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15話 龍人戦争:不気味な暗殺者

 鮮血が舞い、騒がしくなってしまった謁見も終わった。

 浴場と着替えを借り、身を綺麗に整えた私は今、虚ろな少女の部屋にいた。


「……」


 少女は何も言葉を発さず、ただこちらをじーっと見つめてくる。

 割と長く生きたほうだが、今まで魔力の暴走で感情を失ったという話は聞いたことがなかった。もしや少女の魔術器官に異常があるのではと思い、心臓の中の魔術器官を透視してみたが、異常はなにも見当たらなかった。

 強いて言うなら、魔術器官の生み出す魔力の量が他人より多いことだろうか。血液に溶けた魔力の濃さは今までに見たことが無いほどに濃密だった。


「ここまで魔力が多いとは……。しかし、無意識とはいえ制御は出来ているようだな。何が原因なのだか」


 思わず口にしてしまった。少女の瞳が私の目と合う。


「……」


 しばらく見つめられたが、やがて視線が外された。興味を失ったのだろう。

 たしかに我儘言い放題のお姫様の相手をするよりは楽かもしれないが、これはこれで疲れる。

 部屋に入ってすぐに色々と話しかけたが、うんともすんとも言わなかったのだ。

 あるのはたまに首を傾げるだけ。おそらく、こちらの言葉を理解していないのだろうと推測した。


 次の日。

 少女はほとんど反応を示さないことを改めて確認した私は、少女の部屋で本を読んでいた。少女は私の隣に座り、ぼんやりとしていた。ちらりと様子を見てみるが、やはり何の表情も浮かんでいなかった。

 そんな日々が一週間ほど続いた。



「おいヴァン」


「なんじゃホシミ」


 ヴァンの執務室に乗り込んだ私は、手っ取り早く用件を告げる。


「あの娘を城下に連れて行く。許可を寄越せ」


 書類に書き込みを行なっていたヴァンは手を止めてこちらを見た。


「あんな状態でもあの娘はこの国の姫じゃ。何となくでは許可は出せんの。何かあるんじゃろ、理由くらいさっさと話せ」


 眉ひとつ動かさずに言ってのける。そう言われても正直、特に理由はないのだが……。何か適当な理由でもでっち上げようか。


「感情とは他者と触れ合って初めて育まれるものだ。だが、姫であるからこの城ではみな彼女を畏れ敬い距離を取る。それでははっきり言っていつまでも何も変わらんと思った。街に出れば何かあの娘の琴線にくるものがあるかもしれないからな」


「ほう、じゃあ何故今なんじゃ?」


「そんなもの、私が護衛で付いているからに決まっている。これでも一人で軍隊を相手に互角以上に戦える自信があるぞ。一応何かあった時にはお前に念話を送るが、まあ何もない事を祈っててくれ」


