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誰がために鐘は鳴る  〜佐久間警部の推察〜(2024年編集)  作者: 佐久間 元三
誰がために鐘は鳴る
26/41

佐久間の推察(2024年編集)

 ~ 警視庁 捜査一課 ~


 崇城大学から戻った佐久間は、捜査を、洗い直している。


 菊池利浩の監視を続けているが、動く気配がない。宣戦布告が、功を奏したのか、あの日以来、自殺者の報告も、止まっている。


(今のうちに、出来る限りの事をする。菊池が動きだしたら、後手に回るぞ)


 これまでの事件で、見落としが無かったか、時系列と手口を、並べていくと、佐久間の脳裏に、ある疑問が生じた。


「二人とも、ちょっと、良いかな?」


 佐久間は、川上真澄と山川に、意見を求めた。


「私なりに、整理してみたんだが、土屋知洋に関しては、伊藤直美が関与していた。同様に、これまでの事件を、甲乙として比較すると、佐伯頼宗には、谷口文子。神崎俊夫には、井上真奈美だ。ここまでは、良いな。この二つの事件と異なり、異色なのは、坂田利之だ。この男のみ、小林かな子という女性が、二人いたんだ。一人は、強姦されたと訴えている、小林かな子。もう一人は、浜松町駅で、痴漢されたと騒いで、浅草寺で、山さんの追跡をかわした、小林かな子。二人の小林かな子は、別人だ。後者には、共犯者の男がいる」


「二人の小林かな子は、別人で、間違いないの?」


「職場の上司、確か、人事部の吉田だったかな。小林かな子の写真を、所持していたよ」


「自分の失態です。あそこで、確保出来ていたら、二人の素性が、分かりました。申し訳ありません」


 佐久間は、苦笑いする。


「それは、もう済んだ話だよ、話を前に進めるぞ。坂田利之は、短期間のうちに、妻の借金、不倫、離婚、失職、痴漢の冤罪を経験した。徹底的に追い込む、この手口は、間違いなく、玄人の仕業だ」


「ふんふん、それで?佐久間警部(あなた)の疑問点は、どこなのかしら?」


「坂田利之は、誰に恨まれていたのか、という点だ。谷口文子は、セクハラ被害と強姦被害。井上真奈美は、ストーカー被害。伊藤直美は、強姦被害。各自が、私怨によって、同じ復讐サイトを、利用したとしよう。ここで、坂田利之だけが、誰が私怨で、依頼したのか、分からないんだ。小林かな子は、前面に出て来ているから、どちらかと言えば、サイト側の人間だろう」


「うーん、普通に考えて、坂田利之の妻が、怪しいのかしら?離婚したんでしょう?」


「坂田の職場を訪ねた時、小林かな子の訴状と、同じタイミングで、離婚届が送られてきたと、吉田が言っていたな」


「その口ぶりは、まだ、誰も、坂田利之の妻を見ていない。そういう事ね?」


「ああ、その通りだよ。鍵を握るのは、坂田利之の妻だ。妻が、小林かな子と、結託して、仕組んだとも、考えられる。まずは、妻に接触しようじゃないか。それと、二人の小林かな子について、正体を探る。浅草寺で失踪した、小林かな子を追えば、共犯者の男も、炙り出せるはずだ。山さんは、浜松町駅で、事件当日の映像から、写真を入手し、都内各駅へ、情報提供を求めてくれ。リレー捜査に切り替える」


「主要駅から、足取りを追うんですね、やってみます」


「うん、任せたよ。佐久間と川上真澄(我々)は、妻を探す。区役所で、妻の改製原戸籍を入手したら、実家を訪ねてみよう」


「分かったわ。行く順番は任せるから、念のため、坂田利之の職場にも、顔を出しましょう。多少、強引にでも、写真を取得するべきよ。事情を聞くだけでは、済まなくなったもの。その女性の、逮捕歴があるかどうか、照会を掛けた方が良いと思うわ。もし、前科があれば、捜査も進むし」


「小林かな子同士の、接点も探ろう。この点については、少し、気になることも出来た」


(………?)


