青空の行方(2024年編集)
~ 東京 警視庁 ~
田中大輔と、土屋友晴の逮捕は、世間一般に、公表される事はなかった。
現職警察官の不祥事としては、あまりにも、社会的影響が大きく、テロ対策特別措置法の観点からも、取り締まる側の組織が、起こした事件として、公表する事は、警察の信用を、地に墜とす事になりかねないと、警察庁が、判断した為である。
警察庁から戻ってきた佐久間は、警視庁屋上で、一人、黄昏ていた。
「難事件が終わったのに、浮かない顔を、しているわね。辛気、臭いわよ」
「……これが、現実だよ、ワトソンくん」
川上真澄は、溜息をついた。
「組織は、大切よ。崩壊したら、もっと、被害者が出るもの」
「こんな組織、一度、滅ぶべきだ。痛みを伴うのは、いつも、弱者で、善良な都民なんだよ」
「…確かにね。でも、あなたは、見事に、やり遂げた。あれ程の、絡み合った難解を、紐解いて、真相解明したんだもの。死んでいった、菊池さんたちも、報われたと思う」
(………)
佐久間は、タバコの煙を、深く吸い込む。
「完全決着にしては、痛みを、伴い過ぎた。幸いなのは、相談者たちが、二度と、菊池利浩、藤田敬吾、田中大輔に、接触しないという、事だ」
「会って、来なさいよ。あなたが、救ってあげた人たちに。そして、彼らから、元気を貰うのよ。でなけりゃ、あなた、引退するって、言わんばかりの顔してるもの。ちゃんと、しなさい!」
川上真澄が、背を押した。
(………)
「…そうだな。事件が解決した事を、相談者たちに、伝えてこその、決着だ」
~ 数日後 東京都 港区 ~
川上真澄の提案で、佐久間は、今回の事件で、関係した者たちに、事件が解決した事を、告げる事にした。
関係者の中で、一番、喜んでくれたのが、谷口文子である。
「色々あったけど、これで、警部さんに、会えなくなるのね。不謹慎だけど、事件解決しない方が、良かったな。それ以外は、本当に嬉しい。これからは、前だけを見て、過ごせる気がします!」
「いつでも、困った時は、相談に来なさい。私は、都民の味方だよ」
「ふふふ、そうだったわね。あっ、警部!あそこ、ほら!」
(------!)
不意を突かれ、佐久間が、谷口文子の、指す方向を見た瞬間、生温い感触が、唇に伝わる。
「えへへ、褒美よ、褒美。サンキューね♪」
笑顔で手を振りながら、駆けていく、谷口文子を見送り、無事に事件が終わって、良かったと、幸せを噛みしめるのと、同時に、心の奥底に、何故か、懐かしい感情を、思い出した。
~ 東京都 八王子市 ~
谷口文子と相反して、悲しみに暮れたのは、坂田和子である。
坂田和子は、坂田利之と離婚し、しばらくしてから、夫が死亡した事を、新聞で知った。
親戚筋から、坂田利之が、死亡するまでの過程を聞いて、田所英二に、知らされていた真相と、大きな食い違いがある事に驚き、田所英二に、接触を試みたが、既に、接触手段を失っていたのだった。そして、最後に、自分が、事件に利用されただけだと、真実を知る事になったのだ。
「私は、取り返しの、つかない事をしました。夫が浮気し、私のへそくりや、二人で貯めていた貯金を、解約したと、聞かされていました。時には、暴力を振るう人でしたが、何も、死ぬ事はなかった。ただ、心を入れ替えて、やり直してくれれば、それだけで、良かった」
「その言葉を、今からでも、遅くありません。墓前で、言ってあげてください。そして、利之さんの分まで、今度こそ、幸せに、長生きしてください」
(………)
泣きじゃくる和子を、そっと抱きしめ、慰めた。
~ 半年後、東京都内 ~
「おお、佐久間。ここだったか?」
「ああ、どうしても、同僚の裁判は、直に、見届けてたくてね」
土屋友晴の、刑事裁判が行われ、普段は、証言以外、決して、立ち入らない主義であるが、傍聴席で、判決を聞いている。
「主文。被告人を、実刑十五年の、刑に処す」
(…執行猶予は、なしか。でも、無期懲役でないから、真面目に務めれば、十年で出られるだろう)
厳しいと評判の、裁判官であるが、珍しく、意見を述べる。
「今回の判例は、非常に、稀で、思慮する事案である。…本来、弱きを助け、悪を裁く警察官が、法を犯し、人を殺める事は、到底許されぬ事であるが、尊い、我が子の仇を討つ為、あえて、人の道を踏み外し、非情に走った親心は、正に、人として、親として、間違いだとは、言い難い。これからは、息子の為にも、殺めてしまった者を、実刑の中で、心より供養し、更生する事を、一人の仲間として、切に祈る」
この言葉は、法廷中の、人間全てに、強く響いた。
判決を受け入れた土屋友晴は、大粒の涙を流し、佐久間を見て頷くと、佐久間もまた、頷いて見送った。
法廷を後にした、佐久間と氏原は、気の向くまま、どこまでも、歩き続ける。
「例の教授たちは、全員、懲戒免職だとさ。上妻教授は、理事会メンバーになったし、徳島大学のほら、捜査協力してくれた、大平っていう、若い学者、後釜に座ったってよ」
「そうか、それは良かった。正しい人間が、舵取りするなら、組織として、安定するだろうな」
「そう言えば、お前のところの、捜査二課の、田中って奴、どうなった?」
「田中大輔か。奴なら、無期懲役を、言い渡されていたな。即日、控訴したようだが。…残念ながら、奴は、救えん。もう、刑務所から、出られないだろう」
「そうか。それより、根本は、どうなった?」
「根本か!根本なら、まず、父親の件が、解決したようだ。氏原にも、礼を言っていたぞ。必ず、警察官になるって、猛勉強を開始したらしい」
「うんうん、奴なら、必ず仲間になる。そんな気がする。どうだ?めでたい、結末に、一杯」
「まだ、勤務時間内だが。……時間休取って、飲みに行くか!」
(------!)
