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記者との攻防と宣戦布告(2024年編集)

 ~ 警視庁、警視総監室 ~


 菊池利浩の、初動捜査を終えた佐久間は、記者会見での答弁について、安藤と、警視総監室で、話合っている。


 安藤は、火の粉が、捜査一課に、振り掛かる事を想定し、警視庁総監の布施に、相談した。


 火の粉とは、日下の失態と、使用された拳銃の事案である。第一発見者が、警察官だと公表すると、ある程度の、事情を公表しなければならず、報道機関が、この問題を追及してくるのは、目に見えているからだ。また、使用された拳銃の出所が、警察組織だとした場合、管理体制まで問われかねない。


 布施自身、今回の事件に、高い関心を持っており、佐久間が、自分の名代として、どう切り返すつもりなのかを、把握したかったのである。


「…ここまでが、先程の初動捜査で、分かった内容です。例の、根本ですが、予想以上の、戦力になります」


「戦力は、期待出来るとして、信用して、問題ないのか?」


「それは、私が保証します。元々は、IT企業の社員で、システム開発中に、自分の父親が、第三者によって、嵌められ、廃業に至った事を知り、犯人を、追い始めた経緯があります。技術面(スキル)を、ヒアリングしていますが、捜査二課よりも、優秀というのが、本音です。根本が、同僚になってくれるのが、今から、楽しみですよ」


「…そうか。人事採用(こればかり)は、手心を加えては、まずいからな。何かあれば、忖度だと、思われてしまう、何とか、自力で合格して貰うしかないだろう。話が、逸れてしまったな、記者会見だが、どこまで、話すつもりだ?お前さんの考えを、聞いておかなきゃならん」


 安藤は、黙っている。


「今朝、全国ネットで、記者会見を行うと、予告はしましたから、ある程度は、情報を流そうと思います。菊池が死んで、安堵した教授陣も、観るでしょうから、宣戦布告をしようかと思います」


「…宣戦布告か。それなら、それで良いが、その後は、どうする気だ?無策でも、あるまい?」


(………)


「まず、教授陣については、訴追しないまでも、責任は、取って頂きましょう。崇城大学の、上妻教授に、新事実の立証を、お願いしていますので、結果次第で、学会に掛け合います。警察組織(我々)が、手を加えなくても、学会自らが、処分を下すでしょう。これが、菊池への弔い、一点目です」


「痛み分けに、するのだな?中々、面白いじゃないか。二点目は?」


「無論、田所英二です。菊池は、手紙で、私に、ヒントを残してくれました。手紙には、『田所を知っているはず』と書かれていました。これまで、この事件で会った人物を、思い返すと、谷口文子の証言にも、ヒントが隠されていました。キツネ目の男、そして、湿布の匂い、薬局の匂い。朧気ながらですが、ある人物像が、浮かんだんです」


(------!)

(------!)


「本当かね、一体、誰なんだ?」


「ボソ、ボソ、ボソ、ボソ」


(------!)

(------!)


「そんなところに、接点が、あったのか。なら、さっさと、身柄を押さえては?」


 布施は、苦笑いする。


「安藤くん、気持ちは分かるが、もう少し、待とうじゃないか。状況証拠だけでは、裁判に勝てん。拘留しても、物的証拠が挙がらなければ、不起訴で逃げられかねない」


「課長、総監の仰る通り、ここは、ゆっくりと、足元を固めましょう」


「しかし、相手の喉元まで、来ているぞ。ここで、逃亡されたら、目も当てられない」


「逃亡は、しないでしょう。何せ、証人は、全員死んでいますから。おそらく、『何か、見落としはないか』を、念入りに、確認しているのではありませんか?」


「……だと、良いがな。せめて、監視するとか、何か、手を打つべきだ」


「それなら、ご安心を。心強い人物に、依頼しましたから」


「誰をだ?」


「ワトソンですよ」


(…ワトソン?)


「ああ、九条大河か!…なるほど、確かに、九条大河(先生)なら、接点はないし、勘付かれない」


「菊池の死は、私に、七年前の事件と、今回の事件を結びつけ、後を託してくれました。菊池は、もう死んでしまっているので、完全決着(ハッピーエンド)とは、なりませんが、せめて、関係者が、納得のいく、終わり方にしたいと思います」


「分かった。では、そちらの線は、佐久間に任せる。安藤くん、他の問題は?」


「そうですね、菊池利浩の件ですが、第一発見者が、日下なので、その点は、記者会見で問われるでしょう。それと、使用された拳銃の件で、言い方を間違えると、管理体制を問われます」


「佐久間警部、どう切り返す?」


(………)


「日下の件は、ある程度、明らかにしなければ、世間は納得しないでしょう。叱責を甘んじて、受けますが、論点が違う場合には、論破するつもりです。拳銃については、ほぼ、警察組織(身内)のものであると、認識していますが、結果が出ていないので、それを理由に、公表はしない予定です」


