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171話 捜索準備

 side:ウルト


 深夜の捕獲劇が終わり、続きは朝に、と全員が寝静まった頃。間も無く外は日が昇るのか薄明かりが差していた。

 捕らえられたウルトとバルトは自分たちの拘束が緩んでいるのに気付いた。拘束具を音を立てないように静かに慎重に外し、自由になる二人。

 名乗り合うこともなかったので名前すら知らないが、自分たちを難無く捕らえた明らかな強者たちの姿を探すと、仲が良さそうにベッドの上で寝息を立てていた。

 このまま近寄って殺害することも出来る───。そう思ったが、近寄った瞬間に切り捨てられて死んでしまう己の姿を幻視し止まる。敵意や害意に即座に反応するなど、彼と彼女らには造作もないことなのだ。それを証明する為に斬り込んでも良いが、十中八九予想と違わぬ死に様を晒すだけだろう。


「バルト」


 双子として、自身の片割れとして生まれた時からずっと隣にある存在に声をかける。

 弟はわたしの声に気付くと即座に首肯した。

 音を立てないように、今まで習得した……否、させられた技術を総稼働して逃げ出すことを決意する。



 脱出は、簡単に成った。

 まるでわざと見逃した(・・・・・・・)かのように……。いや、実際に見逃したのだろう。その気になればいつでも止められた筈だ。一瞬だが、ベッドから向けられた視線はそれを物語っていた。

 そそくさと人目につかない場所まで逃げて、そろそろ大丈夫だろうと判断し足を止める。

 必死すぎて気付かなかったが、今まで息を止めて走っていたようだ。空気を求めるように身体が荒い呼吸を繰り返している。バルトも同じようで、両膝に手をつきながら懸命に空気を取り込もうとしていた。

 ようやっと呼吸も落ち着いた頃、壁を背にして座り込みながらバルトへと話しかけた。


「見逃された、わね」


「ぼくもそう思うよ。どういう理由かまでは、わからないけど」


 バルトも同意見だったことに嬉しくなったが、それはつまり判断を間違えていれば死んでいたのだ。まだ、まだ死ぬ訳にはいかない理由がウルトとバルトにはあるのだ。


「どうするウルト。戻る?」


 戻るとは。今まで自分たちを飼っていた豚のところだろうか。それとも、自分たちを捕らえた強者のところだろうか。おそらく前者なのだろうとは思ったが、一度首を横に振って返答とする。


「何処かへ身を隠しましょう。いっそ、別の国とか、大陸に行ってもいいかもしれないわ。まあその前に御礼(・・)くらいはしないといけないけど」


 そう言って嗤うわたしは狂気を纏っていたことだろう。何故ならバルトも同じような表情を浮かべていたのだから。


「わたしたちを売った両親を殺して」

「ぼくたちを弄んだ豚どもを殺そう」


 目的を達成することが叶わずに死んでしまうとしても。それでも復讐する為(そのため)に何でも──それこそ殺しや拷問だって──やって生きてきたのだから。








 ーーーーーー








「ホシミさん、逃がして良かったんですか?」


 双子が部屋を抜け出して少し経ってから、まだ起きていたココノハが話しかけてきた。


「あの二人では空間転移の魔術は扱えない。私の目的としている人物とは別のようだったからな。所詮実行犯のうちの一つだ。おそらくたどり着く大元は同じなのだろうが、放っておいても良いだろう。監視もいることだしな」


「監視?」


「双子の影の中に私の影分身が溶けている。まあ、簡単な精神干渉の魔術に引っかかるくらいだからあの二人では大した事は出来ないと思うが」


「あの黒砂糖ですね。ただの砂糖を自白剤だと思い込ませるなんて不思議だなーと思いましたけど、そういう事ですか」


 ココノハは納得したような表情を浮かべる。実は私としても魔術がかかってしまうとは思っていなかった。二人の背後の人物は余計なことには金を使わない人物なのだろうか。それとも捨て駒と考えていたのだろうか。直接聞いてみないことには判断できない。


「それよりも攫われてしまった子どもを見つけ出すことを考えなければな。直ぐに何かされる訳ではないとしても時間の猶予はない」


「見つかりますか?」


「見つけなくてはいけないだろう。起きたらあの二人が移動していた範囲を調査する。何処か、子どもを隔離しているところに繋がっている場所がある筈だ。だから今は休みなさい、ココノハ」


 言外に忙しくなると告げて右腕を枕にしているココノハに向けて微笑むと、ココノハははにかみながら擦り寄ってきた。


「は〜い。おやすみなさい、ホシミさん」


「おやすみ、ココノハ」


 なんだかんだで疲れていたのだろう、ココノハは直ぐに寝息を立てて眠り始めた。私は窓に一度目を向けて隙間から日が差し込んできているのを確認すると、皆が起きるまで目を閉じて休むことにした。




 就寝時刻が遅かったせいか、全員が起床したのはお昼時であった。部屋の中で食事を済ませ、武装を整えていると手持ち無沙汰な様子のユニステラが目に付いた。


「何か困り事でもあったか?」


「ホシミ様……実は」


 ユニステラに声をかけると、彼女は少し言い辛そうにしていたが、意を決したのか私に向き直った。


「私は戦闘が苦手で、得意な武器も無いんです。弓はへっぽこだし剣も槍も才能がないって言われたこともあります。私はどうすれば良いでしょうか?」


「ふむ」


 作業を中断し、腕組みをして思案する。ユニステラの体型は小柄で非力だ。膂力なんて無いだろうし、敏捷性も並である。本来なら戦闘要員として加わることはない人間だった。

 しかし彼女には常人では持ち得ない特殊な眼があり、その有用性は計り知れない。が、僅かばかりの自衛も出来ないようでは流石によろしくない。


「ではこれをあげよう」


 私は道具袋の中から長方形の紙片を複数枚の束で手渡した。

 何も描かれていない白無地の紙を見て、ユニステラは首を傾げている。


「これは?」


「使い捨てだが少ない魔力で魔術を増幅し発動してくれる魔道具だ。名を『魔術増幅紙(マジックブースター)』と一般には呼ばれているが、見た目はただの紙だからメモ帳として使ってしまう者もいる」