「そうこなくっちゃ!そうと決まれば、早速、行こうぜ。可愛い娘がいる店を、見つけたんだ!」
佐久間は、微笑する。
「全く、お前って、奴は。…まっ、たまには、付き合ってやるか。だが、氏原。いかがわしい店は、ダメだぞ、後で、千春に、殺されるからな」
「分かってるよ、萌え萌え、キュンの店だから♪」
(------!)
年甲斐もなく、無邪気に笑う氏原に、佐久間も、釣られて、笑みを浮かべる。
(菊池、藤田。もし、七年前、お前たちが、違う人生の選択をしていたら、誰一人、死ななかったのかも、しれない。田中も、道を外さなくても、良かったのかも、しれない。一人の人間が、選ぶ、選択で、ここまで、周囲が巻き込まれた事件は、そう起こらないだろう。結果的に、人を傷付けたお前たちは、悪いとは、思う。だが、非情になるしかなかった、気持ちも、痛いほど、分かるよ。人生は、一度きりしかない。この人生は、失敗したかもしれないが、来世では、同じ過ちをしないよう、しっかりと生きろ。私は、お前たちの分まで、正義を守っていく。また、会う日まで、さらばだ)
全ての人に、幸あれと、願いながら、佐久間は、天を仰いだ。
佐久間警部シリーズを、ご覧の皆さま。
いつも、読んでくださる皆さま、お疲れさまです。
初めて、読んでくださる皆さま、初めまして。佐久間です。
初めて、この物語を書いた時から、ちょうど七年経ちました。
(初版が、2017年で、今回の編集は、2024年です)
初版では、物語の軸になるのは、芝﨑直人という人物でしたが、
作品の都合上、菊池利浩に変更しました。
物語の設定条件で、七年前の事件が、様々なしがらみを経て、
現在の事件に繋がると、決めていたのですが、まさか、
編集する時期も、七年後になるとは、思いませんでした。
(作者自身が、忘れていたので)
七年も、時間が経過すると、自分の考えや、文章の表現まで、
目に見えて、変わるものだと、実感しています。
小説は、書けば書くほど、生ものであり、生き物であるなと
痛感しているのは、当時と変わりません。
書き方も、当初は、文章をただ、だらだらと、書くだけで、
表現、文字数、漢字の意味、句読点、ルビなど、
何にも、知りませんでした。
今、読み返すと、どの作品も、稚拙で、恥ずかしく、消し去って
しまいたいと、良く思うのですが、それは、それで勿体ないと、
諫める自分も、おります。そのため、次の作品を書く前に、
過去の自己作品を、ブラッシュアップしようと、一念発起して、
やり直しています。
時には、お褒めの言葉、時には、叱責(早く読ませろ)、時には、
助言(タイトル工夫しなよ?)を受け、長期間の連載となりましたが、
2017年に一度、完成しました。
この作品は、自分の佐久間警部シリーズの中でも、
消えた花嫁、紅の挽歌シリーズ、記憶殺人、永遠の一秒と、同じくらい、
苦しんで、構成を見直した事情もあり、皆さんに読んで欲しい、
そんな作品になってくれたと、思っています。
登場人物は、当初は少なく、田所英二が、ここまで奔走するとは、
思いませんでした。
知人からも、展開が広がりすぎて、収拾つかなくなってきたのでは?
と心配され、自分でも、途中で、シナリオ構成を、見直す始末でした。
2024年編集では、全体のバランスを見直しつつ、調整したので、
当初よりは、読みやすく、仕上がったと、満足しています。
とにかく、2024年編集でも、無事に、物語的にも、
バランス良く、終わってくれて、安堵しております。
プロフィールにも、書いたかもしれませんが、相変わらず、妻は一切、
私の作品を読みません。(書籍化されたら、読むようです)
子供たちは、当時は、小学生でしたが、今は、父の背を超えました。
(いつの日か、父の作品を読んでおくれ)
最後まで、読んでくださった、皆さま。
本当に、本当に、ありがとうございました。
次回もまた、佐久間警部を、楽しんでください。
よろしくお願いいたします。
(2017年、2024年 佐久間元三)