「……承知した。…安藤くん。佐久間に、任せよう。…良いな?」


「はい、……頼んだぞ」


「承知しました」



 ~ 二時間後、警視庁会議室 ~


 早朝の報道を受けて、警視庁には、各局の報道陣が、想定以上に、集まっている。


「それでは、告知通り、記者会見を始めましょう。事前に、可能な限り、説明を行いますので、質問は、その後で、お願いしますよ。…では、佐久間警部」


「警視庁捜査一課の、佐久間です。本日未明に、二件の発砲、並びに、殺人事件があり、その事案について、発表いたします。まずは、井の頭公園の事件から、説明いたします。…本日、四時三十二分。数発の発砲音がしたと、一般市民からの通報で、現着したところ、井の頭公園内の、ボート七隻、停泊のうちの一隻から、二名の遺体を発見。被害者は、免許証より、東京都杉並区在住の、鈴木尚美、二十六歳。それと、川崎市幸区在住の、小寺政夫、二十六歳と判明しました。死因は、拳銃で撃たれたことによる失血死、つまり、即死です。機動捜査隊と、捜査一課合同による現場検証で、辣韮など回収し、使用拳銃の特定を急ぐとともに、今後の捜査を、展開していく予定です。もう一件は、府中市の、住宅街で起きた事件です。本日、四時五十三分。発砲音で、付近の警察官が、射殺された、被害者を発見。被害者は、この家に住む、菊池利浩、四十三歳と、妻の菊池加奈子、四十歳。死因は、井の頭公園事件と同じ、失血死です。犯行の時間帯と、二件の直線距離から推察し、同一犯の可能性が高いことから、合同捜査本部を設置し、捜査していく予定です。…では、質問を、受け付けます」


 記者たちから、一斉に、手が挙がる。


「毎々新聞の、草薙です。先程、『付近の警察官が、発見した』と仰いましたが、一般市民からの、通報ではなかったのですか?たまたま、通りかかった警察官がいたのか、別の意味があり、付近にいたのか、この点から、説明をお願いします」


(やはり、追求はされるか。仕方があるまい)


「菊池利浩は、()()()()で、警視庁捜査一課で、張り込みをしていた人物です。意表を突かれ、殺害されてしましました。見方によると、『監視していたのに、まんまと殺されて、警視庁は、何をやっている?』と、思われても仕方ありません。この点は、甘んじて、酷評を受けるつもりです」


 質問の記者は、警察の落ち度を、追求する姿勢を続ける。


「警察のミスで、死んだんですか?善良な、一般市民が」


(善良な、か)


「正確には、ミスではありません。本人に気づかれないよう、離れた所で、張り込みをするのが、職務ですから、開き直りするつもりはないですが、完璧に、事件を防ぐことは出来ません。それに、監視対象者の、四方全部を、四六時中、監視している、訳ではありません。この点だけは、言わせて頂きます」


報道機関(我々)も、馬鹿じゃない。被害者について、過去の事件を、調べてきました。菊池利浩といえば、七年前に、婚約者を殺され、仇を討ったと、言われる人物ですよね?当時、トリカブトと、フグを使用した毒殺容疑で、発生場所の近くにいた菊池利浩が、逮捕され、起訴された。しかし、即効性のある毒であるため、時間的根拠が揃わず、逆転無罪となった人物です。世論は、『菊池、良くやった。神様が、仇を討たせた』と、もてはやしました。私も、『故人が、犯人では?』と思いつつ、心情的に、菊池利浩に、エールを送っていた一人です。何故、今更、菊池利浩を、監視していたのですか?」


「別件の事件に、菊池利浩が、関与している疑いがあり、行動を監視していました。その事件名は、公表出来ません」


「七年前の事件は、既に決着しています。再訴追は、出来ませんが?」


 佐久間は、敢えて、間を取った。


「再訴追しません。……が」


(……が?)

(……が?)

(……が?何だ、含んだ言い方だな)


 記者たちは、全員が、同じ反応を見せる。


「が、の続きは、どの様に、解釈したら良いのでしょうか?」


「再訴追しなくとも、当時の、『毒殺検証が覆る』となれば、興味が沸きませんか?」


(------!)

(------!)

(------!)


「それは、どういう事ですか?警視庁は、裁判のやり直しを、求めると?」


 佐久間は、首を横に振った。


「貴重な税金を使って、一度終わった裁判に、ケチをつけるのは、司法に対して、失礼です。ただ、真実を明かし、真相を究明する事で、連動する事件が、まだある、という事です。七年前、確かに、菊池利浩は、裁判に勝訴した。世間的に言えば、婚約者の仇を、無事に成し遂げた、英雄です。しかし、その七年後、違う事件で、誰かの手によって、殺害された。この事から、七年前の事件は、未だ、完全決着ではない。大人の言い方に、なりますが」


 会場が、一斉に、どよめく。


「水上報道の、佐々木です。今後の捜査方針を、お聞かせください」


「…そうですね。先程も申し上げた通り、故人の、あら探しをする、ではないです。七年前の、裁判に関与した者を洗い、真相を究明する、とだけお答えします。そして、その真相は、今回の殺人事件に、繋がっていく、そう信じています」


(------!)

