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17話 龍人戦争:離宮

 両手両足を地に付けて、肩で息をしているリアとシィナに目を向けた。


「そろそろ続きを話しても良いだろうか」


 二人はこくこくと首を縦に振った。……喋るのが苦しくなるくらい走り回るからそうなるのではと思ったが、言わぬが花だろう。


「リアが一人前の姫になったところまで話したな。次はシィナと会った時の話になる」


「たしか離宮に逃れてたんですよね?」


「そうだ。その離宮の存在を炎龍皇の側近が近くまで進軍していた我々に知らせてくれてな。危篤状態の炎龍皇を治療するために急いで向かったのだ」







 ーーーーーー







 一ヶ月の間に、戦の準備が整い南国へ進軍することになる。歩兵400、内弓兵50、魔術兵50。空兵100の計500名が先陣を切ることになった。

 私も先陣に同行し、先陣部隊の指揮官にはダーラストが薦挙された。

 北国から出陣し、南国へ向けて南下する。数日かけて半分の距離まで移動し、周囲を警戒しながら野営の準備をしている時のことだった。


「まさかホシミ殿が同行するとは思わなんだ。其方にべったりの姫様をよく説得出来ましたな?」


 ダーラストがテキパキと指示を出しながら私に尋ねてくる。


「出来ることなら何でも一つ、言うことを聞く。それでようやく納得してもらった。帰ったら何を要求されるのやら……」


「無理難題を吹っかけられることはあるまいが、今の姫様の様子だとちと分かりませんな」


「ん? ウィリアーノースの様子がどこかおかしいのか?」


「ああ、体調のことではなく。我々は長らく虚ろな姫様を見続けてきたのでな。今の姫様はとても喜ばしいのだ。いやはやまったく、未だ子どもと思っておりましたが、成長とは早いものですなあ」


 感慨深そうに話すダーラスト。

 迂遠な言い回しだったが、言いたいことは分かった。


「まだ彼女には早いと思うのだがな」


「女子の成長とは早いもの。我が娘もそうだったのだ。黙って受け入れるのも男の器量ではないか?」


 そう言って笑うダーラストだった。

 まだ何がどうなると決まった訳ではない。その時々で対応を考えるとしよう。

 そう思っていたとき、一人の兵がこちらへ近付いてくる。


「報告します!」


「何があった?」


 ダーラストが部下に尋ねる。伝令の兵士は驚くべき内容を伝えに来た。


「炎龍皇旗下の近衛を名乗るものがやってまいりました。火急の用件があるので目通りを願いたいとのことです!」


「……ホシミ殿」


 ちらりとこちらに目を向けるダーラスト。彼に応えるように一度頷く。


「炎龍皇は毒に倒れたと聞いている。この近くに潜伏しているのかもしれない」


「よし、すぐに会おう。ここまで連れて来てくれ。敵か味方か分からんが使者である、決して粗相の無いように!」


「はっ!」


 すぐに駆け出していく兵士。

 使者を連れてくるまでに、こちらは出迎えの準備を整えるのだった。



「炎龍皇ナンゼルレック旗下近衛兵団の代表として参りました。いきなりで不躾なのは承知しております、どうか、どうか王を助けてください!」


 そう言って頭を地に付ける使者。


「頭を上げられよ使者殿。炎龍皇が毒に倒れたというのは聞いている。……今の容態は?」


 ダーラストの言葉に頭を上げた使者は、陰鬱な表情で炎龍皇の容態を語る。


「毒を喰らい、間も無く二ヶ月となります……。最早食事も喉を通らず、起き上がることすら……。医者の診立てでは明日が山だと言う話でして、このままでは王が帰らぬ人に……。そんな折に北国の部隊が近くまで進軍していることを聞き、急いで参上した次第であります」


