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残された痕跡(2024年編集)

 ~ 東京都 大田区 ~


 佐久間は、氏原を伴って、東急目黒線の大岡山駅に来ている。


大岡山駅(ここ)は、相変わらず、入り組んでいるな、苦手だ」


 氏原が言うとおり、東急目黒線の大岡山駅は、目黒線と大井町線が乗り入れ、両線の接続駅となっている。東京駅に比べれば、分かりやすいが、乗り換えが嫌いな氏原には、心苦しいようだ。


「佐久間警部、おはようございます。私どもの方が、早く来るつもりでしたが、お早いですな。…そちらの方は?昨日の刑事さんが、来られるとばかり」


「科学捜査研究所、第二化学科、化学第二係の、氏原と申します」


 氏原は、公式な名称で、挨拶を済ます。


(…科学捜査)


「…ああ、科捜研の方ですか。では、共に参りましょう。息子の部屋を、案内します。家内は、息子の側にいるので、私だけが同行します」


 氏原は、首を傾げた。


(あれっ、驚かないのか?科捜研だよ。…こいつも、同じ公務員か?)


「よろしくお願いします」


 部屋に向かう道中、土谷智洋の父親は、佐久間に、昨夜の礼を言った。


「まだ、心の整理がつかず、息子の死を、認めたくありませんが、昨夜のご配慮には、心底、助けられました。実のところ、私たちは、頭が真っ白で、何も考えられなかったんです。でも、『最期の時を過ごしてください』と、言われた時、息子の為にも、『悲しんでいても、浮かばれない』と、気付かされ、家族水入らずで、最期の時を、大事に過ごせました。不思議なもので、息子の思い出話をしていたら、夜が更けていましたよ」


「……礼には、及びません。ご子息も安心していると、思います。司法解剖は、予定通りですか?」


「それが、急患の関係で、十四時に、変更になりました」


(十四時か)


「では、ご子息の部屋を、拝見させて頂いた後で、警察組織(我々)も、東京慈恵会医大に向かいましょう」



 ~ 大田区北千束三丁目 土屋知洋の部屋 ~


「どうぞ、お入りください。と言っても、私も入るのは、二度目ですが」


 土谷智洋の部屋は、公園側の、築二十年くらい経っているであろうか、周りよりも、若干、古さが目立つ、木造アパートである。都心とはいえ、1Kではなく、2DKの広さがあり、全ての部屋が埋まっている事から、人気のようだ。


「年頃の一人暮らしは、大体そうです。では、氏原。見させて貰おう」


 健全な大学生だったのであろう、男臭漂う部屋で、まずは、換気を行う。風俗雑誌、週刊誌、テレビゲームに、ポテトチップスの空袋など、ごく普通の生活を、送っていたことが分かる。


 氏原は、ゴミ箱を見ると、佐久間に声を掛けた。


「佐久間、これを」


「使用済みのゴムか。それに、ベッドシーツにある、微かな血液は、()()か?」


「…おそらくな」


 様子見する父親が、心配そうに、佐久間に尋ねる。


「何か、あったのですか?」


「ご子息に、彼女がいることは、ご存知ですか?」


(------!)


「いいえ、初耳です。紹介もされていませんし、本当ですか?」


「女性の詳細は不明ですが、肉体関係は、あったようです。ゴミ箱の使用済みのゴムと、ベッドシーツに付着した、微量の血液から察するに、付き合い始めだったかも、知れないですね」


「うちの息子が?信じられない」


 父親の発言を横目に、氏原が、ベッドの下に、目をやった。


(------!)


「佐久間、直ぐに退避しろ、水銀だ!!」


(------!)

(------!)


