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誰がために鐘は鳴る  〜佐久間警部の推察〜(2024年編集)  作者: 佐久間 元三
誰がために鐘は鳴る
24/41

上妻教授の憧れ(2024年編集)

 ~ 熊本県 阿蘇くまもと空港 ~


 全日空342便は、定刻通り、阿蘇くまもと空港に到着し、三階の到着ロビーで、氏原が出迎えた。


「よお、佐久間。真澄ちゃんも、ようこそ。一人きりで、土佐回りしているせいか、妙に懐かしい気分だ」


「二、三日で大げさね」


「無理させて、悪いな、氏原。あとで、美味いものを奢るよ」


 三人は、軽く挨拶を交わすと、早々に、熊本市交通局行きのバスに乗り込むと、最後尾を選んだ。市内に到着するまでの間、作戦話をする為である。


「熊本県には、つくづく、縁があるな。氏原、昨日も、全部空振りだったのか?」


 予想を反し、氏原は、ほくそ笑んだ。


「思わぬ収穫が、あったぞ。といっても、船尾教授じゃない。大平という、研究員からだ」


(………?)

(………?)


研究員(大平)の話はこうだ。『船尾教授は、嘘をついている。毒物全般に関しては、日本でも、最上位に位置する』んだと。訪問前に、船尾教授が、誰かと電話で、話していたのを聞いたそうだ。『検証は、出来ない旨を話そう』ってな」


「なるほどね。想定した通り、椎原教授の息が、既に及んでいる、という事か。でも、これで、確定したな」


「そうね、教授たちは、原告側・被告側、両方で共犯。つまり、総力を挙げて、菊池利浩を助けた事になるわ。そうなると、作戦を変えなきゃ、ジリ貧ね」


 交通局行きのバスは、順調に、健軍町に差し掛かる。市内中心部だ。


「佐久間、お前は、何か理由があって、熊本県(ここまで)まで来たんだろう?何を、どうするつもりだ?」


 佐久間は、満面の笑みを浮かべる。


()()()を食べて、帰ろうと思ってね」


(------!)


「馬刺しって、お前。…もしかして、上妻教授に、会うつもりか?」


「上妻教授?」


川上真澄()は、初対面だ。以前、サリン事件が、崇城大学付近であってね、氏原と捜査したんだ。上妻教授も、毒物学を専攻している。実は、昨夜のうちに、連絡を入れておいた」


「ああ、晩御飯の時?そういえば、席を外していたわね。……サリンって言ったら、佐久間警部(あなた)が、浜松市で死にかけた事件じゃない。あれは、大変だったんだから」


「あの時は、迷惑を掛けたね。千春の事も、付き添って貰って、ありがとう。氏原、とりあえず、熊本大学前で、下車しようじゃないか。唐沢教授とやらに、会ってみよう。科捜研(お前)だけじゃなく、警視庁の人間も、同席するんだ。不意を突かれた顔が、見ものだ。相手の出方を、伺おう。川上真澄()は、九条大河として、分析を頼む」


「分かったわ、どんな反応を見せるか、楽しみね」


 子飼商店街の路地を抜けて、大学の門をくぐる。歴史ある、風景が、三人を出迎えた。


「ねえ、さっきの、商店街なんだけど、先週、テレビに映ってたよ」


「観光は、後でな。もう、敵地だ」


 教務課に事情を話すと、申し送りされていたようで、すんなり、唐沢研究室に案内された。唐沢は、佐久間たちを見ると、ほんの一瞬、表情を曇らせたが、直ぐに、笑みを浮かべる。


「どうも、熊本大学の唐沢です。遠路はるばる。お一人だと、香川大学の椎原教授から、伺っていましたが?」


「どうも、科捜研の氏原です。こちらは、警視庁捜査一課の佐久間警部と、部下の川上です」


(警視庁?…どういう事だ、聞いてないぞ?)