 そう言って再び頭を下げる。


「お願い致します! どうか王を……お願い、致します……」


 涙を流しながら懇願する使者。その様子を見守っていたが、ダーラストの視線に気付いた。彼に向けて一つ頷く。


「使者殿。私が炎龍皇の治療をしよう。時間が惜しい、急ぎ案内をしてくれ。ダーラスト」


「うむ、こちらは我が。其方一人の方が動き易かろう。安心するのだ使者殿。彼は北国の王ノーズヴァンシィ様の友である。必ずや炎龍皇を治してみせよう」


「ありがとうございます! ありがとうございます!!」


「礼は無事に治せた時で構わない。急ごう、使者殿」


「はっ! では失礼致します、このご恩は決して忘れませぬ!」


 後の事を託し、使者の後を追って野営地を離れる。

 ここから南西に半日ほどの距離に離宮があるらしい。今の時刻からだと到着は明け方、いつ炎龍皇の命が尽きてもおかしくない。間に合うことを祈りながら、夜の街道を駆け抜けた。


 夜の強行軍を行なったお陰か、予想より早く到着することができた。離宮は森に囲まれていて、周囲から身を隠すのにはうってつけと思われた。


「急ごう、時間がない!」


「はっ! こちらです!」


 使者殿に案内してもらい、離宮の中を早足で歩く。

 兵士が控える奥の部屋に入ると、ベッドに横たわり青白い顔をした男性と、その横には彼の妻と娘らしき人物が泣き腫らした表情で手を握っていた。


「彼女たちへの説明は任せる。私はすぐに治療に入らせてもらう」


 そう言ってすぐに魔術器官を駆動させる。

 炎龍皇の身体の内部を透視すると、どうやら複数の毒に蝕まれているようだった。


「はっ! 奥方様、姫様。こちらの方は……」


 説明している使者殿の言葉が耳に入らなくなり、ただ目の前のことだけに集中する。

 どうやら治療しようとした形跡はある。しかし毒が一種類だと思ってしまったのだろう。

 三……四……既に消された毒も合わせて五種類か。よくここまで耐えたものだ。もはや虫の息じゃないか。

 手を心臓の真上に翳す。『青』属性魔術で体内を巡る毒を一つずつ消していく。

 傷と違って毒を消すのはどんなに高位の『青』の魔術師と言えども時間がかかる。全ての毒を消し去ったときには、陽は真上を少し超えていたのだった。


「……ふぅ」


 息を吐いて翳していた手を退ける。

 気づかなかったが、汗が顔や身体中にびっしりと浮き上がっていた。

 その様子に、室内に残っていた者たちはこちらを見る。


「解毒には成功した。体力が戻り次第目を覚ますだろう」


 私の言葉に歓声を上げる使者殿は急ぎ離宮内の仲間たちに知らせにいった。

 炎龍皇の妻と娘は安堵から泣き崩れ、炎龍皇に寄り添う。

 私はその様子を見て、そっと部屋を後にした。家族水入らずで過ごすのに私は不要だ。

 部屋の前で控えていた兵に休める場所へ案内してもらい、頂いた湯で身体を拭いて、不眠不休の強行軍の疲れを癒すべくしばしの眠りにつくのだった。


 目を覚ますと、夜になっていた。結構長い時間眠っていたようだ。

 すぐに起き上がり身なりを整える。先に行ったダーラストたちに追いつかねばならない。

 部屋を出て、庭へ出る。方角を確認し離宮の出入り口へ向かおうとしたとき、後ろから声をかけられた。


「もう夜よ。どこに行くつもりかしら」


 振り返ると、赤い髪を左右で結んだ赤い瞳の少女が腰に手を当ててこちらを見ていた。

 そういえば彼女は炎龍皇の部屋にいた。おそらく娘なのだろう。


「予想以上に眠ってしまったからな。先に行った者たちに追いつかねばならない。君は炎龍皇についていなくて良いのか?」


 少女は私の答えが気に食わなかったのか、不機嫌な顔になる。


「父様ならもう大丈夫よ。呼吸も落ち着いてる。それよりもあんたのことよ。こんな夜の森を行くなんて自殺行為よ」


「森には慣れている。暗視も使えるし何も問題はないさ。短いが世話になった」


 そう言って去ろうとしたが、少女に腕を掴まれてしまった。


