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152話 ソンとの決着〜其の肆〜

 ラナの本陣には、ホシミたちが捕らえてきたソンの兵が手足を拘束されてひと所に集められていた。

 まだ大半の人間に意識が無く、その中にはバンドウ、シゲンといったソンの実力者から、本陣で守られていた筈のアヤメ・ソンの姿まであった。

 ソン兵は本陣がいつの間にか強襲されてアヤメを奪われただけでなく守護についていたヤスケが敗北したことで次々と投降を始めていた。

 最早この戦の趨勢は決したと言って良かった。


「これでこの戦いも終わり……だね」


 カンナ・オダは一人呟く。周囲にはカンナの指示で忙しそうに動き回るラナ兵の姿が多くあるが彼女の側には誰もいなかった。つい先程までは。


「残念ながらそうは行かないようです…にゃ」


「うわっ、びっくりしたなあもう」


 いつの間にか隣に来ていたクルクルがある方向に指を指す。カンナは急に近くから声が聞こえたことに驚きながらも、クルクルの言ったことを確かめる為に指の先に視線を向けた。


「あれは……特別攻撃隊?」


「ええ。ただの悪あがきかそれとも……。何にせよ、どうやら彼らは死んでも彼女を取り戻したいようです…にゃ」


 クルクルはそう言って気を失っているアヤメへと視線を向ける。

 ソンの特別攻撃隊は、ラナの陣へと玉砕前提の突撃を仕掛けてきていた。

 策も陣形も何もない決死の突撃にソン兵は多くの屍を築きながらもラナの本陣へと迫ってくる。その先頭に立ってラナ兵を斬りながら雄叫びをあげているのは、先程クルクルが圧倒し何もさせずに打ち倒したヤスケだった。


「厄介な……。でも放置すればこちらの犠牲が増えてしまうね。正面は避けて左右と背後から挟撃して潰してしま───」

「いえ、その必要はありません…にゃ」


「クルクル?」


 カンナの言葉を遮ったクルクルは、小さな袋から本来ならば入らない長さの一本の刀を取り出した。そして手慣れた動作で鞘から抜き放ち刀身を眺める。鏡のように磨き抜かれた白く綺麗な刀はクルクルの顔を映し、光を反射して眩く煌めいていた。


「それは?」


 言葉の意味と刀、その二つを指して尋ねるカンナ。クルクルは刀を下ろしてから、


「これは私の……昔の得物です。ずっと冥界に置いていましたがもう一度使う時が来ると思ったので持って来ていました…にゃ。あの集団は私が、一人で相手をしますのでカンナは兵を率いて捕虜の防備を固めてください」


 一部聞いたことのない単語に首を傾げながらもすぐに「分かったよ」と言ってクルクルから離れるカンナ。

 クルクルはカンナが充分に離れたことを確認してからゆっくりとヤスケたちへ向けて歩き出した。

 当然、ヤスケたちもクルクルの存在に気付く。自分たちへの攻撃が緩んだと思ったら目の前に居たのだ。気付かない筈がなかった。


「進めえええええぇぇぇぇ!!!!!」


 血走った目でクルクルを睨みつけながら生き残ったソン兵と共に雄叫びを上げて突撃してくるヤスケ。


「主人の為に身を賭して迫り来る気概や良し。ですが余りにも無策無謀が過ぎますかにゃ」


 腰溜めに構えてから一息で接敵するクルクルは先頭のヤスケを素通りしヤスケの後方の兵士たちを次々と斬り捨てていく。その動きはまさに神速。誰も姿を見てとることすら出来ずに斃れていった。


