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不審死と遺族の想い(2024年編集)

 ~ 東京都 港区 ~


 佐久間たちは、通報を受けた、東京慈恵会医大に向かった。


 時間外のため、救急搬送口の守衛に、取り次いでもらい、救急搬送専用の廊下にて、通報者の医師を、待つことにした。


「警部、不審死ってことは、他殺ですかね?」


「どうだろうね。とりあえず、通報者を待とうじゃないか」


 救急患者の対応をしているらしく、中々、姿が見えない。


「全く、医者って奴は、人の都合を考えない。だから、嫌いなんです」


「まあまあ、山さん。通報してくれただけでも、有り難いと思わなきゃ。気長に待とう」


 待つこと、約四十分。通報した医師が、疲れた面持ちで、現れた。


「警視庁捜査一課の、佐久間と山川です。通報、ありがとうございます」


「お待たせして、本当に申し訳ありません。総合診療医の藤田です。四日前に、市販の解毒鎮痛剤と、アルコール多量摂取の疑いで、当院に救急搬送された患者(クランケ)なんですが、昏睡状態のまま、戻りませんでした」


(不審死と言ったな。どの部分なのか?)


「不審死とは、市販の薬を指すのですか?それとも、他の要因でしょうか?」


「実は、色々とあります」


「色々?」


「はい。まず、患者が発見される状況です。救急隊員の話では、女性の声で通報があって、救急隊員が、現場に駆けつけた時、部屋には誰もおらず、免許証が、自宅の住所になっていたので、何とか、家族に連絡がつきました」


(通報者が、いない?確かに、変だな)


 医師が嫌いな山川は、揚げ足を取るように、ケチを付ける。


「何故、その時点で、警察に連絡をしなかったのです?明らかに、初動ミスだ」


(………)


 藤田は、周囲を確認して、白衣からタバコを取り出すと、


「…一服しませんか?」


「構いませんよ、吸うのを我慢していたので、助かります」



 ~ 東京慈恵会医大 屋外 ~


 病棟の死角に設置された、二畳程の喫煙所で、揃って、タバコに火をつけた。


「そちらの刑事さんが、指摘される通り、本来なら、その時点で、連絡を入れるべきでした。東京慈恵会医大(うち)も、人手不足でして、報告が上がってきたのが、正直に言うと、昨夜なんです。医師同士、仲が悪いのも、報・連・相不足の要因で。申し訳ありません、単純に、病院側の失態です」


「ふん、当然だ」


「山さん、そこまでだ。事情は、分かりました。話を、前に進めましょう。本題の不審死というのは?」


「市販の解毒鎮痛剤と、アルコール多量摂取は、禁断の行為なんです。何年か前に、有名な政治家が、風邪薬を、アルコールと一緒に多量摂取して、昏睡状態で亡くなりました。この政治家は、無類の酒好きで有名でしたから、亡くなった報道を受けて、国民は、『やはりそうか、馬鹿なヤツだなあ』と、納得したので、世間は、そこまで騒ぎませんでした。でも、今回の患者(クランケ)は、まだ大学生です。飲み会で、酒を飲むことがあっても、部屋の中で、薬と酒を、多量に飲むとは思えない。ご家族も、『酒を飲む姿を、見たことがない』と言ってました」


(……なるほど)


「確かに、違和感を覚えますね。自殺の線も、否定出来ませんが、通報者が、いる時点で、自殺ほう助をした者なのか、他殺しようと企てたのか、判断が分かれますな。他に、何か、不審な点は、ありそうですか?司法解剖するには、他にも、目星があるのでしょう?」


(------!)


