査問会議(2024年編集)
~ 石川県、金沢市 ~
一週間後、崇城大学、上妻教授の提訴で、公益社団法人 薬剤師認証機構の日本毒物協会は、緊急査問会議を、石川県で開催するべく、関係者を招集した。
招集されたメンバーは、七年前の裁判に関与した、五名の教授他、次期理事を担う教授陣、現理事会メンバーを含めた、総勢三十名である。
佐久間たちは、査問会議の開催時間まで、協会が手配した控え室で、モニター越しに、中の様子を伺っている。
(時間だ。上妻教授、頼みます)
代表理事の大久保が、開催を告げる。
「そろそろ、始めましょうか。では、査問会議の開催に先立ち、発起人から、挨拶をお願いします」
上妻は、壇上まで移動すると、社交辞令の挨拶を始めた。
「えー、皆さん、本日は、遠路遙々、足を運んで頂き、まずは、御礼を申し上げます」
直ぐに、外野から、ヤジが飛ぶ。
「上妻教授。まぁ、堅苦しい挨拶は、やめましょう。今日は、身内しかいないし、招集した概要を、お願いしますよ。何せ、今日のテーマは、査問だ。審議される方々は、さぞ、苦々しく、その理由を、早く伺いたいでしょうから」
歓迎されない空気の中、山川なら、噛み付くところだが、上妻は、動じない。
(堅苦しい挨拶は、嫌いか?当たり前だ、こっちは、時間稼ぎを、しているのだから)
「これは、儂とした事が。そうですな、では、席に戻って、説明しましょうかの」
上妻は、ゆっくりと、席に戻って、腕時計に目をやる。五分、経過している。
(頃合いだ、入りたまえ)
上妻が、無線マイクに向かって、『トントントン』と、合図を送る。
(------!)
「合図だ、全員、突入」
佐久間たちは、一斉に、会場に突入すると、三箇所の出入り口を、全て封鎖。総勢二十名で、固めたのである。
(------!)
(------!)
(------!)
会議室は、緊張の渦に巻き込まれ、事態を掴めない者、頭を抱える者、硬直する者、様々である。
「上妻教授、これは、どういう事かね!」
「何故、査問会議に、警察が?」
上妻は、佐久間に、目で合図を送った。
「皆さん、お静かに。まずは、事情を説明しましょう」
上妻は、佐久間と、壇上に上がると、マイクをONにした。
「今日、集まって貰ったのは、紛れもなく、査問会議です。そして、査問会議は、七年前の、学会理事選まで、溯る事になります。この学会理事選の結果が、不幸にも、現在、警視庁で捜査している事件に、繋がっております。本日は、真実を明らかにして、日本毒物協会を守るべく、一念発起した次第です。詳しくは、この場にいる、佐久間警部の話に、耳を傾けて頂きたい。では、佐久間警部、よろしく頼みましたよ」
静寂のなか、マイクが、佐久間に手渡された。
「警視庁捜査一課の、佐久間と申します。同じ公務員同士、出来れば、介入は避けたいところですが、人が死んでいる以上、警察組織の責務を、果たさなければなりません。まず、この点から、ご理解頂きたい」
大半の教授たちは、佐久間の言葉に、耳を傾ける姿勢を見せるが、五人の教授陣が、反論する。
「何を言っているんだ、君は?部外者は、今直ぐ、出ていきたまえ!ねえ、会場の皆さん。皆さんも、同意見じゃないですか?」
大門が、周囲の者を扇動しようとするが、佐久間に、一蹴される。
「黙れと、言っている」
(------!)
「お前は、少し、空気を読めよ、公務執行妨害で、逮捕するぞ」
(------!)
