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誰がために鐘は鳴る  〜佐久間警部の推察〜(2024年編集)  作者: 佐久間 元三
捜査一課の介入
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暗躍する男(2024年編集)

 ~ 東京都板橋区 板橋三丁目 ~


 佐伯頼宗の会社で、住所情報を得た佐久間たちは、区の職員と共に、佐伯の自宅に向かっている。


(…ん?何だか、様子が変だぞ)


 区の職員が、指差す先で、人だかりが出来ている。


「すみません、何かありましたか?」


 住民たちが、怪訝そうに、


「あんた達は、誰だ?…取り立て屋かい?」


(山さんが、いるからな)


 佐久間が、警察手帳を提示すると、住民たちは、静かになった。


「警視庁、捜査一課の者です。自殺した故人の、身辺捜査をしています。事情を知っている方がいれば、伺いたいのですが?」


(------!)

(------!)

(------!)


 全員が、佐久間に群がる。


「知ってるも何も、全員、被害者さ」


「被害者?詳しく、話して頂けますか?」


 自治会長と名乗る男が、代表して、語り出した。


「佐伯は、自治会中の世帯を、連帯保証人にして、金融機関から金を借りてな。皆の家に、催促電話が来たんだ」


「電話があった。どのような、内容で?」


「内容かい?『佐伯さんの借金の件で、連絡しました。お宅は、連帯保証人になっているから、支払ってください』ってね。儂らは、直ぐに、佐伯を問い詰めた。そしたら、佐伯は、否定しおった。『身に覚えがない』ってね」


(………)


「それで、実際に、債権者が、皆さんのお宅に、来たのですか?」


「いや、来てない。だが、兄弟には、来たようなことを、誰かが言ってたような。…誰だっけ?」


「それって、自分たちが、佐伯と押し問答してる時、佐伯に、着信があった件だよ。兄弟の自宅に、居座っているって。うろ覚えだけど」


「そう、それだ。刑事さん、これで良いかい?」


「助かります。それで、その債権者は、電話口で、名前を名乗りましたか?」


「ああ、名乗ったぞ。…確か、田山?…田鹿?あれ、た、…た?」


田所(たどころ)ですよ、自治会長。しっかり、してください」


(------!)


「そうだった、田所だ!」


「全員、同じ人物から、電話があったのですか?」


 全員が、頷いた。


(…田所と言えば、確か、佐伯の会社でも、聞いた名字だ。同一人物なのか)


「他には、何か覚えていませんか?例えば、佐伯本人が、何か、困っていたとか」


 自治会長の側に、付き添っている男が、口を挟んだ。


「借金は、身に覚えがない。無言電話、大量の出前が、どうのとか、言ってたな。ほれ、あの時」


「あー、そうじゃった。井上さん、あんた、目撃したんじゃろう?」


 井上と呼ばれる老婆は、嬉しそうに、


「ええ、見てたわよ。蕎麦屋とピザ屋が、…それはもう、大量に、出前してね。警察まで来て、大騒ぎだったわね!」


「……警部」


「この区域だと、やはり、平尾交番か。山さん、悪いが、警察学校の巡査らに、裏取りを頼む」


「はい、電話してみます」


「他には、何か、知っている方は、おられませんか?」


 一人が、何かを、思い出したようだ。


「……思い出した、派遣型風俗店(デリヘル)も、来てたな。怖い兄ちゃんが、ほら!」


「そうそう、確か、大量の出前事件の、翌日?翌々日だっけ?警察が、連日、来たわね」


(捜査記録には、なかったな)


 佐久間は、手帳に、証言を書き留めた。


「佐伯には、奥さんがいたはずですが、行方を知りませんか?」


(------!)

(------!)

(------!)