 藤田は、佐久間の質問に驚いた。


「ん?どうされましたか?」


「さすがは、警視庁捜査一課。普通、司法解剖の場合には、医師に任せきりで、結果しか聞かないし、興味がないのか、深くは、聞かれません。切り込んだ質問は、医師の立場としては、嬉しいですね」


「ご冗談を。何か、あるんですね?」


 三人は、新しいタバコに、火をつけた。


「検死の際に、身体を、隈無く触ってみたんですが、右手に、麻痺らしき、兆候がありました」


「死後硬直では、ないんですね?」


「ええ。時間的にも、死後硬直(それ)は、無いと思います。麻痺が、他にも、…そうですね、右側の足に、出ていれば、左脳側の脳梗塞が疑われますが、局部的には、あり得ません」


(………)


「どんな疑いが、脳裏に浮かびましたか?」


 藤田は、周囲を再確認する。


「…何か、毒物を盛られたかも」


 佐久間の、目つきが変わった。


「…行方不明の通報者に、毒物投与。他殺の線が、濃くなった。亡くなった患者さんの、司法解剖は、お任せするとして、発見された場所を、調べてみましょう。ご家族は、まだ病院に?」


「ええ、六階の待合室で、死亡診断書待ちです。警視庁の方が来ることは、知りません」


「分かりました。ご家族には、私から説明してみましょう。他殺の可能性や、捜査協力を打診してみます」


「ありがとうございます。司法解剖は、明朝から行います。昼過ぎには、粗方、分かると思いますよ」



 ~ 東京慈恵会医大 六階、待合室 〜


「土屋知洋さんの、ご遺族ですか?」


 他の患者に聞こえぬように、佐久間は、静かに声を掛けた。


「…ええ、そうですが?」


「沈痛のところ、申し訳ありません。私は、こういう者です」


(警察手帳?)


 土谷智洋の父親は、警察手帳の、意味を悟り、廊下へと移動すると、佐久間の言葉を、待った。


「ご子息について、お伝えしたい話があります」


「伝えたいことですか?」


「はい。ご子息は、自死でも、病死でも、事故死でもない。不審死の疑いがあります」


(------!)

(------!)


「医師からも、話を聞かれたと思いますが、ご子息が、飲酒しないのは、本当ですか?」


「はい、筋金入りの、酒嫌いです。体質的に無理だと、言っていましたから」


「今回の死因は、市販の解毒鎮痛剤と、アルコール多量摂取によるものです。通報した女性は、現場には、いなかったようです。医学的には病死ですが、警察組織(我々)は、他殺を疑っています。大切なご子息を、一秒でも早く、自宅へ帰したいとは思いますが、司法解剖を、強くお勧めします。ただ、司法解剖(これ)は、任意ですので、強制力はありません」


(……あなた)

(……ああ、勿論だ)


 土谷智洋の両親は、新事実に耳を疑いつつも、心の奥底で、腑に落ちなかった飲酒に対して、思うところがあるらしく、佐久間の申し出を、素直に受け入れた。


「息子の死には、どうしても、納得が出来ませんでした。両親(我々)としても、真相が知りたい。司法解剖を、強く希望します」


「分かりました。司法解剖は、藤田医師にお願いするとして、申し訳ありませんが、明日にでも、ご子息の部屋を、見せて頂けませんか?何か、手掛かりが、残されているかもしれません」


「…構いませんよ。お急ぎなら、これから、案内しますが?」


(------!)


 山川は、『待ってました』と、行く素振りを見せたが、佐久間は、静かに、右手で御した。


「…今夜は、ご子息の側に。ご家族だけで、お過ごしください。警察組織(我々)には、最期の時(その時間)を奪う、権利はありません、明朝に出直します。最寄り駅だけ、お聞かせください」


「息子は、東京工業大学に、在学していました。住所は、大田区北千束三丁目で、最寄り駅は、東急目黒線の大岡山駅です。……お心遣い、感謝します」


「では、明日、九時頃に大岡山駅前で。これにて、失礼します」


 簡潔に、挨拶を済ませ、病院を後にすると、佐久間は、山川に頭を下げた。


「山さん、申し訳無かった。山さんがの気持ちに、水を差した」


(------!)


 山川は、慌てて、佐久間よりも、深く頭を下げる。


「とんでも、ございません。…いえ、遺族の事を考えると、警部の配慮こそ、正しかった。誰だって、大事な家族との、一夜を大切にしたい。私の方こそ、空気が読めず、申し訳ありませんでした」


「…犯人の目星を付けないとな。明日の捜査に、日下を呼んで欲しい」


「分かりました、手配しておきます」


(…不審死か。明らかに、通報者が怪しいが、一筋縄ではないだろう)


 長い一日が、終わりを告げる。


 遺族にとっては、悲しみに覆われた、長い夜が始まろうとしていた。



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