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161話 ウェストランド〜其の弐〜 女商人との出会い

 宿から出た私は歩いてきた道を戻っていく。

 そして先ほど視線を感じた大通りから路地に入っていった。

 歩きながらあの視線の主は何者かと考える。敵意や悪意は感じ取れなかった。もしそんなものを向ければ、そういう他人の悪意に敏感な森精種(エルフ)が気付かないはずがない。殺気など以ての外である。

 ということはこちらには完全な好奇心、興味があったが故の視線となる。だがそれが何故私にだけ向けられていたのかが分からない。

 路地の奥には、やはり何処の国でも浮浪者はいるようで彼らを避けながら更に進む。すると、背後から複数の足音が聞こえてきた。

 わざと行き止まりになる場所へと進み、足音の主を待つ。暫くすると、頭と柄の悪そうな三人組の龍人(ドラゴニュート)の男がやってきたのだった。


「はぁ……何処の国にでもいるのだな」


 あからさまなため息と共に左手で帯剣した鞘に触れる。すると、男たちは大慌てで手を振って私に制止するよう求めてきた。


「ままま待ってくれ! アンタとやり合う気はねえ、俺たちは姐さんから頼まれてアンタを連れてきてほしいって言われただけなんだ!!」

「オレら見た目はこんなだけどさっぱり戦えねえんだよ!!」

「命だけはお助けなんだな〜!!」


 言葉の通り戦えないようで敵意はなかったが、一応警戒は解かず気になる単語について質問する。


「その『姐さん』とは誰だ」


「姐さんは姐さん……って言っても分かんねえよな。街の有力者の商人なんだよ、その人。なんか知らねえけどアンタに興味があるんだってよ。ついてきなよ、直接見た方が早いと思うし」


 三人組のリーダー格らしい男がそう言うと男たちは踵を返して歩き始めた。

 姐さんと呼ばれている人物が、私に好奇の視線を向けた相手なのだろう。わざわざ確認しに来た身でもあるので彼らに着いていくことにした。

 入り組んだ路地を抜け、大通りにほど近いそれなりに立派な二階建ての家に案内されると、男たちは「お仕事終了〜、あとは姐さんから聞いてくれよな」と言って手を振って去っていった。

 一人残された私は目の前の扉を叩くと、中からぱたぱたと音が聞こえ、十代後半くらいの只人(ヒューマン)の少女が姿を現した。


「はぁい、リカルドさんですかぁ? ご主人様なら……って、わぁカッコいい人」


 給仕のような服を纏い、背中を覆う長い金の髪と翠の瞳を持つ少女は私を見て目を見開いた。

 リカルドというのは先ほど三人組のリーダー格の男だろうか。既に彼らは居ないので確かめる術はないが。


「急に失礼をした。変な三人組に連れてこられてな。『姐さん』とやらが私に用があるらしい」


「となるとリカルドさんたちですねぇ。おにぃさんはご主人様のお客様でしたか。それでは中へどうぞぉ」


 少女は私を家にあげると、応接間として使われているらしい部屋に案内してから部屋を出ていった。

 近くから聞こえているらしい陽気な騒がしい声を聞きながら二分ほど待っていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。扉が開かれ、中に入ってきたのは先ほどの少女と、少女と同じ金の髪の龍人(ドラゴニュート)の女性だった。


「あらぁ、急な呼び出しに応じてくれるなんて優しいのねん」


「呼び出しに応じたつもりはないがな」


「やぁん振られちゃったわぁん」


 全然気にしていないのが分かる軽い口調でおどけながら私の前のソファーに座った。


「シャーリィ、お客様にお飲み物をお願いねぇん」


「はぁい。ご主人様はいつものでいいですかぁ?」


「いいわよぉ」


 シャーリィと呼ばれた只人(ヒューマン)の少女が部屋から退出し、龍人(ドラゴニュート)の女性と二人きりになる。


「アタシはぁ、ヴェルメリアーナ・ヴィクストリンデ。長いからぁ『ヴィヴィ』って呼ばれてるわぁ」


「私はホシミだ」


 簡単に名乗りあってから、ヴィクストリンデは私を舐め回すように見てきた。


只人(ヒューマン)にしては落ち着いてるわねぇん。いいえぇ、落ち着きすぎてる。アナタ、見た目通りの年齢(とし)じゃないわねぇん?」


「さて、どうだろうな」


「まぁ、年齢なんてどうでもいいんだけどねぇ。ふあ〜ぁ」


 自分から尋ねてきたことなのに心底どうでもよさそうな気怠げな声を出してからヴィクストリンデは右手で頬杖をついた。


「で、何故私は貴方に呼ばれたんだ?」


 私の問いに僅かに考え込んでから、


「勘、かしらねぇ」


 とポツリ呟いた。


「なんかぁ、君に商機を感じたのよねぇん。君に手を貸すとボロ儲け出来そうな予感がひしひしと感じられるのよん」


「……既に成功してこの街ではかなりの有力者の様だが?」


 辺りを見回すと、応接室であろうこの部屋には素人目でも高価とわかる物がズラリと飾られている。だが現状ではまだ満足していないのか、ヴィクストリンデは首を横に振った。


「こんなモノは飽くまでも力を見せつける為の道具よん。アタシはねぇん、もっとお金が欲しいのよぉ」


「理由があるのか?」


「大したことじゃないけどねぇん。罪滅ぼしって言うかぁ、まぁちょっとね。ウチは元々ぉ、奴隷も扱ってたことがあるのよぉ。でも売れるのは男ばかりで女はさっぱり売れやしなくてねぇん。でも維持費は掛かるわ場所も取るわで困ってたのよぉ。で、思い付いたの。それなら女たちを働かせてお金を稼げばいいんだぁって。だから試しに酒場を作ってみたのよぉん。そしたらもぅ大当たり。今じゃあ街で一番の売り上げを叩き出す繁盛店になったのぉ」


