18話 龍人戦争:終結
炎龍皇の治療を終えて、早六ヶ月が過ぎた。
ダーラストたちと合流した私は南国の兵たちと熾烈な戦いを強いられていた。
戦況は膠着し、攻めては守ってを繰り返していた。後に本隊も合流したが、未だ攻め落とすことは出来ていなかった。
流石は世界最強の種族、龍人である。数こそ少ないが、兵一人当たりの戦闘力がとても高い。
更に戦いは長引いてしまう……そう思われたのだが。
戦は呆気ない終幕を迎えた。
なんと敵の首謀者たちがこのままではまずいと思ったのか逃亡したのだ。残った者たちは責任の押し付け合いで勝手に内部分裂を起こし、その隙に虐げられてきた民たちによる南国解放軍の面々がこちらに有利になるよう働きかけてくれたのも大きい。
これにより、敵軍を撃破。市中を制圧する。王宮は既にもぬけの殻だったため、事実上の勝利となった。
逃走を警戒して包囲網を形成していたため、首謀者たちを国外へ取り逃がすこともなく、これにて北国と南国の龍人たちが争う戦は終わる。
ーーーーーー
「というのが龍人戦争の流れだな。この後は賠償だの条約だの首謀者全員処刑だのがあったがまあ瑣末事だろう」
「いやいや、全員処刑とか穏やかじゃないですから。絶対瑣末事じゃないですって」
「そう言われてもな……」
彼等がやったことは決して許されないことだ。
国王暗殺未遂に国家転覆、果ては恐怖で民を縛り押さえつけ暴虐の限りを尽くすと様々な禁忌に触れた。
むしろ、一族郎党皆殺しにならなかっただけ優しいといえるだろう。
「ふんっ、どうせやるなら首謀者の一族郎党皆殺しにするべきだったわ。中途半端な優しさは禍根を生むんだから」
鋭い目付きで空を睨むシィナ。中々過激な発言だが、そう言いたくなる気持ちも分からないでもない。恐らく今も彼らの遺族とのゴタゴタがあるのだろうことは容易に推測できた。
「まあ、そんなことはどうでもいいのよ。や、国としては何とかしないといけないんだけど、それはあたしの問題だから置いといて。あの戦争のあとあたしは何故か北国に行くことになったのよね。復興を手伝うつもりだったのに肩透かし食らっちゃったわ。あれってなんでなの?」
意味がわからないとばかりにこちらを見るシィナ。炎龍皇から説明されていないのだろうか。
「南国は被害者ではあるが、建前とか見栄とか色々あってな。あとは未だ不穏分子が燻っているかもしれない国に娘を置いておけないという炎龍皇の優しさだろう。そのせいで名目としては戦争による賠償を支払い終えるまで虜囚としてシィナは北国で百年過ごすことになったが、実はそれだけが理由ではないんだ」
どういう事? と言いたげに首を傾げる。
「リアの友人になれないかと思って二人の父親に私から話したんだ。お互い姫という対等な立場での友人などいなかったろうからな。国の長同士の交流も大して無かったということだし、二人を通じて国同士の仲も取り持ってくれることを期待されていた。つまりは政治的な判断だよ」
国同士を繋ぐ友好の架け橋となる。二人は奇しくもそれを成し遂げてしまった。
これにより交流の少なかった両国は政治・軍事において協力していくこととなる。
「わたくしは何となくですがそんな意図もあるのではと思っておりました。ですがシィナと友人になったことに邪な意思などありませんわ。わたくしがこの子と一緒に居たいから、手を取り合ったんですの」
「リア……」
シィナはリアの言葉に感極まる。思惑などなく、ただ共に居たいからというのは彼女たちの立場から考えるとあまりに難しい問題だったのだ。
「結構面倒くさい手順踏みますねえ」
「国同士というのはそういうものらしい。私には治めたことがないからよく分からんが」
ふーん、と言いながら饅頭に手を伸ばすココノハ。あまり興味無さそうだったが、途中で何か思ったのかこちらへ顔を向ける。
「あれ、じゃあ結局ホシミさんがシィナさんと会ったのって離宮が最初ってことですか?」
