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誰がために鐘は鳴る  〜佐久間警部の推察〜(2024年編集)  作者: 佐久間 元三
誰がために鐘は鳴る
22/41

氏原の躍動と葛藤1(2024年編集)

 ~ 警視庁 捜査一課 ~


 佐久間が、菊池利浩に対して、宣戦布告をしてから、徹底した身辺調査が始まっている。


 佐久間より、具体的な指示が行われ、捜査員たちは、確実な履行を求められている。警察庁に呼ばれ、席を外していた安藤は、戻って早々、佐久間の方針を確かめた。自分とは違う、捜査の切り口に、興味津々なのだ。


(今回は、あの九条大河も参戦しているし、どんな手法を執るのか、実に見物だ)


「日下、佐久間警部は、どのような指示を、お前たちに出した?」


「私と山川さんは、月・水・金曜日担当で、菊池の行動履歴を、完璧に押さえるよう、命令書が出ています。自宅から勤務先まで、どの通勤ルートを取るのか、営業先の場所、誰と接触しているか等、把握出来る事は、全て報告せよと。特に、電車の利用時には、コインロッカーの使用有無、移動中の、第三者との接触に注視せよ、列車に乗る時と、降りる時のタイミングで、メモを渡し合う可能性も、否定出来ないので、絶対に目を離すな、と仰っています」


(……本気で、洗うつもりだな。そこまで必要だと、判断したのだろう)


「火・木・土・日は、誰が担当だ?」


「田島さんと、甲田さんです。日曜日は、佐久間警部が、自ら、尾行すると書いています」


「佐久間警部、自ら?」


「はい、九条大河を伴う、と書いていますね」


(なるほど、ミステリー作家の意見を、聞きたいのだな?)


「そうか、佐久間警部にも、思うところが、あるのだろう。日下、しくじる訳には、いかんぞ。気を引き締めて、臨むように。山川にも、私から、そう言われたと、伝えるんだ」


「了解です。では、行って参ります」



 ~ 一方 その頃、香川県 香川大学 ~


 佐久間の依頼で、氏原は、科捜研の人脈を駆使して、毒物学に詳しい大学研究者を、片っ端から当たることにし、まずは、朝一の便で、四国地方へ飛んでいた。


「どうも、薬学部の椎原です」


「お初に、お目にかかります。科学捜査研究所、第二化学科、化学第二係の氏原です。藁をも掴む思いで、研究者の方に、意見を伺いたく、参りました。事案については、事前連絡した通り、科捜研と検察(我々)は、過去に、菊池利浩の証言を、覆すことが出来ず、無罪で逃げられています。何とか、ご助力を」


「…供述調書を、読ませて頂きましたが、菊池利浩は、トリカブトのアコニチンと、フグのメサコニチンを配合して使用したとあります。私からすると、農業に携わっていない、ましてや、薬学部経験者でもない菊池利浩が、どうやって、この配合を行えたのか、甚だ、疑問です。本当に、あなた達は、菊池利浩が使用したと、主張するのですか?まずは、事実確認(そこ)から、検証をやり直した方が、早いと思いますよ。科捜研から、進言されては如何ですか?」


(………)


 この質問が来ることは、想定済みである。佐久間も、同様の意見で、あったからだ。


 氏原は、佐久間の意見を、ありのまま、伝えることにした。


「ご指摘の意見は、警視庁捜査一課の、佐久間警部からも出ました。しかし、婚約者を、目の前で殺されて、復讐に燃える菊池利浩は、『どうしたら、犯人を最も苦しめて、殺すことが出来るかを模索し、毒殺に辿り着いたのではないか』と、考えているようです。菊池利浩の部屋からは、様々な復讐方法や、計画が練られたノートがあり、毒物の調合メモもあったため、検察も、状況証拠として、採用したそうです」


(………)


