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誰がために鐘は鳴る  〜佐久間警部の推察〜(2024年編集)  作者: 佐久間 元三
捜査一課の介入
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蒼の時間(2024年編集)

 ~ 板橋区 平尾交番 ~


 佐伯頼宗の身辺を、調査している佐久間たちは、谷口文子から、事情を聞く前に、板橋警察署の、平尾交番に足を運んだ。


「邪魔するよ、捜査一課だ。谷口文子から、相談を受けた巡査ってのは、どいつだ?」


(------!)


 不意に現れた、高圧的な山川に、窓口で、欠伸をする二人の巡査は、硬直している。


「まあまあ、山さん。実は、別件で、谷口文子が浮上してね。以前、この交番に、セクハラ被害の相談に来たことは、捜査記録で確認したんだが、詳しく、事情を知りたくてね。経緯を聞かせてくれ」


 巡査たちは、佐久間の声色に、安堵しながらも、山川に萎縮しつつ、経緯を語り始める。


「今から、一ヶ月半くらいでしょうか。谷口文子が、セクハラ被害を、訴えに来ました。上司から、毎日、十五時過ぎに、給湯室に呼び出されては、身体を触られて困っているから、逮捕して欲しいと。我々は、民事不介入があるので、簡単には、逮捕出来ないと、説明しました」


(……毎日か)


「それは、確かに、苦痛だな。被害の原因は、何だったのだろう?」


「何でも、就職したまでは、良かったんですが、故郷に仕送りをする内に、生活費が圧迫して、止むを得ず、夜のバイトを始めたとか」


「夜のバイト?水商売か?」


「いえ、派遣型風俗店(デリヘル)です。港区では、発覚するリスクが高いので、新宿区や豊島区で、接客していたらしいんですが、ある時、営業中の上司と遭遇し、言い寄られたと、本人が証言していました」


(………)


「つまり、派遣型風俗店(デリヘル)を、ネタに、強請られていた。殆どの企業は、副業が禁止だから、副業は兎も角、派遣型風俗店のことは、本人も吹聴される訳には、いかなかったのだろう。…それなら、合点がいくな。訴えの内容を察するに、セクハラ行為は、日毎に増長し、そのうち、佐伯は、会社の立場を利用して、谷口文子の住所を調べた挙げ句、住居に押し掛けるだろう。お前たちは、二次被害を防ぐ意味で、そこまで考慮した、フォローをしてくれたんだな?」


(………?)

(………?)


 巡査たちは、佐久間の発言に、戸惑っている。


「…フォローですか?」


 山川が、怒りだす。


「おいおいおい。『民事不介入だから』とかいって、簡単に、突き放したんじゃあるまいな?区の窓口を教える、とか言って!」


 二人とも、顔面が悪くなる。


「山さん、ちょっと待ってくれ。お前たち、基本的には、民事不介入を説明したことは、間違ってない。セクハラ相談自体は、区窓口の方が、専門家がいて、適切な助言を、得られるからな。でも、警察官(我々)は、何の対処もせず、放置した場合に、相談者が、その後に受けるであろう、最悪の事態を想定して、未然に防げないと意味がない。最悪の事態とは、何だと思う?」


(………)

(……分かりません)


「風俗嬢なら、簡単に、言うことを聞く。自分の慰みに利用できる。つまり、自分勝手な発想で、佐伯が、谷口文子の住居に押し入り、強姦すると言うことだ」


(------!)

(------!)


「警部が、仰る通りだ。それくらい、予想出来るだろう?セクハラしても、騒がない。じゃあ、もう少し、強引にしても、風俗嬢なら、我慢してくれる。やらせてくれる。そう、考えても、不思議じゃない」


 巡査たちは、顔面蒼白だ。


「被害届は、出さなかったのか?被害届があれば、警察組織(我々)が、幾らでも、介入出来たはずだが?ちゃんと、教えてやったのだろう?何故、谷口文子は、それを拒んだのだ?」


(………)

(………)


 貝になる二人に、山川が、痺れを切らす。


「おい、誰が、貝になれと言った?警部が、質問されている」


「そっ、それが、確かに、被害届の話は、しましたが、……あの、…その。強姦や、拉致された場合に、警察として対応すると、言ってしまいまして。…すっ、すみません」


(------!)

(------!)


 咄嗟に、山川が、二人の胸ぐらを掴み、怒鳴った。


「この、馬鹿野郎!それじゃあ、谷口文子は、どうなる!警察に、不信感しか、持たんだろうが!」


(………)


「山さん、もう良い。…今まで、何を学んできた?お前たちは、もう一度、警察学校で、基本知識から、やり直す必要がある。警察署長には、私から連絡を入れるから、そのまま待て」


(------!)

(------!)


 佐久間が、板橋警察署に電話を入れると、二十分後には、板橋警察署長、副署長、刑事課長が、揃って平尾交番に到着した。


「お前達、一体、何をやった?」


「すっ、すみません。窓口相談で、不適切な対応をして、佐久間警部に、絞られております」


(部外者の、佐久間に?)


