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158話 西の若き女王〜其の弐〜

 氷龍皇からの手紙を渡されて一度も出向かない訳には行かず、陽が頂天に昇る頃に北国の城下へと転移した私は城へと向かった。

 転移先が城に直接ではなく城下なのは、身内が居るとはいえいきなり城内に転移するのは失礼だからだ。

 簡単に言えば、他人が自分の家に空間を跳躍して突然現れるのと同じな訳で、敵襲と勘違いした警備の兵に問答無用で刺し殺されても文句は言えない。

 ということでわざわざ城下から城へ向かっているのである。

 ほぼ顔パス状態で城内に入ると、話を聞いて待機していたのだろう侍女がそこに居た。


「お待ちしておりました。王がお待ちです」


 その言葉に一つ頷き、侍女の後をついていく。案内されたのは普段使用している彼の執務室だった。

 一礼して去る侍女を見送り、扉を二度叩く。

 中から「入ってこい」という声が聞こえ、扉を開けたが、そこでようやく中に居る人物がここの主人一人ではない事に気付いた。


 ここに来る前にリアから聞いた容姿を思い出す。黄色に近い金の髪と、橙色の瞳を持つ龍人(ドラゴニュート)の女性。高級そうな薄黄色のドレスに身を包んだ彼女が南西の大陸の女王様なのだろう。

 椅子に座り本を読んでいたようだが、私の存在に気付いたようで顔を上げた。


「よく来たのうホシミ」


 最初に言葉を切り出したのはヴァンだった。


「呼び出したのはお前だろう」


「呼び出しの文面は入れておらんかったからのぉ。無視されるかもしれんと思っておったわ」


「白々しい」


 私はため息を吐きつつ懐から袋を取り出し中に手を入れる。中から一本の酒瓶を引っ張り出すと、ヴァンの執務机の上に置いた。


「西の清酒の新作だそうだ」


「ほう!! 最近は買い付けにもろくに行けんかったから助かるわい」


 嬉々として酒瓶を手に取ったヴァンはじーっと見られている視線に気付き咳払いを一つ。奥の棚に酒瓶を置くと真面目な表情になった。


「年甲斐もなくはしゃいでしまったのう。さて、彼女のことはリアたちから聞いておるか?」


「ああ」


 私とヴァンの会話がひと段落ついたのが分かったのだろう、椅子に座っていた彼女は立ち上がった。

 ───思ったより小さい。リアとシィナの間くらいの背丈とは聞いていたが、どちらかというとリア寄りの背丈だ。


「お初にお目にかかります。私はナナリールード・ウェストランド。ここセンタレアルよりも南西の大陸で分不相応にも女王として君臨している者です。(けい)がホシミ殿でいらっしゃいますか?」


 声も幼い。見た目通り───龍人(ドラゴニュート)なので年齢はそれなりにいっているだろうが───まだ若いのが分かった。


「はい、私がホシミです」


 そう言って膝を折り更に言葉を続けようとするが、女王から「あの」という声と共に手を振って止められた。


「私に(かしず)く必要はありません。卿はこの国でも特別なお方。身分で言えば氷龍皇であるノーズヴァンシィ殿とほぼ同格なのですよ。それに、卿のことはシィナとリアからも聞き及んでいます。私のことはただのナナリーと思って相手をして頂けると嬉しいです」


 最後に微笑を浮かべるナナリー。女王自らの要望とあっては聞かないわけにもいかない。


「そうか。なら貴女のことはナナリーと呼ばせて貰おう。これで良いかな?」


「はい。ふふふ、卿は聞いていた以上に柔軟に対応してくださる方なのですね」


 ナナリーは嬉しそうに微笑んだ。私が立ち上がると、それを待っていたヴァンが「さて」と言って手を叩く。


「ホシミよ、お主には聞きたいことがあっての」


「答えられる範囲でなら答えるが」


「そう言って貰えると助かる。いくつかあるがまず一つ。儂らは鬼人(オーガ)族の習性を知らぬのじゃ。お主の知っている範囲で彼奴らのことを教えて欲しいんじゃがの」


「私からもお願いします。彼らが攻めてくるのには何か理由があるのではないか、と考えているのですが、お恥ずかしながらよくよく考えてみると彼らのことを何も知らないのです」


 これじゃあ理由も分かりませんよね、と零して苦笑するナナリー。

 私はそれを尻目に手を自身の顎に添えて対象の記憶を掘り起こした。


「そうだな、まず基本的なことから説明しようか」


 ヴァンとナナリーが首肯するのを確認して、私は説明するべく口を開いた。



 鬼人(オーガ)族。人里から離れた山奥に生息する、褐色の肌と額の角を持つ種族だ。

 額の角は一本、ないし二本。三本以上の角は生えず、一度折れると元に戻らない。寿命はおよそ二百年で、只人(ヒューマン)獣人(ビースト)よりかは長命だ。

 他種族との交流は生息域の関係上ほとんどないが、稀に山から下りてきて武人として名を残す者もいた。

 特長は龍人(ドラゴニュート)に匹敵する膂力である。その為か、『力を持つ者』を神聖視する傾向が強い。



「そして鬼人(オーガ)は女性の方が強いんだ。それも、圧倒的に。そのせいもあるのだろうが女性が長として君臨することが多いらしい。そんな鬼人(オーガ)の長が成すべきことは、自らの子を成すに相応しい強い男を求めること。恐らくだが、同族の男では強さの基準が満たなかったのだろうな。此度の鬼人(オーガ)襲来は長の花婿探しではないかと思考するが、何か質問はあるか?」