「そうですか。まあ、犯人が死んだ場所の、近くに菊池がいて、菊池の部屋から、調合メモが見つかれば、状況証拠だけで、検察は起訴出来ると、判断したのでしょうな。でも、トリカブトのアコニチンは、科捜研の氏原さんも、ご承知の通り、即効性が、極めて高いんです。採取すれば、即死ですよ。調書では、百分後に死亡したと、記載されている事からも、私も、当時の裁判を、支持しますがね」


「……重々、承知してます。それでも、判決を覆さないと、新たな被害者が出るんです」


(………)


 椎原は、供述調書を(めく)りながら、溜息をつく。


「確か、一事不再理、でしたかな?」


「はい、殺人の故意を、認定させる事が、出来なかったので、過失致死罪で、勝負しましたが、科学的な立証が、出来なかった。そのため、今のままでは、再訴追が出来ません。裁判をやり直す場合には、百分の壁を崩す、新事実が必要なんです」


(………)


「お恥ずかしい話ですが、私の研究では、この毒物に関して、事実を(くつがえ)せませんよ。こちらへ、どうぞ。遠路遙々(はるばる)、お越し頂いたので、研究設備を、お見せします」


 氏原は、防護服に着替えると、二階最奥の、二重扉で隔離された、研究室に案内された。


「この部屋はね、特殊な毒物を、研究しているところなんです。科捜研の設備も、似たようなものかと思いますが」


「いえ、科捜研(我々)の設備は、主に、解析や分析に、重点をおいたものです。通常、用いることのない薬品も、沢山ありますね」


「トリカブト成分と、フグ成分を合わせたものが、これです。念のため、調合しておきました。保護具のままで、恐縮ですが、ご確認ください」


 椎原は、調合した成分を、スポイトで吸い、顕微鏡の、プレパラートに載せた。


「これを、ご覧ください。融解点の発生を、確認できるはずです」


(確かに、この配合を、馬鹿正直にやると、こうなるわな。これくらいは、見なくとも分かる)


 椎原は、形式上、『警視庁に捜査協力をされたから、調合検証を行い、科捜研に協力をした』と、実績を作りたい、だけのようだ。氏原は、敢えて、難題を振ってみた。


「椎原教授、この試験体に、他の成分を掛け合わせると、どうなりますか?サリンに近いものでも、出来ますかね?」


(------!)


「さあ、どうなるかは、分かりかねますな。成分照合するにしても、莫大な研究費と、時間が掛かります。当方も、他の研究が忙しく、学会も控えているので、中々どうしたものかと」


(狸親父め。化学式で、推察出来るだろうが。あくまでも、断る気、満々だな。……なら)


「それは、困りました。どうしたら、良いでしょうか?」


 氏原は、茶番に付き合う事にした。次の紹介を受けるためだ。


 氏原の表情に、満足した椎名は、譲歩案を提示した。


「先程、申し上げた通り、当大学では、研究成果を出すことは厳しい。当大学よりも、高度で専門である、徳島大学の大門教授か、東都大学の船尾教授、熊本大学の唐沢教授、北海道工業大学の髙橋教授などを、訪ねてみては、如何でしょうか?私から、この四人に対して、連絡しておきますよ」


「それは、助かります。では、紹介された順に、訪問してみます」


「そうしてください。お越しになってくれたのに、成果を出せず、申し訳ありません。しかしながら、捜査には、我々、教授会メンバーが、惜しみなく協力する事を、お約束いたします」


(教授会メンバーね。政治利用でも、企んでいるのか)


「助かります。警視庁も喜ぶでしょう。私から、一報を入れておきますよ。それでは、他の教授へ、ご連絡だけ、お願いいたします」


 氏原が、立ち去る仕草を見せると、椎原が、最後に尋ねた。


「氏原さん。菊池利浩は、復讐サイトに関わっている、間違いありませんか?」


(………?)