「案内された時に聞こえた賑やかな声は酒場からのものか?」


「そぉよぉ。お客さんは女の子と楽しく飲める、女の子は奴隷から解放されてお金が稼げる、アタシも儲かる、みんなが幸せになれるでしょぉ?」


 事業が成功した自信故だろう、語るヴィクストリンデは堂々としていた。


「アタシはぁ、ほんの少ぉしでも奴隷に落ちちゃった女の子を助けてあげたいのよぉん。アタシも女だしねぇん。でぇ話は戻るけどぉ、貴方はぁこの国の人じゃあないわよねぇん?」


「そうだな」


「アタシの勘だとぉ、別な大陸からやって来たように思えるのよねぇん。どぉ、当たってるぅ?」


「ああ、見事な観察眼だ」


 衣服の材質の細かな差異を彼女は正確に見極めていたらしい。この大陸の衣服は生地の目が粗いのだ。


「アタシはここ以外にも同じ形式のお店を開きたいのよぉ。従業員は奴隷の女の子を現地で買って調達するしねぇ。女の子は奴隷から脱却出来るしぃ、アタシは従業員が手に入る。良いこと尽くめでしょお?」


「成る程な、それで私に声を掛けたと」


「あんなに綺麗な美少女ばっかり連れてるしぃ、何処かの有力者……ううん、貴族や王族なんて線もあるかもねぇん? 肩書きはともかくぅ、お金と力があることは間違いない筈よぉ」


 他者や状況を見極めて利を得る商人としての眼力を遺憾無く発揮するヴィクストリンデに内心で拍手を送る。視界の端では、飲み物を持って来たシャーリィが音を立てないように入室してきたところだった。

 私としては別に彼女の支援者になって手を貸しても構わない。ただし、一つだけ確認して置かなければいけないことがあった。


「一つだけ確認したい。この質問の答えに虚偽があった場合、先の話は全て無しだ」


「良いわぁ、聞かせて」


 これが山場であると理解したのだろう、ヴィクストリンデは真剣な表情で私を見る。私は少し息を吸ってから彼女への質問を口にした。


「働く女性たちに性奉仕の強制はさせていないだろうな?」


 質問を聞いた瞬間、ヴィクストリンデは肩の荷が下りたように息を吐いた。そして笑みを浮かべて問いの答えを聞かせてくれた。


「貴方は優しい人なのねぇん。安心して良いわぁ、そんなことはこのアタシが許さない。例え万の金貨を積まれてもお断りよぉ。勿論、女の子が脅迫とか無く自分の意思でっていうならアタシが口を出すことは無いけれどぉ」


「……その答えが聞けて良かった。正直言って私は奴隷という制度が嫌いでな。ヴェルメリアーナ・ヴィクストリンデ、君の言葉に偽りが無い限り、私は君に手を貸そう」


「貴方みたいな優しい人のお眼鏡に叶って嬉しいわぁ。この街で手が必要ならいつでも言ってねん、アタシが何とかしてあげるぅ」


 私たちはソファーから立ち上がり握手を交わす。手を離す直前、ヴィクストリンデが顔を耳に寄せてきた。


「アタシのことはぁ、『ヴィヴィ』って呼んでねん、私の素敵な相棒さん(マイ・パートナー)?」


 そう言ってから離れた彼女は、とても楽しげな笑みを浮かべていたのだった。







 ーーーーーー







 商談が纏まりホシミが去った後、ヴィヴィは大きく息を吐いた。


「はあぁぁーーーっ、しんどぉ〜いぃ〜」


 シャーリィが持って来てくれた砂糖水をチビチビと舐めるように口に含んでからソファーに寝転ぶヴィヴィの姿に、シャーリィも苦笑が浮かぶ。


「もぅご主人様ったら、だらしないですよお」


「つっかれたんだも〜ん、誰も見てないし良いでしょぉ?」


 シャーリィの言葉に軽く手を振って答えるヴィヴィ。しかし起き上がる気配がないので相当疲れたようである。


「シャーリィには飲み物を入れに行ってもらってたから仕方ないけどぉ、彼と対峙してた時の緊張感ってハンパじゃなかったのよぉ。ぜぇっったい、まちがいなく! 敵と見做した相手には一切の慈悲も容赦もなく葬り去る人よぉ……」


「あはは……」


 主人の愚痴に笑うしか出来ないシャーリィ。ただヴィヴィの目利きには全幅の信頼を寄せているので彼女の語った言葉は事実であるのだと理解した。


「大丈夫ですよーご主人様。味方になった人には凄く優しいってシャーリィの直感は言ってますし、仲良くやっていきましょうよぉ〜」


「もぉ〜人ごとだと思ってぇ……。そんな子はこうよぉ!」


 ソファーから飛び起きたヴィヴィはシャーリィに抱き付いて脇腹をくすぐり始めた。堪らず逃れようとするシャーリィだったが龍人(ドラゴニュート)の力に勝てる訳もなく。


「ちょっ、ちょっとご主人様っ……! くすぐったいですからぁぁぁ!!!」


「ええい立派に育った胸にくびれた腰しおってぇ! このこのぉ!」


「ひぃ〜!? た、たしゅけ……たしゅけてくだしゃ〜〜い!!?」


 くすぐる主人とくすぐられる従者は、くすぐりから逃れようとシャーリィが蹴飛ばしたテーブルの上の飲み物が零れるまで続いたのだった。



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