 二人を見回すと、揃ってなんとも言えない微妙な表情をしていた。ナナリーがおそるおそる手を挙げる。


「あの、それってつまり、私たちの国が襲われそうになっている理由は花婿探し(それ)以外に特にないってことですか……?」


「ああ。鬼人(オーガ)は基本的には他種族と接触しないからな。恨みを買うようなことをする者がいるとも思えないし、そもそも恨みを買った時点で殺されているだろう」


「そんな……」


 愕然としながらブツブツと呟くナナリー。あまりにもあんまりな理由に思考が追いついていないのだと思われる。

 ヴァンは何事か考え込んでいたようだが、ふむ、と一声あげて私に目を向けた。


「それならば、強い男を寄越して一騎打ちでもしてやれば丸く収まるんじゃないんかのう?」


「その可能性は高いな。勝てば良し、負けても長の満たす基準に届けば良しだ。まあどちらにせよ軽く一年は帰って来られなくなるだろうがな」


 鬼人(オーガ)の里に連れ帰られて、そのまま種馬生活の始まりである。美醜の価値観は人それぞれだが、概ね美人が多いから嬉しい者には嬉しいだろうか。


「しかしお主、何故そんなことまで知っとるんじゃ。文献にも載っとらんかったぞ?」


「それは簡単だ。以前会ったことがあって、その時に色々と話を聞いただけだな。どうやら山から下りる鬼人(オーガ)は外で自分たちのことを話してはいけないという制約があるらしい。そのせいで身体的な特徴しか世に出回っていないのだろう。だから直接住処があると思しき場所に向かった。お陰様で熱烈な歓迎を受けたよ」


 里に住む鬼人(オーガ)全員から強制戦闘(かんげい)をされたのは忘れもしない。


「まあ、過去のことはさておきだ。どうするナナリー。君の国に、しばらく国を空けても問題なく、強い戦士はいるか?」


「いません……と言いますか、私の国だけでなくほとんどの国でいないと思いますが……」


「ヴァン、この国で余ってる屈強な戦士はいるか?」


「そんなんホイホイいる訳ねーじゃろーが、寝言は寝て言えこの大馬鹿モンが!!」


 意気消沈している女王と声を荒げる氷龍皇。私自身、無理だろうなとは思っていたがやはり無理だったようだ。


「そうなると、鬼人(オーガ)と戦うしかなくなるな。他国に精強さを知らしめる好機と捉えて戦でもするか? まあ、かなりの兵が死ぬだろうが」


「私の国にそのような余裕はありません……。ああ、いったいどうしたら……」


 ナナリーは見ていて可哀想になるくらいあれやこれやと思案している。私は関係のない立場だからこそこうやって好きに言えるが、当事者としては堪ったものではないだろう。

 しばらく頭を両手で押さえていたナナリーだが、やがて私にじとりとした粘質な視線を向けてきた。


「卿は鬼人(オーガ)と戦い勝つことが出来るのですよね……?」


「ああ、そうだが」


 何を言うのか、今の一言で理解してしまった。その理解が正しかったことが証明されるべく、彼女から想定していた言葉が出てきた。


「お願いします、卿のお力で鬼人(オーガ)を鎮めてください!」

「断る」


 即答すると、泣き出しそうな表情になるナナリー。僅かに罪悪感が出るが、こればかりは受けられない。


「私には妻も娘もいるのでな。長期で家を空けることは出来ないししたくない」


「どうしても、ですか?」


「どうしても、だ」


 鬼人(オーガ)と戦い勝利した後など、どうなるか分かりきっているのに志願する筈がない。クルルと二人旅をしていた時ならまだしも、今では大切なものが増えすぎてしまった。それでも手を貸すとすれば───。


「まあ、家族がいるから本体(わたし)は無理だが影なら貸そう。鬼人(オーガ)との一騎打ちくらいなら何とかなる」


「本当ですか!!? ありがとうございます!」


 この辺りが落とし所だろう。私が一年は帰って来られないと言えば、リアやココノハ、後はクロース辺りなどは何をするか分からない。

 ひとまずこれで鬼人(オーガ)の件は終わり、ヴァンが次の質問に移った。


「ホシミよ、お主は痕跡も残さずに人を連れ去ることが可能だとは思うか?」


「可能か不可能かで言えば、転移を使えること前提なら可能だ。それ以外では何かしらの痕跡が残っているだろうな」


 私の答えを予想していたのか、ヴァンの表情は優れない。


「やはり、か。転移を探知することは出来るかの?」


「それならば可能だ。どこに転移をするかは分からんが、転移魔術には膨大な魔力が必要となる。その場に遭遇すれば、『転移をした』という事実の確認だけならば出来るだろう。で、それを言うということは私にやれと言っているのだな?」


「うむ。転移先までは暴かずとも良い、それはナナリー殿の国が為すべきことじゃ。無論、儂も国を挙げて手を貸すがの。儂らはその前段階、つまり『転移している』という確たる証拠が欲しいんじゃ。その後は怪しいところを片っ端から探る作業になるが、何、それくらいは儂らでも出来る。すまんが頼まれてくれるか?」


「……まあ、いいだろう。先に言っておくが、リアを連れて行くぞ。彼女は魔力が視えるからな」


「仕方ないの。リアにとってもお主の側の方が良いじゃろ。せっかくじゃ、シィナも連れて行くと良かろう。後はお主の好きに人員を連れて行くと良いが、お主を含めて五人くらいまでなら儂が滞在費を全て賄ってやるわい」


「太っ腹なことだ。滞在費くらいなら自分でも出せるが好意はありがたく受け取っておこう」


「そうしておけ。愛娘と血の繋がらない愛娘の為じゃ。精々仲睦まじく過ごすんじゃな」


 私とヴァンはトントン拍子に話を進めていく。ナナリーも賛成のようで、異を唱えることはなく、私とリア・シィナを含めた五人のナナリーの国への滞在が決まったのだった。


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