164話 母娘の死闘
しんでました。なんとかいきてます
仕事の都合で生活リズムばらっばらなので、続きは気長にお付き合いいただきたく…(土下座
ホシミとサリアが鬼人たちの野営地までたどり着いたのは、翌日早朝のことだった。サリアが全力疾走で逃亡して来たのは聞いていたが、かなりの距離を走って逃げていたことに少なからず驚愕する羽目になった。
そのため万全を期して近場で夜を明かし、夜が明けてから鬼人たちの元へと向かったのである。
「で、どのツラ下げて帰ってきたんだい」
サリアの姿を見た鬼人に通された先で、彼女の母親らしき女丈夫が大剣を片手にどっしりと構えていた。
その威圧感たるや、並みの相手なら眼光だけで簡単に震え上がらせるほどだった。
「こんな面」
だがしかし、娘であるサリアには慣れたものなのだろう、両手で頬を引っ張り、舌を出している。
周囲で様子を窺っていた鬼人たちはサリアの母親の様子に震える。彼女の額には青筋が浮かんでいた。誰が見ても怒っている。
「ってか、そんなことはどうでもいいんだよ。おかあに言わなくちゃいけないことがあったから戻ってきたんだよね」
「その男に関係あんのか」
「流石おかあ、分かるんだ」
「分からいでか。アタシ何年がアンタの母親やってると思ってるんだい。で、勝ったのか負けたのか」
「負けた。完敗だった」
「そうか」
サリアの母親は「はぁー」と深く息を吐くと、先程までの怒りは一旦置いてホシミに目を向けた。
「見ての通り馬鹿な娘だがよろしく頼む。アタシはこの馬鹿の母親でグラナダってんだ。アンタは?」
「ホシミだ」
「そうか、んじゃ死ね」
無造作に、しかし的確に頭蓋を粉砕させる為の一撃はホシミに届くことはなかった。隣にいたサリアがグラナダの一撃を弾いたからである。
「ホンットにおかあってば脳筋だよねー。八つ当たりはカッコ悪いよ?」
「ったく、ちょっと試しただけだろうが。まさか一歩も動かないとは思わなかったが、何故だい?」
「ここで斬られたとしても本体には影響がないからとしか言えないな」
ホシミの返答に頭を掻き毟るグラナダ。
「影響ないってアンタ幽霊かなんかかい。流石のアタシでも霊体にゃ攻撃出来ないぞ」
「おかあってば何言ってるの? ちゃんと触れるのに幽霊なわけないじゃん。ほら」
サリアはそう言うとホシミに抱きついた。サリアの豊かな胸がホシミの身体で潰れ、此処にたしかに存在していることを証明している。
「そういうこと言ってるんじゃあないんだよ。はあー……まあいい、話を戻そうじゃないか」
グラナダは盛大に息を吐くと、大剣を地面に突き刺して腕を組んだ。
「此処に来た用件はなんだい。まさか、そこの馬鹿を貰いに来た……なんて挨拶しにきた訳じゃないんだろ?」
「挨拶も兼ねているが、貴女方に此処から先にある国までたどり着かれると不要な戦闘が発生する可能性が非常に高いので集落へと退去して貰えないか交渉に来たんだ」
「ほーう。まあ、アタシらからすりゃあ不本意だが目的は達成しちまったし別に構わんけど……まさか何も無しに要求を通そうなんて考えちゃいねえよな?」
「目的ってなーに? もしかしてまたボクのお婿さんを探すとか? 弱っちい男には興味ないし今はこの人がいるからもう大丈夫だよー」
「馬鹿娘はちょっと黙ってろ!!」
サリアに一喝すると、グラナダは大きくため息を吐いたあと一度咳払いをして仕切り直す。
「で、どうなんだい。何かアタシを満足させることでも用意出来るかい?」
「それは勿論。サリア」
「はいはーい」
ホシミに呼ばれたサリアは、ホシミから離れると槍を握った。その表情には不敵な笑みが浮かんでいる。
「彼女と一騎討ちをしてもらいたい。サリアが勝てば私の要求を呑んでもらう。サリアが負ければ貴女の要求を呑もう」
「あぁん?」
怪訝な表情を浮かべるグラナダ。突然娘と戦えと言われても得るものなどないと言わんばかりの様子である。だからグラナダにやる気になってもらう為にホシミはさらに追い打ちをかけた。
「それに、娘に馬鹿にされて逃げられたのだろう? 教育的指導……とまでは言わんが、親としてやられっぱなしでも構わないのかな?」
ホシミの最後の言葉を聞いて、グラナダの怒りが再熱した。拳を握りしめ、腕の筋肉を隆起させながらまさに鬼人と呼ぶに相応しい鬼の様な形相へと変貌する。
「そういやそうだったねえ……。あぁ、思い出しただけで腸が煮えくり返りそうだ」
踏みしめた地面にヒビが入る。髪は逆立ち、口角は吊り上がり、しかし瞳に映るは怒りの炎。
「アタシの下を離れるってんならもう容赦は必要ねえよな。おう、覚悟はいいか馬鹿娘」
対するサリアはグラナダの闘気を受けて竦むどころか奮い起つ。初めて自分を対等な相手として見てくれた母親に心からの感謝を胸に、愛槍を構えて目の前の巨壁をいかにして乗り越えるかを考える。
───否。考えることなど不要。ただ立ち向かい、真っ向から打ち砕くのみ!
