153話 昔語り〜了〜
ホシミが自身が不老不死になった原因とクルルとの出会いの過去を話してから三週間ほどの時が過ぎた。
ココノハ、リア、シィナ、ユキユキの四人は、リアの部屋に集まってテーブルに向かい合っている。彼女たちの表情はやや硬めなのが印象的だった。
机上にはクッキーと、まだ湯気の立っている温かいココアが注がれており、部屋には甘い匂いが充満している。
何故彼女たちはこうして集っているのか。理由はホシミがソンとの戦に決着がついた後のことをほとんど語らなかったからだ。
今からおよそ九百年も前の話。リアやシィナも未だ生まれていないのだ。記憶に摩耗や欠損があったところで何も不思議ではないが、ことホシミに限ってそれはあり得ない。なので彼女たちは自分たちで情報収集をしてホシミのその後を明らかにしようとしたのだった。
「それじゃ、集めた情報を纏めましょうか」
シィナがそう言って地図を取り出し、机上のクッキーを脇へどかしてから広げる。
「まずあたしから。今現在、西にある国はメサというところが首都になってるわ。海沿いのところだから、過去にマヌと呼ばれる国があった所ね。ラナという地名は残ってるけど、そこは学術都市になってたわ。過去の天才『カンナ・オダ』の生まれた地として西部の知恵者が集まった結果みたい。そのせいか天才の集まる場所って呼ばれてるようね。……ただ、色々と物騒な所でもあったけど」
「物騒って、具体的にどんな感じですか?」
ココノハがシィナに問い掛けると、シィナは少し思案してから口を開いた。
「そうね……。あたしが見てきたことだけど、実験が失敗して家がどかーん……屋根が吹き飛んできたりとか、ある分野では素晴らしい能力を発揮するけど家事が一切出来なくて家がゴミ屋敷になってる人とか、変な薬を飲んだせいで吐瀉物を撒き散らしながら街中を走り抜ける人とかかしら」
「何それ酷い」
「馬鹿と天才は紙一重っていう言葉が良く分かるような場所ウサね……」
ココノハとユキユキがげんなりした表情で感想を述べる。
「シィナはよく無事でしたわね」
リアが苦笑いを浮かべながらそう言うと、シィナも苦笑いを返した。
「何回かひやりとした瞬間もあったけど、まあ何とかね。あたしからはそれ以上は何も分からなかったわ」
「じゃあ次は私ウサ」
シィナが話し終えると次はユキユキが声をあげた。
「私はカレンとカンナの墳墓を見てきたウサ。管理人さんがいたから話を聞いてきたけど、毎年秋の時期になると一人の青年が花を手向けに来てるらしいウサ。管理人さんが子どもの頃からずっと来てて、管理人さんのお父さんもそのまたお父さんも見知っているって言ってたウサ。いつ見ても姿の変わらない不思議な人って言ってたし、これ、多分パパじゃないウサ?」
「そういえば冬になる前くらいにいつもどこかに出かけてたわね。御墓参りに行ってるんだとしたら辻褄は合うわ」
ユキユキの言葉にシィナが反応する。リアも思い当たる節があるのか言葉を繋げた。
「クルルちゃんもその時期は塔に居ないことが多いですわね。ホシミ様と一緒に御墓参りに行っているのかもしれませんわ」
「二人の共通の友人ですからね、その可能性は高そうです。それじゃあ次はわたしですね」
ココノハはそう言うと別の紙を机上に広げた。紙は二枚あって中を見るとどうやら家系図の写しのようである。
「ラナ家とオダ家の子孫と会うことが出来まして、カレンさんとカンナさんの前後の部分だけ抜粋して持ってきました。この資料から分かるのは、カレンさんにはレイカ、ミホシ、セイナ、クルスという四人の子どもが居たことと、カンナさんにはキリカ、ナナノ、シホ、ミカリという四人の子どもが居たこと、そしてカレンさんとカンナさんの伴侶の枠が空欄になっていることですね。どうして名前が無いのかは今でも謎のままらしいですけど、子宝に恵まれて幸せに暮らしたらしいとは言われているようです」
「この子どもたちは全員パパが父親ウサ?」
「わたしはそうじゃないかなーって思ってますけどね。だってホシミさんって一度情を交わした相手を見捨てることなんて出来ない人みたいですし」
「直接聞いてみたらはっきりするんじゃない?」
「言い出しっぺのシィナさんが聞いてきてくれるなら良いですよ」
