

 『ワタし、カールといいます。カール=ハインツ・シュウナウザー。レーサーしてました。ユカリサンがかカったムッツァー、キャップ。ワたしのです。』

 取り憑いた?由香里に?いまだに状況が良く飲み込めていない那緒都であったが、ききおぼえのある名前を耳にして思わず口を出す。

 「カール=ハインツ! ヨーロッパ・フォードの!」「確か2年前に来日中交通事故で死・・・」そこまで言ってギョッとする那緒都。

 「ワたし、しってる?!うれしいですネ!」満面に笑顔を浮かべるカール。無論那緒都には見えていないが。

 「・・・ワたし、2ねんまえ、ジこしました。」

 カールは気の毒そうに見ている由香里に大げさにウインクしてみせた。

 「わるいのは、ワたしです。にほんのしょくじおいしかった。オサケもおいしかった。ワたし、うかれてました。」


 那緒都はその当時のレース関係誌に乗った記事を思い出していた。

 ヨーロッパツーリングカーレースでフォードワークスのNo1ドライバーとして活躍していたカールはインターテックの為に来日。みごと予選でポールポジションを取った。

 明日の決勝もカールの優位は揺るがないものだった。しかもここで2位以上でゴールすればシリーズチャンピオンも決まる。

 この陽気なドイツ人は前祝いと称して祝杯をあげ、回りのスタッフの制止も聞かず自分で車を運転してホテルへ戻ろうとして事故を起こした。飛び出してきた犬を避けようとしてガードレールに激突、車は大破炎上。運転していたカールは病院で息を引き取った。

 プロドライバーの公道での死亡事故、しかも飲酒運転という醜聞は当時一般紙でも結構叩かれたものだった。


 『ワたし、イロイロめいわクかけた。ワたし、タイトルのがシタ。コのままでは、シにきれない。』

 カールはそこで一息いれると由香里と那緒都を変わるがわるゆっくりと見つめた。由香里はその真剣な眼差しに圧倒されたが那緒都には見えていない。

 『ナオトサン、ユカリサン。ワたし、アナタたちにきょうりょくしたイ。』『ワたしのユめ、アナタたちのユめ、かなえたイ。』

 そこまでの思わぬ展開に我を忘れていた那緒都が突然口を開く。

 「ちょっとまて、それはどういう意味だ? まさか。」那緒都の脳裏に先程の由香里のドライビングが浮かぶ。「この由香里に取りついたまま、レースに出ようってんじゃ」

 『ソのとうりです。』

 『アナタたち、はやいドライバーほしイ。ワたしはやイ。チがいますカ?」

 確かにカールの言う通りだった。先ほどのタイムが計りまちがいではなかったとすれば、彼は勝てるドライバーだった。しかし。

 「私は、かまわないわよ。さっきはちょっとこわかったけど。」

 にこにこしながら由香里が楽しそうに言い放つ。おまえ何言ってんだ、さっきまで怖がっていたくせに!

 「由香里!何を言い出すんだ?お前が出てるワンメイクレースじゃないんだぞ!スピードが段違いだ!危険度が違う!クラッシュでもしたらどうすんだ?」

 「あら、心配ないわよ那緒都。私が、運転するんじゃないし。カールさんはトップドライバーなんでしょ。それに、マクサスはプロのチームだし・・・」

 ワンメイクとは危険度が違うと言われて少々カチンときたのか、少し皮肉っぽく言い返す由香里。

 「俺が言いたいのは、そんなことじゃない。」真っ直ぐに由香里を見つめる那緒都。

 「いくらドラテクがあったって避けきれない事故だってあることは、おまえだってわかるだろ?俺はおまえにそんな危険なことをさせたくないんだ。」

 「じゃあ那緒都は、このままチームが解散することになったっていいの?」「今までみんなで一生懸命やってきたことが無駄になってもいいの?」

 那緒都を見返す真剣な瞳が少し潤んでいる。

 「私はいやよ!」「私だって、レースに危険がつきものだってことは十分承知してるつもりよ!でも」

 「でもみんながサポートしてくれるなら・・・那緒都が・・・」

 そこまで喋ると由香里は自分の感情の高まりを抑えるようにうつむいた。

 じっと二人のやり取りを聞いていたカールがゆっくりと口を開く。

 『ユカリサンのきもち、よくわかります。』

 『ナオトサンのシんぱい、トてもよくわかります。でも、しんじてください。ワたし、ユカリサンにけがはさせない。』

 『わたし、いろんなひとをかなしませた。モウそんなことしない。』頭の中で響くカールの言葉が由香里と那緒都の心に流れ込む。深い後悔と苦痛。

 「カールさん! なんで由香里なんだ? 関じゃだめなのか?」「いや、いっそ俺でもいいじゃないか。」

 「それは、だめよ!」今まで、椅子の上で気を失っていたかに見えた麗子が、突然口を開く。

 「関君はこれからのチームを背負うドライバーになるのよ、いかさまモドキのことをやらせられないわ!」

 「それに那緒都君は監督でしょ? 今でさえ忙しいのにあなたスーパーマンにでもなるつもり?」「チーム全体をコントロールしながら自分で出走するなんて無茶もいいところだわ」

