4話 責任取ってください
「いただきまーす」
ろくに食事も出来なかったので消化に良いようにとたまご粥を作ったのだが、一週間ぶりの食事とあって、食べるペースが速かった。
どんどん粥を掬っては頬張るココノハを見て、思ったことを言った。
「しばらく食事をしていなかった胃にそんな勢いよく食べ物を入れると吐くぞ。よく噛んでゆっくり食べるんだ」
「うぐ」
私の言葉に口の中に突っ込んだスプーンをゆっくりと抜く。
「裸を見られた挙句吐いたところまで見られるとかさすがに死にたくなるので忠告に従っておきます。しかし、美味しいです。料理できたんですね。仕事で料理している人以外の男性は料理出来ないと思っていたんですけど」
「それは偏見というものだ。料理なんぞ、先人が残した調理法通りに作れば誰でもそれなりに食えるものが出来るだろう。それすらも出来ないようなのは知らん」
世には料理を作っていたはずなのに何故か料理じゃないモノが出来上がる人物がいるがそんなものはごく少数である。
「食べながらでいいんだが、君はこれからどうするか考えているか?」
もごもごと口を動かしながら小首を傾げるココノハ。
「メサへ行く途中だったのだろう。海を見るとかいっていたと思うのだが?」
「あー」
気の抜けた返事が返ってくる。
少しだけ思案したあと、スプーンを私に向けた。
「あなたはわたしの裸を見ましたよね」
「全身血塗れで傷だらけの君を看病したのは私だからな。というかスプーンで人を指すな行儀悪い」
「あなたは純森精種について知識があるんですよね。ならわたしたちの種族のしきたりも知ってるんじゃないですか?」
あくまでもスプーンは降ろさないで言葉を続けるココノハ。
しかし純森精種のしきたりなんて何か……あったな。それも究極に面倒臭いのが。
「『自身の肉体を見せる異性は伴侶のみ』というやつか? というかあれは緊急事態だろう。そもそも、旅に出るようなはぐれにそんなこと言われるのは釈然としない」
「あー! やっぱり知ってるじゃないですか! たしかにあなたの言う通りわたしははぐれですし、緊急事態でしたでしょう。でもそれとこれとは話が違うんです! 責任! 取ってください! せーきーにーんー!」
子供のように駄々をこねる。足をジタバタさせたりスプーンを振ったり机をバンバン叩いたりやりたい放題だ。
「それにあなた、どうせ普通の人間じゃないんですよね。なら丁度いいじゃないですか、不老長生の美少女嫁ですよ?」
ほらほらと煽ってくるがそこはひとまず置いておいて。
「見た目は只人のはずだが、何を持って普通の人間じゃないというんだ?」
ただ単に何故そう思ったのか聞いたのだが。
「だってあなたの『魔術器官』、見たことのない色してますよ」
予想をはるかに上回る回答が返ってきたのだった。
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この世界には、先天的に付与される属性がある。
先天守護属性と呼ばれており、これに該当するのは六色。
炎熱と力を司る『赤』、水氷と治癒を司る『青』
土石と豊穣を司る『黄』、風木と精神を司る『緑』
雷光と空間を司る『白』、闇冥と時間を司る『黒』である。
人はみな、いずれか一つの属性を持っており、すべての事象もまたこの六色で表せる。
『魔術器官』を持つ者は自分の先天守護属性に沿った魔術を習得して使うことは可能だが、自身の属性以外の魔術は習得不可能なのがこの世の理だ。
ココノハは風の魔術を使ったと言っていたので、先天守護属性は『緑』となる。
『緑』の属性が風の他に使える魔術は木や精神干渉系のほか応急処置程度の簡単な治癒魔術だが、どうやらまだ未習得のようだ。
さて、そんな『魔術器官』であるが、私のものは例外であるらしい。
