165話 招かれざる客
「さて、と……。アタシの負けだし素直に言うことを聞いてやる。目的は達したし楽しい戦いも出来た。成果は上々ってな」
グラナダはそう言いながら近づくとサリアの頭を鷲掴みにしてグシャグシャとかき混ぜるように撫でる。
「わっ、ちょっとおかあ!! 痛い痛い痛い雑ッ!!! もっと優しくしろお!!」
グラナダの手を振りほどいたサリアは、威嚇する猫のように「フーッ!」と息を吐く。それを大笑で受け流したグラナダはホシミへと目を向けた。
「んじゃ、サリアのことよろしく頼むよ。アタシとしちゃあアンタとも一戦やりたかったけど武器があのザマじゃなぁ」
「武器も道具、いずれ壊れる物だ。それが偶然この時期だったのだろう」
折られ、放り捨てられた大剣を一瞥してからグラナダへと向き直る。
「サリアのこと、私が責任を持って預かる。グラナダ殿はどうか安心なされよ」
「ハッ、堅っ苦しい挨拶なんざ不要だよ。まぁ親としちゃその言葉が聞けただけ気が楽さね」
苦笑するグラナダ。しかしその後すぐに深く大きなため息を吐く。
「で、アンタ気付いてるかい?」
脈絡のないグラナダの言葉にサリアやほかの鬼人たちは首を傾げているが、ホシミだけは首肯した。
「無論。まだ様子を伺っているだけだから放置していた。邪魔であれば排除するが?」
「アタシらについて来られて住処がバレるのも面倒だ。折角だし、サリアの男の腕前でも披露して貰おうかね」
「承知した。今の私では本気を出すことは叶わないが、そこは勘弁願いたい」
ホシミがそう言うと、懐から長方形に切り揃えられた紙片を取り出した。それは何も描かれていない白無地で、ホシミ以外の者には用途が分からないだろう。実際サリアもグラナダもほかの鬼人たちも怪訝な表情を浮かべていた。
しかしホシミが人差し指と中指に挟んだ紙片を宙へと投げ、紙片のちょうど真ん中へと指が触れた瞬間、驚愕の表情へと変わる。
紙片から現れたのは火球、それも人の背丈の凡そ二倍に相当するものが一瞬で現れたのだ。
「死なぬ程度に焼き尽くせ」
膨大な熱量を放ちながら佇んでいた火球は、ホシミの言葉で動き出す。鬼人たちを越え、誰もいないように見える岩陰へと猛烈な勢いで進み、周囲一帯を灼熱に染め上げた。
「「「あああああ"あ"あ"あ"あ"あ"ア"ア"ア"ア"!!!!!」」」
急な展開と遅い判断で逃げられなかった者たちの絶叫が響き渡る。把握している数と同数の悲鳴が聞こえたことで、誰一人逃すことはなかったことにひっそりと安堵するホシミ。
すぐに喉が焼けて悲鳴すら上げられなくなったのだろう、次第に地面に倒れ伏し身悶えする音だけが聞こえてくる。火球が消滅するまで時間にしてものの数分の出来事だった。
本来のホシミなら紙片は必要としないのだが、影のホシミは存在の維持にも魔力を消費している。サリアとの偶発的な戦闘でも余計な魔力を消費してしまった為、攻撃に使用出来る魔力が極端に少ない状態となっていた。
紙片は特殊な紙と特別な術式を組み合わせたもので、少ない魔力で魔術を発動・増幅させる効果があった。とても貴重な品で市場に出回っていることはほぼ有り得ない使い切りの魔道具である。中位の貴族家でも手に入れようとすると破産するくらいの超高級品だ。
勿論、鬼人たちがそんなことを知る由もないし興味もないだろうが。
「こんな手抜きで申し訳ない」
ホシミ当人としては謙遜のつもりだったが、鬼人たちはそうは受け取らなかった。
「アレで手抜き……?」
「いやいやいやいや、勝てっこないじゃん。無理、無理だって」
「魔術師って初めて見たけど、あんなに凄いのが普通なの?」
