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7話 不穏の足音

「そういえばリアは三ヶ月ものあいだ何処に行っていたんだ? いつもなら国に戻るにしても一週間もすれば戻ってきているのに」


 当初はこんなに離れるなんて珍しいこともあるものだと思っていたのだが。

 私の言葉でリアはココノハをからかうのをやめる。


「その件でホシミ様にご相談がありますの」


 神妙な面持ちで椅子に座りなおしこちらへと向き直った。


「実は、南国の龍人(ドラゴニュート)の国が再び我が国へと戦を仕掛けるという話を聞きまして、真偽を探っていたのです」


「まさか。シィナには連絡はつかないのか?」


「はい、残念ながら……」


 悲しげな表情で頷くリア。


「あのー……」


 蚊帳の外だったココノハがおずおずと手をあげる。


「どうした?」


「シィナさんって誰です?」


 至極当然の疑問だった。リアとも初対面だったココノハは誰のことか分からないだろう。


「シィナはリアと同じ龍人(ドラゴニュート)だ。この塔の四階に部屋を貸している」


「ええ。わたくしのかけがえのない友人ですの」


「なるほど。そういえば三階から五階はすでに住人がいるって言ってましたね」


 そっかそっか、と呟くココノハ。

 どうやら自分なりに納得したようだ。


 シィナと初めて出会ったのはリアと出会ってから二、三年経った頃だった。

 今から三百年前ほど前に、北の龍人(ドラゴニュート)と南の龍人(ドラゴニュート)は歴史に残る大きな戦争をした。

 大きな被害を出したが、結果、北の龍人(ドラゴニュート)が勝利。戦の引き金となった戦争犯罪者の処刑と、南国の龍人(ドラゴニュート)の姫『炎龍サウズーシィナ』を百年間虜囚として北国で生活させることとなったのだ。


 現在両国は和解し、平和が戻ったといえる。軟禁生活を受けていたシィナを不憫に思ったリアが気に掛け、いろいろあって友人となり、両国の架け橋となったのが大きかった。


 シィナはリアにとって初めての対等な立場の友人である。

 そして私にとっても家族のような存在である。

 強力な力を有する龍人(ドラゴニュート)とはいえ、彼女の安否が分からないのは不安だった。


「普段は不在の者の部屋へは入れないようにしておくのだが……。事情が事情だ。シィナの部屋に行ってみよう」


 一年ほど前にしばらく国に戻らなければいけなくなったと言って出て以来、一度も戻ってきていない。

 何かに巻き込まれた可能性は非常に高いと思う。

 私たちは転移陣に触れて四階へと向かった。





 ーーーーーー






 シィナの部屋は閑散としていた。

 元々、あまり物を持たない性格ではあったのだが、家具以外の私物は殆ど無かった。


「リア。シィナの部屋は前からこんな感じだったのか?」


 よく部屋を行き来していたリアに尋ねる。


「いいえ。あの子は私物こそ少ないですけど、こんなに片付いてはいませんでしたわ。なんていうか……」


 部屋をぐるりと見回して口を開く。


「自分が居なくなることを想定していたみたいですの」


 友人として長くシィナと接してきたリアだ。

 考えることもよく分かるのだろう。


「何か残されていないか探し」

「手紙みたいなのがありましたよー」


 言葉を遮るようにココノハがやってくる。

 物色するの早すぎるだろう。衣服を収納していた引き出しを片っ端から開けたな。ああ、服をあんなに散らかして。


「そうか。取り敢えず後でそのぐちゃぐちゃになった服はしっかり片付けておくように」


 はーい、なんて言いながら目をそらす。

 まったくこの娘は。


 ココノハから手紙を受け取り中身を取り出す。

 それをリアに手渡し、読むように促した。


「こ、これは……!」


 手紙を開いたリアは、少し目を通したあと声を上げる。そしてそのまま折りたたんでしまった。


「リア?」


「これはあの子の名誉の為に封印いたしましょう。わたくしは何も見ていませんわ」


「何が書かれているんだ」


「わたくしからはちょっと……。あ、ココノハちゃん。これを公開するかどうか意見をくださりません?」


 ココノハを手招きしてそっと手紙の内容を読ませる。


「これは……。ダメですね。こんなものを晒されたら一生の恥になります。わたしなら死にますね」


 そう言って再び手紙を閉じる。


「いったい何が書かれているんだ……」


 気にはなるが、二人がこう言う以上、中身は見ないほうが良いのだろう。

 世には知らないほうが幸せなこともあるのだ。

 ……たぶん。


 謎の手紙は一先ず忘れて、部屋の探索を開始した。

 私が見ている本棚は本が殆ど無く、代わりに空いた場所を埋めるように猫のぬいぐるみが置かれている。


 ココノハの方を見ると、散らかした衣服を片付けているところだった。

 派手な色の下着や、これは服なのか? というようなものを見ては、おおーとか感想を漏らしたり、赤面したりしている。


 リアは机を調べていた。

 鍵のかかった引き出しをどうにか開けようと頑張っている。

 しばらくいろいろ試していたが、思いついたように魔術器官を駆動させ、水流刃(ウォーターカッター)で鍵を切り裂き破壊した。


「開きましたわ!」


 鍵は切断され無残な姿を晒している。

 少し力技過ぎると思ったが、そこは敢えて問い質さないことにした。


「中には何がある?」


「えっと……。一枚のメモと、写真ですわね」


 私も机の引き出しを覗き込むと、メモと一緒に大事そうに仕舞われていた写真があった。以前撮影したリアとシィナの写るものが複数枚と私が写っているものが二、三枚。北国の王宮で撮ったものまである。


