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見え隠れする思惑(2024年編集)

 ~ 警視庁 捜査一課 ~


 佐久間が、坂田利之の身辺を洗っていると、山川が、戻ってきた。


「戻ったか、お疲れさま」


(………)


 山川の、表情が暗い。


「ん?どうした、山さん?」


「……申し訳ありません。自分がいながら、まんまと、逃げられました」


(まずは、状況整理だな)


「済んだことは、仕方がない。まあ、一服しようじゃないか」


 佐久間は、喫煙所で、事情を聞いた。


「警部と別れた後、小林かな子は、浜松町から浅草寺に、移動しました。日下と合流して、程なく、写真の男だと、思うのですが、小林かな子に接触したんです。遠くからですが、小林かな子が、その男に、何か手渡したので、身柄確保に踏み切りました」


「やはり、共犯だったか。それで?」


「飛び出す寸前に、小林かな子の携帯電話が鳴って、こちらを見ました。目が合ったと思ったら、二人は、別れて逃走。直ぐに、追いかけましたが、人混みと路地に阻まれ、逃げられました。本当に、申し訳ありません」


(………なるほどな)


 佐久間は、タバコに火をつける。


警視庁捜査一課(うち)が、尾行するのを、更に、尾行していた。益々、疑惑が増したよ」


(………?)


「疑惑ですか?」


「実はね、坂田利之の自宅前で、近隣住民から、面白い話が聞けたんだ。坂田利之は、二ヶ月程前に、勤務先に、浮気相手から、全裸写真が届いたそうだ。妻が、離婚すると、その住民に告げたらしい。この様子では、会社からも見放されて、降格か、解雇だろう。こんなに短期間で、浮気、解雇、離婚、痴漢が続く事は、あり得ない。少し、似てると思わないかい?」


「少し似てる?」


(………あっ!)


「佐伯頼宗の事象と、何だか、似てますな」


「その通りだよ。谷口文子が、どこまで噛んでいたのか、まだ不明だが、佐伯頼宗は、じわじわと追い詰められて、完全に退路を断たれた。そして最後は、生を諦めたイメージが強いんだよ。坂田利之も、痴漢騒ぎで、あのビルの一角に追い詰められ、生を諦めて、自殺を図ったのかもしれない。これが、精神状態を操作(マインドコントロール)する手口なら、犯人(ホシ)は、同一人物かもしれない」


 佐久間は、その場で、日下に電話を入れる。


「お疲れさん、山さんから事情は、聞いた。喫茶店で、一服してからで、構わんから、浜松町駅に向かってくれ。小林かな子の、住所を調べるんだ。偽名と、偽住所かもしれんが、事実確認を済ませてくれ」


「お言葉に甘えます。住所をあたってから、戻ります」


 電話を切った佐久間は、少し、考え込んだ。


(………)


「どうされましたか?」


「…いや、何か、大事な何かを、思い出しそうになった」


「大事な事ですか?」


「何か、昔、似たような捜査をしたかと、思ってね」


「昔ですか?」


(………)


「何でも無い。それよりも、山さん。今から、坂田利之の勤務先に、行ってみようじゃないか?降格にしろ、解雇にしろ、事実確認は必要だ」



 ~ 港区 坂田利之の勤務先 ~


 京浜本線の北品川駅で下車した二人は、港区港南二丁目にある、坂田利之の勤務先で、事情を聞くことにした。受付を通して、経緯を説明すると、程なくして、一人の男性が、ロビーに降りてきた。


「人事部の、吉田と申します。…()()()が、何か?」


(元か。…やはり、解雇されていたか)


 元社員と、釘を刺した事から、明らかに、壁を作ろうとしている。


「警視庁、捜査一課、佐久間と申します。数時間前に、坂田利之さんが、自殺されましてね。自殺の背景を、色々な線で、洗っています。坂田さんの自宅に伺ったら、近隣住民から、色々と噂話を聞きましてね。少し、その噂話について、真相を聞かせて頂きたい」


(…自殺した?坂田(あいつ)が?)


 吉田は、動揺を表に出さず、壁を作り続ける。


「現社員ならともかく、元社員のことで、お話することは、当社の義務では無い。…お引き取りを」


「何だと!」


 山川が、瞬時に、噛み付いた。


「まあまあ、山さん。吉田さんと仰いましたね。あなたの発言は、正論で、義務で無いのならば、結構です。今日は、このまま帰りますが、自殺から他殺へ、切り替えて捜査しますので、今度は、()()に、家宅捜査の令状をとり、臨ませて貰います。もちろん、社長室をね」


(------!)


 吉田が、動揺を見せ始める。


「ちょっと、お待ちください。何故、元社員のせいで、当社(うち)が、家宅捜索を受けるのですか?意味が、分かりません」


 佐久間は、ほくそ笑んだ。


「元社員でも、自殺した原因が、勤務先にあるかもしれない。誰かに脅されていなかったか、勤務先の隠蔽は、無かったか。自殺原因(それ)を、潰していかないと、前に進まないのですよ。なので、人事部ではなく、社長さんに、直接伺いますから、お目にかかる事もないでしょう。では、後日」


 颯爽と引き上げる佐久間に、痺れを切らすように、吉田が、『待った』を掛けた。


「…中々、強引な、手を使いますな。このままでは、社長に叱責されます。…少しだけですよ、屋上に行きましょう」


 佐久間たちは、無言で頷いた。



 ~ 坂田利之の勤務先、屋上 ~


「…この場所で、坂田に、解雇を告げました」


「浮気相手が、全裸写真を勤務先に送って、浮気を知った奥さんが、『頭にきたから、離婚する』と、近所の方に、話していたようですが、ご存じですか?」


(奥さんが?)