「わたし前に見たことあるけどそんなに強くなかったよ。簡単に避けれたし。多分あの人が特別なんだと思う」
ざわつく鬼人たちから視線を外しサリアとグラナダへと目を向けると、サリアは得意げに何度もうんうんと頷いていて、グラナダは苦虫を噛み潰したような表情で頭を掻いていた。
「まぁいい。アンタの実力はよーく分かった。さて、馬鹿どもの顔を拝みにいこうか」
グラナダはそう言うと先程ホシミが焼いた岩陰に向かう。ホシミとサリアも後に続いた。
岩陰に倒れていたのは、三人の男だった。そしてホシミにも見覚えのある姿だった。
「こいつらは……」
「なんだ、アンタの知り合いかい?」
「知り合いという程でもないが、とある商談相手の部下たちだ」
ウェストランドでホシミをヴィヴィの元へと連れて行ったあの龍人の三人組である。確かリーダーらしき男の名前はリカルドだったはず。直接名前を聞いた訳ではないので間違っているかもしれないが。
「何故ここにいる。答えろ」
話せるくらいまで治癒魔術をかけながら問い掛ける。するとリカルドは弱々しい声を発した。
「……さん、の……命令で……ごひゅっ、ごほっ……」
「誰の命令だ?」
誰の部分が聞き取れなかったので再度問い直す。すると予想外の名前が出てきた。
「女王さんの……部下……だ……。俺ァ、姐さんの……下で、働きながら……ごほっごほっ、ネムさんの、命令を……受けていた……」
ネムといえば、ナナリーと共にホシミらと面会した女王の片腕だ。のんびりとした口調の淑やかな女性だった。リカルドたちがここにいるということは時間的に、ホシミからの報告を受けてから直ぐに派遣されたのだろう。
「理由は?」
「知らされてねぇ。見たありのままを報告しろとだけ言われた……、ごほっ」
傷が癒えてきたリカルドは言葉がしっかりとし始めた。残りの二人を治療しながら再度問い詰める。
「ヴィヴィは関係ないのだな。ネムとやらの目的は分かるか?」
「ネムさんは国を守ることに全力を尽くしてるお方だ……あんたが鬼人と共謀して国を陥れないか不安だったんじゃねえかな」
「成る程。国というほど大きくはないが、私にも守るものがあるからその気持ちはよく分かる」
つまり、信用されていないというただそれだけのことだ。
ネムの名前が出た時点で最初はネムが人攫いの一味なのではないかと疑ってしまったがどうやらそちらの件とは無関係のようだ。勿論完全に疑念が晴れた訳ではないが。
「済まないグラナダ殿。どうやら私が原因のようだ」
「難しいこたよく分からん。アタシらに関係ないならそっちで勝手にやりな。しかしその男どもはタダで返すのもちと惜しいな」
グラナダはそう言ってリカルドたちの顔をしげしげと見る。
「どうだい、ひと勝負。気に入った女と戦って、勝てば相手は勝った男のもの、負ければ負けた女のものだ。勝てるなら好きなだけ手を出してもいいんだぜ?」
「勝てば好きにしても良いのか……?」
「応とも。鬼人にとって強さは正義であり全てだ。自分を打ち負かした男に自分の全てを捧げるのはアタシたちの誉れなんだよ。ほら、やるのかやらないのかどっちだい!」
「「「や、やりますぅ!!」」」
「良し来た!! そう来なくっちゃなあ!!」
グラナダの勢いに押されつい返事をしてしまったようにも見える三人は哀れ鬼人と戦うことになったのだった。
「ねーねー、面白いから見ていこうよ!!」
サリアは面白そうな出来事が目の前で起こって楽しそうである。この様子ではまだしばらくは帰れまい。
ホシミはサリアへと手を引っ張られながら鬼人に囲まれて相手を選んでいる三人とグラナダの元へと向かう。
───私はそれを見届けてから影分身との共有を断った。