過去、ココノハ以外にも『魔術器官』の色が視える人物がいた。その人物に言わせると、私の『魔術器官』は『紫』らしい。
全属性の魔術を扱えるという破格の性能を持つ、神の領域に足を踏み入れた人ならざる者の証───。
ーーーーーー
「『魔術器官』の色が視える人物と出会うのは二度目だ。君はつくづく私を驚かせる」
軽くため息を吐いて小さく首を振る。
「さて、では確認のために聞こうか。私の色は何色かな?」
「『紫』です。六属性以外の色を見るのは初めてですけど、なんですかこれ。何をどうしたらこんなことになるんですか」
「即答か。色も以前に言われたものと同じだ。本当に視えるのだな」
私を見るココノハの目が徐々に鋭くなっていく。
しばらく睨みつけるように見ていたが、やがて興味を失ったのか残りの粥を食べはじめる。
「ま、いーんれすへど。わらひにははんへーらいれふひ」
食べながら喋るのは行儀が悪いというのに平然とやってのける自称・乙女。
「ほんらほとより」
「飲み込んでから話せ。はっきり言うが乙女にあるまじき醜態を晒してるぞ」
うぐぅと変なうめき声を上げたあと、口の中のものを飲み込んでから口を開く。
「責任取ってくれるんですか」
「君こそいいのか。そんな簡単に決めてしまって」
「簡単じゃないですー。そりゃああなたがわたしを襲った盗賊みたいな輩だったら隙を見て殺してから一人で逃げますが。死人は数に入りませんからね」
そう言ってころころと笑うココノハ。
ひとしきり笑い終えたあと、真面目な表情でこちらに向き直る。
「それに、あなたはわたしを助けてくれました。本来なら死んでもおかしくなかった、いや間違いなく死んでいた傷です。生命の恩は生命で返す。亡き母の教えです。生命を救ってくれたあなただからこそ、わたしは生命を捧げられるのです。だからどうか、わたしをあなたの側に置いてください。お願いします」
姿勢の良いお辞儀で頭を下げる様子を見て、この娘は良い教育を受けたのだなと感じさせた。
「……一応、最後の質問だ。本当にいいのか?」
「はい。あなたが善を為そうと、悪を為そうと、わたしはあなたと共に参ります」
迷いなく即答するココノハを見て、彼女の覚悟を感じた。
私も覚悟を決める必要があるな。
「そうか……。私は君を受け入れよう、ココノハ。あいにくと人を辞め、時のくびきから外れた身だが、人間であることまでは辞めたつもりはないからな」
そう言って手を差し出す。
ココノハも私の手に乗せるように重ねた。
「森精種の契り方まで知ってるんですね。本当に不思議な人です」
微笑みながら語りかけてくるココノハは少し楽しげだ。
「なに、これでも人より少しだけ長く生きているのでな。年の功というやつだよ」
こちらも軽口のように返す。
そして触れた手に意識を集中させた。
「我等、これより苦楽を共に歩む者」
「死が二人を別つまで永遠に貴方を愛します」
「「誓いをここに、偉大なる森の神よ。我等、これより夫婦とならん。どうかその恵みを持って汝の子らを長久に見守り給え」」
祝詞を紡ぎ終えると、光を放ち結ばれた手を暖かく包み込む。
光が消えると、右手の薬指には指環が嵌められていた。
「相手の魔力で出来た指環を右手に嵌めることで婚姻とする、か。相変わらず不思議なことだ」
ココノハの先天守護属性である『緑』の指環をしげしげと眺める。
「わたしもやるのは初めてですけど、不思議でしたね。というか見てくださいよわたしの指環。紫色ですよ。ふえー、すっごいですねえ」
彼女の右手に視線を向けると、紫色に輝く指環が部屋の明かりを反射して煌めいていた。
ひとしきり指環の感想を述べてから、こちらへ満面の笑みを向ける。
「これからよろしくお願いしますね。だ・ん・な・様。きっと後悔はさせませんから」
彼女の笑顔に魅せられてしまった私は、照れ隠しに自身の首へと手を触れるのだった。