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犯行の欠片(2024年編集)

 ~ 目黒区 緑が丘二丁目 ~


 東京工業大学で、新事実を掴んだ佐久間たちは、土谷智洋が、かつてアルバイトをしていた、居酒屋を訪れていた。土屋知洋殺害の、重要参考人として、伊藤直美の身柄を、確保するためである。


 十四時の段階で、下見をしつつ、店長へ事情を説明し、当面の間、伊藤直美を、アルバイトのシフトから、外すよう依頼した。


「そんな、この書き入れ時に、困ります。土谷くんは、亡くなったから、仕方がないとして、伊藤さんまで、抜けたら、売り上げが落ちます。経営者(うえ)に何と言ってよいか。私は、解雇(クビ)になるかもしれません。明日まで、待ってくれませんか?明日なら、シフトを編成し直せば、まだ何とか、凌げますから」


(………)


「店長さん、事情は察しますが、これは、殺人事件です。土谷智洋さんは、亡くなり、伊藤直美を、警視庁捜査一課は、重要参考人として、身柄を確保する。この時点で、店長さんには、守秘義務が発生し、むやみに口外すると、公務執行妨害になります。お分かりになりますね?」


(………)


「伊藤直美は、しばらく、いや、もう戻る事は無いでしょう。新しく、雇う事をお勧めします」


 佐久間にしては、珍しく、突き放した言い方をした。土谷智洋の死よりも、仕事の穴が出来て、そればかりを気にする、店長の姿勢に、業を煮やしたからだ。


(全く、どいつも、こいつも。人の生命を、何だと思っている)


 佐久間は、何度も、腕時計の時間を、確かめる。


(十五時まで、あと三十分か)


「そろそろ、配置につこう。日下と望月は、ビルの裏側で待機。山下は、店内に潜んでくれ。私と山さんで、重要参考人(マルタイ)が、入店する直前に、声をかける。身柄を確保次第、待機した覆面パトで、警視庁へ送致する」


「了承しました」

「了解です」


 十四時、五十分。


 細身の華奢な女性が、一名、居酒屋の玄関に、手をかけた。


(あの女が、伊藤直美だ。全員、これより、身柄を確保する!)


「伊藤直美さんですね」


(------!)


 背後からの呼び掛けに、伊藤直美は、おそるおそる振り返った。二人の男の風貌に、瞬時に、身体が凍り付いたようだ。


「……はい」


「土屋知洋さんの件で、伊藤直美さん(あなた)に、お話があります。お分かりですね?」


(さあ、どう出る?)


「……はい」


(あっさりと、認めるのか。諦めたのか?)


「聡明な方で、助かります。店長には、説明しておりますので、シフトの件は、大丈夫ですよ。これより、警視庁まで、ご同行ください」


「………分かりました」


 佐久間は、無線で、全員へ伝令。


重要参考人(マルタイ)を、これより警視庁へ送致。持ち場から離れ、各自捜、査一課へ戻ってくれ。山さんは、周囲に、捜査一課(我々)を見張る者がいないか、念のため確認してくれ」


「はっ、確認します」


「では、日下、捜査一課に戻ろう。取り調べは、私が行う」


「はい、出発します」



 ~ 警視庁、取り調べ室 ~


「伊藤直美さん。警視庁捜査一課の、佐久間と申します。まず始めに、伊藤直美(あなた)は、現在、土屋知洋殺害の、重要参考人であるだけです。伊藤直美(あなた)には、黙秘権があり、弁護士を呼ぶ事も出来ます。警察組織(我々)は、黙秘権(これ)を、通知したうえで、任意聴取を開始します。ここまでは、大丈夫ですか?」


「…はい、大丈夫です」


「裁判所では、一度、宣誓すると、誤解を与える発言や、嘘をつくと、偽証罪に問われますが、この段階では、まだ偽証罪は、適用となりません。ただ、捜査を撹乱する言動は、控えて頂きたい。もう一度、伺います。弁護士を、呼びますか?」