「そうだな。もっとも、その時はすぐに発ってしまったから簡単な話しかしていないが」
「戦いが終わった後はどうしたんですか? シィナさんのお父様から奴隷がどうとか提案を受けていたと言っていましたが」
「ああ、その権利をリアの友人になってほしいということに使ったんだ。奴隷とかそういうのは私は好かないんだ」
かつて助けられなかった人のことを思い出してしまうから……。
言葉にはしないし、今後もするつもりはないが、私が人を奴隷として扱うことはないという意志だけははっきりと伝える。
その言葉にココノハの優しい声がかけられた。
「ホシミさんがそういう優しい人だからこそ、みんなあなたを慕うんですよ」
ココノハの慈愛に満ちた表情に少しだけどきりとした。もちろん面に出すことは無かったが、若干恥ずかしくなったのでさらりと会話の流れを変える。
「さて、龍人戦争についてはお終いだが後日談だ。もう少しだけ付き合ってくれ」
「わかりました」
戦争終結後の二人を語らなければ終わらないだろう。元々これは二人の関係を説明するためのものだったのだから。
ーーーーーー
戦争が終わり、私は塔へ帰るとヴァンに伝えに北国へと戻ってきていた。
あとは当事者同士の仕事だ。私の出る幕はないと思っていたのだが……。
「阿呆かお主。南国の姫をこっちに連れて来させておいてハイサヨナラ出来ると思っておるのか、あん? 言い出しっぺが面倒見るのが筋じゃろうが。違うか?」
ヴァンは額に青筋を浮かべていた。娘の友人に、というのには賛成してくれたが、それを言うだけ言って放り出していく私は許してくれないようだ。
「初対面の様子を見る限り大丈夫だと思うのだが」
私はそう言い返し、数日前の二人の姫の初対面を思い出す。
・
・
・
「ようこそお越しくださいました。わたくしはウィリアーノースと申します。初めまして、これからどうかよろしくお願い致しますね」
馬車から降りたサウズーシィナを出迎えたのは、完璧な礼を尽くす北国の姫だった。
「初めまして、サウズーシィナよ。……その、あまりに完璧な所作過ぎて驚いちゃった」
「まあ、それはありがとうございますわ。実はまだまだ練習中でして、これで良いのかと思っていましたの」
そう言って微笑を浮かべるウィリアーノース。そして、手を差し出した。
「わたくしにはあまり姫という自覚はありませんの。気軽にリアと呼んでくださいまし」
「そうなんだ? ふふっ、奇遇ね。実はあたしもあんまり姫っていう感じじゃなくてさ。あ、あたしのことはシィナって呼んでくれていいわよ。よろしくね、リア」
そう言って手を繋ぐ。そして私の方を見た。
「まさかあんたがいるとは思わなかったわ。この国に住んでいる訳じゃないんでしょ?」
「ああ。いずれ帰るさ。用も無いのにいつまでも表に出ているつもりも無いしな」
「ふ、ふーん。そうなんだ……」
私の言葉に髪を弄って口籠るサウズーシィナ。その様子を見ていたウィリアーノースが、耳元に口を近づけて何かを呟く。
「(シィナもホシミ様が気になりますの?)」
「(な、き、気になってるとかじゃ無いし! ただ父様の命の恩人だからとか……、て言うかあたしもって何よ)」
「(実はわたくしもホシミ様が気になりますの。ふふふっ、同じ殿方に惹かれるなんてこれは運命ですわね)」
「(────ッ!!!)」
内容は聞こえないが、片方が怪しげに微笑みもう片方が赤面している。
「二人ともどうかしたか?」
気になって尋ねてみるが。
「いえ、いえ。お構いなく。わたくしたちは大丈夫ですわ。ちょっと二人きりでお話ししたいことがありますの。ね、シィナ?」
「え、ええ! そうなの! さ、部屋へ行きましょうリア!」
あからさまに怪しい二人だったが、仲が良さそうだったので何も言わなかった。
・
・
・
「二人きりで話したいと言っていたし、後でこっそり覗いてみたが、和気藹々(わきあいあい)としていたぞ」
