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誰がために鐘は鳴る  〜佐久間警部の推察〜(2024年編集)  作者: 佐久間 元三
誰がために鐘は鳴る
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再開と痕跡(2024年編集)

 ~ 東京都港区芝二丁目 とある路地 ~


「あっ、警部さん。また、会ったわね」


 谷口文子は、佐久間の顔を見かけると、走り寄って、佐久間の手を握った。


「この近くに、用があってね。どう?あれから、調子は?」


 谷口は、思いがけない再会に、喜びを露わにした。


「本当は、私に、会いたくなった。…なんてね♪」


 谷口は、佐久間と腕を組み、嬉しそうに、並んで歩き出す。


「私の方は、相変わらずよ。家計が苦しいから、派遣型風俗店(デリヘル)のバイトも継続。田舎への仕送りと、質素な生活は、変わりません」


「頑張っているね、心身が健康なら、それが一番だよ。実家のご両親は、変わりないかい?」


「うん、元気すぎるくらい」


 佐久間は、近くの喫茶店に、谷口文子を誘うと、軽食を注文した。


「今日は、喫茶店(ここ)で申し訳ない。私は、軽く食べるが、谷口()は、普通に注文してくれ。勿論、奢るから、好きなものを頼んで欲しい」


 コーヒーを飲む、佐久間の様子に、谷口は、にんまりと笑う。


「前回、大判振る舞いしたから、奥さんに、叱られたんでしょう」


「叱られやしないさ。毎月の小遣いから、天引きされるがね」


「やっぱり!」


 たわいの無い世間話が済むと、谷口は、急に真面目な表情で、佐久間の意図を確認した。


「警部さん、本当は、私に、何か聞きたい事があって、待ってたんでしょう?…何となくだけど、それ位、分かるわ」


(………)


 佐久間は、周囲に、人がいない事を確認すると、コーヒーを置いた。


「君に対して、何かをする、それはない。まずは、この事を約束する」


「……うん」


「怨み屋、復讐代行、田所英二。この言葉に、思いあたる節は、…あるね?」


(------!)


「……うん」


「……正直に、ありがとう。実際に、会ったりしたことは?」


「ううん、……いえ、一度だけ」


 佐久間は、ポケットから、二枚の写真を取りだし、そっと並べた。


「この写真の人物、どちらかと、会ったかい?それとも、会ったのは、別人かな?ありのまま、答えて欲しい」


 谷口は、写真の人物を確認するや否や、首を横に振った。


「…両方とも違う。もっと、細身で、スラッとした人。眼鏡をかけて、知性が、顔に出ていたわ」


「スラッとね、眼鏡あり、知性が顔に…」


「ご注文の、クラブサンドウイッチに、クリームスパゲッティです」


(------!)

(------!)


 佐久間は、さりげなく、写真をポケットに戻す。


「とりあえず、食べよう。お腹すいただろう」


 谷口は、他人に聞こえないよう、佐久間が、配慮しているのが、痛いほど分かった。


 一口だけ、麺を運んだが、堪らなくなり、フォークを置いた。


「……どうして?前回、会った時には、分かっていたの?…あの時、何故、聞かなかったの?」


 佐久間は、優しく微笑んだ。


「怨む相手が死んで、真っ先に、疑われるのは、谷口文子()だ。同僚は知らなくても、警察組織(我々)は、事情を知っているからね。当然、私が、君に声を掛けた時、警戒していたね。実は、捜査する過程で、佐伯が死ぬ前に、何者かに、執拗な追い込みを受けたんだ。だから、この犯行は、玄人によるものであると、仮定した。そうなると、『誰が、佐伯を懲らしめる依頼をした?』となって、谷口文子()が、浮上した。でも、その手のサイトに、頼むのは、谷口文子()だけじゃない。他にも、田所英二という男が、絡む事件があってね。今夜は、それを聞きたかった。殺害を依頼したのなら、話は変わってくるが、単なる仕返しや、接近被害を、止めて欲しいと、依頼しただけであれば、干渉すべきではないし、仕方のないことだ。だからあの時、『パソコンの履歴を、調べさせてくれ』と言えなかったんだよ。まだそこまで、捜査も、進展していなかったしね」