「この赤い人がシィナさんですか?」


 いつの間にか側にきていたココノハが写真を覗き込んで言う。


 リアの隣には、赤い長髪を左右で結んだ、赤目の愛くるしい少女が写っている。写真の中の彼女たちは幸せそうに微笑んでいた。


「そうだ。リアと同じで角と翼もあるだろう?」


「ああ、ありますねえ。リアさんと違って色は赤いですけど」


「それはそうですわ。わたくしの先天守護属性は『青』で、あの子は『赤』ですもの」


 龍人(ドラゴニュート)は属性の影響が表に出やすい種族だ。

 特に髪や翼は大きく影響を受ける。


「そういえば炎龍? とか言ってましたね。会ったことはありませんけど、なんかこの人……」


 言葉を区切る。何かを言うべきかどうか迷っているのだろうか。やがて意を決して続きを述べる。


「とってもチョロそうですね」


「とってもチョロいですわよ」


 ココノハの言葉に即座に同意するリア。


「でもそこがあの子の可愛いところなんですのよ」


 頬に手を当てて微笑んでいる。

 フォローになっていないような気もするが、流しておくことにした。


 彼女たちがシィナの話題に夢中になっている間に、メモを見る。

 メモにはこう書かれていた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 最近、国が騒がしくなってきた。噂では

 あの戦争犯罪者として処刑された者の一族が

 国に叛意を持っており、活動しているらしい。

 なぜいまになってという気もするけどそんな

 つまらないことであたしとリアの平和を

 叩き潰せるとでも思ってるのかしら?

 ライゼル卿が謀叛を企てているのは知ってた。

 殺人鬼を雇ったなんて噂もある。叛乱の

 支援を行なっている証拠はまだだけど

 逃げられるとは思わないことね。

 綺麗に掃除してあげる

 てきに情けはかけないんだから……!



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 なんだこれは。なんとなく文として読めるが、何か他のことを伝えようとしているようにも思える。


 先ずは分かる情報から処理していこう。


 ライゼル卿は、南国に昔から仕えている重鎮の貴族だったはずだ。弱冠800歳で内政を取り仕切り、国の雇用を増やし、開墾を奨励した。彼のおかげで南国全体が豊かになりつつある。多くの民からも慕われていたはずだ。

 そんな国に尽くす彼が謀叛を企てるというのは俄かには信じ難いが……。


 他にも気になるのはライゼル卿が雇ったという殺人鬼だ。

 噂の域を出ていないのかもしれないが、留意しておいたほうが良いだろう。


 そして戦争犯罪者の一族たち。

 そもそも、彼らの親族が処刑される原因となったのは、自国の民を暴力により支配し、従わせ、捕らえた敵国の人間に非道の限りを尽くしたからである。


 仕出かしたことを考えれば一族郎党皆殺しにならなかっただけ温情があったはずなのだが……。

 裏に扇動する人物がいる可能性がありそうだ。それがライゼル卿か、別の人物かはわからないが。


 最後に、このメモは一年以上前のものだということだ。

 シィナが帰ってこない状況を鑑みるに、事態はより悪化していると思って間違いない。


「ふむ……」


 兎にも角にも情報が足りない。

 鏡で世界中を見渡すついでにシィナの国も見ていたが、外からでは詳細は分からない。

 私を警戒してまだ表立って活動していないだけかもしれないが、これ以上の情報を得るには直接現地へ赴くのが良いだろう。

 噂にでもなっているのであれば、住人の会話にものぼるはず。


「リア。ココノハ」


 写真について話していた二人を呼ぶ。


「如何なさいました?」


「何か分かったんですかホシミさん」


「ここに書いてある内容以上は分からん」


 そう言ってメモを二人に見せる。

 読み終わった頃を見計らって言葉を続けた。


「私は詳細な情報を集めるために南国に向かう。二人はどうする?」


「わたくしは共に参りたいですわ」


 リアは即答する。もともとシィナの件を知らせてくれたのは彼女だが……。


「危険だと言っても聞かないのだろう? 君は龍人(ドラゴニュート)にとって有名人だ。変装はしっかりするように」


「はいですわ!」


 リアは、断られてもついて行くという覚悟を決めた眼をしていた。

 どうせ来るのなら勝手に行動されるより共に行動した方が危険は減る。

 気合いを入れるリアの隣に視線を移す。


「うーん……。これって行かないと塔に独りぼっちですよね」


「危険があるかもしれない。無理に付いてこなくてもいいんだぞ。ちなみに、ココノハにも結界を通れる術式を組み込んだから自由にどこかに出かけても構わない」


「いつの間に!」


 大仰なポーズで驚愕の声をあげるが、すぐに真顔に戻る。


「わたしもついて行きますよ。仲間外れは寂しいです。それに……」


 ココノハは私の顔を見つめ、微笑んだ。


「戦力は多い方がいいと思います」


「まだ戦闘を行うかは分からんがな」


 リアと顔を見合わせて苦笑する。

 これで全員の南国行きは決まった。


「目的は連絡のつかないシィナの安否確認と、南国で何が起こっているのかの調査だ。明日までに各々準備を整えておくこと」


「はい!」「はいですわ!」


 返事をして二人は先に部屋を出て行く。

 その背中を見てから再びメモを開いた。


「さいあくになったらころしにきて……か。ふん馬鹿馬鹿しい。誰がお前を見捨てるものかよ」


 メモをぐしゃりと握り潰す。

 そのままローブのポケットにねじ入れ、シィナの部屋を後にした。



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