大門は、下唇を巻き込んで、噛むような仕草を見せ、黙るしかなかった。
「それでは、説明を始めます。御託を並べるのは、後で、お願いします。七年前、この会議室で、学会理事選が、開かれました。この選挙で、選ばれたのは、徳島大学の大門教授、東都大の船尾教授、北海道工業大学の髙橋教授です。話が、少しだけ、飛躍しますが、この選挙前、世間を賑わした、殺人事件を、ご承知でしょうか?」
「七年前、何かあったか?」
「そんな昔の事件、覚えていないぞ」
「いや、話題になったくらいだ、何かあるぞ」
当事者を除く、全ての者の、反応が薄い。
「まあ、無理もありません。説明を続けましょう。七年前の選挙前に、菊池利浩という男が、婚約者を、目の前で殺されるという、痛ましい事件が、発生しました。だが、ある日、菊池利浩の、婚約者を殺した犯人が、毒殺され、現場近くにいた、菊池利浩が逮捕された。いわゆる、被害者が、加害者を毒殺し、起訴された事件です。巷では、仇討ち事件と、もてはやされました。仇討ちの手法は、トリカブトとフグの毒を掛け合わせ、加害者を殺したのですが、毒の即効性の関係で、当時の検察では、死亡時間の因果関係を立証する事が、出来ませんでした。菊池利浩が主張する、現場不在証明の時間と、加害者が死んだ時間が、一致せず、逆転無罪となった案件です」
「言われてみれば、当時、話題になった事件だ」
「選考会でも、ほら、話題になりましたな」
「確か、日本毒物協会も、裁判に協力したような」
会場全体が、思い出したところで、一人の教授から、質問が挙がる。
「その事件と、本日の査問会議が、どう関係するのですか?」
佐久間は、苦笑いする。
「まぁ、そのまま、お聞きください。警察組織は、その裁判で、敗訴しました。無論、そのために、捜査を続けた訳ではありませんが、別件で、二年前から、ある事件を追っていましてね」
「ある事件ですか?」
「自殺者が多い東京都では、人員と予算の関係で、どうしても、自殺と断定した段階で、捜査を打ち切る傾向が多かったんです。だから、自殺をした理由や、その背景まで、中々、時間を割けなかった。だが、ある自殺者を調べるうちに、他殺の線が浮上したんです。自殺するのではなく、自殺させる、いわゆる、自殺教唆です。警察組織は、その手口を辿りました。すると、とある復讐サイトと、精神状態を操作する手法が、見えてきました」
会場中が、佐久間の言葉に、耳を傾けている。
「相手を追い込む、執拗な手口。慎重に慎重を重ねて、行われる犯行。ここで、警察組織は、菊池利浩に目をつけた。何故なら、菊池利浩の性格が、犯行心理に、最も近く、関与の疑いがあったからです。だが、皆さんが、ご承知の通り、先日、菊池利浩は、何者かの手によって、殺されました。七年前、無罪を勝ち取った男が、呆気なく、この世を去りました。普通に生きていれば、まず、殺されたり、しません。否応なく、七年前の事件と、紐付けて、捜査します。そして、再捜査したところ、新事実が出てきました。そして、その新事実こそが、七年前の、教授選考会に繋がるのです」
(………)
(………)
(………)
「では、模式図で、分かりやすく、説明しましょう。山さん、例のテロップを」
「はい」
山川は、警視庁で作成した、人物関係図を、スクリーンに投影すると、響めきが挙がった。
(------!)
(------!)
(------!)
