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169話 黒き双子〜其の弐〜

 夜も深くなり、そろそろ日付も変わる頃。

 二人は小さな家の前に立っていた。

 月に僅かに照らされた姿は、まるで舞踏会にでも参加するかのような、子どもらしく露出の少ない黒い服装で、漆黒の髪と合わさり闇夜に溶けてしまいそうな雰囲気がある。

 互いに見合って一度頷いた二人は音もなく家へと入っていった。

 そして、すぐに出てくる。

 五分と掛からずに出てきた二人のうち片方の背に、最初は居なかった子どもを追加して。


「バルト、見てごらんなさい。今日はとっても月が綺麗よ」


「そうだねウルト。しかも月だけじゃなくて星もいっぱいだ」


「雲が少ないからかしらね。普段よりも多く見えるんじゃないかしら?」


「そうかな。でもそうだといいな」


 歩き出す二人は空を見上げながらたわいもない話を繰り広げた。

 大通りから外れた道は、二人以外に人の姿はない。その為、誰にも見られることなく、立ち止まることもなく進むことが出来ている。

 いや、出来ていた。

 彼女が現れるまでは。


「こんな夜更けに子どもが二人……三人でどうしたんですか?」


 金の髪の、二人と同じか少し上の年齢と思われる少女から声をかけられた。

 少女は二階の開いた窓に座り、にこにこと笑みながら話しかけてくる。


「夜の町は物騒ですよ。最近は子どもを狙った誘拐なんかも起きているみたいですし。なんなら、わたしが送ってあげましょうか?」


 二人は鏡合わせのように似通った互いの顔を見合い、一度頷いてから少女に声をかける。


「折角のご好意だけど、問題ないわ。お母様とお父様からこの子を頼まれているの」


「心配してくれてありがと。でもぼくたちは大丈夫だよ」


 そう言ってその場を気持ち急いで離れる二人。その背を見送った少女は、ため息を吐いた。


「頼まれたのなら、服装くらいは整えたらどうですかね」


 二人が舞踏会にでも参加できる服装であるにも関わらず、背負った子どもの服装は寝間着のままなのだ。傍目から見て、怪しいと言わざるを得ない。

 まるで、誘拐してきた後のよう(・・・・・・・・・・)だ。


「……」


 少女は弓を取り出すと、矢を二本同時につがえた。

 そして、まだ背の見える二人の足を狙い放った。


「「!!!」」


 二人は殺気と矢の風切り音を感じ取ると、即座に反応して跳躍し振り返る。

 ただの子どもではない、明らかに訓練を積んだ人間の動きに少女は再びため息を吐き、二人は『しまった』と言いたげに表情を歪める。


「お姉さん何者かしら」


「今のはちょっと冗談じゃ済まないよ」


 威嚇するような二人の言葉を受けて、またまたため息を吐いた少女は再度矢をつがえる。


「何者かっていうのも、冗談じゃ済まないっていうのも、わたしの台詞なんですよね。取り敢えず、あなたたちを誘拐の現行犯として捕獲します。抵抗しないでくださいね?」


「抵抗すればどうなるのかしら?」


「ぼくたちは何も知らないから捕まえても意味はないと思うよ?」


「抵抗すれば当然殺します。そして捕まえる意味なんてあなたたちには関係ないんですよ。既に決定事項なんですから。せめて無実だというのなら、大人しく捕まったらどうですか?」


 三者は睨み合う。先に動き出したのは、二人の方だった。


「バルト! ソレを連れて行きなさい!」


「わかった! ウルト、気をつけて!」


 二人のうち、髪の短い方が熟睡している子どもと共に離脱する。それを少女は見送って、この場に残ったもう一人に目を向けた。


「あなたたちが反応しなければ矢は逸れたんですけどね。まあ、今更言ったところで詮無いことですが」


 少女は窓から飛び降りるとウルトと呼ばれた只人(ヒューマン)と向き合う。


「わたしの名前はココノハです。覚えなくてもいいですよ、あなたに興味はありませんので」


「舐めるなッ!!!」


 隠し持っていた短剣を抜き疾駆するウルト。特殊な歩法によって、数十メートルは離れた位置から一瞬でココノハに肉薄する。


「遅いですよ」


 対するココノハはその場から動かず、ウルトの斬り付けをギリギリまで引きつけて躱してから短剣を持つ手を思い切り蹴り抜いた。


「あ"あッ!!?」


 宙を舞う短剣を視界の端に、ココノハは掌底をウルトの鳩尾に叩き込む。


「───ッ」


 腹部を押さえて膝をつくウルト。そこに追撃をかけるように放った回し蹴りが側頭部に命中し、地面に倒れ伏す。

 最後の一撃で完全に気を失ったウルトを見下ろしたココノハは、今日最後となるため息を吐いた。


「百も生きられない只人(ヒューマン)風情が、戦いの才能も無しにわたしに勝てる筈ないでしょう。わたしに勝って好き放題して良いのはホシミさんだけって決まってるんですから。……あー、運ぶのめんどくさいなぁ」


 完全に決まった側頭部への回し蹴りで気絶したウルトを前に、ココノハは項垂れるのだった。






 ーーーーーー






「ハァ、ハァ、ハァ……!」


 バルトはウルトを置いて、子どもを背負い走り続けた。すぐに追っては来られないように、いくつもの小道を通り、壁を越えて逃げる。

 名前は知らないが、バルトの勘はご主人様から『絶対に敵対してはいけない』と言われた人物の一人なのだろうと推測していた。

 戦闘は論外、もし正面から戦ったとして、先の少女に勝てるかどうか。おそらくは、ウルトと二人で戦ったとしても勝てないだろうと結論付ける。

 それならば、とバルトはご主人様からの命令を果たす為に駆け出したのだ。


 しばらく逃げ回り、ようやく目的の場所に着いたバルトは、壁に備え付けられたゴミ箱のようなものの中に子どもを放り込む。その中は暗くてよく見えないが、子どもが入った瞬間に底が開いて更に下に落ちるような音が聞こえてきた。ある一定の重量を載せると開く仕組みなのだろう。