「……やっぱり謎のままにしておきましょうか」
家系図を丸めて見えなくしたシィナはそう言って目をそらすのだった。その姿を見てリアは口元に手を当ててくすくすと笑う。
「もうシィナったら。さて、最後はわたくしですわね。実はわたくしは夜伽の際にホシミ様から色々とお聞きしておりましたの。カレンさんとカンナさんのお二人とは、ラナを去った後も年に一度は会いに行っていたそうですわ。だからさっきココノハちゃんが見せてくれた家系図のお二人の伴侶枠はホシミ様で間違いない筈ですわね。あとは……お二人の最期を看取った、ということくらいでしょうか。わたくしがお聞きすることが出来たのはそのくらいですわ」
最初は騒然としていたココノハ、シィナ、ユキユキだったが、リアの『最期を看取った』という言葉が出た瞬間静かになった。
リアの話が終わると、ココノハが若干目を伏せながら、
「ホシミさん、きっと寂しかったでしょうね……」
と呟いたのだった。
ーーーーーー
ココノハやリアたちが集まって会話している時と同じくして。
彼女たちがそんな話をしているとは知らないホシミとクルルはリビングでのんびりとしていた。
「……静かです、にゃ」
「ああ、そうだな。珍しいこともあるものだ」
いつもは喧騒に包まれている塔内が、今日は珍しく静かだった。ココノハやリアたちが居ないのもあるだろうし、森精種の娘たちがフューリとユニステラと共に子守を勉強していて近くにいないからかもしれない。
とにかく、珍しくリビングは静寂に包まれていたのだ。
「そういえば主。そろそろあの子たちの御墓参りに行く時期が近付いてきました…にゃ。今年は何をお供えしましょうか」
クルルがふと思い出したように声をかけてくる。
「花はいつもので良いが、後は何にしようか。……無難にぶどうはどうだろう。そろそろ収穫の時期に入る筈だったが」
「かしこまりました…にゃ。では近いうちに買ってまいります…にゃ」
二言三言のやり取りの後、暫く無言となる。とは言っても、二人とも長い時間を共に過ごしてきたせいか、息苦しさのようなものは全くなく、むしろ穏やかな空気が周囲を包んでいた。
「なあクルル」
その静寂を破ったのはホシミだった。クルルは閉じていた目を開きホシミに向ける。
「はい、何でしょう主」
暫し逡巡してから、ホシミはクルルに質問した。
「カレンとカンナは、幸せだったのだろうか」
「……それは、主が一番良くご存知の筈ですにゃ。私から見ても、二人ともとても幸せそうで……満足そうに逝きました…にゃ」
「そうか……、そうだったな……。ふっ、最初は後継者を作ると言って迫ってきたくせに、いつの間にやら大家族だ。まったく……」
ホシミはそう言うと上を見上げてから目を閉じる。
「私自身にも言えることだが、もう少し節操というものを学べば良かったかな」
「楽しそうで良かったではありませんか。私もあの時はとても楽しかったですにゃ」
「ふっ……。ありがとうクルル。少し気が楽になったよ」
そう言いながらホシミは、二人の最期を思い返していた。
寄る年波には抗えなかったのか、皺だらけになり瘦せ細り小さくなった身体と、これまでの人生が幸福で溢れていたと言わんばかりの幸せそうな表情。
骨と皮だけになってしまった手を握り、言葉を交わしたあの日のことを。
『ボクは、先に逝くよ。でもいいかい。ボクたちはとても幸せだった。君と会えて、四人も子どもを授かって。君が気に病む必要はないよ。命あるものはやがて地に還るものなんだから。君も知っている通り、それが自然の摂理だ。……今までありがとう、心から感謝してるよホシミ』
『ホシミさん……今までありがとうございました。私がレンカだった頃から、貴方には感謝の気持ちで一杯です。カレンとしての素顔を初めて晒した時の貴方の顔は今でも憶えてます。こんなによくして頂いて、私はとても幸せものでした』
『『だから、泣かないで。最期の瞬間は、愛した人の笑顔が見たいんです(だ)』』
「……」
ゆっくりと目蓋を開き、前を見据える。
目元に手を触れると、若干湿り気を帯びていた。
クルルはホシミの状態に気付いているだろうが何も言ってこない。
「いかんな。歳を重ねると、涙もろくなっていく」
そう言ってホシミは小声で呟いて目元を拭うのだった。