168話 黒き双子〜其の壱〜
某所
強い日の光の一切を遮るように奥まった場所に作られた部屋。窓は無く、魔道具のお陰で涼しく維持されている。部屋の中央にはこの部屋で唯一の光源となる蝋燭が灯っており、その僅かな灯火では部屋にいる人間の姿を鮮明に映すことはない。
「───以上が報告となります」
部屋の中で先程まで唯一言葉を発していた女性と思しき声の持ち主がそう締めくくった。
彼女は国に来たばかりの異邦人のことを調べて報告する任を負っていた。その命令を下したのは、女性の前に机を隔てて座る人物である。
「ふん。どうやら無能ではないようだな」
座る人物の声は男性のもの。彼と彼女の推測出来る関係性は主従か、協力者か、はたまた金の繋がりか。最低でも何かしらの利害関係があるであろうことは察せられる。
「お言葉ですが、過小評価だと思われます。軍事力では他の追随を許さず、攻めにくい極寒の地を国とする北の龍人国の姫と、山と海を最大限に活用した遊興と観光に特化した政策で莫大な資金を集積する南の龍人国の姫。その両人を従え侍らせているのですから、それこそ並大抵の者ではないでしょう。間違いなく両国の龍皇とも交友があるかと」
「そして森精種か……。たしかアレらは、敵に対して容赦しないとか?」
「はい。森の中に潜み他種との交流など滅多にしない筈のかの種族が側にいるという異常。森精種との繋がりがあることも確定でしょうね」
「仮にだが。危害を加えたとして我々はどうなると思う?」
「……」
女性が言うのを躊躇うように息を飲んだ。少し間を置いて、微かに震えるような声で、しかしはっきりと聞こえるように告げる。
「一人の例外もなく殺されます。慈悲も容赦もなく、水が上から下に流れるのと同じような自然さで鏖殺されるでしょう」
「はぁ〜……」
男性の心底からのため息。なぜ彼らがこの時期にやってきたのかという己の不運を嘆くものだった。
「一応聞くが、根拠は?」
「森精種は仲間意識が特に強く、誰か一人に手を出せば種族総出で敵対すると思われることが一つ。二つの強国の姫が存在していることで、万が一にでも危害を加えれば国同士の戦争に発展するのが避けられないだろうことが一つ。そして……かの大天災ウィリアーノースが害意を持つ相手に遠慮することは考えられません。この国が永久凍土と化しても良いのなら手を出してもいいでしょうね」
「わかった。わかったから『絶対に手を出すな』と厳命しろ。全てが水泡に帰すくらいなら多少のことには目を瞑る」
「ご英断感謝致します。全員に徹底させましょう。それで───あの件は如何致しましょうか」
「それはこちらで何とかするとしよう。ウルト・バルト」
男性が呼ぶと、彼の背後で寝そべっていたらしき二人がのそりと顔を出す。
「次の贄が必要だ。また収穫に行ってほしい」
「「はい、御主人様」」
二人は同時に返答すると、部屋を出ていった。
扉を開いた時に見えたその姿は、闇より深い黒の髪を腰まで伸ばした方と肩の辺りで切り揃えられた方。種族は只人で、背丈の低さからおそらく十〜十二の頃。しっかりと手を繋いだ二人が扉を閉めるときに僅かに見えたその横顔は、瓜二つであった。
「双子……ですか」
女性がぽつりと呟いた言葉に男性が反応した。
「そうだ。髪の長いのがウルト、短いのがバルト。ウルトが姉でバルトが弟になる」
「……どちらも少女かと思いました」
「そう思うのも無理はないな。だがあの二人は思っているほど"まとも"ではないぞ? くっくっ」
「……私も失礼します」
男性の嗤い声が気に障ったのかそれとも別の理由か。女性は退出の意を告げて部屋を後にするのだった。
ーーーーーー
「先ずは簡潔に。おそらく今夜に子どもを攫っていった者たちが行動を起こすと思われる」
私がそう言うと、リアとココノハは『やはりか』と言いたげな表情を浮かべた。
ちなみにきちんと起きていればシィナも理解出来ただろうが、虚ろな瞳で頭をふらふらと揺らしている状態な為、こちらの会話が耳に入っていないと思われる。
そんなに眠いのか。
「あの、ホシミ様。どうして今夜なんですか……?」
ただ一人、理解出来なかったユニステラが私に問いかけてくる。彼女は前提となる条件を知らないので仕方ないのではあるが。
「明日にはリアの国から兵が応援として送られてくるだろう。リアの国の兵はとても精強だ。そんな人間が増えるとなると、拐かす方としてはどう考える?」
「それは、その人たちが来る前に……あっ」
「そう言うことだ」
理解が出来たユニステラは納得したのか何度も頷いた。
「では、何故その情報が漏れていると思う? 私はこれを女王ナナリーに直接伝えた筈だが?」
「もしかして、王宮の内部に敵がいるんですか?」
「それ以外は考えられないだろうな。兵を受け入れるなら、場所や物資も必要となるだろう。ナナリーから、あの場に居た彼女の重臣のネムやエクを通して、そして更にその下の必要部署へと連絡が届く筈だ。その途中どこかで漏れたと考えるのが自然だろう」
「そうなんですね……。あれ? じゃあどうしてココノハ様はそれを知っていらっしゃるんですか? リア様やシィナ様ならわかるんですけど」
「ココノハはな……」
こめかみを揉むように押しながらココノハへと目を向けると、彼女はクッキーを口にくわえたところだった。
「もふ、ほれはでふへ」
「飲み込んでから話しなさい」
「もきゅ」
私がそう言うと、クッキーをよく噛んで飲み込み、飲み物で口内を潤してからココノハは話し出した。
「リアさんが渡した手紙の内容を見たからですよ。あれ封がされてませんでしたし、ちゃんとリアさんには許可も取りましたし。ねー」
「ふふっ。ええ、機密といえば機密なのですけど、ココノハちゃんなら問題ないと思いましたの」
「そして私はリアからココノハも中身を読んだことを知らされたわけだ。リアとシィナ以外が読むのは少々まずいのだが……」
「わたしはホシミさんの女なので問題ありませーん」
「はあ……」
困惑した様子のユニステラは視線を私の方へと彷徨わせる。
「まあ、他言しなければ問題あるまい。というわけで今夜動くことになるから、今のうちに休んでおいてほしい」
そう締めくくると、私は未だふらふらしているシィナの側に寄った。
「シィナ。大丈夫か?」
「ふみゅ……。ホシミしゃま〜……」
声をかけると、シィナは頭から私に飛び込んできた。受け身を一切考慮していない無防備さで、もし受け止め損ねていたら床に顔から突っ込んでいただろう。
「ん……、しゅきぃ……」
顔を擦り付けながら甘えるシィナは、寝ぼけているせいで子どものようだった。
「うふふ、可愛らしいですわね。シィナったら大好きなホシミ様に抱きしめられて喜んでおりますわ」
「正気に戻ったら発狂しそうですねこれ。撮影機とか無いんですか? 写真に撮って残しておきたいんですけど」
「撮影機なんて高価なものを個人で所有しているのはシィナだけだ。あと、ひとの寝顔を勝手に撮るのは良くないと思うぞ」
「ホシミ様の言うとおりですよココノハ様。でも、今のシィナ様が可愛いのは事実ですから気持ちはわかります」
周りの声など聞こえていないのだろう。シィナは私たちに見守られながらしばらく甘えてからまた寝息を立て始めるのだった。
夕方には目を覚ましたシィナが、寝ぼけていたときの行動をリアとココノハに伝えられた時、赤面しながら布団にこもったのは余談である。