 少し悩んだ様子だったが、すぐに了承してくれた。


「まあ、よかろう。お主の実力は知っておるし疑ってはおらぬが、娘に傷を負わせたら傷の数だけ五体をバラバラにして焼き払うからな」


「さらっと死刑宣告するな親馬鹿」


「どうせ死なぬじゃろうがこのゾンビめ」


「不死者ではあるが腐ってなどいない、長い年月で耄碌したか」


「戯け、儂はまだまだ現役じゃ。ほれ、仕事の邪魔じゃ。さっさと行かんかい」


 憎まれ口を叩きあって、彼の執務室を後にする。その後、すぐに少女の部屋に向かった。


「ホシミだ。入るぞ」


 扉を叩き、返事のないままに扉を開けて中に入る。

 部屋の主はベッドに横たわったまま、こちらに視線を向けた。一応毎日侍女が彼女を着替えさせているので、このままでも出かけられそうだ。


「一緒に街へ向かうぞ。外套は……これか。これを着せて、あとは私が抱えていけば良いな」


 扉の近くにあった外套掛けから厚手のものを選び少女に着せて抱え上げた。その間一切抵抗はなかったが、無表情ながらも若干不思議そうに私を見つめてきたような気がする。

 左腕は彼女を抱えているので、空いた右手で少女の頭を優しく撫でる。


「何か、お前の心を動かすものに出会えると良いな」


 少女は相変わらずの表情で、私の首に手を回した。抱え上げられたから、下に落ちないようにという防衛反応だろう。

 街に着くまでの短い時間、私たちは何も言葉を発さずにいたのだった。


 城の門を抜け、坂を下る。

 市場はそこそこ賑わっていた。戦争の臭いを嗅ぎつけた商人たちがこれ幸いと儲けを得るために色々な品を並べているようだった。

 少女は、多くの人が行き交う光景を目で追っていた。


「ふむ、まずは適当にうろついてみようか」


 小物を扱う店、軽食を出す屋台、装飾品や宝石が並ぶ店、と目に付くものに片っ端から訪れたが、しかし少女は何の反応も示さなかった。

 どうしたものかと思ったその時。

 私の後ろを尾行しているものがいることに気がついた。数は……二人。

 もしやこの娘がこの国の姫だと気付かれたのか?

 しかしこんな状態である、式典や社交の場には一切顔を出していないはずだ。

 ただ、偶然見かけた美しい娘を(かどわ)かすことが目的の可能性もある。

 人混みに紛れるように振り払おうとしたが、中々にしぶとい。懸命に尾けてくる。用件は分からないが、誘い出してみることにした。

 大通りから小道に入る。この先を進むと行き止まりに突き当たるが、敢えてその道を選んだ。


「すまん、少しだけ大人しくしててくれ」


 行き止まりに到着して、少女を下ろす。

 不思議そうに見上げてくるが、追っ手はすぐそこまで来ている。時間がないので、『白』属性魔術、空間歪曲を発動させる。

 対象をこの空間とは別の位相にずらし一切の物理的・魔術的接触を受け付けない、禁術指定された魔術だ。その効果は、対象を護る無敵の壁にもなるし、対象を封じ込める永久の牢獄にもなり得る。

 効果時間は、使用した術者が死ぬか、魔力供給を止めるまで。抜け出すには同じ魔術を使用するしかない。禁術になるのも納得できるというものだ。


 魔術を展開し、少女の身の安全を確保したところで、追跡者が姿を現わす。

 小汚い痩せぎすの男と、小太りの男だった。目はギラギラと尋常でない光を纏って私の背後の少女を見ている。


「よぉ、ニイちゃん。わざわざ待っててくれたのかぃ?」


「別に待ってはいないが。私たちは貴様らに用はないのでな」


 小太りの男の言葉に、短く告げる。


「こっちは用があってよ、その嬢ちゃん、いいとこのボンボンだろ? ちょっと俺らが遊んでやろうと思ってよお。ダイジョーブ、ちゃあんと気持ちよくしてやっからよ、げひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 痩せぎすの男が下品な笑い声を上げた。

 余りにも命知らずな連中にため息が漏れる。

 つまり、なんだ。彼女を人質にとって弄んだ後、身代金を要求しようというのか。はぁ、まったく……反吐が出る!