「…そうなんだ。…相変わらず、優しいな、警部さんは」


「本当は、もう、そっとしてあげたい。傷を癒やさないと、いけないからね。でも、自殺者の、事件背景を調べていくうちに、『殺人教唆ではないか』と、状況が変わってきたんだ。佐伯頼宗の場合も、同じで、追い込まれる際に、妻が、先に逃げ出した。これによって、妻が、事件に関与している可能性もあり、行方を追っているが、疑いは、ほんの数パーセントだ。近隣住民の話だと、妻も、軽い鬱病を発症して、離婚届を出したらしいからね。先程言った、田所英二という男は、最近の事件で、度々、その名前が、浮上している。そうなると、谷口文子()にも、事情を聞かなければ、ならなくてね。心苦しいが、勘弁して欲しい」


 谷口文子は、涙を拭った。


「私も、本当は、あの時に、伝えたかったの。まさか、『自分が依頼した事で、佐伯が死ぬ』なんて、思わなかったもの。ネットで、復讐サイトの存在を知って、『佐伯に、社会的制裁を与え、会社を辞めさせて欲しい』と依頼したの。懲らしめて貰えれば、それで良かった。一週間後、田所という男から、パソコンのメールに、連絡があった」


「そういう事だったんだね。もう少し、聞かせて、貰えるかな?」


「うん、警部さんになら、話します。まず、『冷やかしでない』ことを、念入りに聞かれました。田所の話では、怖いものみたさで、依頼する人間が、多いからだって。そんな奴には、容赦なく、追い込みを掛けるって、言っていたわ」


「ほう、それで?」


「私は、自分の本気を伝えたくて、田所に、自宅住所と、職場の住所を教えた。信用を得るには、他には、思いつかなかったし、お金がない私には、それしかなかったから。その甲斐あってか、翌日の夜に、郵便受けに、『確認した』って、紙切れが入っていました。そして、その紙切れに、アドレスが書かれていて、そのアドレスに、接続すれば、そのサイト内で、具体的な調整をするから、連絡するようにと、書かれていたの」


(なるほど、これなら、足がつかないな)


「そのアドレスは、まだ、控えてあるかい?」


「控えてあるけど、二回目からは、通じないよ。毎回、変えるからって言っていたわ」


(…Tor(トーア)中継システムだ)


「じゃあ、その、具体的な調整っていうのは、どんな内容だったのか、聞かせてくれるかな?」


「佐伯の事を、根掘り葉掘り、聞かれたわ。会社に出勤する時間、帰宅する時間、現住所、仕事の地位、食の好み、性格などを教えた。そしたら、『どんな制裁を望むのか』って聞かれたから、『近所中に、総スカンされて、会社でも不祥事がバレて、解雇になれば、清々する』って答えたの」


(なるほど、それで、あの仕打ちか。ある意味、谷口文子の望みを叶えた訳だ)


 佐久間は、タバコに火をつけた。


「それで、田所は、何と答えたんだい?」


「任せておけって。自分の地位を利用して、他人を(おとし)める奴は、完膚なき制裁を下す、と言ってた」


「報酬は?」


「前金で、二十万円。成功報酬で、二十万。でも、前金を渡したきり、それから、音沙汰が無いの。こちらから、連絡を取りたくても、取れないから、中途半端で、気持ち悪くて」


「まあ、田所は、自宅アパートも知っているし、逃げる娘ではないと、判断したから、そのうち、回収にくるのだろう。接触する場合は、余計な事を言わずに、お金を渡すんだ。そうすれば、危害を受けないだろう」


「払わない場合は?」


「民民間でのことだし、警察組織(我々)は、介入出来ない事を、田所は知っている。だから、仕打ちがあると、思った方が良い」


「分かった、言う通りにする」


「良い子だ。繰り返すが、谷口()は、被害者だ。純粋に、誰かに助けを求めた。それだけなんだ、良いね?」


「うん、分かった」


「あと、何か、伝えたい事は、あるかい?特徴で、何か、思い出したとか、何でも良い」


(………)