「畜生ォォォォォォオオオ!!!!!」


 背後から上がる断末魔の悲鳴を聞きながらヤスケは駆ける。そして、ラナの兵士に囲まれて地に横たわるアヤメやシゲンたちの姿を見つけるのだった。

 荒い息を吐きながら剣を構えるヤスケ。しかし背後から聞こえた声がヤスケがそれ以上進むことを許さなかった。


「残るは貴方一人です…にゃ」


「……」


 ヤスケは無言でクルクルへと振り返り睨みつける。

 クルクルの顔には僅かに返り血が飛び、刀からは血が滴り落ちていた。そしてその後方は、屍以外に何もなかった。


「俺が、弱いから……アヤメを奪われちまった」


 低く小さなヤスケの呟き。だが、不穏な空気が彼を包み込んでいた。


「俺が弱いからあいつらを死なせちまった……」


 黒く不吉な霧と気配がヤスケの周囲に集まっていく。


「俺が……弱いから……」


『ソウダ、オマエガ弱イカラ』


「この声は……」


 クルクルが警戒する中、謎の声はヤスケの呟きを肯定する。


『ダカラワタシガ、キサマノ望ミヲ叶エテヤル』


 黒い霧はヤスケの中に吸い込まれていく。その様子を見てクルクルは舌打ちをした。


「亡霊に身体を乗っ取られましたか…にゃ。冥界(むこう)でもなかなかお目にかかれないくらいの怨念が宿っていますにゃ」


 黒い霧がヤスケの中に完全に吸収されると、一度力が抜けたように手が下に落ちる。やがて顔を上げたヤスケの表情は白目を剥き、歯を立てながら呪詛を紡ぎ出す。


「オ、オオオオォォォ!!! 殺ス、殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!!!!!」


(うるさ)い」


 一足でヤスケの前まで移動したクルクルは、手にした刀でヤスケの身体を突き穿つ。口、喉、心臓を貫く高速の三連突きだった。

 普通の人間なら間違いなく絶命に到る攻撃だったが、しかし生者の身体を乗っ取り操っているだけの亡霊には僅かな傷すら与えられない。


「死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死」


「だから、煩い」


 だがそれも普通の人間が相手ならば、だ。『仙』となり冥界で死者の管理をしている存在にとって、亡霊など恐れる相手ではなく。

 左から右へと振り抜く一撃、右から左へ振り抜く二撃、再び左から今度はすり抜け様に斬りつける三撃、そして最後に振り返って右袈裟に斬り下ろす四撃という一瞬の連撃を見舞い、クルクルは刀を鞘に納めながら亡霊に向けて言葉を吐いた。


「死者は死者らしく、地の底に去りなさい。これ以上生者を侵すならば、審判の刻を迎えることなく消滅します…にゃ」


 鍔が鞘にぶつかる重々しい金属音が僅かに響き、納刀を済ませたクルクルはヤスケの側に向かう。立ち尽くしていたヤスケの身体からは徐々に黒い霧が抜け出して、やがて消滅していった。

 不思議なことに、あれだけクルクルに滅多斬りにされたヤスケの身体には彼女が負わせた傷は一つも無く、呼気もしっかりしていた。

 ヤスケの意識が無いことを入念に確認してからクルクルはヤスケの側を離れてカンナのもとに向かう。


「カンナ」


「お疲れ様、クルクル」


 疑問も動揺も全てを内心に押し隠したまま、しかし功を労うのは忘れないカンナ。クルクルはそれを知りながらも自分からは何も言うことはない。


「終わりました。全て……。私たちの、勝ちです…にゃ」


 クルクルの言葉を聞いた近くの兵士たちがカンナが何かを言う前に戦勝の鬨の声をあげる。声は本陣から勢い良く伝播し、やがて大合唱に変わった。

 カンナは口を開きかけたものの、水を差すのは悪いと思ったのか首を横に振って口を閉ざす。

 クルクルは刀を袋にしまい、己が主人を探して歩き出す。


 今日、ラナは歴史的な勝利を手に入れたのだ。







 ーーーーーー






 ソンを降したラナはその後、内戦の果てに疲弊したメイを降して再び西部の統一を果たすことになった。

 新たな統治者となったラナのカレンとカンナは、サクヤや元ソンのアヤメと言った優秀な人材を確保し、かつて四天王と呼ばれたヤスケ、シゲン、バンドウと新たにサクマを含めた新四天王を誕生させ、文武共に発展させていった。