「…佐久間警部。詳しく、伺いましょう」


「では、お答えします」


 佐久間は、ことの経緯を説明していく。平尾交番の巡査たちは、警察署長の助けを信じて、祈るような気持ちで、成り行きを見守った。


「佐久間警部、事情は、よく分かりました。佐久間警部の言い分は、正論ですし、この者たちは、一都民に対して、軽率な対応をしたようです。ですが、不祥事(この件)は、所轄署内部の問題。警察学校へ戻す判断や人事権は、佐久間警部(あなた)にはない。警察署長の私が、責任を持って、一から教育しますから、今回は、どうか、ご容赦ください」


 佐久間は、溜息をつき、首を横に振った。


「この事案を、見逃せと、仰せか?その甘えが、一人の人間を、自殺に追い込んだのかも、しれません。巡査も、警部も、警察署長も関係ありません。悪いものは、悪い。私は、この者たちが、一人前の警察官とは、認めません。心根が、余りにも浅はかで、幼稚だからです。自分たちの言動で、相談者の未来が、どのように、変わってしまうのか、その判断も出来ない。警察組織(我々)が、正義を貫かないで、誰が、犯罪を防ぐのですか?例え、事件が解決したとしても、被害者の心は、事件に縛られ、終わらないんです」


(………)


「…佐久間警部。本部の警部とは言え、所轄署の署長に使う言葉と、態度とは、到底、思えませんな。組織である以上、仲間を守って頂きたい」


「仲間?それは、取るに足りる場合に、使う言葉です。警察組織(我々)は、身内に甘過ぎて、都民には辛い。不祥事(これ)を、『看過せよ』と、仰るおつもりか?」


 交番内は、まさに、一触即発だ。


「……やむを得ませんな。電話を借りるぞ」


 佐久間は、内線で、しばらく誰かと話し、受話器を、署長に手渡した。


「どうぞ、お話ください」


(…佐久間(小僧)。お前みたいな、生意気な奴は、俺の権力で、飛ばしてやる。どうせ、捜査一課長の安藤に、泣きついたんだろう?俺は、警察署長で、安藤とは同格だ。いくら安藤でも、今回の件は、無理がある。世の中、お前を中心に、回っているのではないぞ)


 署長は、敢えて、横柄な態度で、受話器を奪った。


「もしもし、安藤課長?困りますなあ、跳ねっ返りの一警部が、警察署長に、盾突いては。いくら、上位機関の本部でも、これでは、組織の秩序が無くなるし、私の面目も立たないと、思いますがね。…もしもし、安藤、聞いてるのか?」


(………)


「……ほう、板橋警察署長さまは、警察庁長官()の声が分からないと。組織の秩序は、警察署長(お前)の言うとおり、確かに保たないとな。今日付けで、お前も、警察学校へ行け。この儂、自ら、関係者全員を、送り戻してやる」


(------!)


 板橋警察署長は、受話器を持ったまま、直立不動で動けない。


「ちょ、長官ですか。こっ、これは、大変、ご無礼を。しかし、何故、長官が?」


「そんなことは、どうでも良い。佐久間の言動は、儂が一任すると、言っている。…終わりだ、以上」


 一方的に、電話が切れた。


「この間、方針会議でお話した通り、警察組織(我々)は、自殺者の捜査を、諸般の事情で、打ち切ってきました。今回、谷口文子への、対応を鑑みても、『一都民を、本当に守りたい』という気概も、大義も感じられません。板橋警察署の全員が、そうとは思えませんが、再教育が必要だと、判断します。…板橋警察署長、あなたも、含めてです。署に戻り、警視庁ではなく、警察庁からの指示をお待ちください。もちろん、この人事については、私から、警視総監にも、話しておきます」


(------!)

(------!)

(------!)


「…分かった。いや、分かりました。警察庁長官の命令とあらば。…おい、署に戻るぞ」


 板橋警察署の幹部たちは、意気消沈し、若い巡査に声も掛けず、その場を、後にする。


 事の重大さに、打ち震える巡査たちに、佐久間は、釘を刺した。


「お前たち、警察官とは何か、正義とは何かを、もう一度、六ヶ月間、しっかりと勉強してこい。それが嫌なら、直ぐにでも、依願退職しろ。私を、幾らでも恨んで構わんが、今回の訴えが、お前たちの妻や、娘ならどうした?…無条件で、佐伯頼宗に対して、接触を試みたはずだ。お前たちは、谷口文子が、風俗嬢だと知って、内面で小馬鹿にして、心の訴えを軽視したと、直感した。意を決して、相談に来た、谷口文子が、受けた心の傷は、お前たちの、比じゃないんだよ。それが分からなければ、お前たちは、一生、警察官には、なれない」


「……はい」


 平尾交番から、谷口文子の会社に戻る途中、橋の上で、山川が、ふと足を止める。


(………?)


「どうした、山さん」


「あの若い二人が、気になりまして。…やり直せますかね」


「…どうかな。本気で、警察官を目指していたのなら、分かってくれると信じたい。奴らは、まだ若いし、幾らでも、やり直しが効く。組織に守られていて、自分たちは、絶対に解雇されないと、身勝手な保身や、権力を勘違いしている者は、正義を語る資格は、無いよ。頭の固い、上層部たちは、もう無理だがね」


「少々、お灸を、据え過ぎましたかね」


「仕方がないさ」


 二人は、水面に映る、夕陽を見ながら、タバコに火をつける。


「板橋警察署だけじゃない。組織全体が、本当の意味での、事件解決とは何かを熟慮して、膿を出し切る時が、来たんだ。今回の件が発端で、他の警察署も、もう少し真面目に、臨むだろう」


警察庁長官や警視総監(トップ)は、組織の膿を出すことには、表立って、動けません。怨み節は、全部、佐久間警部に、向けられるでしょう」


(………)


 夕陽が、沈んでいく。


「……甘んじて、受けるさ。誰かが、やらねば。身を切る改革とは、そういうものだ」


「…どこまでも、ご一緒します。そろそろ、行きますか?」


「そうだね。谷口文子に、まず、心から謝罪したうえで、事情を聞いてみよう」


 夕暮れの、蒼が舞い降り、夜の顔になっていく。


 木枯らしに、コートの襟を立てる、佐久間であった。


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