「強調して、申し上げましょう。これは、警視庁捜査一課が、調べた結果であり、不問であれば、裁判所に申し立てれば良い。受けて立つ覚悟が、警察組織には、あります。では、解説を続けます」
佐久間は、差し棒を使いながら、船尾教授に、問いかける。
「この事件の、鍵を握るのは、船尾教授、あなただ。異論は、後で伺いましょう。まずは、私の仮説を聞いてください。七年前、あなたは、ある門下生と確執があり、放逐した。この男を、Aとします。Aは、あなたに逆恨みして、あなたを脅す材料を用意し、強請った。学会理事選を、控えたあなたは、どこで知り合ったかは、存じませんが、千葉隆弘と馬渕智仁に、A殺害を依頼し、写真を渡した。だが、どこで、話が食い違ったのか、二人は、Aではなく、妹を殺害。…この妹こそ、菊池利浩の婚約者でした。菊池利浩は、香川大学の椎原教授と知り合いで、仇討ちを相談した。椎原教授は、大門教授と旧知ですから、一人で抱え込みたくないと相談し、大門教授もまた、対応に苦慮し、船尾教授に相談する結果となった。つまり、一周して、自分に跳ね返ってきたんです。自分が招いた不祥事を、素直に打ち明けることは、出来るはずもない。自分が助かる為に、悩み抜いた結果、今度は、菊池利浩に、毒物を提供し、妹を殺した、千葉隆弘と馬渕智仁を、殺害させた。裁判では、当然、毒物の『百分の壁』が、争点になりましたが、毒物学の権威者である、船尾教授なら、時間調整は、容易だったはず。当時、熊本大学で、助教授だった唐沢氏に、声を掛け、『教授にしてやる』と、誘い文句で、自分たちの輪に入れると、菊池利浩の裁判では、原告側と被告側に、分かれて参入し、裁判が、早期決着する、証言をするよう、示し合わせた。これが、七年前の真実です。…違いますか?」
(------!)
(------!)
(------!)
椎原と唐沢が、瞬時に噛みついた。
「そんな、妄言を、誰が信じますか。七年前に、司法は認めているし、誰も、『百分の壁』を、証明する事が、出来なかったじゃないか!負け犬の警察は、黙るべきだ」
(………)
「ええ、その通り。七年前はね。でも、越えたのですよ。ねぇ、上妻教授」
(------!)
(------!)
(------!)
「出来たんじゃよ、椎原くん。手間は掛かったが、アコニチンとメサコニチンに、ある配合を追加し、擬態化させる事でな。そして、この成分こそ、君たち五人が、共同研究で、生み出した成果である事が、分かった。皮肉にも、世に出した論文が、自分たちに、トドメを刺したんじゃ」
(------!)
(------!)
(------!)
「その成分は!!……船尾教授」
椎原と唐沢は、全てを悟り、諦めの表情を浮かべた。だが、船尾は、最後まで諦めない。
「情けない顔で、私を見るな。…だから、何だと言うのだね?一事不再理は、適用となり、訴追も出来ないんだし、菊池利浩は、既に死んでいる。どこにも、証拠はないし、何の問題ない。私が、指示を出しただと?今の話は、あくまでも、お前の仮説話で、全て、でっち上げだ。会場中の者に、誤解を招いた、その妄言は、誰が見ても、名誉毀損に当たるし、取り返しがつかないぞ?私を裁くなら、好きなだけ、世論に問いかけ、裁けば良いんじゃないのか?なあ、警視庁捜査一課の、佐久間警部?」
(………)
「先程から、何を勘違いしているのですか?誰も、毒物の件で、船尾教授を裁くとは、一言も言っていませんよ」
(この期に及んで、何を言っているんだ、この刑事は)
船尾は、険しい目つきで、佐久間を威嚇するが、佐久間は、ほくそ笑んだ。
「仕方がないですね、…これは、少々、えげつないので、好きではないのですが。これを見ても、まだ、その威勢が、続きますかな?……根本くん、次の資料を」
「承知しました、流します」
根本が、パソコンのエンターキーを押すと、当時の裁判に関して、教授陣が、やりとりしたメール、料亭での、金品受渡し状況の写真、車内での会話が、次々と、音声付きで、映し出される。
(------!)
(------!)
(------!)