「何か、気になる点でも?」


「復讐サイトは、複数で運営しているのが、常と聞きます。サイト内は、執拗な嫌がらせ方法、心を折る手法が、日々、紹介されています。私も、興味本位で覗きましたが、中々、卑劣で、恐ろしいことが書かれている。だが、それは、玄人だから、出来るのであって、素人が行うと、まず失敗するでしょう。科捜研に聞くのは、お門違いだとは思いますが、警視庁は、菊池利浩について、どこまで調べているのかと、率直に知りたくなりました。とりあえず、身柄を確保し、拘留中に余罪を吐かせるとか、刑事ドラマで見たもので、つい。いや、失敬、余談過ぎましたかな?」


(よく言うぜ。手は貸したくないが、菊池の事は気になるって、教授ってのは、したたかだね)


「どうでしょうか。実際、捜査を進めているのは、佐久間警部ですし、捜査一課が、どこまで捜査しているかは、科捜研までは、伝わってきません。ただ、佐久間警部は、聡明な刑事なので、菊池利浩の性格を熟知し、行動分析(プロファイリング)していると、信じています」


「そうですな。いやいや、年甲斐もなく、余計なことを。道中、気をつけて」


(胡散臭いな、佐久間に、話しておくか。それにしても、千春ちゃんの、ジンギスカンは高いな。日本全国を、飛び回る事になるとは)


 香川大学を後にした氏原は、JR高特線の昭和町駅ホームで、電車を待つ間、佐久間に電話を入れた。


「佐久間、今、話せるか?香川大学を、訪ねたところだ」


「すまないな、何か、進展があったか?」


「いや、想定通りだったよ。香川大学の椎原教授は、『裁判の根拠を、覆せない』って言っていた。まあ、一筋縄ではいかないさ。過去の事例とはいえ、一教授が、いとも簡単に、新事実を証明して、百分の壁を突破してみろ、科捜研の面目、丸つぶれだよ」


「確かに、そうだな。氏原、お前のことだ。他にも、回る予定なのだろう?」


 氏原は、腕時計を確認する。


(予定より、早いな。一本、遅らしても、問題あるまい)


 氏原は、到着したJR高特線を、一本やり過ごし、ベンチに腰掛けた。


「椎原教授から紹介された連中を、隈無く回るよ。そんな事より、妙な空気を感じたから、電話を入れたんだよ」


「妙な空気?」


「ああ。去り際に、椎原教授が、『菊池利浩が、復讐サイトに関わっているのか』、『警視庁は、菊池利浩のことを、どこまで調べているのか』と、耳を疑う発言をしてな。まあ、会って早々に、事件について、否定的な意見が多かったからな。薬学部出身でない、菊池利浩を疑うこと自体、おかしいとも、言っていたぞ」


「薬学部の教授からすれば、素人の人間が、毒物を扱うはずはない、そう言うのは、まあ、当然の意見だな。…でも、それ以外の発言は、胡散臭いな。……氏原、明日は、どの大学を回る予定だ?」


「朝一に、徳島大学。午後から、東都大学。明後日は、熊本大学に行って、明明後日(しあさって)は、北海道工業大学に行く予定だ」


「そうか。なら、明後日の熊本大学には、私も同行するよ。気になる点があるから、明日中に調べて、合流までには、準備する。阿蘇くまもと空港で、落ち合うのはどうだ?」


「それは、構わんが。何か、掴んだのか?」


「裁判記録を、洗ってみるよ。胡散臭い発言から察すると、関係者かもしれないと思ってね。尋問回答者、参考人の中に、いたのかも知れない。もしかすると、氏原が言う、『変な空気』の正体が、見えるかもしれない。千春には、氏原が、『獅子奮迅の、働きをしている』ことを伝えておくよ。じゃあ、明後日の、昼頃に、また会おう」


 電話が切れた。


 氏原は、電話を、じっと見つめる。


(俺は、佐久間(お前)じゃないから、この後の、展開が読めん。確信出来るとすれば、科捜研の俺でさえ、教授どもからすれば、小僧扱いだ。他の教授も、一筋縄では、いかんだろうな。協力する者が、一人でもいれば、御の字だが、全員、同じ穴のムジナかもしれない)


 明日からの、訪問が、苦痛だ。


 

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