 麗子は、少し前に意識を取り戻していたが、3人のやり取りについ自分の存在をアピールするタイミングを逃していたようで、今がその絶好の機会であるかのごとく弁舌をふるう。

 「とにかく関君や那緒都君に乗り移るって案は、ボツね! チーム代表としても認める訳にはいかないわ。」

 『レイコサン。』カールが麗子にその彫りの深い顔をゆっくりとむけた。小さな悲鳴をあげるとスプリングがはじけたように椅子から飛び上がる麗子。由香里の目はカールが吹き出しかけたのを見逃さなかった。 

 『ゴメンナサイ、レイコサン。こわがらないでクださい。』

 「私は、別に・・・」麗子はそういいかけて、自分の声がうわずっていることに気がつくとあわてて口を閉ざす。

 『レイコサン、アナタただしイ。』『ワたしユカリサンいがいのひト、ノりうつル、デキナイ。』

 『ワタシ、ずっとサーキットいました。デも、なにもなかった。』『ユカリサン、チがった。ユカリサン、あかるイ。』

 カールには由香里が光ってみるのか?霊感が強いってのがそれか?乏しい知識で自分なりに解釈する那緒都。でもカールが亡くなったのが2年前。その間何度となく由香里は鈴鹿に足を運んでいる。なぜ今になって?あっ!

 「このキャップ?」那緒都は手にしたキャップを改めてながめる。つばの裏側に手書きのサインが。

 『サイン、ワたしデス。』『レイコサン、キャップかった。それからワタシ、ユカリサンといっしょ。』

 「ちょ、ちょっとまってよ。一緒って?ずっと私のやることを見てたの?」由香里が少し顔を赤らめて言うと、カールはまた深々と頭を下げた。

 『ゴメンナサイ、ユカリサン。ワたし、ずっといっしょにいました。』「それは、ひどいわ!」

 『ゴメンナサイ。イまは、なにもみないこと、デきます。ナにもきかないことできます。』「あたりまえよ!」

 由香里の憤慨をよそに、少し前から冷静さを取り戻し3人のやり取りをじっと聞き入っていた麗子が、ずっと渋い顔をしたままの那緒都に向かっておもむろに口を開く

 「他の人に代われないんじゃあしょうがないわね。」「いいでしょ? 那緒都君。」

 なにかを言いかけた那緒都を遮るように由香里が口を開く。「もちろんです麗子さん! 本人がやる気になっているんですから」まだなにか言いたげな那緒都に向かって大きくうなずいてみせる由香里。

 「・・・わかったよ、降参だ。由香里をうちのドライバーとして認めよう。」「けど麗子さん。他のクルーにはどう説明するんです?まさかカールさんを紹介する訳にはいかないし。」

 「何も言うつもりはないわよ。」さも当然な顔をして「さっきのデモ走行で十分でしょ?」笑みを浮かべる麗子。

 「ああ、さっきのタイムは確かに十分すぎるほど速かった。」今の関では当分出せないタイムだな。しかし、

 「でもチーム員の中には由香里のレースを手伝ってもらった者もいるんだ。由香里が突然速くなったのを不審に思う者も出てくるんじゃないか?」

 「なにそれ! わたしがなんだかすごいトロいみたいじゃない!」由香里が口をとがらせる。

 麗子は由香里の抗議を身振りで押しとどめると「いいんじゃないの?」「予選通過も危なかったような人が、ちょっとしたきっかけで表彰台の常連になるなんてわりと良くあることでしょ。」「その辺は適当にごまかしといてよ。」いとも当然の様に言った。あっけにとられる那緒都。

 『ワたしも、そうおもいます。さわぎになるの、よくありませン。』

 突然口を開いたカールに麗子はまた一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直すと「カールさん。あなたも気をつけて下さいね。」

 「チーム員の中にも勘が鋭い人もいますから。無闇に話しかけたり、姿を見せないように!妙な噂がたつといろいろめんどうですから。」

 『ダいじょうぶです。ワタシ、きをつけます。』

 カールの声の弾んだような調子に麗子は一抹の不安を覚えたが、これ以上贅沢は言ってられないと思い直した。

 なにせ本場ヨーロッパのワークス・ドライバーである。(幽霊というところがネックだが)しかも契約料もいらないし。

 「じゃ、カールさん、由香里ちゃん、よろしくお願いね。わたしは事務局にドライバーの登録をしてくるから。」

 椅子から立ち上がりながら那緒都を見ると「あ!そうそう、那緒都君!チームのみんなにはあなたから説明お願いね。」

 そう言ってスポンサーに見せるようなとびきりの微笑みを残し軽く会釈をすると麗子は医務室から出て行った。

 麗子さん俺に丸投げかよ!その後ろ姿を呆然と見送りながら那緒都は途方に暮れていた。

 一体なんて説明すりゃいんだ? ライセンスは持ってるけどワンメイクレースで完走がやっとの由香里が今度うちのドライバーだって?!

 こりゃ関が承知しないだろうな。佐田さんも納得しないだろうし。

 「くそっつ!ややこしいことを押しつけてくれたよ、麗子さんは・・・」チーム員の反応を考えると胃の痛くなる思いがする那緒都であった。

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