「…いいえ、大丈夫です。質問には、正直に答えます」


 (うつむ)いているが、時折、真っ直ぐに見返す仕草に、『嘘は、付いていない』と、聴取を開始する事にした。


「では、氏名と、住所から教えてください」


「伊藤直美、二十二歳。東京女子医大の三年です。住所は、東京都目黒区、緑が丘一丁目です」


(医大生か)


「五日前、土屋知洋が、救急搬送される時に、通報したのは、伊藤直美さん、あなたですか?」


「……はい、私です」


「救急隊員の話では、到着時、あなたは、その場に居なかった。本当ですか?」


「はい、本当です」


「それは、何故ですか?あなたの、彼氏なのでは、ありませんか?」


(------!)


 伊藤直美は、僅かに、眉根を寄せる。


「彼氏ですって?とんでもない、土谷智洋(あいつ)は、ただの(ケダモノ)よ」


 思わぬ発言に、佐久間も、戸惑いを見せる。


「その口振りでは、強姦されたのですか?私が、土谷智洋のアパートを調べた時、シーツに血痕があった。あれは、あなたのですよね?」


「……そうです。二週間前、言葉巧みに、部屋に誘われました。二人で、少しだけ飲もうって、睡眠薬で眠らされて、気が付けば、全てが終わっていました」


(……何てことだ)


「警察や、ご家族へ、相談をしなかったのですか?」


 伊藤直美は、テーブルを叩いた。


「出来る訳、無いじゃないですか!軽率について行った、私にも非があるし、この歳で、処女だったって、説明しろと言うんですか?」


(…そうだったのか)


 佐久間は、深々と頭を下げて、謝罪する。


「先程の発言は、全面的に私が悪い、撤回します。事情を知らず、彼氏だのと失礼を言いました。その点は、平に、申し訳ありません。…話を、続けても、宜しいですか?」


「…大丈夫です」


「先程の質問ですが、通報したのは、あなたです。土屋知洋とは、いつから一緒にいたんですか?容体が悪くなる直前まで、何日も、一緒だったのですか?」


「……強姦された二週間前と、通報した時だけ。その二回しか、一緒にいません」


「本当ですか?二週間の間、一度も、部屋には入っていませんか?」


「……はい」


「では、たまたま、部屋に行ったら、容体が悪そうなので、通報をした。だが、恋人でも、身内でもないため、あなたは、面倒が嫌で、立ち去った。そう言う事でしょうか?」


「その通りです。私が、部屋に行ったのは、二週間前のあの日、定期券を置いてきて、しまったから。あんな奴の部屋、そうじゃなきゃ、行きません」


(………)


(虚言では無さそうだが、まだ何か、隠しているな。角度を変えるか)


 佐久間は立ち上がって、ゆっくりと、伊藤直美の周りを、何度も歩く。


「土屋知洋は、市販の解毒鎮痛剤と、多量のアルコールを摂取したことで、昏睡状態となり、死亡しました。部屋を調べたところ、水銀が見つかりました。心当たりは、ありませんか?」


(------!)


 水銀の言葉に、微かに、伊藤直美の表情が曇り、肩が揺れる。


(知っているな)


「伊藤直美さん。あなたは、医大生だ。水銀の危険性は、知ってますか?」


「知っています。熊本県の水俣病でも有名ですし、摂取すると、人体に影響を及ぼす事は、習いました」


「…そうですか。では、質問を続けます。水銀は、あなたの所有物では、無いのですか?」


(------!)


 伊藤直美は、思わず立ち上がって、激しく否定した。


「私じゃない!蒔いたりなんか、してない!」


 佐久間は、満面の笑みを浮かべ、着席する。


「語るに落ちましたね。何故、あなたは、『水銀が撒かれていた』と知っているのですか?私は、『水銀が見つかった』事実だけを、話しただけです」


(------!)