「そうだ、田所は、あれに、似ているわ。グリコ事件で、モンタージュっていうか、似顔絵っていうか、よく目にした、キツネ目の男に。それと、湿布臭いっていうか、薬剤、…んんん、薬局の匂いがしたかも」


「キツネ目に、薬局の匂い。それは、参考になる。メモしておくよ」


 こうして、谷口文子から、事情を聞き出した佐久間は、帰宅の途についた。



 ~ 一方、その頃。浜松町駅 ~


 佐久間と手分けして、捜査している山川は、日下を伴い、JR浜松町駅の駅舎を訪れていた。


 無論、前回の、監視カメラ映像以外に、何か、有益な情報がないかを、得るためである。


「坂田利之を、痴漢容疑者に仕立てた、小林かな子と、証言した男は、共犯だった事が、その後の捜査で、分かってね。鉄道職員(おたくら)にも、非があるから、積極的な、監視カメラ画像の提供を、お願いするよ。それと、山手線沿線で、同一人物が、映っていないか、調べて欲しくてね。何とか、頼むよ」


 普通なら、上から目線の、山川の発言は、相手に顰蹙(ひんしゅく)を買い、捜査協力を拒まれるであろうが、山川の言うとおり、負い目を感じる、鉄道職員たちは、言葉を飲まざるを得ない。


(なるほど、状況次第では、高圧的な態度も、有効なんだ。僕には、まだ無理だな)


 早速、監視カメラ画像の確認を行おうと、モニター前に、山川が腰掛けると、鉄道職員が、バツが悪そうに、申し開きをする。


「あの、刑事さん。誠に、申し上げ難いんですが」


(………)


「どうした?何か、言いたげだな?」


「あの日の、画像なんですが、何者かに、監視システムの破壊行為(ハッキング)をされまして、映像が、全て消去されました」


(------!)


「はあ、あり得ないだろう?鉄道会社(あんたら)が、自分たちの立場を守る為に、証拠隠滅したんじゃないのかい?」


(------!)

(------!)

(------!)


 山川の発言に対して、職員一同が、首を横に振った。


「そんな、滅相も無い。自分たちの、保守用にも使用するし、大事な記録です。映像を消す事は、絶対にあり得ません」


(確かに、鉄道職員(こいつら)の、言う通りだな。何かあれば、裁判に使用するんだ、大事な証拠を、自らの手で、消すこともないし、嘘は、つかんだろう)


「消去されたのが、分かったのは、いつの時点でだ?」


「確か、あの事件の、翌日です」


(…翌日か。浅草寺で、警察組織(我々)の尾行に、気が付いた、小林かな子たちが、直ぐに動いて、証拠隠滅を図った、という事か)


「とりあえず、あの時、画像を貰っておいて、良かった。だが、あの日の、防犯映像がなければ、他の駅で、リレー解析するとしても、おいそれと出来ないか。映像媒体が無いんだ。印刷した写真では、システム上、厳しいのかい?」


「基本画像のデータがあれば、複写(トレース)して、駅舎全ての、カメラ画像に対して、リレー解析が、出来たんですが、紙データでは、お手上げです。電子データが主流の、今となっては、現実的ではないです」


(………)


「そこを、何とか出来ないかい?それを、するのが、鉄道職員(あんたら)の仕事だと、思うがね?」


(------!)

(------!)

(------!)


「いくら、警視庁の要請だって、無理な事は、無理です。そこまで時間を割くことは、鉄道職員(我々)には、出来ませんし、通常業務に、支障をきたしますよ」


(………)


「元々は、鉄道職員(あんたら)が、無実の人間を、誤認したからだよ。って、そこまで言ったら、流石に噛みつかれるか。…責めるのは、止めておくよ。邪魔したね、また何か、新情報があれば、頼む」


 こうして、何者かに、先手を打たれ、証拠隠滅された山川は、為す術もなく、引き上げるのである。

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