173話 それいけ地下道探検隊(不正)〜其の弐〜
扉を開けると、そこは祭壇のような場所だった。
部屋の中央には魔方陣のような物が描かれており、奥には供物を捧げる為の台がある。至る所で赤黒く染まっているのは血だろうが何よりも問題なのは───、
「臭いですね」
「臭いわね」
「臭いですわ」
「臭いです…」
顔をしかめてしまうほどに部屋の中が強烈な異臭で包まれていたことである。血とカビと腐敗物と排泄物とその他諸々の刺激物を混ぜ合わせればこんな臭いになるのか? 再現出来るかは試したくないが。
「鼻がまがるぅ〜。もうやだ臭いがこびり付く〜」
ココノハが早々にやる気を失っている様子である。さもありなん。
「流石に酷いし換気でもするか」
「でもどうやって?」
尋ねてくるシィナの声を背に、部屋の壁の一部に触れる。魔術を発動して穴を穿つと、ユニステラに扉を開けるよう指示を出してから部屋の中の異臭を含む空気を集積、圧縮して掌大にまで小さくしその穴に配置して再度壁を作り出し閉じ込めた。
部屋の空気が無くなったことで、開かれた扉から先程よりは新鮮な空気が流れ混んでくる。ものの数十秒ほどで、悪臭漂う空気は一掃したのだった。
「これで良し。服や髪に僅かに臭いが残ってしまうかもしれないが洗えばすぐに落ちるくらいには抑えたつもりだ。ただ、部屋の中の道具類には臭いが染み付いているだろうから、調べる時は注意してほしい」
「力技……」
シィナの呆れたような声が聞こえたが、異臭が消えたことで気分的には先程より良くなってはいるようである。
気を取り直して部屋の中を調べることにした。
時間にして十分ほど調べてみたが、目ぼしい物は何も無かった。
「何もありませんね」
ユニステラの言に首を縦に振りながら部屋の中央に目を向ける。そう、彼女の言う通り何も無かった。
人が殺された跡以外は。
「付近の血の染み込み方から、惨殺されているのは間違いない。しかし何の為に? 怨恨……だとすると祭壇の意味がない。ならば生贄……と思うが、生贄であるのならば何かしらに対する捧げ物であることがほとんどだ。惨殺する意味はない。供物である生贄を惨殺する……。可能性として、無くはないか……」
「何かわかったの?」
「ロクでもない連中だっていうのは良くわかったよ」
シィナに手を振りながら思考を中断する。
これ以上ここに留まっても何も得るものはないだろう。
「通路の先に行こう。此処にはもう何も無い」
全員が頷いたのを確認し、再び探索を開始した。
分岐路まで戻り、まだ進んでいない道を進む。
こちらの道は割と利用されているようで、足跡が数多く残されており罠の類も無かった。
何事もなくやがて、出口へとたどり着く。暗い所に慣れた目にはやや眩しいが、目が光に慣れたところで私たちは驚愕することになった。
「この場所は……」
「王宮……?」
ココノハとユニステラの呟きを耳にしながら周囲を見回すと、すぐ近くにナナリーのいる王宮があり、少し遠く離れた場所は敷地内と外を区分けする壁がある。目立たない位置ではあるが紛れもなく王宮の敷地だった。
流石に何もない王宮で完全武装はよろしくない為、武器を『何でも袋』(ココノハ命名。時間と空間を弄っている何でも入る袋のこと)に収納する。
「はあ……あまり考えたくは無かったが」
「やっぱり、そういうことよね……」
「厄介ですわね」
私の言葉にシィナとリアが同意する。ココノハは察したようだがユニステラは分からないようで頭にはてなを浮かべていた。
「王宮内の隠し通路ということはさっきまで居たのは王族やそれに連なる者の避難先、あるいは逃走経路、もしくはその両方か。私たちが見た限りでは何も無かったが、特定の人物や物があれば拓ける道もあるかもしれん」
「王宮の中にも間違いなくあるから、その一つね。いざという時の備えをするのは常道だしね」
「ええ。ですがそんな道を知っているということは、それなりの地位や立場を持った方であるのは間違いありませんわ。いずれ使うかもしれない経路を普通は教えませんもの」