 

 ~ 港区 坂田利之の勤務先 ~


 再訪した佐久間たちが、受付ロビーで待っていると、人事部の吉田が、不機嫌そうに降りてきた。


「また、警視庁(あなた達)ですか?」


 吉田は、溜息をつくと、空いている会議室に、佐久間たちを通した。


「まだ、当社の元社員に、何かあるのですか?前回、事情は全て、お話したはずですが」


「申し訳ありません。前回、提示頂いた写真を、頂けないでしょうか?小林かな子を、探しています。事件の突破口に、なるかもしれません」


(………)


「出来かねる、と言ったら、また、家宅捜査すると、脅すんですか?」


(相変わらずの、曲者だな。何か、隠しているな)


「令状を持っていませんので、そんな事はしません。…ただ、何故、情報提供を頂けないのかを、伺う事にはなります」


(………)


「もう一度、事実の再確認をしたい。坂田利之に、強姦されたと、小林かな子を名乗る女性が、人事部に、全裸写真と訴状を、郵送してきた。会社は、風評被害を恐れ、坂田利之に、解雇を告げた」


(………)


「坂田は、妻の借金トラブルに巻き込まれ、かつ、離婚裁判で負けた。そして、解雇通知で、トドメを刺された」


「会社としては、風評被害を気にするのは、当然ですよ」


 吉田は、組織を守りたいのだろう、上から目線で、一蹴したいようだ。


「ここまでが、事実の再確認です。では、追加でお聞きしたい。坂田の死亡後、小林かな子から、連絡はありましたか?会社を訴えると、騒いだくらいだ。会社が連絡を怠れば、苦情電話が来るはずですが?」


「そっ、そんなこと、警察が介入する事では、ありません。民事介入は、ご法度では?」


警察(お前ら)は、民事介入という、言葉に弱い。ここは、民事で押し切るぞ)


 吉田は、佐久間が言い返せないと、高をくくった。


(…どう切り返すの、佐久間警部)


 川上真澄は、黙って、佐久間の出方を待った。


「民事不介入を、仰りたいようですね?あなたは、何か、勘違いされているようだ。これはもう、民事事件でなく、刑事事件ですよ?」


「異な事を。当社は、警視庁に、被害届を出していない」


 佐久間は、大袈裟に、ほくそ笑んだ。


「今から、捜査状況を話します。既に、話した内容もありますが、よく聞いてください」


 佐久間は、捜査メモを開示してから、ゆっくりと、説明を始めた。


「坂田利之は、会社を解雇された後、痴漢容疑を掛けられ、浜松町駅から逃走し、近くの雑居ビルから、飛び降り自殺を図りました。浜松町駅で、被害を訴えたのが、小林かな子です。駅の防犯カメラ映像を、確認しましたが、坂田利之を、犯人だと名指しした男は、浜松町駅のホームには、降りず、立ち去りました。小林かな子を尾行したところ、浅草寺で、この二人が接触し、共犯を確信しました。この事から、坂田は、明らかに、嵌められて、自殺に追い込まれた事になり、警視庁捜査一課は、自殺教唆容疑に切り替えて、捜査を開始しました。ゆえに、小林かな子は、事件対象者となり、同姓同名とはいえ、御社に現れた、小林かな子も、含まれます。一人の男に、二人の小林かな子。関係性を、否定出来ません」


(………)


 吉田は、一言も、言い返せない。


「えーと、横から、口を挟んで、すみません。何で、そこまで、写真の提供を、拒むんですか?」


(------!)


「あんた、誰?」


「捜査一課の、川上と申します。前回は、見せてくれたのですよね?写真が、捜査一課に渡ると、会社にとって、何か、不都合があるんですか?勘ぐりたくなりますわ」


(………)


 突然、会議室のドアが開いた。


「私にも説明を。どういう事かね、初耳なんだが?」


(------!)