「何、何?ひょっとして、佐伯は、奥さんに殺されたのかい?それで、警察は、奥さんの行方を追っている。今日は、その捜査なのかい?」


 佐久間は、慌てて、否定する。


「そうでは、ありません。佐伯の会社に、事情を聞きに行ったら、『遺留品を、奥さんが、引き取りに来ない』と説明を受けたので、自宅に戻ってきていないか、確かめに来たのですよ」


「奥さんなら、連日の嫌がらせで、鬱になったと言っていたな。何でも、佐伯が死ぬ前に、家を飛び出したらしいよ」


(死ぬ前か)


「どこに行ったか、知りませんか?例えば、友人宅とか、愛人のところとか」


「…さあ?別に、やましい奥さんじゃ、なかったから、実家にでも、帰ったんじゃない?」


「そうですか、ありがとうございます」


 一通り、事情が聞けたので、話を切ろうとする佐久間に、自治会長が、泣きついた。


「刑事さん、儂ら、どうしたら良いの?全く、身に覚えのない借金を、どうしても、返さなきゃいかんの?毎日、怯えて、暮らさにゃいかんの?」


「皆さん、安心してください。契約には、署名や押印が、必要です。佐伯が、何かを企んだとしても、皆さんが、押印した記憶がないのであれば、その契約書は、無効ですので、債権者が来たら、その場で、警察に通報してくだされば、対応しますよ」


(------!)

(------!)

(------!)


 佐久間の回答に、満足したのか、住民たちは、帰っていった。


(思ったよりも、闇が深そうだ)


 区の職員が臨場し、玄関を開けるところで、山川が、戻ってきた。


「警部、裏が、取れました。十一月六日に、蕎麦屋とピザ屋が、大量の出前を、届けています。出前料金の半分を、佐伯が負担し、もう半分を、店で負担して、事を納めたと。十一月八日には、派遣型風俗店(デリヘル)の風俗嬢が、押しかけたようです。風営法に準じていたので、指導だけして、引き上げたと。費用は、おそらく、佐伯が負担したのでしょう。巡査曰く、どういう訳か、電話の着信履歴が、佐伯の自宅からであったと。蕎麦屋、ピザ屋、派遣型風俗店、全ての着信履歴を、目視確認したと。佐伯本人は、電話線を外していると言っていた、と説明を受けたようですが…」


(………)


 違和感を、覚える。


(電話線を外しているのに、着信履歴は、自宅番号から?)


「……警部」


「山さん、これは、玄人(プロ)の手口だね」


「そうですな、嫌がらせに、出前を大量に注文したり、風俗嬢を呼んだりするのは、怨み屋が手がけている。そんな感じが、しますね」


「妻の兄弟には、債権者が来て、居座っていると、言っていたな。玄人なら、戸籍謄本を取り寄せて、佐伯の家族構成を、難なく調べるだろう。どちらにせよ、行方不明の妻から、事情を聞くしかないな」


「とりあえず、板橋区役所に行って、事実確認をしましょう」


「日下たちを、呼んでくれ。佐伯家の捜索は、日下たちに、引き継ぐ」


「分かりました、直ぐに、手配します」


 佐久間は、同行した区の職員に、お礼を言った。


「引き継ぎの捜査員が、到着次第、区役所に向かおうと思います。どちらを訪ねれば、宜しいですか?」


「戸籍謄本なら、区民課です。私から、一報を入れておくので、池田の名字を出してください」


「助かります」


 程なく、日下たちが現着し、区の職員と共に、佐伯の自宅内に入っていく。佐久間たちは、その足で、板橋区役所に向かった。



 ~ 板橋区 板橋区役所 ~


「すみません、警視庁捜査一課です。池田さんから、連絡があったと思うのですが」


「一報を聞いています。直ぐに案内しますので、お掛けになって、お待ちください」


 待つこと、二分。


 区民課の奥から、課長代理の小林、川島、斎藤が、佐久間たちの元へ、やって来た。


「こちらで、お話を伺います」


「急な訪問、申し訳ありません」


 打ち合わせテーブルに座ると、斎藤が、説明を始めた。


「佐伯頼宗さんなら、覚えております。名前に、衝撃(インパクト)があったので」


「誰だっけ?」


「ほら、川島さんが、病院に行くために、時間休を取得した時ですよ。私が、申請書類を処理した」


(………)


 川島は、しばらく考え、思い出したようだ。


「あー、はいはい、思い出した。確か、『長期出張だから、郵送で送ってくれ』と、代理人が来たんだったよな」


「代理人ですか、どなたが?」


「ちょっと、お待ちください。申請書類を確認します」


 川島は、申請書類を確認するため、席を外す。その間、課長代理の小林は、話を進める。


「池田からは、捜査協力の旨、聞きましたが、具体的に、説明頂けますか?」


「実は、佐伯頼宗が、自殺しました。捜査一課で捜査しているうちに、他殺の線が、浮上しましてね。佐伯が死ぬ前に、佐伯の妻が、行方不明になり、行方を追っています。それで、一連の戸籍謄本、連絡先が必要になった、という訳です」


(------!)