「そうか、ならば貴様ら───」


 死ね、そう続けようとして、横からの殺気に咄嗟に飛び退いた。

 顔に何かが掠める感触があった。おそらく小型の弓もしくはボウガンを持った人物がいたのだろう。余りにも小物臭い二人に気を取られて気付くのが遅れてしまった。


「ちっ」


 舌打ちをしてから時間加速で自分の時間を早め、小物二人を地面に沈める。


「ぶぎゃっ!」

「へぎゅう!」


 情け無い悲鳴を上げて気絶した二人に構わず、先ほど私を狙った人物を見る。

 黒い円型の帽子と黒いコートで身体を隠した、長身の男だった。


「……ほう。まさか、避けるとはな」


 枯れ木のような声。そして、とても空虚で熱など一切無いと言わんばかりの冷たい声だった。


「陰から狙う暗殺者風情が、私に……!?」


 話している途中、身体が大きく傾き、自分の足で立つことが出来なくなった。


「どうした、魔術師。たかが毒程度でその様か」


 身体が発熱し、意識が朦朧とする。全身が痙攣して、激痛を伝えてくる。


「くっ……。なにが『たかが毒』、だ。即効性の……とんでもない、猛毒じゃないか……」


 どうやら掠った際に毒が入り込んだようだ。なかなか味な真似をしてくれる。


「くっくっく。存外意識がはっきりしているようだ。どうだ、ヒュドラの毒の味は。この世の最期に相応しいものだろう」


「ヒュドラの毒……!? よりにもよって、面倒な……」


「まだ喋る元気があるのか。只人(ヒューマン)などすぐに死に絶えるのだが、なかなか頑丈なようだな。折角だ、もう一つ味わうといい」


 そう言って男はボウガンを私の右肩に撃ち当てた。


「──────……!!!」


 声にならない悲鳴が漏れる。駄目だ、視界がぼやける。もはや立つことも出来ない。

 少女の様子を見ようとなんとか顔を動かして様子を伺うと、少女は変わらず無表情のままだったが、その瞳から涙を零していた。


「ほう、自分よりも娘の心配か。くくっ、どうやらこの結界は壊せそうにないようだ。ならばしばらく俺と遊んでくれないか」


 壁に触れて感触を確かめた男は、私の腹を蹴り上げる。


「がっ、ぁ」


 息が詰まり、呼吸が止まる。毒は身体を蝕み思うように動かせない。


「ほら、まだまだいくぞ」


 球のように蹴り、足を持って壁に叩きつけ、投げ捨てる。追い討ちで踵を胸に喰らった。


「……! …………ッ!!!」


「……ヒュドラの毒を浴びて、なおこれだけ痛めつけて。何故貴様は生きている? 不思議なものだ。ならば、バラバラにするとどうなるのだろうな?」


 なかなか死なない人間を見つけた暗殺者は、好奇の瞳を向けて、刃物を振り下ろす。


「……!!?」


 喉はとうに焼き切れ、声らしい声も出なかった。足に突き刺さった刃物の感触はあまり感じなくなっていた。


「くくっ、これはこれは。愉しいぞ、ああとても愉しいぞ! 足を折り、切断し、指を一つずつ斬り落として腕を、肩を! 首を! 臓物を! それでもなお死なぬのか! 素晴らしい。素晴らしいぞ魔術師!!」


 感極まったのか大声を上げて歓喜する暗殺者。狂気に染まったその目は最高の玩具を手に入れた少年のように輝いていた。


「あぁ、貴様が欲しい。しかし今の俺の技術では貴様を満足させることが出来ないのがこの上なく悔しい! ああ、この上なく口惜しい!! 見れば傷が治りかけているようだ。大量の血を流したからそろそろ毒も抜けよう。ヒュドラの毒は貴重でな、そう何度も使えんのだ」


 暗殺者は名残惜しそうに立ち上がる。


「いずれ、貴様に相応しい舞台を整えよう。殺して殺して殺して殺して殺し尽くして! 幾度の死を持って貴様を殺しきれるのか、あぁ新たな愉しみが、生きる希望がこのような形で訪れるとは!! 神よ、感謝する!! くっくっく、はーっはっはっはっは!!!」


 興奮した男は、高笑いを上げながら倒れていた二人の男の頭を踏み抜き潰して去っていく。

 薄暗い路地には、二つの死体と、バラバラにされた私が横たわっていた。首が繋がり、腹が、腕が、足が、淡い光に包まれて元に戻る。

 毒もほとんど抜け切ったようだった。よろよろと身体を起こす。

 ゆっくりとした足取りで少女の元へ向かった。


「どうした。泣いているのか」


 結界を解除し、膝をついて少女に問いかける。

 少女は私に飛びついて、大声を上げて泣き出した。


「うあああああぁぁぁぁ!! ああああぁぁぁぁあああ!!!!」


 私は少女の頭を、泣き疲れて眠るまで優しく撫で続けるのだった。



暗殺者をCV子安武人で脳内再生したら笑ってしまった(´・ω・`)

ちょっと出荷されてきます。

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