「しゃ、社長!!」


 受付を、たまたま通り掛かり、警察が来ている事を知った、社長の大内が参加した。


「社長の大内です。ここまでの話は、失礼ながら、壁越しに、聞かせて頂きました。何でも、当社の社員が、中心の事件だと認識しました。お恥ずかしい限りですが、初耳です。社員に、正社員も、元社員も、関係ありません。捜査協力するのが、企業というもの。この度は、当社の吉田が、申し訳ありません」


 大内は、深く頭を下げ、詫びを入れた。


「頭を、お上げください。私も、意地悪が過ぎました。……吉田さん。あなた、何かを隠していますね?下手をすれば、犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪に問われます。そうなる前に話した方が、会社としては、救われます。まだ間に合うと、思いますがね」


(------!)

(------!)


「吉田くん。観念して、全部、話したまえ」


 吉田は、冷や汗を拭きながら、ポケットに忍ばせていた写真を、大内に渡す。


「……大変、申し訳ありません。金を積まれました。ある日、会社帰りに、田所という男が現れて、こう言いました。『借金まみれの人生が、リセット出来るバイトをしないか、人事部長さん?』って。田所という男は、どこで調べたのか、私の家庭事情を、知り尽くしていました。それだけでは、ありません。妻の勤務先、実家、兄弟の事情まで、知られていたんです。…怖くなった私は、話を聞くしかなかった。すると、田所は、女の訴状が届いたら、指示する通りに、坂田利之を解雇するようにと、私に言ったんです。そうすれば、家の借金は、全て、田所が清算してくれると。…住宅ローンと、子供の養育費に、困っていた私には、救いの神です。そうやって私は、田所の口車に乗り、坂田利之に、解雇を通告。その後は、人事部権限で、依願退職の形で、処理しました。……これが、真相です」


「人事部でありながら、なんて事を。お前の、その、腐った対応が、大事な社員の、尊い生命を奪ったんだ。お前が、殺したのも同然だ、この、人殺しが!!」


(------!)


 吉田の胸ぐらを掴む大内を、佐久間は、瞬時に押さえた。


「事情は、良く分かりました。吉田さんは、田所に弱味を握られ、半ば脅されて、対処した。この行為自体は、警察組織(我々)が、口を出すのではなく、社長が判断される事ですから、一任します。警察組織(我々)からは、別の事を伺いたい。あなたに、接触した田所は、この写真の、どちらの人物ですか?」


 佐久間は、二枚の写真を提示した。菊池利浩と、浜松町駅の男である。


浜松町駅(こちら)の男は、防犯カメラ映像しかなくて、不鮮明ですが、確認してみてください」


 吉田は、首を横に振った。


「どちらも、違います。田所では、ありません」


(浜松町駅の男ではないのか、では、一体、何者が?)


「残念な結果に終わりましたが、真相に、近づいたので、良しとしましょう。では、次の質問です」


「……はい」


「あなたは、小林かな子の、本名を知っているのでは、ありませんか?その卑猥な写真は、坂田利之との、不倫写真ではなく、あなたと行為をした時の、写真ではありませんか?」


(------!)


 吉田の表情が、固まった。


「そっ、それは…」


「長年、刑事をしていると、分かるんです。相手が、嘘をつく仕草とかね。私の前では、言い逃れは、出来きませんよ。不貞行為は、問わないし、興味もない。小林かな子の、本名をお答えください」


(------!)


「…なっ、名取雅代と、言っていました」


「年齢は?」


「…聞いていませんが、三十代後半だと、思います」


「分かりました。今日のところは、引き上げます。先程、申し上げた通り、あなたの進退は、大内社長が、決定するでしょう。私からは、最後に、一点だけ。坂田利之が、死亡している以上、田所からは、あなたに対して、接触しないと思いますが、万が一、連絡が入った場合は、直ぐに連絡をしてください。罠に嵌めて、逮捕します」


(------!)