「父様の命の恩人をそう易々と送り出せる訳ないでしょ! 幾ら感謝してもし足りないのにあんたはそれすらさせてくれない訳!?」


「恩を売りたくて来たわけではないからな。報酬は混乱した自国の為に使えと伝えたし私の仕事は終わったはずだが」


「そうじゃなくて、あ〜も〜!!!」


 少女が癇癪を起こしかけていたとき、こちらへ近付く足音に気付いた。


「で、貴方はもう起きて大丈夫なんですか? まだ絶対安静の筈ですが」


 私が声をかけると、少女は後ろを振り返りそこにいた人物に驚く。


「父様!?」


「がっはっは! まだ生きていて、身体が動くのだ。我が輩はただ寝ているだけというのが退屈で敵わん!!」


「ちょっと父様! まだ寝てないとダメでしょうが! 何で起きてここにいるのよ!!」


「なに、ただの散歩ではないか。そう怒るな」


 娘の心配を軽く流してこちらへ向き直る炎龍皇。


「この度は迷惑をかけた。我が国を救う為に動いてくれたとか。ついでにこの命も救っていただき感謝の言葉もない」


 そうして頭を下げる。彼の発する言葉はどこか、聞き逃すことを許さない迫力があった。


「それなのに褒美すら受け取らずに去られては我が輩の立つ瀬がない。金は要らぬ、物は要らぬ。自国の為に使うと良い、と言ってくれるのは有難いが、受けた恩に報いずして国を治めることなど出来ようか」


 そして彼は顔を上げた。炎龍皇は隣に立つ娘を前に軽く押す。少しよろけて父親を見る彼女はどこか覚悟を決めた表情をしていた。


「サウズーシィナという。我が輩の娘だ。性格はちとアレだが、容姿は親の引け目抜きで美人だと言える。この娘をやろう。愛妾だろうと奴隷だろうと其方の好きにするが良い。其方の為だけに使うことが条件だがな」


「それを私が受けるとでも?」


「いや、思っとらん。あまりそういうのが好きそうではないからの。だが、欲しいと言うのであればすぐにでもやろう。どうやら娘も其方のことを悪く思ってはいないようだ」


「ちょ、ちょっと父様! 余計なこと言わなくていいから!」


 顔を赤らめて父親に声を荒げる少女。父親はがはは、と大口を開いて笑っていた。


「そうですか。ではこの戦が終わった時に考えましょう」


 一つため息を吐く。このままだと無理矢理押し付けられそうだった。


「そうしてくれると助かる。呼び止めて悪かったついでだ、今日は大人しく泊まっていけ。この戦、すぐには終わらんだろうからの、無駄な体力の消費は避けるべきだ」


 炎龍皇の言葉には、こちらを気遣う意思と、長引くだろう戦に自分が立つことが出来ない歯痒さを感じた。


「……では今晩だけ。明朝には発ちますので」


「ああ、それで良い。しっかりと英気を養われるが良かろう、賢者殿」


「賢者……私がですか?」


「うむ、其方以外に居る筈なかろう。『青』の属性を持つものしか使えないはずの高度な治癒魔術(ヒーリング)に、『黒』の属性を持つものにしか使えないはずの暗視も使えると言う。我が輩の知る限り、複数の属性を扱える者は過去にも誰も居なかったはずだがな」


 炎龍皇の言葉に詰まる。なるほど、彼女との会話をしっかり聞いていたのか。


「まあ、そんな些細なことは良い。ほれ、シィナ。賢者殿のお世話はお主に任せるぞ。我が輩は少し疲れた」


 欠伸をしながら、ノンビリと歩き去る炎龍皇。その後ろ姿を、彼の娘と共に見送ったのだった。


「自由なお人だ」


「まったくよね。まあそんな父様だから国も賑やかだったんだけど」


 お互いの顔を見合わせて苦笑する。


「じゃあ、部屋で少し待ってなさい? 軽く食べられる物作ってくるから。言っとくけど、逃げたら泣くからね」


 そう言って走っていくサウズーシィナ。先ほどまで眠っていた部屋に戻り、彼女の手作りのサンドイッチを食べて談笑しながら夜を過ごすのだった。



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