私たちの言葉で理解したユニステラは顔を青くした。
「じゃあ、子どもの誘拐犯はこの国の偉い人と繋がってるってことですか!」
「残念ながらその可能性は非常に高いだろう」
「そんな……酷い……」
落ち込むユニステラを抱き寄せて慰めながら、表情を強張らせたリアとシィナに目を向ける。どうやら内心の怒りを無理矢理押さえ込んでいるようだ。彼女たちの立場的に思う所もあるのだろう。
シィナに至っては隠し通路を通って逃げ果せた過去もあるのだ。
「この事は報告しない方がいいと思います」
ココノハがそう声を上げる。
「わたしたちはこの王宮の人たちをほとんど知りません。何処に敵の耳があるか分かりませんから」
「そうだな。それに」
私は王宮を見上げながら、最悪の予想を口にした。
「この国の女王が黒幕でないとは限らんからな」
その言葉で、全員に緊張が走るのだった。
Side:ヴィヴィ
「シャーリィちゃーん。準備出来たぁ?」
「ま、待ってくださいぃ〜!」
シャーリィと呼ばれた少女の主人である女商人のヴィヴィことヴェルメリアーナ・ヴィクストリンデは何度目かわからないため息を吐いた。
「もぉう、だから新しいドレスを買っておきなさいって言ったのにねぇん」
「だってぇ〜」
涙目になりながら下着姿でドレスを選んでいるシャーリィは、悲壮感を漂わせていた。
「胸が、入らない……なんてぇ、思わないですよぉ……!」
次のドレスに挑戦しているが、どうやらキツかったようで諦めている。
「最後に着たの二年くらい前じゃなぁい。成長してるんだしぃ、入るわけないでしょお」
「太ったみたいに言わないでくださいよぉ!」
誰もそう言ってはいないのだが、焦って必死になっている今のシャーリィに言っても無駄だと諦める。
「うぅーん。この様子だとぉ、王宮に着くのはもうちょっと掛かりそぉねぇん」
明らかに大きさの合っていないドレスに挑戦しようとしているシャーリィに手刀を繰り出してから自分のドレスを貸し出すことにするヴィヴィであった。
ようやく王宮にたどり着いた二人は、案内役に通された部屋で待っていた。ヴィヴィの力で出来ることなど限られている(それでも普通よりは多い)。しかし、これは自分でなければ出来ないことだとヴィヴィは思っていた。
部屋の扉が静かに開く。そこに居たのは───
「お久しぶりでございます。叔母さま〜」
女王の側近の一人、ネムであった。ヴィヴィは微笑を浮かべて返答とする。それを理解したネムはヴィヴィの隣に目を向けた。
「シャーリィちゃんもお久しぶりですね〜」
「はい! ネム姉様もお元気そうでシャーリィは嬉しいです!」
子犬のように抱きつくシャーリィの頭をよしよしと撫でるネムは、ヴィヴィと向かい合うように席に着いた。
「それでぇ……アレの様子はどぉう?」
「今のところは〜、問題ないかと〜。ですが〜」
ネムは一度間を置いて何かを迷うように口籠ったが、やがて意を決して口を開いた。
「ホシミという男に本名が知られていました。彼は一体何者ですか?」
先程までののんびりとした言葉遣いから一転、冷たい雰囲気を纏わせる言葉遣いへと変化するネム。
「その疑問はもっともねぇん。でも悪い人じゃないわよぉ。だってアタシのぉ」
「叔母さまの?」
「相棒になる予定の人だからねぇ〜ん」
「つまり彼は叔母さまの味方もしくは協力者なのですね。彼に危害を加えなければ敵対することはないと」
「ええ〜、それは自信を持って言えるわぁ」
「ならば良いです。……んんっ。では〜、お茶会を始めましょうか〜」
ネムの言葉に待ってましたとばかりにシャーリィが喜びを露わにした。
「ネム姉様の紅茶とお菓子〜!」
「ふふっ、身体は大人になったのに、まだまだ子どもですね〜」
優しい眼差しをシャーリィに向けるネムと、二人の様子を嬉しそうに見守るヴィヴィ。血の繋がりはないけれど大事な家族として、共に過ごせることに感謝を込めて穏やかな時間を過ごすのだった。