 伊藤直美の額から、汗が出始める。


「誰が、水銀を蒔いたのですか?何箇所、撒いたのですか?」


「…べっ、弁護士を呼んでください。…黙秘します」


「良いでしょう。その前に、あなたの答えを、聞いてからですが。蒔いたのですか?」


「……わっ、私は、蒔いていない」


「では、誰が蒔いたのですか?自白しないと、あなたに、殺人の容疑が掛かります。ご両親も、さぞ、胸を痛めるでしょうね」


(------!)


 伊藤直美の挙動が、あからさまに、変わり始めた。


「わっ、私は蒔いてない。私は、蒔いてない。私は……」


「吐け------------!」


(------!)


 佐久間の一喝に、伊藤直美の思考は、完全に停止した。三十秒後には、観念した様子で、自供し始める。


「…復讐サイトに依頼しました。土屋知洋が、普通の社会生活が送れないよう、叩きのめして欲しいと。私が受けた屈辱を、倍返ししたかった」


(………)


「ほう、復讐サイトですか?それは、どんな、名称ですか?」


「代行屋という、サイト名です」


「では、そのサイトの運営者が、あなたの代行者として、この犯行を行った。間違いありませんか?」


「…はい。五日ほど前に、メール連絡が来て、『復讐が、無事に完了した』と。それで怖くなり、見に行ったら、本当に、ぐったりしていて。その光景を、目の辺りにして、急に、自分が依頼したことが、怖くなって。復讐はしたかったけど、死んで欲しくは無い。…それで、迷った挙げ句、通報だけして、逃げました」


(………)


「その言葉を、信じましょう。そのサイト運営者、もしくは、犯行を行った者の、名前は分かりますか?」


「田所という、男性です」


(------!)


(ここでも、…田所の名字が。やはり、一連の黒幕は、同一人物なのか?)


「質問を続けます。その男との、やりとりは、パソコンからですか?」


「いえ、この、スマホからです。私からメールすると、毎回違うIDですが、返信がありました」


 佐久間は、内線で、捜査二課の田中を呼び出すと、伊藤直美のスマホを渡し、解析を依頼した。


「復讐サイト運営者、もしくは、メンバーに田所を名乗る者がいる。毎回IDが、異なるそうだ。二課が教えてくれた、Tor(トーア)中継システムを、使用しているのかもしれない。解析をしつつ、伊藤直美、本人を装って、接触を試みてくれ。伊藤直美さん、交渉について伺いますが、田所との間で、当事者間でしか分からない、暗号や、ルールは存在しますか?」


「特にありません」


「では、田中、過去のメールを紐解いて、極力、伊藤直美になりきって、接触を試みてくれ。田所に、報酬金の支払いを、終えたのですか?」


「いえ、まだです」


「幾ら、支払う約束ですか?」


「前払いで、十万円。復讐完了後で、五十万円です。但し、ビットコインで支払うよう、指示がありました」


(------!)


 田中の表情が、険しくなった。


「佐久間警部、ビットコインは、厄介ですよ」


「何故だ?」


「銀行口座と違い、海外の銀行を経由されたら、仮想通貨なので、足取りが追えなくなります。しかも、非常に、匿名性が高いものばかり、選ぶ犯人です。接触は、相当、難しいでしょう」


(………)


「なら、警察権限を、最大限に引き出して、サイト運営者の名前や、所在を洗うことから、始めてみてくれ。運営者が、田所なら、それだけでも、御の字だよ」


「総出で、鋭意努力してみます」


 佐久間は、田中の肩に、手を置いた。


「頼んだぞ、二課長には、安藤課長からも、正式に頼んでもらう」


 田中は、田所の足取りを追うため、足早に、二課に戻っていった。


「さて、伊藤直美さん。犯行には、直接、手を出していないとはいえ、捜査次第では、田所に生命を狙われる立場です。当面、実家を避けた別の場所に、身を隠した方が良いでしょう。田所には、あなたの住所など、個人情報は、教えていませんね?」


「…いえ、実家の住所は、教えていませんが、今住んでいるアパートの住所は、知られています。それに、私のIPアドレスは、バレています。そこから、個人情報が、漏れていかないでしょうか?」


「そのくらいでは、バレませんよ。では、今日は、この辺りにしましょう。気をつけてお帰りください」


(------!)