「どっ、どっ、どこで、これを!!」
「さあ、どこでしょうか。勿論、これは、裁判では、使用しません。査問会議の、資料ですがね」
「いっ、違法だ、違法捜査だ!!」
佐久間は、これ見よがしに、溜息をついた。
「これは、たまたま、落ちていたものを、拾ったものですよ。言いがかりは、止めて頂きたい。逆に、不正資料を、警視庁捜査一課が、不法行為で集めたと?証拠は、どこに、あるのでしょうか?あなたたち、学会だって、世間で発表する論文と、説明用の手持ち資料は、別々に持っているし、論文の根拠を、どう集めたなど、発表もしないし、不問のはずだ。しいて言えば、発表用資料の、裏付けとなる資料、いわゆる、根拠資料は、切り札になるから、最後の最後まで、公開しない。それが、公務員では?あなた方は、公務員の本質すら、忘れてしまったようですな」
(------!)
(------!)
(------!)
これらの不正事実を知った、会場中から、叱責と罵声が、漏れ始める。
「船尾教授、どういう事だね?あんたは、選挙戦で、金をばらまいたのか?他のメンバーも、一緒だ。神聖な理事会選挙に、泥を塗る不法行為を、したのか、しなかったのか。今日は、白黒つけようじゃ、ありませんか!」
「椎原くん、唐沢くんも、一緒だ。同時期の教授選考会で、君たちは、教授になった。理事会としても、改めて、査問する事になる。覚悟したまえ」
(------!)
(------!)
(------!)
五人の教授たちは、顔面蒼白となり、下を向いてしまった。
「…お静かに。話は、まだ終わっていません。学会内部の事は、学会で解決をすれば良い。そこは、司法が介入すべき事ではないので、好きにしてください。ここからが、本題です。今、警視庁捜査一課が、捜査しているのは、精神状態を操作する殺人、つまり、自殺教唆容疑です。被害者は、佐伯頼宗、神崎俊夫、坂田利之、土屋知洋の四人です。このうち、佐伯頼宗は、椎原教授。あなたと、血縁関係があり、甥のはずだ。次に、神崎俊夫は、唐沢教授と血縁関係で、甥。そして、坂田利之の妻、坂田和子は、大門教授。あなたと、関係がありますね?」
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(------!)
三人とも、自分だけしか、知らない事実を、佐久間によって暴かれ、驚きを隠せない。
「おかしいと思いませんか?個々では、分からなかった訃報が、この場所で、点が線になるんです。一人一人が自殺し、その場で、捜査が打ち切られていれば、明かされなかった真実。繋がったのは、被害者の血縁に、教授陣が絡んでいた事。その教授陣は、菊池利浩に関与していた。そして、大元を辿っていくと、船尾教授と門下生に、発展していきます」
会場が、静まりかえり、佐久間の声だけが、響き渡る。
「船尾教授。…ここまで言えば、あなたも分かりますよね?元々は、あなたの、蒔いた種が、発端だ。放逐したAが、この一連の、殺人事件を起こしたんです。無論、あなたを、最後に陥れるようにね。もしかすると、警察組織も、Aに導かれ、この場所にいるのかも、しれませんがね」
(………)
「船尾教授、それに、四人の教授に関しては、殺人教唆容疑で、詳しく事情をお聞きします。一公務員が、私欲に負け、結託し、利害を得る事は、公職選挙法違反、公務員の倫理規定にも抵触するため、看過出来ません。学会関係者には、この一連の事実を、重く受け止め、改善するよう、依頼するに留めます。また、事件が、まだ未解決である事、今後の社会的影響を鑑み、報道機関への情報は、発信しないので、後は、よしなに、お願いします」
会場の全員が、一様に、黙って頷く。
項垂れる船尾たちに、山川や日下が、次々に手錠を掛け、連行していく。
退出する様を見届ける、佐久間の肩に、上妻が、手を置いた。
「……終わったな」
「ええ、とりあえずは。…後は、よろしくお願いします」
「任せてくれ。膿を出し切ったんだ。ここからは、新体制で、学会を守っていく。…行くのか?」
(………)
「はい、最後の、大勝負です。田所英二と、正面から対峙します」
「武運を、祈ります」
(菊池、また一つ、終わったぞ。いよいよ、本番だ)