「それは、初耳ですね。坂田は、ある女性と、一線を越えました。不倫(それ)は、大人の世界ですから、組織としては、介入する気は、ありませんでした。だが、『坂田に、強姦されたから、坂田と当社を訴える』と、訴状が届きました。全裸写真入りでね。当社としては、これを、表だって扱う訳にはいきません、当然、その事を坂田に告げ、納得させました」


「私が、住民の方から聞いた話と、少し違う部分がありますね」


「そのようですね。少し、違和感を覚えるのですが、坂田の奥さんは、どうやって、その女性の事を知ったのでしょうか?人事部は、この件を、不倫した相手から知り得ました。ほぼ同じタイミングで、奥さんから、離婚届が人事部宛に届いたんです」


「そう言われてみれば、タイミングが良すぎますな。坂田の自宅に、直接、不倫女性が乗り込んで、事実を告げた。その際に、勤務先にも、写真を送ったと、言わない限り、坂田の妻が知る術は無い」


「……警部」


「一点、確認なのですが、坂田と、その訴えた女性は、何度も、逢瀬を重ねていたのですか?」


「それは、無いと思います。訴状を見る限り、一夜だけでしょう」


「……となれば、坂田の妻と、その不倫相手は、共犯の線がありますね。たった一晩の付き合いで、自宅の住所、勤務先まで、分かるはずがありません。坂田の妻が、不倫相手に依頼し、坂田を誘惑させる画策をした。既成事実を作って、離婚届を郵送した。…そうで無ければ、近所にペラペラ、夫の不貞を話す事も無いでしょう」


「刑事さんの話が、正解だとすると、坂田は、騙された。…みたいですね」


「その女性の氏名、写真など、見せて頂けますか?」


「差出人は、小林かな子。写真は、これです」


 吉田は、状況に応じて、提示するつもりだったのだろう。胸ポケットから、写真を取り出すと、惜しみなく提示する。


(中々の策士だな。流石は、人事部といったところか。……ん?)


「山さん、確か、先程の被害者は、小林かな子って、名乗ったね。全くの、別人だぞ。やはり、嵌められているな」


「本当ですね、おかしな事ばかりです」


(………?)


「小林かな子が、何か?」


 佐久間は、事情を説明した。


「坂田利之は、本日、自殺を図る前に、一悶着ありましてね。浜松町駅で、痴漢容疑を掛けられて、逃走したんです。浜松町駅の駅舎で会った、痴漢被害者が、小林かな子と、名乗っていました」


(小林かな子?)


「同姓同名ですか?」


 佐久間は、即座に、否定した。


「このタイミングで、同姓同名などあり得ません。それに、一晩過ごした相手を、坂田利之は、間違えるはずもない。強姦されたと、訴えた小林かな子に、痴漢されたと、訴えた小林かな子。どちらも、坂田利之が絡んでいる。この事から、第三者が、絵図を書いて、自殺まで導いた。そう考えると、辻褄が合う」


「すると、坂田を解雇した事は、間違いだった。もっと、親身に、彼の話を聞くべきだった。…でも、組織を守るためには、坂田を切るしか、無かった」


解雇の議論(それ)について、警察組織は、干渉しません。結果論として、経緯を照合して、分かった事実ですから、当時の事を、誰も知る由も無いし、裁けませんよ。他には、何かありますか?」


「人事部としては、この事案だけしか、分かりません。でも、坂田が、所属していた営業一課なら、他の話を、聞けるかもしれません。案内しましょう」


 吉田は、佐久間たちを、営業一課に案内すると、その場にいた者に、声を掛けた。


「皆さん、少しだけ、手を止めて、聞いてください。元社員の、坂田利之さんが、本日亡くなったそうです。ここに、警視庁捜査一課の方が、お見えです。何か知っている事があれば、情報を提供してください」


「坂田さんが?」

「誰か知ってるか?」

「解雇されて、自棄を起こしたか?」

「自殺だよね?」


 ざわつく営業一課内で、女性事務員が、思い詰めた様子で、口を開いた。


「…あの、すみません。坂田さん、確か一度、変な電話を受けて、慌てて外出した事を、今でも覚えてます。取り次いだのは、私なので」


(変な電話?)


「それはいつ、どこからか、覚えていますか?」


 女性事務員は、カレンダーと時計で、日時を追った。


「えーと、確か、一月八日の、夕方頃でした。『タイユウクレジットの田所』って、名乗りました」


(…また、田所か。…やはり、同一犯だな)


「それで、電話後、坂田はどうしたんだい?狼狽えたのかい?」


「年始の挨拶をしてなかったから、叱られたと。営業回りに行くと言って、慌てて、出て行きました。一時間くらい経って、『体調不良になったから、直帰する』と、電話が来ました」


(おそらく、この段階で、田所に会った。体調不良になったという事は、田所に何かを言われたか、何かをされた。…この時から、坂田利之への妨害が始まったかも、しれないな)


「そうですか、有益な、そして、勇気ある情報を、ありがとうございます。この一言が、捜査の進展になるかもしれません。もし、他にも、思い出したら、この電話番号に、情報をお願いします」


 佐久間たちは、丁寧に挨拶をしてから、坂田利之の勤務先を後にする。


「…警部、また田所ですね。このところ、何かにつけ、必ず、名前が出て来る」


(………)


「何件、田所が関与しているのか、不明だが、何とか、田所に近づく方法を、考えてみよう」


「そうですね、地道に、聞き込むしかありませんね」


(…やはり、私は、この違和感を知っている。…どこで、誰と?…探ってみるか)


 見え隠れする、田所の特徴に、佐久間は、何かを思い出そうとしていた。

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