 佐久間が、父親の手を取り、素早く外へ連れ出す間、氏原は、持参した保護具を纏い、空気成分を調べながら、部屋を探っていく。


(…なるほどな、そういうことか。万が一の準備が、役に立った)


 氏原は、透明なビニール袋に、証拠品を入れ終わると、退避した佐久間に、声を掛けた。


「とりあえず、このエリアだけ、大丈夫だ。防護マスクは、念の為、装着してくれよ」


 氏原の指示通りに、佐久間たちは、防護マスクを装着する。


「死因が、水銀によるものだと、疑いが強まったよ。これを、見てくれ」


「なるほど、血圧計が壊れて、水銀が出ていたのか。この壊れ方は、故意だな」


 土谷智洋の父親は、首を傾げた。


「これが、何か、まずいのでしょうか?」


「水銀というのは、厄介でしてね。車内でばら撒いたり、空気中に放置するだけで、呼吸困難や失明に、繋がるんです。確か、藤田医師は、ご子息の検死で、『右手だけ、局部的麻痺があった』と言っていた。もしかすると、この血圧計が、関係しているのかも、知れません」


「でも、何故、血圧計を持っていたのでしょうか?」


(………?)


「普通の家庭には、ありそうですが。ご子息は、体調管理を、然程しないと?」


「ええ、部屋を見ての通り、無精者ですから。あっても、湿布程度のはずです」


(………)


「本人が、自殺を図る目的で、置いた事も否めませんが、ご子息の彼女が、怪しいですね。通報者は、女性だったようですが、救急隊員が、駆け付けた時には、ご子息だけだった。まだ痕跡が残っているか、他の場所も、探してみましょう」


(………)


「佐久間、待つんだ。もう一度、このエリア以外の、空気測定をしてからだ。他にも、水銀があったら、堪らんからな。同僚に、応援を要請する」


 三十分後、連絡を受けたメンバーが、アパートに到着し、手分けして、洗浄作業と成分測定を行った。


「氏原先輩、冷蔵庫の背面と、洗濯機の脇、下駄箱の奥からも、水銀のカケラが見つかりました。放置していたら、全員、危なかったですよ」


(……確定したな)


 洗浄作業が終わり、念の為、佐久間だけが、部屋に通された。土谷智洋の父親は、安全を図るため、敷地の外で、待つことになった。氏原は、科捜研としての、見解を告げた。


「明らかに、土屋知洋は、誰かに狙われた。自殺を図ることが目的なら、目の前に、水銀を置けば、済む話だし、目の届かない場所に、置く必要など無い。そもそも、薬学部でもない、普通の大学生が、水銀を使って、自死するとも思えん。科捜研(我々)は、裁判用の物的証拠として、検証記録を押さえておくぞ」


「ああ、そうしてくれ。私は、被害者(ガイシャ)の所有物を、洗ってみよう」


(明らかに、殺害の意図がある。水銀以外に、何か出れば、御の字だが…)


 佐久間は、本棚、テーブル、押入れを、隈無く見ていく。写真や手紙には、不審なものが無い。


(中々、出て来ないか。……ん、これは?)


 ○月○日、ナオと渋谷。


(……ナオ。手掛かりは、これだけか)


「氏原、今から、別行動したい。今日の結果を、藤田医師へ、説明しておいてくれないか?」


「構わんよ、何か、出てきたのか?」


「まだ、雲を掴む程度だ。システム手帳に、ナオという、名前を見つけた。大学の交友関係を、洗ってみようと思う」


 佐久間は、敷地の外で待機している、土谷智洋の父親に、声を掛けた。


「土谷さん、ご子息の大学名を、もう一度、教えてください」


「東京工業大学建築科の、三年生です」


「ここから、どの程度の時間で、行けますか?」


「近いですよ、徒歩で、十五分程度かと」


(直ぐに行けるな)


「情報ありがとうございます。土谷さん、ご子息の死は、先日お話した通り、他殺の線が濃くなりました。真実を明らかにしても、構いませんか?このまま、静かに、葬う事も出来ます。仮に、捜査を進める事で、ご遺族が、心を痛める結果になるやもしれません。ですが、真実を明かす事で、次の被害者を助ける事に繋がる。そう、信じています」


(………)


 土谷智洋の父親は、強い眼差しで、


「真実を、明らかにしてください。例え、両親(我々)が、悲しむ事になっても」


(………)


「承知しました。では、その旨を、捜査一課にも伝え、これより、殺人事件に切り替えます」

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