「それは、それは。大まかな事は、椎名教授から聞いて、存じております。何でも、あの裁判の、百分の壁について、再検証されているとか。私の答えは、椎名教授と同じく、変わりませんが、わざわざ、熊本県まで、足を運んでくれた方々に、話も聞かず、回答するのは、あまりに失礼だ。火の国は、情に厚いですし、()()()()()()()()。さあ、こちらへ」


(断る気、満々だな。火の国?情に厚い?どの口が、言う。なら、こちらも、早々に終わらせてやるさ)


 唐沢は、腰掛けた三人に、コーヒーを振る舞った。


「ご馳走になります。唐沢教授は、毒物には、かなり精通されていますね」


 氏原の評価に、唐沢は、満更でも無い様子だ。


「さあ、どうでしょうか。上には、上がいますし、この毒物学(世界)は、日進月歩ですから、少しでも、研究を怠ると、他の者に、足元をすくわれます」


 佐久間は、唐沢の本質を、見極める事にした。


「ご謙遜を。裁判での唐沢教授は、とても輝いておりました。その証言には、目を見張りました。裁判(あれ)から、月日が、だいぶ経ちます。百分の壁というものは、そろそろ、覆せませんかね?唐沢教授が、仰ったように、日進月歩だ。もう、科学的に、証明出来るのでは?」


(------!)


(証言だと?昔の裁判記録まで、調べているのか。この刑事、何者だ?)


「即効性がある毒物です。摂取すれば、即死なのに、百分後に、死亡するなどあり得ません。私はね、過去の、『終わってしまった事』よりも、未来の、『犯罪抑制のため』に、毒物学を、活かすべきだと思います」


(………)


「つまり、裁判のために、再び検証するのは、間違っている。そう、仰りたいと?」


「時間と労力の、無駄です。裁判も終わっているし、他の教授も、同じでしょう」


(------!)


 氏原は、この言葉に、異を唱えようと、立ち上がったが、佐久間が、そっと諫める。


「いやいや、貴重なご意見を承り、助かりました。明日、北海道工業大学へ行く予定でしたが、取りやめようと思います。お手数ですが、ご連絡だけ、お願い出来ませんか?」


(------!)

(------!)


 氏原たちは、思わず、佐久間を見つめる。予定外だからである。


「構いませんが、何故、私が、北海道工業大学の教授と、知り合いだと、知っているのですか?」


 佐久間は、ほくそ笑んだ。


「法廷では、敵味方に分かれたが、検証結果の考えは、同じ穴のムジナ。横の繋がりはある、と思いましてね。お仲間に、よろしくお伝えください。警視庁の佐久間が、今回は、見合わすが、違う形で、改めて伺いたいとね」


(------!)


(どこまで、事情を知っている?この刑事、危険だ)


「それと、炒れて頂いたコーヒーなのですが、頂かないようにします。毒が入っていないとも、限らない。今度来る時は、持参してきますよ」


(------!)


「なっ、何て、失礼な男だ、あんたは。警視庁に文句言ってやる!」


「どうぞ、ご自由に。では、また」


 佐久間たちは、喧嘩別れしたまま、研究室を去った。


 校門を出たところで、氏原が、心配そうに立ち止まった。


「おい、佐久間。いくら何でも、あの態度は、まずいんじゃないのか?お前にしては、珍しく、横柄な態度で、嫌味しか言わなかったぞ」


 川上真澄も、同調する。


「氏原さんの言う通りだわさ、山川刑事みたい。いつもの冷静な、佐久間警部じゃなかった」


 佐久間は、微笑む。


「山さんも、形無しだな。失礼な輩には、暴言(あれ)くらいが、丁度良いと思うがね。それに、あれだけ、啖呵を切ったんだ。教授どもが、どう出るかも、見ものじゃないか?」


(……そういう事か)


「佐久間。お前、科捜研(うち)に、火の粉が飛ばないように。余計な真似をしやがって」


「頼んだのは、警視庁(わたし)だ。科捜研は、悪い立場に、なるべきではない。気にするな」


「うーん、男達の友情かあ。現実(リアル)に、良いもの見られるとは、ついているわ」


「茶化すなよ。それよりも、九条大河としての、意見を聞かせてくれ。唐沢教授をどう思った?」


「教授たちが五名だとすると、下から二番目の小者って、ところかしら。自分からは、意見を言わず、周りの意見に従うタイプね。五人の教授の内、誰が、主犯格か分からないけれど、裁判でも、おそらく、上から言われて、上が書いたシナリオを、得意げに読み上げただけだと、思ったわ」