 仕事はこなした。あとはウルトを迎えに行くだけだ。

 バルトはウルトと別れた場所に向かおうと走り出す。いくつかの角を曲がった時、目の前の道を塞ぐように立つ少女が現れた。

 先程、バルトたちに矢を放ってきた少女とは違う。

 影で見難いが、長く青い髪を持ち、自身と変わらない背丈なのに目を引く大人顔負けの大きな胸と、背中から生えた大きな翼。少女が龍人(ドラゴニュート)であることは間違いない。


「ユニスちゃんの言ったとおりでしたわね。誘拐犯さん、攫った子どもは何処に置いてきたのか、教えてくださいます?」


 冷涼ながらも朗らかな声と、微かに聞こえる鈴の音。

 思わず聴き惚れてしまいそうな声を振り払い、バルトは短剣を取り出した。

 その様子を見た少女は、少し悲しげな様子で「そう……」とだけ呟くと、腰に手を回し、剣を抜き放った。

 刀身は細く、線というよりは点。斬るというよりも突くということに重きを置いた細身の剣。少女の得物は刺突剣(レイピア)と呼ばれるものだった。


「わたくしは───そうですわね、リアと覚えてくださいまし。貴方を倒して身柄を拘束させていただきますわ。お覚悟を」


「ウルトのところに行くんだ、ぼくの邪魔をするなッ!!」


 リアの名乗りの終わりとバルトの斬り込みは同時。バルトの素早い動きからの一突きをリアは苦もなく横に動いて回避する。リアが横に動いたお陰で邪魔者はいなくなったと判断したバルトはそのまま一目散に走り出す。


「何処に行かれるのかしら? わたくしを無視するのは構いませんけれど、後ろがお()きのようですわよ」


「な!?」


 咄嗟に飛び込み前転したのは勘だった。しかしその勘に救われたのを、自身の上半身があった場所を通過した刺突剣(レイピア)を見て認識した。

 回避してすぐに体勢を立て直して追ってきたにしては余りにも早すぎる。何度か地面を転がりながらリアへと目を向けると、そのからくりが理解出来た。

 狭い通路とはいえ、リアは僅かに地面から浮いているのだ。背中の翼が動いていることから、回避した後、地を蹴ってではなく空を飛んで追撃してきたのだと理解した。

 只人(ヒューマン)であるバルトにはどうしようもない、種族としての差をまざまざと見せつけられ、それでも戦意を失うことなくリアを睨みつける。


「あまりじろじろと見ないでくださいまし。ホシミ様以外の殿方の視線は、わたくしには不要なものですの」


 心底嫌そうな声でそう言ったのを耳にしたバルトは、自分の足に違和感を感じて足元に目を向けた。するとそこには凍り付く己の足の姿があった。


「ひっ……」


 なぜ、どうして、いつのまに、理解出来ない、したくない、つめたい、いたい、いたい痛いイタイ痛イ、

 痛いイタイ痛イ冷タイいたい冷たいイたいツメタイイタいつめタイ痛い───!


 恐慌状態に陥ったバルトは、何とか抜け出そうと暴れるが氷は溶けることも砕けることもなく、徐々に徐々に身体を侵食していく。

 氷を殴り続ける拳はいつしか皮が裂け血塗れになっているが尚も振り下ろすのをやめない。それから暫くの間、バルトは気を失うまで暴れ、叫び、自らを傷付けると知ってなお氷を殴り続けた───。




「やっと静かになりましたわね」


 剣を鞘に納めたリアは、バルトを覆っていた氷を解くと空へ飛ぶ。すると屋根の上ではユニステラが地図を眺めながら周囲を見回していた。


「あ、リア様。お疲れ様でした」


「ユニスちゃんのお陰ですんなりと捕まえることが出来ましたわ。ありがとうございます」


「いえ、私は大したことはしてませんよ。それよりも……」


 ユニステラは言葉を区切るとリアの腰───正確には剣へと目を向ける。


「リア様も剣を扱えたのですね。正直言ってその、意外でした」


「ただの宮廷剣術ですわ。ホシミ様もシィナも出来ますし、教育の一つだったから覚えただけで本当にわたくしなんて大した腕ではないんですの。あくまでも護身に使える、という程度でしかありませんわ」


「そうだったんですね。リア様には法外な魔力が有りますから、近接戦の手段なんて持っていないと勝手に思ってました」


「わたくしもそう思うのですけれど、剣術の修得はホシミ様が手取り足取り教えてくださるとお約束してくださったので、少しだけ真面目にやっていたんですの。それに───」


「それに?」


「世の中何があるか分からないと言いますし。可能な限り、あらゆる手段を用意しておいた方がいざという時に役立つこともあると思うのですわ。ココノハちゃんも弓使いなのに体術が達者ですわよ」


「ええ、はい。それはよーく存じております、はい」


 ユニステラも、フューリと共に風呂場でココノハからの折檻を受けた身である。身を以て実感しているのでリアの言葉には渇いた笑いしか出てこなかった。

 目を逸らしながら渇いた笑いを浮かべてそう言うユニステラにリアは一度首を傾げるも、倒した少年を放置していることを思い出し、ユニステラと共に運ぶことにするのだった。



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