 老将だったヒコノシンはソンの敗戦を機に引退し、その後はその命尽きるまで後進の育成に専念することとなる。


 カレン・ラナとカンナ・オダはその生涯で一度も結婚することは無かったが、二人とも父親不明の子供を授かっていた。

 噂ではラナを勝利に導いた三人の英雄、『龍人』、『黒猫』、『賢者』のいずれかから授かったらしいが詳細は不明である。







 ーーーーーー






「ふぅ……」


 机に向かってどれだけの時間が経っただろうか。筆を置き、凝り固まった身体を解すのはカンナ・オダであった。

 その姿にかつての若さは一切なく、年を経て老いさらばえた姿であったが、理知的な瞳の輝きは翳りを見せておらず『賢人』と他の人々から称されていた。

 家督は既に娘に譲り、悠々自適の隠居生活を楽しんでいた彼女だったが、ふとある時思い立ちかつての出来事を記録に残すべく筆を取ったのだ。


「ふふっ、まさかあの人は自分のことが記録に残っているなんて考えもしないだろうねえ」


 カンナは笑みを浮かべながらたった今書き終えたばかりの物語に目を向ける。


「さて、題名をどうしようかな。大人でも子供でも楽しめる内容にした自信はあるけど、難しくて仰々しい題名じゃあ手に取りづらいだろう……」


 書き終えた著作の題名を考えて頭をひねっていたカンナの部屋に、来訪者がやって来る。

 控えめに襖を叩いてから開けて入ってくるのは、カンナにとって馴染みの深い人物だった。


「お邪魔しますね、カンナ」


「やあ、カレン。どうしたんだいこんな時間に」


「予兆がありました。何となく、ここに来た方がいい……って」


 カンナの友人にして幼馴染、そしてラナの女王であるカレン・ラナだった。と言っても、彼女も既に自身の娘に譲位しているので同じく隠居生活をしているのだが。

 若かりし頃に顔を覆い隠していた時には判別出来なかったが、黒い髪の上に白い獣の耳がある。彼女の種族は獣人(ビースト)だった。


「そっか。そんな気分もあるのかもしれないね。……そうだ、ちょうど良かった。今これを書き上げたところなんだけど、題名を一緒に考えてくれないかな?」


 カレンはカンナから原稿を受け取り目を通す。少し眺めてから「あ」と声を漏らしたあと、満面の笑みを浮かべながら読み耽った。

 切りの良い所まで読み終わったカレンは顔を上げて、


「これは、あの時のですね」


 と言った。カンナはただ頷く。


「懐かしいですね。私が名を偽っていた時のことまで書いてありました。もっとも、あの人は気付いていたみたいですけど」


 過去を慈しむようにカンナの書き上げた原稿を撫でるカレン。


「そうだね。でも普段とは違う、等身大の女の子だったキミが見られた気がするよ。たった数年だったけど、今でも昨日のことのように思い出せる」


「私もです。きっとあの方たちは今もあの時と変わらぬ姿のままで生き続けているのでしょうね。私たちはもうお婆ちゃんになっちゃいました」


「時の流れは残酷だよね。でも、ボクたちには残るものもあったから……」


「はい。私たちにはあの子たちが居ますから。だから寂しくない……と言えば嘘になりますが、それでも、大切なものはたくさん与えて頂きました」


 二人は過去を思い返すように目を閉じる。

 暫くしてからカレンは「そうだ」と声を上げた。

 目を開いて問うカンナに、カレンは原稿を突き出す。


「題名、思いつきました。『三人の英雄』なんてどうでしょう?」


「安直過ぎないかい?」


「その安直さが良いんですよ。大人にも子供にも分かりやすいんですから。それに、今のラナに彼らのことを知る人は減ってきてしまいましたから、もう一度人々の記憶に残ってもらえれば良いなって思ったんです」


 カンナはカレンの言葉を飲み込み、一度その意見を受け入れて思考する。暫くして、カンナは一度だけ深く頷いたのだった。


「折角だ、カレンの案を採用しよう。ボクもカレンも、物語の登場人物ではあるからね。つまりこれはボクたちの共同製作って所かな?」


「私は題名しか考えていませんよ」


「充分だよ。ボクだけじゃあ後数週間は題名が付けられなくて悩んでいそうだったからね」


 そう言って二人は顔を見合わせて笑うのだった。



 後に、ラナという統一国家誕生までの激戦の時代を著した娯楽小説兼歴史書は本となり、現在まで語り継がれる作品となるのだった。



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