「流石は、九条大河だね。私も、全くの同意見だ。となると、今頃、どこかに、今の事を、誇張して、話している頃だろう」


「私の見立てでは、既に、捜査一課に、苦情の電話が入っているわね」


「それなら、心配ない。山さん辺りが、一蹴して終わりだよ。さあ、崇城大学の上妻教授に、会いに行こう」



 ~ 崇城大学、応用微生物科 ~


「おお、佐久間警部。よく来た、よく来た」


「上妻教授、お久しぶりです。その節は、本当に、ありがとうございました」


「うんうん。事の顛末は、全国ニュースで、知っておるよ。静岡では、死にかけたそうじゃないか?あれには、正直、ハラハラしたぞ。でも、よくぞ、犯行を未然に防いだ。サリンが、本格的に撒かれていたら、日本中が、大パニックになっていたぞ」


「上妻教授のおかげで、岡山理科大にも、準備して臨めましたし、本当に感謝してます。上妻教授、今日は、紹介したい人を、お連れしました。上妻教授が、大ファンと仰っていた、九条大河先生です」


(------!)


「九条先生は、亡くなったはずじゃ?」


 川上真澄は、上妻の手を握り、満面の笑みを浮かべる。川上真澄なりの、ファンサービスである。


「初めまして、九条大河です。今は、川上真澄(本名)で、出していますか」


(------!)


「ほっ、本当に、あの、九条大河先生ですか!!……いやあ、長生きして、本当に良かった。この書棚を、ご覧ください。九条作品、市販で揃う分、全て所持していますよ!」


「ふふふ、ありがとうございます」


「あの、この作品に、サインして貰えませんか?」


「勿論、良いですわ。必要なら、全ての本にサインしますわ」


(------!)


「くうう~~!生きてて、良かった!!」


 川上真澄が、次々とサインをしていく中、上妻が上機嫌で、佐久間に、関係を尋ねる。


「君は、本当に、人脈が広いな。どうやったら、伝説的な作家と、知り合えるのだね?」


「『紅の挽歌』という作品作りで、佐久間警部と、現実に戦いましたの。といっても、佐久間警部に救われたんです。それからは、良き理解者であり、競争相手(ライバル)なんです」


(------!)


「紅の挽歌、…幻の作品だ。一月五日の記者会見を見ていたから、知っている。確か、九条大河先生が、肺がんで亡くなって、お蔵入りした作品じゃな。一読者の立場では、当然、欲しても、読めなかった未完作品だ。でも、意味が分からん。戦った?佐久間警部と、殺し合いをしたのかね?」


「殺し合いというか、私の作品内容に沿って、ある人物が、本当に人を殺害していったんです。私も、弱みを握られていて。佐久間警部が、事件を解決してくれなかったら、私は、もう、この世にいなかった」


(------!)


「…だそうです」


「うーん、あり得ないくらい、壮大な事件じゃな。益々、紅の挽歌という作品を、読んでみたかった。それにしても、昨日の敵は、今日の競争相手()か。儂も、大学教授じゃなく、警視庁に行けば、良かったかもしれんな。バシバシ取り締まって、事件解決して、警視総監だったかも、しれんぞ。そしたら儂は、佐久間警部の、大先輩だ!!」


 研究室が、笑い声で満たされる。


「すまん、調子にのって、話題が逸れたわい。熊本大学(熊大)に、行ってきたのか?」


「はい、予想通り、この上ない決裂です」


「……佐久間警部が、相手をして?本当に?」


「上妻教授、違うんですよ。決裂したではなく、佐久間が、意図的に、決裂させたんですよ」


「カッカッカ。唐沢くんは、上から目線で、人を小馬鹿にする、節があるからな。学会でも、嫌われておる」


「上妻教授、旧知の関係なのですか?」


「旧知というか、同じ学会の仲間だよ。派閥は、違うがな」


(------!)

(------!)


 この言葉に、氏原が食いついた。


「上妻教授、どうか、教えてください。香川大学、東都大学、徳島大学、熊本大学、北海道工業大学の教授たちは、同じ派閥ですか?」


「いかにも、全員、同じ派閥じゃよ。その様子では、かなり訳ありだな?」


 佐久間は、左手で、顎先を撫でるように触った。


「全員、同じ派閥。……やはり、そういう事か」


(………)


 佐久間の言葉に、上妻の表情が、変わった。


「佐久間警部、本題に入ろう。君が、崇城大学の上妻()を訪ねてきた。前回の事件以上に、力になれる事が、あるやもしれん。詳細を、話してみたまえ」


「はい、これまでの経緯を含め、全てをお話します。どうか、お力を貸してください」



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