「共通の話題があったからじゃろ。お主は相変わらず周りに興味無さ過ぎじゃ」
「細かいことに興味が無いのは認めるが、さすがにそこまで適当ではないぞ」
「よく言いよるわ、まったく。……はぁ、ともかく、あの子らは任せるからの」
そう言って疲れたように背もたれに体重を預けるヴァン。
「……分かった。最初の数年くらいは私が面倒を見よう。その後はひと月に一度様子を見るように持っていくからな」
それでいいとばかりに手を振る姿を尻目にヴァンの執務室を後にした。
───ホシミとヴァンが会話しているのと同時刻。
ウィリアーノースとサウズーシィナは何度目かの密会を開いていた。
「お父上にはホシミ様を引き留めてくださるようにお願い致しましたわ。シィナがいる期間ずっとは無理でしょうけれど、数年は居てくれると思いますの」
「やっぱりどこの父親も娘には甘いわよね。まあ、そのお陰であたしたちの思い通りに進むんだけど」
顔を見合わせて笑い合う二人。傍からみると裏取引をしている悪代官のようだった。
「最終目標はホシミ様の籠絡ですわ。その為にはまず、わたくしたちのことを愛称で呼んでもらおうと思いますの」
「まだフルネームで呼んでくるものね。それはいい案だと思うわ。じゃああたしもホシミ様って呼んだ方がいいのかしら」
「シィナがホシミ様と呼ぶのはここぞというときだけの方が宜しいのではなくて? 普段は勝気な少女がふとした切っ掛けで自分にだけ見せる表情にグッと来る殿方が多いと侍従長が言っておりました」
「なるほど、ぎゃっぷもえ? とか言うのを狙うのね! ふ、二人きりのときなんかに言ってみようかしら……」
「あとは、お風呂と夜這いでしょうか。わたくしたちのことを魅力的な異性であることを意識させたいのですけれど……」
「う、やっぱりやるの……? すっごい恥ずかしいんだけど」
「うーん……。わたくし、既に試しているのですけれど、子ども扱いしかされませんでしたわ。まだ三百年の成人の儀を迎えていないせいでしょうか……」
「試したの!? うわー、度胸あるわねぇ」
「わたくしだって恥ずかしかったのですよ! まあ空振りに終わってしまいましたけれど、ホシミ様の腕に抱かれて眠るのは至上の経験でしたわ」
「それは少し羨ましいかも……。ね、リア。お風呂はまだ早いと思うから、まずは一緒に寝台に潜り込みましょうか」
「ふふっ、シィナも結構積極的ですのね」
赤くなったり驚いたり笑いあったりと、ころころ表情を変えながら内容はともかく談笑していた二人だったが、途中で真顔になる。
「で、結局のところ、どうしてこんな話してるんだっけ」
「それはシィナがホシミ様のことが気になると言ったからだったと思いますわ」
「うん、確かにそう言ったけど。あたしあの人に恋愛感情抱いてないと思うんだけどなあ」
「でも今までそういう感情を抱いたことはないのではありませんの? そもそも対等に接してくれる殿方なんて居ませんでしたし」
「分かる。みーんなあたしたちの背後の父様と母様を見てたからね。でもあの人は姫としてのあたしじゃなくて一人の人として見てくれてるって分かるから。でもね、どういう生き方をしたらあんな風になれるのか、興味があるだけかもしれないって思っちゃうんだ。……ほんと、自分の気持ちなのに分からないよ」
「……もし、それが恋心ではないと知ったらどうするんですの?」
「どうしよっか。うーん……。ちょっと分からないかな。あの人のことを憎く思ってないのは確かだし。リアはどうするの?」
「わたくしは添い遂げるだけですわ。どんな形でも構いません。……死ぬことも許されずただ一人で生きる、どこか悲しくて寂しそうなあの方を一人にしたくありませんもの」
「そっか。すごいねリアは。……なーんか暗くなっちゃったわね。とりあえず今夜の作戦でも決めましょうか!」
手を叩いて暗い空気を打ち払うように明るく声を出す。この日の夜から彼女たちのホシミ籠絡作戦が始まった。