(------!)

(------!)


「警視庁は、犯人の人物像を、既に掴んでいる。そう解釈しても、問題ありませんか?」


「いいえ、誰に辿りつくのか、皆目、見当もつきませんよ」


「では、別の質問に移ります。七年前の事件がきっかけで、四名の死者が出た、そう思われますか?」


「否定も、肯定も出来ません。菊池利浩が、別件で、余罪が浮上し、捜査している最中に、被害に遭った。暴力団関係者、裁判関係者、他の関係者と、接点はどうだったのか、視野を広げて、捜査します」


「井の頭公園で死亡した男女と、菊池利浩の接点は、あったんですか?」


「中々、鋭い、そして、答えにくい質問ですね。その点は、まだ捜査中です。ただ、井の頭公園の二人も、別件容疑で、捜査していた。あなたの見立ては、どうですか?」


 佐久間からの、逆質問に、記者は、戸惑いを見せるが、力強く答えた。


「個人的には、関連があるのかな、そう感じます」


「貴重なご意見、ありがとうございます。他の記者さん達もどうですか?」


 会場中の記者達も、同意見のようだ。


「私は、警察組織の人間であり、物的証拠と状況証拠が揃わぬ限り、断定した発言は、出来ません。ただ、この会場にいる者、全てが、心の中で、感じたはずです。菊池利浩を中心に、七年前の事件があり、その事件は、まだ終わっていないと」


(------!)

(------!)

(------!)


「もう一度、整理させてください。『菊池利浩の、裁判に関与した者を洗う』、というのは、『宣戦布告』だと、思う方もいるはずです。それを皮切りに、捜査展開すると、公言して、大丈夫ですか?全国の報道局が、この会見を、中継していますが?」


 佐久間は、微笑する。


「全く問題ありません。特定の人物名を、挙げる訳にはいきませんが、この記者会見を、観ているのならば、説明の手間が省けて、警視庁(こちら)としては、好都合です。警察組織(我々)は、この難題に、正面から挑み、解明すると、お約束します」


(------!)

(------!)

(勝利宣言だ!)


 会場が、再び沸いた。


「佐久間警部。この報道を観ている犯人は、早速、証拠隠滅を図るのでは?」


 佐久間は、ほくそ笑んだ。


「よく、完全犯罪という、言葉を耳にしますが、人間が行う犯罪で、それが、まかり通る事はない、と信じています。事件現場には、必ず、何かしらの証拠があり、犯人を教えてくれます。時という概念も、パーツとなり、結びつき、やがて、解決へと導いていきます。迷宮入りした事件も、何十年か経過して、やっと真相に辿り着く、という例もあり、決して、諦めてはダメだ、という事です。今回の事件が、正に、同じだと、私は考えます。七年前の事件は、未完でも、今回の事件で、完結する。その事を、犯人に伝えたい。そして、必ず、菊池たちの、仇を討つと」


「使用された、拳銃については?」


「施線状痕の、照合中です。犯人は、何丁、どのタイプを使用したか、入手経由も含め、捜査していきます」


「発砲は、一般市民にとって、子守歌ではありません。どう、お考えですか?」


「あなたの、仰る通りです。日本では、拳銃使用は、原則禁止です。一般市民の安全を脅かす、犯人確保に、全力を挙げます」


 発砲を許した警察を、批判したかった記者は、佐久間の回答に、戸惑った。全肯定のうえ、それを阻止する為に、捜査をするんだよ、と言われてしまっては、言い返せないのだ。


 半数近くの記者は、一連の殺人事件で、警察組織の初動捜査が甘いのでは?と、高をくくっていたが、想定よりも、難事件であり、警視庁の真摯な説明と、本気度が伝わり、協力的な空気となった。


 こうして、記者会見は、誰もが、納得出来る形で、終了した。


 馴染みの古株記者が、全員退室するのを、見届けた後で、佐久間の耳元で、ささやいた。


「警部が、この発言をしたということは、犯人は、特定されていますね?今回の記者会見は、犯人を炙り出す為の、いわゆる、茶番だ。長年、警部を見て来ましたから、何となく、分かってしまうんです。勿論、他の記者には、言いませんし、当社(うち)だけに、特定の情報を、優先的に回してくれなどと、野暮は言いません。いつも、言いますが、私は、佐久間警部(あなた)のファンなんです。しかし、一つ、言い方を間違えると、大炎上しても、おかしくない記者会見だった。でも、佐久間警部は、それすらも、利用して、宣戦布告する事で、報道機関を味方につけた。犯人に、同情しますよ。相変わらず、容赦のない、プレッシャーだ。…早期解決が、目的なのでは?」


(………)


 佐久間は、記者の発言に、表情は変えず、一言だけ、言葉を選んだ。


「…早期とはならんが、納得は、させてみせますよ」


(------!)


 馴染みの記者は、右手を挙げて、無言で、退室していく。


 佐久間は、最後まで、その後姿を見送った。





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