 吉田は、狼狽えた。


「ちょっと、待ってください。田所からは、接触はない?そんな馬鹿な!」


「あなたは、坂田を追い込む為の、捨て駒だ。報酬は、おそらく、小林かな子、いや、名取雅代との、情事でしょう。借金の清算なんて、方便です。世の中、そんなに、甘くない。事実、坂田を解雇してから、田所とは、連絡が取れなくなったのでは、ありませんか?」


「……それは」


「吉田くん、どうなんだ?全て吐いて、楽になれ」


「……はい。坂田の解雇を、名取雅代経由で、田所へ伝えた途端、音信不通です。入金も無いし、私は、この先、どうしたら」


「今も、名取雅代と、連絡はつきますか?可能なら、電話で、呼び出して欲しいのですが」


 吉田は、首を横に振った。


「それが、名取雅代も、音信不通になりました。掛けても、『この電話番号は、現在、使われておりません』と、アナウンスされます」


(電話を、解約したか。番号から、契約者を割り出せるか?プリペイド携帯かもしれないが、販売店を割り出せば、そこから、追える余地はある。…だが、ホームレス経由で、入手したのなら、足はつかない。ここまで、周到な犯人だ。捜査される事を、想定している可能性が高い)


「おそらく、もう足取りを、追えないと思いますが、ダメ元で、捜査します。番号を教えてください」


 川上真澄は、聞き取った番号を、手帳に控えた。


「田所に、精々、寝首をかかれない様に。下手を打つと、今度は、あなたや、家族が消されます。無理な交渉も、接触も避けて、二度と、関わらないことです」


(------!)


 吉田は、涙目で、佐久間の腕を掴む。


「警視庁で、私と、家族を、保護してくれませんか?」


(………)


「その気持ち、少しでも、坂田に向けてくれたら、死ななかった。無駄な税金を使って、あなたを助ける事は、出来ません」


 佐久間たちは、大内に頭を下げ、勤務先を後にした。


「警部、あの写真、どうして、坂田との写真でないと、分かったの?」


 電車を待つ傍ら、川上真澄は、種明かしを求めた。


「写真を良く見ると、明らかに、狙って撮ったもので、隠し撮りではないと思った。もし、坂田との、行為写真なら、もう少し、違う印象になっていたはず。坂田は、写真を見せられた時、自分の疚しい部分に、目を背けたに違いない。だから、冷静な判断が出来なかった。まあ、吉田が、意図的に、数秒しか、見せなかった、可能性もあるがね。見た瞬間、違和感を覚えたから、カマをかけてみたんだ」


「正に、百戦錬磨ね。新作のネタになるわ。この発想は、九条大河に無いものよ」


 車内の広告チラシを眺めながら、佐久間は、新事実を整理した。


「実はね、もう一つ、収穫があった」


「小林かな子、いや、名取雅代のこと?」


「いや、田所のことさ。菊池でも、浜松町駅の男でも、無いと分かって、考えを改めた」


「どういうこと?」


「今までは、菊池が、真犯人(ホンボシ)だと、思っていたんだ。だから、菊池の動きを封じれば、全てが終わる、そう思っていた。でも、一連の事件は、菊池が、真犯人(ホンボシ)ではなく、犯人(ホシ)の一人として、考えると、視野が広がったんだ。それが、分かっただけでも、収穫だ。それに、浜松町駅の男も、犯人(ホシ)の一人で、真犯人(ホンボシ)ではない。つまり、これらの犯行は、組織的に行われ、裏に、黒幕がいるはずだ。それが、田所かどうかは、まだ断言出来ないがね」


 神保町駅に着くタイミングで、佐久間は、川上真澄に、言付けを頼んだ。


「先に、家に戻っていてくれ。もう一つ、行くところがあるんだ」


「私も、一緒に行くわ」


「いや、谷口文子に会うんでね。川上真澄()がいると、同性に気を使って、本音を隠すかもしれない。千春には、『四万円使った、晩ご飯の相手』と、話してくれれば、分かるはずだ」


「分かった、伝えておくわ」


 丸ノ内線は、川上真澄を、次の駅に運ぶ。佐久間は、軽く右手を挙げて、見送った。


(……さてと。気が乗らないが、もう、避けてはいられない。事実確認を、済ませておこう)


 佐久間は、ゆっくりと、階段を上がった。

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