172話 それいけ地下道探検隊(不正)〜其の壱〜
新元号となりました。上皇陛下大変お疲れ様で御座いました。
ココノハとリアが遭遇戦をした場所の周囲を捜索して怪しい箇所を絞り出した結果、一つだけあからさまに浮いているものがあった。表面上は路地裏に備え付けられた薄汚れている長方形のゴミ箱らしきもの。しかし蓋を外すと中には何も入っていなかった。
ほかの場所にも同じような箱はあるが、中にはゴミが大なり小なり詰められていたので、これだけが異質で、異質さを強調するかのように中は綺麗だった。
「うわぁ怪しい」
ココノハが全員の感想を代弁してくれる。あまりにもあからさますぎて呆れてしまった。
「ホシミ様、底の方に亀裂がありますわ」
「確かに亀裂が見えるな」
リアの言葉で底に亀裂を確認した私は手近な場所に捨て置かれた棒を手に持ち、亀裂が入った場所を突いてみる。すると、亀裂が開き異臭が漂うと同時に人くらいなら余裕で入れそうな穴が見えた。押すのを止めると穴はひとりでに閉まる為、ある一定以上の重量が加わると開く仕掛けなのだろう。
「ここのゴミってつまり……」
「下に落ちてますね……」
シィナとユニステラがややげんなりとしている。異臭がキツかったということは中にはきっと生ゴミもあったのだろう、この暑さでいい感じに腐敗している筈である。
「一気に行きたくなくなったんですけど」
「奇遇ね、あたしもよ」
ココノハとシィナの掛け合いにユニステラが何度も首を縦に振っている。綺麗好きな人ではここから先はやや厳しいか。
「仕方ない、私一人で行くとしよう」
「お待ちくださいましホシミ様」
私が一人で行こうとすると、リアが制止してくる。リアは再び亀裂を開くと、自身の周囲を纏う魔力から作成した冷気を全力で穴の中に押し込んだ。
ドライアイスもかくやと思うほどの白い煙が充満して暫くすると、亀裂からは異臭が漂うことはなくなっていた。
「これで汚れることはないと思いますわ。凍傷になる恐れがありますので氷には触れないようにしなければなりませんけど」
「ゴミの中に突っ込むことと比べれば遥かにマシだ。ありがとうリア」
褒めて褒めて、と頭を押し付けるリアの頭を撫でると喜色を満面に浮かべてから一足先に穴に飛び込んでいった。私もリアの後に続く。
そして残された三人はやや呆然としていた。
「いやー、力技ですね」
あはは、と乾いた笑いを浮かべながら遠い目をして飛び込むココノハ。
「リア様がお味方でよかったです……」
過去に死にかけたことを思い出したユニステラは寒さと恐怖で震えながら穴に飛び込んだ。
「……なんか突っ込むのも馬鹿らしくなってきた」
親友の規格外さに改めて呆れながらシィナも飛び込む。
そして、周囲には誰も居なくなった。
蓋の開いた空のゴミ箱は、いずれ気付いた誰かが蓋を元に戻して終わるだろう。底に隠された穴に気付くこともなく。
滑り台のように滑落して底までたどり着くと、先程リアが出した冷気を覆うように風を纏わせる。これで後続からくる彼女たちが直接氷に触れて凍傷を起こす心配はないだろう。リアに関してはその程度の極低温など"効くはずがない"ので心配は一切していない。
実際、先に飛び込んだリアは綺麗なままである。
ココノハ、ユニステラ、シィナの順で下りてきたのを確認してから周囲を見渡した。
率直に言って、思っていたよりも片付けられていたという印象である。
ゴミは定期的に投げ入れられるせいか積まれているが、邪魔にならないように端の方に寄せてある。壁面には魔力で灯る魔道具が設置されており、今なお薄暗い地下を淡く照らしていた。
天井の高さは二階建て建造物ほど、ここは広間のようで人が数十人は座り込めるほどの広さであるが、奥に見える通路は肥満体型の人間が一人ギリギリ通れるくらいの幅しかなかった。
「地下通路かしら?」
「間違いなくそうだと思いますよ。問題は───」
「一本道か迷路か分からないってことね」
「罠とかもあるかもしれませんしね……」
リアの問いにココノハとシィナが返答しユニステラが補足する。
「しかし進んでみないことには確かめようもないな。問題は起きたら都度考えれば良いだろう」
私の言葉に頷いた彼女たちを一瞥してから、先頭に立って通路へと入っていく。
幸いなことに、肥満体の人間は誰もいないためギリギリ二人がすれ違えるくらいの幅が残っている。しかし狭いのには変わりないので武器を振るうのは難しいと言わざるを得ない。
私を先頭に、ユニステラ、リア、ココノハ、シィナと続いて暫く進んでいると、
「ホシミ様、お止まりください」
とユニステラから声を掛けられた。
「何かあったか?」
「はい。ホシミ様の右足から三枚先の石畳、罠が仕掛けられています」
ユニステラに言われてその箇所を観察してみると、確かに周囲よりも僅かに盛り上がっている。
「成る程、確かに何か仕掛けられているな。殺傷性のもの……というよりは、警報の類いか?」
「警報もありますけど、召喚系の罠だと思います。屍体や骸骨兵等の不死系の魔物のようですね」
こんな狭い通路で魔物との戦闘は苦ではないが楽でもない。余計な手間は省けるなら省いた方が良い。
「ユニスにそんな特技があったんですね」
「意外と言えば意外かも。でも凄いわね」
「ええ、素晴らしいですわユニスちゃん」
後ろから聞こえてくる三者三様の褒め言葉に若干気まずそうにしながらはにかむユニステラに、私は小声で耳打ちした。
「『視た』のか」
私の言葉に目を逸らして黙って首肯するユニステラの頭に手を置いて優しく撫で回した。
「無理はしないでくれよ」
「……はいっ!」
それ以降もユニステラの眼に助けられながら決して多いとは言えない数の罠を潜り抜けた。
そして二つの分かれ道にたどり着いたのだった。
「正面か、側面か」
来た方向から見て正面の道と、左側面の道がある。
二手に分かれても良いが、また罠が仕掛けられているかもしれない以上、罠を判別できるユニステラと離れるのは得策とは言えない。
「ホシミさん」
そんなことを考えていると、ココノハが声を掛けてきた。
「正面は外に繋がってますね。風の流れを感じます。多分ここは通路の中間点で、側面の道は一時的に何かを置いておく場所なんじゃないですか? 例えば『人』とか」
「もし囚われている者があれば救出もしなければならない……か。よし、側面の道に進もう」
全員から了承を得られたことで、進路を決定する。二、三箇所ほどの角を曲がっていくと、其処には如何にもな金属扉があった。
「ふむ……。隠蔽用の魔術を発動しているか」
透視の魔術で中を覗こうとしたが弾かれてしまった。
こうなると直接確認するほか方法がない。
「扉の中に進入する。皆、準備は良いか?」
「「「「はい!」」」」
小声で、だがはっきりと返事をしてくれる彼女たちに頼もしさを感じながら、私は扉を開けるのだった。
前話からかなり間が空いてしまいました。
人が居なくなって16時間勤務とか休みが休みじゃなくなったり昼夜完全逆転とかバタバタしてたせいです、すみません。現状さほど改善されてはないのですけど、体が以前ほど辛くないので『慣れ』って怖いなーと思う所存。
社畜のみんな、心と身体を壊しても会社は守ってくれないぞ♡ ヤバくなったら逃げましょう私も逃げる