「応ともさ!! ボクはサリア! 鬼人最強の戦士グラナダの一人娘だッ!!」
「よく吼えた馬鹿娘!! 全力で叩き潰してやるよ!!」
巻き添えを避けようと周囲から離れる鬼人たちを余所に、サリアとグラナダ、二人の母娘がぶつかり合った。
「ぜッ……ヤァぁぁぁあああ!!!」
裂帛の気合いと共に放つサリアの神速の連続突き。グラナダは冷静に剣で軌道を逸らして紙一重で回避する。数十合と打ち合っていたが、グラナダが痺れを切らしてサリアに肉薄する。
「チッ……疾いだけじゃ意味がないって教えただろーが!」
槍を掴んでサリアごとぶん投げるグラナダ。空中で体勢を立て直すサリアに追撃の一撃を放つ。
「うわっ……ッ!! とう!! 危なかった!!」
身動きの出来ないサリアは空中でグラナダの一撃を受け止めて勢いそのままに吹き飛ばされた。しかし槍を巧みに操り、地面との摩擦で減速して着地した。
グラナダの剛力は凄まじいものがある。『鬼人最強の戦士』とサリアが言っていたが誇張なく本物であると実感出来た。
サリアが吹き飛んだことで両者の間の距離が離れた。間合いはサリアの方が有利だが、それだけではグラナダには通用しないだろう。
暫し睨み合う両者。先に動いたのはグラナダだった。悠々と、散歩でもするかのように一歩ずつサリアに向けて進んでいく。
逆にサリアは、先程までとは打って変わり槍を構えたまま微動だにしない。これにはグラナダも一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、取るに足らないことだと判断したのだろう、無視するように歩いていく。
「疾いだけじゃ意味がない。そんなこと言われなくても分かってるよ」
サリアは独り言を呟きながらグラナダを睨みつける。
「とゆーか、ボクが敗北から何も学ばない筈ないでしょ。疾いだけじゃ意味がないのなら……」
グラナダが一息で切り込める間合いに入った。しかしサリアはまだ動かない。
「なんだ、もう降参かよ? まぁ、いい。ぶっ潰れろ馬鹿娘」
大きく振りかぶり必殺の一撃を叩き込むべくグラナダが爆ぜる。サリアに刃が届く刹那、
「ボクの勝ちだよ、おかあ」
槍を突き出したサリアの言葉と共に大剣がへし折れ、あらぬ方向へと吹き飛んでいった。
グラナダの手元には根本から折れた大剣が握られており、サリアが成したであろう成果をこれ以上なく証明していた。
「アンタ、今何したんだい」
振り下ろしたそのままの姿でグラナダがサリアに問いかける。
サリアは槍を回して短く収納すると、
「えー、普通に視認出来ないくらい疾く槍で突いただけだよ。『疾風迅雷、我がひと刺しは総てを穿つ』なーんてね」
と冗談めかして笑い、ホシミの元へと駆け寄っていくのだった。
残されたグラナダは手元に残った柄を放り投げ、呆れたように頭を抱え込んだ。
「それはもはや神槍の領域じゃないのさ。あの男から何を学んだっていうんだいこの馬鹿娘め……」
漏れる声は苦渋と驚愕に満ちていながらも、口元に浮かぶ笑みは隠しきれていない。
「強くなったよ、アンタは本当に」
ホシミの周りで飛び跳ねながら勝利をアピールするサリアを見つめるグラナダは、母性に溢れた優しい眼差しをしていたのだった。