(------!)


 小林と斎藤は、言葉を失った。


 申請書類を持参する川島は、二人を見て、不思議そうに、首を傾げた。


「お待たせしました。…ん、どうした?何か、あったの?」


「川島さん、佐伯頼宗が、自殺したらしい。それで、他殺の線も、あるって。奥さんが、行方不明で、戸籍謄本、連絡先が、必要だそうです」


(------!)


 川島も、絶句する。


「申請書類の代理人は、誰と書いていますか?」


「田所英二と、署名があります。住所は、…港区芝二丁目ですね」


(------!)

(ここでも、田所か)


 山川が、即座に、反応する。


「おかしいですな。その住所は、佐伯頼宗が勤めていた、大日本帝国印刷(株)の住所です。あなた方は、代理人の住所が、本当かどうか、確かめないで、戸籍謄本を郵送したんですか?」


(------!)

(------!)

(------!)


 小林は、即座に、弁解に回る。


代理者の住所(そこ)は、申請者が、()()で記載する住所で、行政機関(区役所)が、とやかく言える、部分では無いのです。あくまでも、本人の代理人として、来ていることを、前提にしていますから。本人の委任状がある以上、委任状(それ)を、信用しなければ、行政として、成立ちませんよ。筆跡鑑定して、その委任状が、本人が書いたか、調べる訳にもいきません。それに、佐伯さんの代理者として、佐伯さんが勤務しておられる住所を、書いていたとしても、不思議ではありませんし、行政機関が、それを、問う権限は、ありません」


(……ちっ、この手の問答には、慣れているってか?…なら、次は…)


(………)


「山さん、話を、前に進めようじゃないか。それで、田所英二は、どこの住所に郵送を?」


「それは、分からないです」


「分からない?どういうことですか?」


 斎藤が、ゆっくりと、説明する。


「郵送を希望する区民は、郵便小為替と返信用封筒、返信用小切手を用意して、手続きします。当然、送り先住所は、返信用の封筒に、申請者が自ら書いており、行政機関(我々)は、ポストに投函するだけです。送り先は、コピーしていません。残るのは、この代理人の一筆と、申請書類、出力した日時くらいです」


(………)


「なるほど、敵も、中々、頭が切れる」


「敵?どういう意味ですか?」


「佐伯は、田所英二に嵌められて、自殺に追い込まれたと、考えています。佐伯の自宅には、執拗な嫌がらせが、あったようです。おそらく、この区役所で、取り寄せた情報から、住所を割り出し、行動を起こしたのでしょう。ちなみに、申請は、いつ頃ですか?」


「九月三十日です」


「佐伯の兄弟にも、被害があったらしいのですが、戸籍謄本だけでは、分からないはずなのですが。他の問い合わせは、ありませんでしたか?」


「調べる限り、もう一件、あります。十月二十日に、田所英二名義の申請で、改製原戸籍を取得しています」


(そういう事か)


 佐久間と山川が、顔を見合わせる。


「まず、戸籍謄本を取り寄せ、佐伯の住所を確認して、嫌がらせを開始。時間を稼ぎながら、今度は、改製原戸籍を取得して、親兄弟の住所を割り出した。申請時期を調整したのは、足がつかないように、慎重に事を運ぶため。……少し、手掛かりが、見えて来ました。今日、お話した、内容に関する、全ての資料を、警視庁捜査一課に提供ください。これらは、裁判記録にも使用しますので、正式なものは、後日で構いませんが、本日頂けるものは、持ち帰ります。それと、この件は、殺人事件になると思いますので、他言無用、取扱注意でお願いします」


「分かりました、ご用意します」


 板橋区役所の協力で、一連の資料を入手した、佐久間たちは、捜査一課に戻ることにした。


「警部。やはり、ただの自殺では、ありませんでしたね」


「ああ、これは、自殺を誘導した殺人事件だ。それも、精神状態を操作(マインドコントロール)した、悪質なものだ。捜査方針を、切り替える必要が出てきたな。戻り次第、捜査会議を開こう」


 佐伯の勤務先、自宅、区役所で暗躍する人物、田所英二とは、どのような人物なのか。


 一連の人物像から、相当なやり手だと、感じざるを得ない。


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