「使い捨てですか……。そんな便利な物、貴重品じゃないんですか?」


「貴重品だがまだ備蓄はあるし、使わなければ宝の持ち腐れだ。気にする必要はないよ」


 下手に手を出せば貴族が破産するような物だと知ればユニステラは使えなくなってしまうだろうと思い詳細は伏せた。

 世の中には知らなくても良いことがあるのだ。


「ではありがたく使わせていただきます。ありがとうございますホシミ様」


「なるべくユニステラが戦わなければならない状況は作らないつもりだ。あくまで自衛する為に使って欲しい」


「はい、わかりました」


 ユニステラは大切なものを抱くようにして笑みを零す。控えめな笑みはまるで小さな花弁のようで、どこか神聖さすら感じさせるものだった。

 つい見惚れてしまうくらいには素敵な笑顔だったのだ。


「ホシミ様?」


 不思議そうな表情のユニステラに何でもないように手を振ると、次はココノハの様子を確かめた。


「ココノハは何か不足している物はないか?」


「矢がちょーっと心許ないですねー」


 矢筒の中と、別で収納してある矢を全て並べているようで、数は凡そ百。十分過ぎる程の量があった。


「そんなに使うのか?」


「途中で補給出来る可能性もありませんし、ホシミさんから貰った袋ならどんどん詰め込めますし、持っておいて損はないかなって。んー……でもいっか」


 ココノハはそう言うと自己解決したようで矢をしまい始めた。


「矢が必要なら買ってあげるが」


「大丈夫ですよ。いざとなったら剣でも槍でも飛ばせば良いんですから。それにどうせ買ってもらうなら服とかの方がいいなぁって。わたしの為に買った服を着て、ホシミさんといちゃいちゃして、夜になったらベッドの上で脱がしてもらって、そのまま朝までって考えると、凄く名案じゃないですか!?」


 この娘、実に欲望に忠実であった。森精種(エルフ)は平穏な生活があれば他には何も要らないくらいに殆ど欲が無い種族だった筈なのだが。


「服はその内に。準備に問題が無さそうで何よりだ」


 ココノハの言は取り敢えず流しておいてリアとシィナのところへ向かう。

 二人はリアの刺突剣(レイピア)を見ながら難しい表情をしていた。


「どうした?」


「あっホシミ様」


「実はね……」


 リアは私が来たことに喜び、シィナは早速用件に入る為にリアのレイピアを見せて来た。

 蒼い蓮の花の彫刻が飾り付けられた、とても高価そうな代物である。しかし、はて。この様な物があったのだろうか。シィナに目を向けると、私が何を思ったのか分かっていた様子であった。


「元は何の装飾もない普通の剣だったのよ。でも昨日、リアが使って、これを持ったまま魔力を解放したら変質しちゃったみたいなの」


「ああ、成る程……」


 要するに、リアの膨大な魔力に侵されて剣に魔力が篭り変質してしまった、と。普通なら長い時間を掛けてようやく魔力を馴染ませて変質できるものをリアは一日にも満たない僅か一戦で成し遂げてしまったのだ。


「魔道具に変質したのか。効果は試したのか?」


「はい。わたくしの魔力を吸ったからか周囲を凍らせる程度の魔力を放つことが出来ますわ。わたくし以外にも使えなくはないんですけど……」


 リアはそう言ってシィナに目を向けると、シィナは自分の手を守るようにしてかき抱いていた。


「嫌よ。あんなにごりごり魔力を喰われるなんてもう真っ平御免よ」


 どうやら既に試したようだ。シィナの話だと燃費はすこぶる悪いらしい。


「実質リア専用か」


「他の人なら十秒も保たずに枯れるわね」


「それは何とまあ……」


 予想以上の代物となっていて、僅かに顔がひくついたのはきっと自然な反応だろう。まさかこんな所でリアの規格外さを思い知るとは思わなかった。


「名前は付けたのか?」


 話を逸らす為に別の話題を振ると、リアは力強く頷いた。


「はい、わたくしの魔力によって咲いた蒼い蓮から名を頂いて、『蒼蓮花(ブルーロータス)』と付けましたの。この子を愛剣として共に戦いますわ」


 実に頼もしい笑顔で言い切るリア。新しい玩具を手に入れて嬉しそうである。その様子にシィナはため息を吐いていた。


「言っても意味ないと思うけど、無茶はしないでよ」


「もうシィナったら。わたくしを何だと思っていますの?」


「可愛い女の子よ。絶対無敵の、だけど」


 後半の声は私にしか聞こえないくらい小声で呟いていたシィナ。しかし前半の言葉しか聞こえなかったリアは両手を頬に当てて身体をくねらせながら喜んでいた。



 そんなこんなで全員の準備が整ったことを確認して宿を出る。

 砂漠で砂金を探すような作業にならないことを祈りながら街中へと向かうのだった。


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