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2話 ココノハ

 少女を治療してから、一週間が経過した。

 いまだ目を覚まさないが、無事に峠を越えたため、体力が回復すればじきに目覚めるだろう。

 死ぬ間際の状態からよく持ち直したものだと感心する。


 お茶が入った湯呑みを口に運び、ひと息吐く。

 少女にベッドを貸し与えているためしばらくソファーで寝ていたが、慣れない寝床だったからか身体が少し痛むので身体をほぐす。

 軽くほぐし終わると手持ち無沙汰になって少女を眺める。


 この一週間、ぼんやりと眺め続けた顔だ。

 肩に届かないくらいの金色の髪、美形と評されるほどに整った顔に小さな鼻と口。そして只人(ヒューマン)の倍はあるかという長い耳。

 身長は140センチほどだろうか。只人(ヒューマン)で見るなら10歳前後なのだろうが、長命種の森精種(エルフ)である。軽く見積もっても三百年以上は生きているだろう。

 白い肌は花柄のワンピースに包まれている。ずっと帰ってこない同居人の私物を勝手に借りたが、まあ、問題無いだろう。どうせ着ない。


 陽が傾き始めた頃、穏やかな表情で規則正しい寝息を立てる少女に、覚醒の兆しが見えてきた。しばらくするとむずがるように眉を寄せ、喉を鳴らし、薄らと目を開ける。

 視線を動かして周囲の状況を確認しているようだ。直ぐに飛び起きたりせず、まずは状況把握に努めるということを自然にやってのける様子を見て、何度も危地を潜り抜けてきたのだろうと予想させた。

 やがて少女はこちらへ視線を向ける。

 私の姿を見たとき、一瞬小さく(すく)んだ。

 男性がいたからだろう。様子を伺っているのが感じられるが、こちらには敵意も悪意も害意もない。

 少女が起き上がるまで待つつもりでいた。


 五分ほど経っただろうか。

 埒があかないと思ったのか起き上がろうとする。

 しかし一週間も寝たきりだったせいかうまく力が入らず、よろけてしまった。

 落ちそうになった少女を支える。


「一週間も気を失ってたんだ。あまり無理をするな」


 少女をベッドに座らせてから離れる。

 翠色の瞳が私を見ていた。


「ここは、どこ……ですか?」


「ここは私の住処。呪いの森と呼ばれる場所の中心だ」


「ここが? そんな……」


 少女の表情が暗くなる。大昔から存在する森であるため、この森には様々な伝承が残されている。

 曰く、悪しき心を持つ者は森に嫌われる。

 曰く、()き心を持つ者は森に拒絶される。

 曰く、森の中心には楽園がある。

 入ることの不可能な喪われた楽園、その入口がここなのだ、と。

 そしてその楽園に一度足を踏み入れたら二度と出ることは叶わない。


 生者が弾かれるのは私が幾重にも重ねて貼った結界のせいで、中心にあるのは私の住んでいる塔であって楽園などは一切ないのだが。


「伝承にあるような楽園などではないんだがね。さて私からも聞きたいことがあるのだが大丈夫か?」


「は、はい」


「私の名はホシミ。君の名前は?」


「ココノハ……です」


「気を失う前のこと、思い出せるか? 何があったのかある程度予測は出来ているが。無理なら無理で構わない。私がココノハを見つけたとき、君は血塗れでね。全身傷だらけで、生死の境をさまよっていたんだ」


「じゃああなたがわたしを?」


「ああ。そういえば一つ謝っておかなければいけないことがあった。今ここには私しか居なくてな、汚れた服を着替えさせたときに裸を見てしまっ」

「ちょっ、ええーーーーーー!!!!!???」


 私の言葉を遮るようにココノハの驚愕の声が響く。


「ままままま待ってください! 見たんですか? 一糸纏わぬ姿を? 乙女の柔肌を!?」


 顔を赤面させてパニックになりながら問いかけてくるココノハに、頷いた。


「あんな血だらけでボロボロの薄汚れた雑巾みたいなもの着せたままに出来るか。不衛生過ぎるだろう。ベッドも汚れてしまうし」


「そ、そんな……。ああ、ごめんなさいお母様、わたし、命を救って頂いた殿方に辱められてしまいました……」


 うなだれて顔を手で覆い、虚ろな声を出すココノハ。


「何もしていないから辱めるとか人聞きの悪いこと言わないでほしい」


 私にとってはあくまで介護、看病でしかなかったのだが、こうまで落ち込まれるとは思わなかった。


「まあそんなことは置いておくとして、君は記憶はしっかりしているのか?」


「そんなこと……乙女の柔肌を、視姦しておいてそんなこと……」


 死んだ目をしながらボソボソと呟いていたが、気を取り直すように咳払いをして切り替えることにしたらしい。


「気を失う直前のことはぼんやりとしててはっきりは思い出せないんですが、どうしてああなったかまでは憶えてます」


「そうか、なら記憶と情報の整理がてら話してくれるか」


「わかりました」


 大声を上げたことで緊張の取れた、あるいは吹っ切れた様子のココノハは、何があったのかを話し始めた。



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