「帰れるんですか?てっきり、逮捕されるものと」


「ん?逮捕されたいのですか?」


「いっ、いえ、そんなつもりでは。……何故ですか?」


「伊藤直美は、犯行に手を出していない。復讐を依頼しただけ。人命救助せず、怖くなって、逃げ出した点に関しては、叱責を受けて当然ですが、最低限、通報して、土谷智洋の生命を救おうと、動いた。だからですよ。悪いことは、悪い。しっかり、猛省するべきですが、原因を作ったのは、土谷智洋なのが、分かりました。なので、逮捕はしません」


 伊藤直美は、大粒の涙を流し、何度も、佐久間に頭を下げる。


「あっ、そうそう。アルバイト先には、今後、顔を出さないでください。店長に、お灸を据えた手前、顔を出されると、今後の捜査が、やりにくい。それと、しばらく、伊藤直美(あなた)のスマホは、捜査協力として預かります。代わりに、警視庁から、携帯電話をお貸しするので、今後の連絡は、この携帯電話で、お願いします。では、日下。伊藤直美を、安全で、移動しやすい場所で、解放してくれ。それと、解放する時、監視されていないか、よく確認するんだ」


「分かりました。では、お送りします」


「日下、ちょっと」


 佐久間は、日下に、小声で指示を出す。


「良いか。伊藤直美を解放したら、山下と交代して、尾行を開始してくれ。携帯には、発信機を仕込んであるが、念のため、居場所だけは、把握しておくんだ」


「…分かりました」


「伊藤直美さん、お待たせしました。では、気をつけてお帰りください。また、連絡します」


「はい、分かりました」


 何度も、頭を下げ、伊藤直美は、去っていった。


 ブラインド越しに、見送る佐久間に、安藤が声を掛ける。


「少しだけ、進展したな?」


「はい。今まで、尻尾を掴ませなかった、田所にしては、初歩的なミスをしました」


「初歩的なミス?」


「ええ、相談者が、予想外な、動きを見せたことです。田所の想定では、土屋知洋は、誰知らず死亡し、検死を受けても、『病死』として、終わった。おそらく、土屋知洋の、死亡を確認してから、田所は、証拠隠滅を図るため、蒔いた水銀を回収し、こと無きを得るつもりだった。それが、相談者が、通報してしまった事で、司法解剖を受ける事になり、また、警察組織(我々)に、水銀を発見されてしまった」


「…この後の展開は、どう動くと読むかね?」


「伊藤直美の振りをして、接触しても、警察の息が掛かっていると、察知されていた場合、空振りとなるか、逆手に取られる、可能性があります。伊藤直美が通報して、救急搬送された時点で、犯人から、見切られた感も、覚えます。そのくらい、慎重な犯人だと、考えた方が良いでしょう。あとは、二課の頑張りに、期待するしかありません」


(………)


「先は、まだ長そうだ。いくら、佐久間警部と言えど、今回は、手こずりそうだな?」


 佐久間は、頭を掻きながら、少しだけ、ほくそ笑んだ。


(------!)


「手こずりはしますが、犯行の欠片から、調べたい事が見つかりました。まだ、低確率ですが」


「本当かね!」


「はい。地下に潜ってみますので、他言無用で、お願いします」


「分かった、苦労を掛けるが、頼んだぞ」


「承知しました」


 こうして、佐久間は、姿を消した。



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